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子育て心理学:第1部 3)「人生脚本」を書き換えよう!

2009/11/14(Sat) Category : 心理学
子育て心理学:第1部-自分と家族の問題を見る視点】

■3)「人生脚本」を書き換えよう!

このシリーズのゴールは「人生脚本」の書き換えです。
人生脚本とは、本人が気づかないままに歩いている“人生のシナリオ”のことです。多くの相談者の方を見てきた経験から、人生脚本は次のように形成されているように思います。

<人生脚本とは>
1,親に愛されたい(認めてほしい、触れ合いたい)ために創る人生のシナリオ。
2,脚本の背景には、親の生きる姿、親の意向や無意識の願望、親子関係における原体験がある。
3,育児期に祖父母や両親から子に押しつけられる禁止令やドライバー(=IP:インナーペアレンツ)が、脚本の形成に大きな影響を与える。
4,心理学上は10歳前後までに形成し、以降はその脚本の存在に気づくまで、その脚本上を歩いていく(体験的には生後間もなく形成しているケースも多々あります)。
5,脚本を書き換えるためには、これまでの自分をすべて受け止める必要がある。



----------------------------------------------------
生まれた赤ちゃんは、親との触れ合いを求めます。
だから親が忙しくて、自分が病気になったときだけ優しくしてくれた原体験があると、その子は病弱の人生(脚本)を送ります。病気が親とのコミュニケーション手段になっているのです。

親に愛されたくない赤ちゃんはいません。
たとえば、男の子がほしいと思っていた親元に生まれた女の子が、無意識に親の願いを叶えようとして、後天的性同一性障害で苦しんだりします。

親が我慢し苦労する人生を歩いていたら…
その親に認めてもらいたい子は、わざわざ我慢しなくてはならないような大変な家系を選んで嫁ぎ、あれもこれも背負って心身に病を得、自分の子にも我慢を押しつけ―そのような人生(脚本)を歩くことになります。

存在不安の強い親が、トラブルの話で活き活きしているのを見たら…
子は、問題児となり、結婚しても離婚、子を持っても家庭不和となり、あるいはアルコールやギャンブル依存などになって終生、親に“悩みの種”を与え続けます。親の気持ちをこちらに向けることによって、親が自分の存在不安を見なくてすむように助けているのです。その子は、親が自分と向き合うことから逃げ続けるための手助けをする人生(脚本)を歩んでいるのです。

もし親が子の自律を望んでいなかったら…
その子は、自律してはいけない人生脚本を創ってしまい、自律につながるすべてのことは禁止令となって出来なくなります。先生の言うことがわからず自分は馬鹿だと思ってしまったり(理解するなという禁止令)、なぜか友人が出来ずいつも孤独だったり(親以外の価値観と接するなという禁止令)、なぜかうまくいきそうなときに失敗したり(成功するなという禁止令)…なぜ、自分はこうなんだろうという人生(脚本)を歩くのです。


怖いですね。
自分の表層意識は「なぜ?」と苦しんでいるのです。でも、
自分の無意識は、「ほら、私はこうしてあなたの望む人生を歩いている。だから、私を愛してよ、おかあさん!」と、“脳内親”に日々の姿を見せ続けているのです。これほどに、子どもは健気なのです。

これが、「人生脚本」です。



----------------------------------------------------
親を恨むのもわかりますが、親から植え付けられた禁止令やドライバー(=IP:インナーペアレンツ)と異なって、人生脚本は“自らが創ったもの”です。

どんなに辛く大変な人生であろうとも、自分の人生で出逢う友人や配偶者もすべて、自分の脚本に沿って選んでいます。どの人も、自分の人生は自分が創った脚本上を歩いているのです。

ですから、そういう意味で親のせいには出来ません。
そして、自分が創ったものだからこそ、自分で書き換えることも出来るのです。自分の人生を支配している見えない人生脚本に気づくこと。

気づかれた方は、みな人生が大きく変わって行かれます。
何しろ、新たな人生脚本の元、新たな人生のステージに立つわけですから、新たな舞台の登場人物も、そこで展開される物語もそれまでと異なるのは当然です。

その舞台では、あなたはもはや操り人形ではなく、活き活きとした主人公。あなたの好きな世界でヒーローとなりヒロインとなって、存分にこの貴重な人生を完全燃焼できるのです。

このシリーズを読まれるすべての方に、自分の人生脚本を書き換えるチャンスが来ることを願っています。その時、あなたは、受け身ではなく借り物ではない自分オリジナルの人生脚本を手にすることができます。そこから、あなたの本当の人生が始まります!






【追記】
この記事を読むと、人生脚本が自分を苦しめていると思われると思いますが、人生脚本は、親という環境下で生き延びるために必要だったものです。それがなければ、生き延びることができなかったかもしれません。
また、人生脚本は、親の望みを叶えるため、親を救うために形成した部分もあり、その背景にあるのは愛情です。つまりそれがどのような脚本であろうとも、あなたは愛情深い人間だということです。
その自分をどのように救っていくのかについては、下記をご覧下さい。
「第二の誕生」の仕方


【関連記事】
子育て心理学:第2部 9)「人生脚本」の完成
「アバター」-生命の自然に還る“人生脚本書きかえ”の物語
生きづらい人(2)-ダメを目指す人生脚本
OS(人生脚本)を書き換えることで、プログラム(IP)は実行できなくなる
IPと人生脚本が用いるダミー感情
「自分への弔辞」を書く




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まともな親の下に生まれた子供は、幸せな脚本を書く事が普通に出来るでしょう
人生の最初からそういう恵まれた環境に育つ。非常に羨ましいです


語学の習得や音楽スポーツは幼少の頃からやらなくてはいけません。自分の趣味、興味を持つなと表情でと言う親でした。

親の禁止を振りほどいて今から習ってみても、高校生になってからでは発音があれなんですよね。読み書きだけじゃ、、、
音楽だって、幼少の頃からやっていなくては、、、まあやっていたとしてもプロになってたのに、とまでは言いませんが。


人生脚本を良い風に書き直して再出発、ですが、人生の時間、親に邪魔された時間も取り戻して出発できたら良いのに。
3歳くらいから今までの時間を取り戻せれば良いのに。

 

自分の自律が一番の難関

『親から植え付けられた禁止令やドライバー(=IP:インナーペアレンツ)と異なって、人生脚本は“自らが創ったもの』・・・確かにそうには違いないのでしょう。
でもあの手この手でコントロールする親の元で育ってきた私にとっては、自らそうしなければ親からは全く認めてもらえないから、親の希望通りに副った人生脚本でしか生きることができなかったのだと思う。今振り返ると、コントロールに気付く隙も与えられない強烈な支配下にあって理不尽な息苦しさを感じながら、唯一結婚だけが脱出の機会でした。それでもなお罪悪感を親から刷り込まれてきたので、親から物理的に離れても心は支配されていました。
こうしたカラクリに気付いた今、私がわが子に無意識に連鎖させた自分の罪の源である親の業を、もはや決して繰り返したくはありません。だから、親からは物理的精神的に訣別しなければならない。年老いて体力が衰えた今も電話で絶えずコントロールしようとする異様な親。まともに聞くまい、と思っていても何故か操られ感から逃れられないのです。これもIPの仕業なのでしょうか?
きっぱりと「ノー」を言ってもそれさえ無視して何事もなかったように擦り寄ってくる親に大砲をぶっ放すことでしか自分を守れません。
そうしてやっと、自分と向き合うことができるのです。それでも無意識にわが子に対する態度が親と同化していて自分の業に吐き気がします。
生まれてこのかたの悪い記憶をゼロにできたらどんなに良いことかと思います。ゼロにできたら、本当の自分の人生のステージに自分の思い通りに物語を描くことができるのかも知れません。本来の自分の物語ってどんなふうにしたら良いのやら・・・ということさえ解らない自分がいます。そもそも私のせいで子に問題が現れ自律できていないのに、自分のことを優先していいのか?と迷うのです。
あ、親である自分がまず自律モデルになる必要があるんでしたっけ・・・?あー、私は子どもの問題に夢中になることで自分の存在不安から逃れようとしているのでしょうか?
自分の自律・・・。

 

IPのせい?

どうしても理解することができません・・・。

だって、その生きづらい人生脚本を作るように仕向けてるのはやっぱり親であって。
どうみても親が悪いんじゃん!親が最初から愛情を持って見守って育ててくれればこんな人生脚本を作らなくて済んだのに!って思ってしまいます。

でもそこが理解できたらまた一歩先に進めるのかな?進まれちゃ困るからIPが理解させないように足止めさせてるのかな??

すみません混乱しています・・・。

 

親を恨むのもわかりますが、親から植え付けられた禁止令やドライバー(=IP:インナーペアレンツ)と異なって、人生脚本は“自らが創ったもの”なのです

このことを知ったとき、わたしは「うそだろう・・・・・?」と思いました。
親が無理やり、わたしの手をとり、親の都合のいいような「絵」をわたしに描かせていたと思いこんでいた。だから、「わたしの人生を奪いやがって!」と、恨んでいました。
「自分で描いた」と、わかった時は、へなへなと地面に崩れ落ちるような感じで、呆然としました。

親を手放し、赦し、孤独と向き合い、受け入れた時に、わたしの中で「孤独と愛」が統合されたのを感じました。親を憎んでいたのと同じくらい親を愛していました。

孤独と愛を知り、真っ白なキャンバスを前に立った時、わたしはちょっとたじろぎました。
初体験だったからです。でも、わかりました。自分の手の中に自分の人生がある、私の前には無限の可能性を秘めた道がただあり、わたしはわたしの「意志」で、ゆっくりでも、駆け足でも、道草しても、木の下で昼ねをしても、船に乗って航海しても、空を飛んでも、深い海深く潜っても、何をしても、何をやっても、誰もわたしを、わたしの選択を妨げるものを無いのだということを知りました。
それが「自分を生きる」「自分の人生を生きる」「大地にたつ」ということを知りました
。自律とはこのことだったのですね。
最初の一筆が力を与え、自分の想像を遥かに越えたオリジナルの絵をわたしは毎日毎日描き続けています。キャンバスには何を描いてもいいんです!すばらしいと思いませんか?
人生の終わりにわたしはわたしの描いた絵を観て思うでしょう。
「何と深く心を打つ作品だろう!」と、わたしはわたし自身が描いた絵をまるで誰かが描いた絵のように観て、感嘆し、生きることの美しさとすばらしさに魂を深く揺さぶられます。
そこには深い愛と孤独、善と悪、光と暗闇、喜びと絶望などなど、対極にあるものが同時に存在しているのに、美しい調和をなし、まるでひとつの旋律を奏でているような深い愛に満ちた豊かで本当に美しい作品があるのです。
暗闇は光を照らし、光をより輝かせている。あの経験が光をより輝かせていた。闇が存在しなければ、この輝きもまたなかった。対極にあるものが同時に存在し、それが統合され、調和をなしたときに、人生はこんなにも美しく輝きを放つのだと!わたしの絵はわたしにさいごに最高のプレゼントを与えてくれるのです。
わたしの描いた「絵」はわたしにそれを見せてくれるでしょう。

自由にこころのままに、好きな絵をもう存分描いていこう!
それは紛れも無くわたし自身を生きることであり、最高の喜びに満ちた人生になるのだと思います。
無心でまっさらなキャンバスの前に向き合う時、人は絵を自由に描けるのですね。
手放す為には、まずは自分と向き合うこと。
人生って、面白いなぁとつくづく思います。

 
    
 
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