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激動期の10年を支えてくれた家族へ、ありがとう

2009/12/14(Mon) Category : 家族小景
12月12日で思い出したが、1999年12月12日も一つの大きな転機があった日だった。当時41歳の私は下記のように多忙を極めていた。
http://www.jiritusien.com/counselling/conikki-32.htm

40歳という人生の節目を迎えて、いろいろと考えていらっしゃる方も多いと思う。しかし、節目の年齢である一方で、会社では責任ある立場となり、家庭では子どもの学費もこれからかさんでいくという時期を迎え、身動きが取れない人も多いだろう。

私も同じだったが、カウンセリングの勉強をやめるわけにはいかなかった。上記の日記を見ると頭でっかちにいろいろと考えてはいるが、結局家庭のことは何一つできてはおらず、妻のストレスがいや増していくのも当然だった。

そのとき、どのような状況になるのか、またどのように離脱のきっかけがあったのか、ご参考までに当時の日記を掲載したい(未熟だなぁ、と思うけれど…いえ、今も十分に未熟なんだけど、まぁどんな家庭にもこんなことあるよね、ってことで)。



●1999.12.12の日記---------------------------------------

妻は不満の塊であった。その不満を全て僕のせいにした。
その、“せい”のされ方にいい加減こちらも頭に来ることがあった。小さな事実の積み重ねが互いの心をそれとなく傷つけ、その小さな傷の一つ一つが2人の心を堅いものにし、次第に遠ざけていった。

硬質な2人の心は、ぶつかれば傷つけあうだけ。傷を増やさないためには、なるべく接点が少ない方がいい。帰宅拒否症候群の気持ちが分かる気がした。

しかし、接点を減らすと言うことは、避けると言うことだ。
もっといけば、互いを無視すると言うことである。互いの存在を認めあわない。これは最も深く互いを傷つけることであり、傷つけあうのを恐れるあまり、逆に最も深く互いを傷つけあう結果となった。

互いに不満を持つ。
互いに自分が認められたい。

そういう“不満”が日常生活の基調低音にあるため、コミュニケーションは一触即発であった。何らかのきっかけで、すぐに導火線に火がつき、胸元までたまっている不満が大爆発した。



日曜日、ボウリングに行った。気乗りはしていなかったが、子ども達との約束であった。子ども達が後部座席ではしゃいでいる。いつも以上ににぎやかにしているのが分かる。健気だった。

それに同調せずに、無表情を続けているのも辛いことだった。感情のままに行動できない、感情を抑えるということは、かなりのエネルギーを必要とする。想像以上に疲れることである。

この日のコースは、ボウリングに行った後、ポートタワーに行き、クリスマスのイルミネーションを見ることであった。もう何年前になるだろうか、初めてポートタワーにイルミネーションが出来た頃に比べると、格段にきらびやかになっていた。

タワー前の浜辺に出る。閑散とした暗い浜辺を海に向かって子ども達がかけていった。2人取り残され、妻が問わず語りに話し始めた。

息子が1歳頃にこの砂浜で転び、目の中まで砂だらけになったこと。ガンでなくなった友人と来たこと…。その妻の泪を見たとき、“これ以上意地を張っていても何になる”と思った。

何のために、僕は今ここにいるのか。
何のために僕は彼女と結婚したのか。

子ども達に手を振ると、2人先を争うように一目散にこちらに向かって走ってきた。無心な姿。その子ども達の無邪気に近づいてくる姿を見て、僕はようやく思った。

「意地を張っているなんて、意味ねーな」



夕食に寄ったファミレス。ここはヒットだった。ファミレス形式でありながら、寿司ネタもセットのみではなく自分で注文できる。日頃妻の望んでいる食べ物が全てここにあった。ここでカニやホタテなど頼んでビックリしている妻に言った。
「意地を張っているのは意味がないし、疲れるから仲直りだ」

自分の好きな寿司ネタだけ注文した妻は、すっかり満足したようだ。
「あー、おいしかった。」と、心から開放されたように言った。

この先も、まだ紆余曲折はあるだろうが、この1週間が、そして、この日が新たなターニングポイントとなることを気持ちにとどめておきたいと思う。






■------------------------------------------------------
産業カウンセラー面接試験1週間前のことだった。
このときが、最初のターニングポイントだったと思う。

この後、公私ともにやるべきこととやらなくていいことを“事業仕分け”し(笑)、やらなくていいことからバッサリ手を引き、やることのみに注力することで心の余裕を得ていった。

(最も、ターニングポイントは何回もあるもので(笑)、03年に会社を辞めて以降の、妻と私それぞれの自分の内側の葛藤のぶつかり合いは上記の比ではなかったが… --;)


言いたいことは、昨日『激動期の10年』と書いたが、この10年間私を支えてくれた妻へありがとうと言うこと(本当は結婚以来だが、まずはこの10年)。

子供たちの健気な姿にも、本当に支えられた。
また、退職2,3年後のバトルの時にも子供たちに救われた。



------------------------------------------------------
昨日いただいた花束。
帰宅してドアを開けてすぐに妻にプレゼント。
(活用させていただきました ^^;)

妻が喜び、娘がその喜びにノって写メ。
こういうふうに乗ってくれるから、子どもって有り難いよね。

互いの個性が競い合うのではなく支え合っていることを象徴するかのような花束。今は、テーブルの中央で華やかさを振りまいている。


『ただこうして 過ごす毎日を 数えきれない人達の支えの中で
生きている事の 幸せ感じるから なんか本当に嬉しくて』

ほんとにそうだね。

すべての人に、ありがとう。


そして、
私に振り回されつつ私を支えてきてくれた妻と子供たちへ、心から

ありがとう。





FLOW 「ありがとう」



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ゆりこさんのFC(フリーチャイルド)のコメントに心を揺さぶられて、
私のFCが「伝えたい!書こうよ!」と言って書いたコメント。
送信してから「あんなこと書いてよかったかな・・。」ドキドキ・・。
でも、FCと手をつなげたことが嬉しくて
”反省しても~後悔しな~い♪”と歌っている自分がいました。

そして、ゆりこさんの素直な心まんまのフィードバックと
Nostalgia さんの
>めっちゃ!おめでとうございます!という思いがけずの祝福。
嬉しくて、FCと一緒に泣いてます。

本当に中尾さんのこのブログにたどり着けてよかった。
中尾さんしつこい位に‘ありがとうございます‘。

皆さんのこと、マジで応援してます!


 

なんだか嬉しいです

こんな風に自分の書いたものに共感してもらえるとか反応をもらえるってなんだか嬉しいです!
なんだか萎縮してきそうやけどそれはIPでしょうね!

素直にうれしい!

今日思いだしました。
昔父に話を振っても私のことを見てくれてなかったし、話してもスルーされたことがいっぱいだった。
私はそこで悲しいのに耐えられなかった。
私は自分のせいにした。
自分は存在感がない。
そんな人だからパパは気付いてくれないんだと思おうとしてたことをさっき思いだしました。
だからかどうかわかんないけど人に自分からアクション起こすのは怖いし、人からメールが来て返す気にならなかったからそのままにしておいたら、もし自分が返されなかったらすっごい嫌だなとかいっぱい勝手に推測して罪悪感感じたり。苦しくなって。
いっぱい自己投影してた。

ほんとは私のせいでパパが私のことを無視したんじゃない。
あの人はあの人でパンパンだったから人の言葉を聞いていられなかったんだ。
でも悲しかった。
私の発した言葉と気持ちはだれにも受け止めてもらえなかった。
私自身でさえも苦しみを感じてあげていなかった。
自分からも捨てられた。
自分でも無視した。

悲しくて悲しくて悲しすぎた。
自分でさえも受け止めてあげられなかった。
今味わうから。
出てきていいよ。

何度も出てきていいよと言いながら、すぐそらそうとする。
言葉だけいい格好しながら行動は伴っていない。
期待した分だけ余計に地面に叩き落とされる感じ。
最悪。
あんた最悪。
母親と一緒。
自分の母親と一緒。
笑顔であなたの味方よっていっときながら、私が気を許した瞬間、無意識の部分で私を奈落に突き落とす。


私は母にも父にもまだまだ未練がいっぱいなのかもしれません。
それか自分の追体験で自分に感じて欲しいからかな。


『ありがとう』 『愛してる』 『大好き』 『大事だよ』
そんな言葉、最近特に人にいっぱい伝えたくなるけれど、私は無条件で駆け引きなしで、人から(?)親から(?)自分から(?)言われたい自分がいっぱいいるんだという事に気付きました。

まじで自分で自分を無視してきたんやなぁ。
なんか心に沁みます。

 

ゆきえさま、ゆりこさま、
コメント読ませていただきました。ありがとうございます。

>ゆきえさま
わたしもおおきな、おおきな荷物を33年背負ってきましたから、よ~くわかります。わたしは、まだ父親の方が残ってますが。
「おおきな、おおきな荷物」重かったですよね。
めっちゃ!おめでとうございます!

うちも、夫婦間に於いては、まだまだ乗り越える壁は山ほどあります。
思っていた以上にICが埋もれてしまっている妻を見守っていくことも、今後のわたしのテーマだと思っています。
「生きてる間に・・・」ぐらいに思ってたら、案外近かったと思える日が来るかもしれないと云う気持ちで居ります。

「離れる事の大切さも否定せず。」・・・すごいですね。なんかとっても響きました。

>ゆりこさま
ありがとうございます。
8歳と1歳のふたりの子どもに、「あなたたちは、あなたたちのままで居るだけで、おとーさんとゆりこさんと云う方の気持ちをとっても幸せにしたんだよ!ありがとう!」って、伝えておきますね^^;)。

>中尾先生
大好きなイチロー選手の言葉を借りて、
「(中尾先生は)やっぱり持ってますね!」^^)。

感謝。

 

私もありがとう

Nostalgiaさん、ゆりこさん、私も「ありがとう」が今、言いたい一人です。
以前の自分では、本当に考えられない事ですが、
先日、60代の父と母をおんぶして(本当のおんぶ)、40代の私も父と母におんぶしてもらって!やっと、親を卒業しました。

親からもらった存在不安という、おおきな、おおきな荷物を「どっこいしょ。」とおろして「この荷物はここに置いていくね。後は、気楽にやって、私も自由に生きてくよ。今までありがと。それではドロン!!」という感じです。

フラットな自分になり、心が無のようになり、そこに湧き上がってきた感情が、ゆりこさんとまったく同じでした。
ゆりこさん書いてくれてありがとう!。

息子よ、あなたは私を産まれて初めて、おんぶしてくれた人だった。
それでやっと、私は親の許し方がわかった。
「くそばばぁ、うるせぇ、きえろ、くそ!。」
うん、その通り・・。
つらい思いを一杯させて、我慢をさせてゴメン。
あなたは、あなたのままでいい。
私のところへ生まれてくれてありがとう。

娘、私がお母さん出来ないときにも、甘えに来てくれてありがとう。
あなたを抱きしめると、「どんなママでもママはママ。」というメッセージをいつももらえた。
あなたは、人を癒す天才。
頑張らなくていいよ。
あなたは、あなたのままでいい。
私のところへ生まれてくれてありがとう。

夫よ父子家庭、がんばってくれてありがとう。
今度はあなたが自分の中の、小さな男の子救いに行けますように見守ってます。
あっ、でも私、旅に出たくなったら出ますね。
「ちょっと、行ってくるわ。少しの間よろしく。ドロン!。」

Nostalgiaさん、子はかすがい。本当ですね。
<互いの個性が競い合うのではなく支え合っている>私たち夫婦も遠い将来そうなることを祈りつつ・・・。
離れる事の大切さも否定せず。いきたいと思っています。

中尾さん、ここまで導いて下さってありがとうございます。

そして、こちらのコメント欄を読んで、何度となく涙し、どれだけ励まされたか!!

ほんとうに、ありがとうございます。
そして、私も言いたい。
今、苦しくても大丈夫ですよ!。

















 

先生が先生としてあるっていうのはなんだか今だけ見ていたら昔の先生は想像できないけれど、なんだか人って変われるんだなっとこのブログを拝見していて思いました。
なんだか違う人の日記を見ているような気分になりました。
今の先生が存在してくれているのは、家族のみなさんや周りの人あってなんですね。
とてつもない思いや葛藤や、いろんな深いものがあったんだろうなと感じて、なんだかしみじみきました。
先生がカウンセラーの道をあきらめないでいてくれてよかったなって思います。

最近、どの人もみんなただ商品のようにポンと生まれてあるんじゃなくて、色々な人とのつながりやいろいろな感情が生まれて存在してるんだな、どの人もそうなんだな、とかふと思って、なんだろう、命の存在してるってそれだけが、すごくすごいなぁって思ったんです。
なんだか嬉しかったんです。

それでもって、奇跡というか、誰も粗末に扱われる人なんていちゃいけないと思ったんです。

なんだか今までは人は怖いもんだと思ってたり、自分の中で一番があったらほかは軽視していいみたいなものがあったり、何かしら無意識の中で順位みたいなものが自分の中にあったり。
なんか自分が粗末に扱われるものの人生脚本やったんかな。
人のこともやっぱ平等に見れてなかった気がするんです。

でもなんか最近、自分はもちろん、そんでもってどの人も大切なんやな、色んなところで出会ったりしてるんも、なんか奇跡じゃない?みたいな。

寒いからなのかなぁ、なんか感動しました。

Nostalgiaさんのコメントの、お子さんたちがぶら下がったり頭の上に乗ってきたりって情景を思い浮かべてなんだかとっても幸せな気分になりました。
ありがとうございました。

そういうことって何ものにも代えがたく幸せなんだろうな。
私もそういう幸せを自分から作っていきたいし、自分も沢山感じて生きて行きたいな。


先生にも先生のご家族にも、ここのブログを見てらっしゃる方々にも、みなさんに感謝です。

ありがとうございます。

なんか超ありがとうって言いたい!
ありがとう!!

 

すばらしいご家族ですね。

中尾先生
先日は、大変お世話になり、ありがとうございました。
明日で、退職日を迎えます(もう今生、何度も経験していることなので今さら特に感慨はありませんが(笑))。

ただ、今回は「ハラスメント界」からの退職です。
SE13年目、ネクタイ族13年目。
これを退職する日です。
何事も無く、いつもと同じ一日を過ごすつもりで居ますが^^;)。

同時に、12月のこの時期は33年間求めていた母親の愛情を貰った日です。
中尾相談室Webサイトと出会った時期でもあります。
早、3年が経ちました。
ありがとうございますm(_ _)m

10年前のお話、丁度わたしと同じぐらいの歳の頃、そして妻とのぶつかりも、とても自身に覚えのある出来事でした。
理想の夫婦像を語るよりも、ずっと身近で説得力があるお話でした。

わたしは、妻には迷惑がられることもありましたが、その日の夫婦喧嘩はなるべくその日のうちに解決するようにしてきました。ただ、何度かは、この体験談のようなこともありました。その度に子供たちがカスガイになってくれました。
(今は、当時と違って、互いに考える時間の大切さもわかってきたように思います。)

今も、外から帰ると競うようにふたりの子供たちが出迎えてくれました。
こちらが、かばんを下ろす間もなくぶら下がったり、頭の上に乗って来たりします。
逆の立場だった時期に、わたしが得られなかった感覚。
今、子供たちに素直に応えて返してあげられることに、ほんとうに幸せな気持ちを感じます。

「ありがとう」忘れずにこれからも歩み続けます。

いいお話、ありがとうございました。

 
    
 
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