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「自分と向き合う」ってどういうことでしょうね

2010/01/05(Tue) Category : 自律(自由と責任)への道
自分と向き合うって、どうすればいいんでしょうね。

イメージとしては、なんだか一人部屋にこもって瞑想している感じ?
それも静かに瞑想しているのではなく、過去の嫌なことを苦しみながら思い出している感じ…。

でもそうすると、IP大喜び。
IP十八番の「自責の念」「罪悪感」がよってたかって押し寄せてきて、あれ?これはIP?それともIC? ってこんぐらがってしまい、「あー!!」と撃沈。

…そういう修行僧のような難行苦行をしましょうということではありません(--;)。



■思いで行動することが背骨作り----------------------------------

自律で目指すところは、「自分の思いで生きること」

なぜなら、「思いを表現することが生きること」だからです。

だから、いきなりその生活に入るんです(笑)。

つまり、「やりたいことだけやって、イヤなことはしない」

これが基本。
(今までその真逆で生きてきたでしょ?)



でも、好きなことだけやって楽しんでいていいんだろうか? 自分の過去の気持ちと向き合っていない気がするけど…。これじゃあ怠けているだけじゃないの?

…と言うのはIPですね~。

好きなことだけやって楽しんでいていいんです。
なぜなら、そのときこそが自分の背骨作りをしているときだからです。
(自分の思いで行動するときにだけ背骨はできますからね)

「あー、今日は楽しかった!」
と、こてんと眠れたらサイコーですね。そして、そのサイコーの日が増えれば増えるほど背骨ができていくのです。楽しいですね~(^^)。

(それに、結局のところ自分が真に社会に貢献できる道は、自分の好きなことの延長上にしかありません)




■思いで行動することがIPを弱めICにエンパワーする------------------

で、いつ自分と向き合ってるのって?
人の脳は起きている間だけ活動しているのではありませんよ。寝ている間もちゃんと活動しているのです。

昼間好きなことをやって嫌なことをしないというのは、実はIPを弱めることに直結するのです。ほら、好きなことだけやって嫌なことをしないとIPはそれを「わがまま!」と言って攻撃するでしょう?
 
なぜ、思いのままに行動するという当たり前のことを、IPは「わがまま」と責めるのでしょうか。それは背骨ができてしまうと、もうIPの操り人形ではなくなってしまうからです。それを阻止するために「わがまま」と言って攻撃するんですね。

思いを表現することが生きることです。だから、堂々とわがままをやって命を輝かせてください。すると、面白いですね~。寝ている間に夢の中でICが強くなってくるんですね~。それまで夢の中で追いかけられて逃げたり怖がったりしていた自分が、言い返したりやっつけたりするようになります。

(これは寝相にも現れるんですよ。IPが極めて強い方は、まるで簀巻きにでもされているかのように、朝まで直立不動で寝ていたりします(--;)。これじゃあちっとも休めていません。目覚めたときに既に疲れ果てています。苦しいですね~)

つまり、起きている間のあなたの行動が鍵を握っています。自分を責めるIPやルール(世間体、常識、マナーその他諸々)に縛られて行動しているのか、思いや直感で行動しているのか。

昼間のあなたが意識を「思考」ではなく「思い」や「感覚・感性」に向け、直感的な行動を続けていくことが、それまでIPの味方であったあなたが、今やICの味方であることを証明することになるのです。ICは喜び、昼間のあなたの行動に力を得て、寝ている間にIPをやっつけることができるようになるのです。

ですから、「IP退治の治療」と思って、たとえ人からわがままと言われようと、直感と思いで行動するように心がけるといいでしょう。




■自分の気持ちがわからない-------------------------------------

え?でも、どれが自分の思い?
そう、それくらい自分の気持ちにアクセスできない人が、今増えています。

気持ちの方も、「どうせこの人(自分)は、IPの操り人形でIPの言うことしか聞かないから、言うだけムダ」と自分を信用していませんから、出てこようとしなかったりします。“自分”と“自分の感情”の信頼関係が切れているんですね。

そこへ思考(IP)がでしゃばってきて無限ループ。結局身動きできず。
「IPの使命」は、「自分を“自分の思い”で行動させないこと」ですから、見事IPの勝ち。

くそーってことで、『「考える」という病の回避方法』を試そうとするわけです。

…が、たとえば「私は家事をしたくない」。「やりたいことがない」。←これは、IP?IC?なにをどうすりゃいいんだ~。

そこには、「親に愛されるためには自律してはいけない」という人生脚本が、ひそやかに、しかしでーんとあったりします。家事ができたり、やりたいことがあったりすると自律に向かってしまいます。でも、それは親に愛されなくなる道。できたり、やりたいことがあったりするのはダメなんです。しかし、何もできない道を意図的に目指すのは人生辛すぎます。だから、自分が主体的に「したくない」という選択をしたんだというポジションに身を置くのです(合理化)。つまり、自分に嘘をついてるんですね~(親に愛されたいために、自分をごまかしてまで茨の道を歩く…なんて健気なんでしょう)。

で、試しに思いこみをサラにしてやってみると、「あら、楽しい! もしかして私料理好きかも」ということもあるのです。まずは、ともあれ動いてみること。




■心の中に答えはある-----------------------------------------

ところで…ここだけでもIP、IC、人生脚本など出てきましたね。
「考高感低」の方は、心理学を学び自己分析をする際に、これはIP?これはIC?これは脚本?と得てして迷路にはまりこんだりします。はい、ここでもIPや脚本が、自分を行動させないために思考の迷路に自分を誘導しているのですね(手強いですね~)。

このブログでも、説明をするためにIP、IC、脚本などと言っておりますが、それは気づきを促すために書いているわけであって、それに囚われる必要はありません。当ブログの掲載事例や上記に挙げた合理化の事例も、ヒントとして掲載しているのであって、そうではない事例もごまんとあるでしょう。ですから、囚われる必要はありません。

簡単な話、親から愛情豊かに育てられた人は、学問一つ知らなくても自律して生きていけるのです。そういう自律した世界に行けば、このような説明ははなから不要なんです。

逆に、たった一つの気持ちを伝えるのに、数日から数ヶ月に渡って大仕掛けをし、いろいろな人を巻き込み、しかし結局、その本当の気持ちは伝わらない―そういう事例を私は多々見てきました。自分の気持ちにアクセスでき、素直にそれを表現できる人が一瞬でできることを、そうではない人は、場合によっては一生かかってできないことさえあるのです(人生ってなんなんでしょうね~)。


気持ちを抑圧している人、存在不安の強い人は、思考や理屈の世界、白黒ハッキリの世界に向かいがちです。それは致し方のないことなのですが、理屈の世界にはまりこんでしまうと、いつの間にか自らが築いた理屈の壁に囲まれてそこから抜けられなくなってしまいます。

自分が理屈や論理が好きだと感じたら、理屈から遠ざかる努力をしてみてください。白黒ハッキリすることが好きだとしたら、ハッキリすることにあまり意味がないことに気づいてください。そして、あいまいなことの豊かさに気づけるとよいと思います。

まぁ言いたいことは、すべてのことにおいて、「いい加減」「いい塩梅」でマイペースで生きましょうということ。答えは、このブログをはじめとして書物の中にあるのではありません。自己洗脳を繰り返すあなたの頭の中にあるのでもありません。

あなたの心の中にあります。




■背骨に見合った分の感情が出てくる------------------------------

さて、嫌なことは断り好きなことをやって背骨ができてくると、ようやくICが感情として出てくるようになります。夢の世界から、起きている日常の中に出てくるようになるんですね。

さして考えなくともできる家事や、リラックスしてできる趣味や散歩など、頭を働かせずにボーッとしたり体を動かしているときに不意に感情が出てくるようになります。

感情はエネルギーがありますので、その感情を受け止めるだけの背骨がなければ出てきません。ですから、背骨に見合った分の感情が出てくるようになるわけです。

ということは、背骨ができればできるほど大きな感情が出てくるようになりますから、「死にたい」「殺したい」「孤独」「好き」という4大感情は後の方に出てくることが多いわけです。ですから、感情が出始めるに従って、ますます苦しい感情に苛まされるように思えますから、一見悪化していくように思えます。が、それは自分がそれだけの感情を受け止められるくらい強くなった証だし、順調に心のコップに溜まっていた感情をはき出している過程なのです。

封印していた過去の記憶がフラッシュバックして出てくるようになると、それはとても辛いことですが、実は回復過程に入ったと言うことなのです。
フラッシュバック





■気持ちをかき立てられたときが、自分と向き合うチャンス---------------

また、日常の中で、配偶者や子ども、友人などの言動にイラッときたりモヤッときたりすることがあると思います。あるいは、ちょとした言動に強い怒りを覚えたり、激しい言い争いになったりすることもあると思います。実は、そういうときこそが自分の中に入っていくチャンスなのです。

そういうときに、その激情を直接目の前の相手にぶつけるのではなく、「この思いと同じ事が過去のどのような出来事の中にあったのだろう」「今言いたいことと同じ言葉を、本当は誰にぶつけたいのだろう」―と、自分の記憶の中にダイビングしてみてください。

自分の中に奥深く潜っていけば、恐らくそこに、親と自分とのなんらかの出来事があると思います。そうやって、その思いにたどり着き、その思いを十分に味わうことが、その思いを救うことになるのです。

“救われていない思い”は、その“思いを遂げる”ためにゲームを仕掛け続けます。でも代償行為ですから、結局思いを遂げられず、ゲームを繰り返す人生を歩むことになります。が、自分がその思いを救ってあげることができれば、その思いは解放され、ゲームではないオリジナルの人生を歩むことができるようになるわけです。

ですから、自分が何らかの気持ちをかき立てられたときは、その相手が自分にICを救い出すためのチャンスをくれた恩人だと思ってください。その結果、自分自身の人生が救われることになるのですから。




■とりあえず、やってみよう---------------------------------------

ごく大まかに言えば、このように流れていきます。
ですから、自分と向き合わなきゃと、「ねばならない」で頑張る必要はどこにもありません(←そこにIPの罠があります)。

「気持ちを大事にして生きる」

ことを、「今」から始めるだけでいいのです。


難しく考える必要はありません。
ただ、「これは好き? 嫌い?」と常に自分に聴いてみる―それだけでいいのです。聴いてみて分からなければ、やってみればいいのです。やってみて始めて、「やってよかった」「あぁこんなもんか」―そういうことがわかります。それでいいのです。それが、自分と向き合うということなのです。





(PS)
そうそうNHK大河ドラマ「龍馬伝」が始まりましたね。私も自分の思いを大事にして生きてきましたので、周囲との軋轢も多々ありました。孤立無援になったときに胸中常に唱えていたのが下記の龍馬の言葉です。皆様にもお贈りします。

「世の人は我を何とも言わば言え 我がなす事は我のみぞ知る」








あなたのIC(インナーチャイルド)から、あなたへのメッセージです。
私=IC、キミ&アナタ=あなた、の置き換えて聴いてみてください。


『言葉にならないほどの想いを
どれだけアナタに伝えられるのだろう....

ずっと閉じ込めてた
胸の痛みを消してくれた
今 私が笑えるのは
一緒に泣いてくれたキミがいたから

1人じゃないから
キミが私を守るから
強くなれる もう何も恐くないヨ....』


『自分だけのSTORY
作りながら生きてくの
だからずっと、ずっと
あきらめないで....』





【AI 「Story」】








縮こまらないで20代
親の期待に自分の人生を売ることなかれ




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『さとりのしょ』

以前、BS朝日のキッズ番組で放送されていた『peeping life』という番組がありました(DVD並びに、YouTube、ニコニコ動画にたくさんの作品がアップされています)。母とニート息子のやりとりを描いた『俺のテーマパークグッズ』。父とお年頃の娘のやり取りを描いた『気になる娘のケータイ』『父と娘初めてのドライブ』『父と娘、押し入れの探しもの』が好きです。IP?を演じるカニング竹山さんのリアクションはさすが!の域。のっけからICがIPからKO勝ち(…というか立場が逆転しております)。なんだかこれらの家族ドラマの『度』が過ぎると中尾先生にお世話になることになるのですが、まぁ、うま~く、リアルに描写しております。さて、この『peeping life』のテーマ曲『さとりのしょ by detune』。この曲の歌詞、メロディー、踊り、すべてがインナーチャイルドの応援歌で、思わずインナーペアレントも笑顔で踊り出しそうです。中尾相談室に集まってくる仲間たちみんなで、この歌を歌い、笑顔で歩きたくなります。皆様の何かお役に立てばさいわいです。中尾先生、そして皆様に熱く感謝申し上げます。

 

ああ、よかった。
ここには私の味方が居るんだ。
そう思えて、なんだかホッとしました。

最近、IPが猛威をふるっていたのかもしれません。
ICちゃん、がんば!---らなくていいのかな?んん?あはは。

強いハラスメント界の中でもがいて居た頃友人だった人にも先日会いました。
友人だった・・・と過去形なのは、あまりにも話が合わなくなっていて、愕然としたからです。
電話の時だけなら話が盛り上がって、また会いましょうということになって会ったのですが、
会うとお互いのIPが強く働いてしまったのか、何を話してもちぐはぐ。
過去色々あった間柄なので、それもあるのでしょうが、ここまで違うのか・・・となんだか悲しいような、胸が痛いような、スッキリしたような、変な感じです。
向こうが「ゲーム」を何度か仕掛けてきたというのは分かりましたが、へえ~と思うだけでした。
そして正にその人と話している時、「気持ちをかきたてられる瞬間」というのがありました。

それは、「これだけ私の人生振りまわしてくれて、一体人の人生なんだと思っているの!?」という思いでした。
そして、この記事を読みながらチャイルドの気持ちを受け止めようとして分かりました。
それは、私のチャイルドが、母親から受け取っていたメッセージでした。
悲しみがぶわーっと出てきました。
そんな、子どもなのに。振りまわして当然だよ。
チャイルドちゃん、何も悪くないよ。
あれ?違う。どうもまだ奥がある。
そのチャイルドって、母親のチャイルドだ。
あ、やっぱり、私が母に対して言いたかったことだ。
中身が子供のままの、自信なさげな母親のチャイルドに対して。
子どもだから、怒れないって、自分の想いを封印して。
その奥にある、沢山の感情。想い。
表現してあげるからね、ちゃんと。
私は絶対、私を見捨てないから。


今、素敵な音楽を聴きながら文を書いています。
心地良い。
本当は私も「あるがままの自分を取り戻す講座」に行ってみたかったのですが、IPの強い抵抗に遭ってしまい、今回は参加できませんでした。
IPは気持ちのままに講座に参加する、ということの邪魔をしてきました。
他の、興味を持った詩や音楽のワークショップに対してもそうでしたので、その反省を生かし、
今日は行ってみたかった製本教室に行ってみました。
相変わらず頭が邪魔をしてきましたが、思い切って予約しました。
気持ちのままに興味のある方向へ向かうって、とても気持ちのいいものなのですね。
前日の夜、嬉しくて嬉しくて。
今朝起きてからと会場に着いてからは、若干IPの邪魔が入りましたが・・・。
次はIPの邪魔に屈さず、先生の講座受けてみたいな。


「世の人は我を何とも言わば言え 我がなす事は我のみぞ知る」

とても良い言葉ですね。
今の私にピッタリの言葉です。
「我がなすべき事~」じゃなくて「我がなす事」なのがとっても良いと思います。
泣いて、手帳と今日作った白紙の本の二冊に早速メモしちゃいました。笑。
ありがとうございます。

 

のんびり行こうよ人生は

人生.人は人.自分は自分。今の一歩のあゆみから少しずつでいい自分の人生だもの
諦めなければいつかはきっと笑顔いっぱい!

 

やりたいことする。嫌なことはしない。何とも幸せな。

最近はやりたい事をするのが増えています。食事の支度もしたくない時は簡単に済ませています。前は作らないとダメとIpが騒いでた。仕事もやりたい、やっつてみたいですが増えた。出来た時は嬉しかった。

 

大地のぬくもりさま、ありがとうございます

ぐちゃぐちゃに書いた文を読んでくださり、ありがとうございました。こんな読みにくい文章を読んでくださったということだけでも、自分勝手な思いなのですが、包まれているようななんだかホッとした気分です。きっと、ご不快だったでしょうに、コメントまで寄せてくださり嬉しかったです。私は、労われてきたことが無かったんだな、と気付きました。
実は、休む・・・、ということ、どうやって休んでいいのかわからない自分がいます。じっとしていても常に頭が思考してしまいます。中尾さんが書いていらっしゃるように、編み物などのような、無心になれるけれど、何か達成感のある趣味を作らなければならないかもしれませんね。「わたしを大切にすると、子どもを大切にしてるんだよ 」私は今まで、頑張る自分の姿を子に見せることだけをしてきていたように思います。
溢れる気持ちをこの場に書かせていただいて、自分が相当に疲れていたのだということ、自分を労わっていいんだということをちょっと解った気がします。いろんなことが怒涛のように押し寄せてきて、全て自分の肩に圧し掛かって、これ以上はもう絶対に伸びないゴムのようなギリギリの張り詰めたままの状態だったのですね。ゴムは切れてしまったら用は成さない。だから休んでいいのですね。
ありがとうございました。

 

combさんへ

combさんの気持ち聴かせてくれて、ありがとう!
よく頑張ってきたね
胸がいっぱいになって、きのうは何もかけなかった

今はゆっくりと休まれるといいよ
それだけのことをしてきたのだから、
休ませてあげるといいよ
それがわたしを愛することだから
わたしを許すことだから
今がんばらないことが、わたしを大切にすることだから
そして、わたしを大切にすると、子どもを大切にしてるんだよ

わたしたちは、わたしを大切にしない人たちの中で
ずっと生きてきた
だから一番大切なこと知らなかった
今は知った
やればいいよ
勇気を出して、休んでみるといいよ
わたしが休むことで、わたしも子どもたちも楽になれるから


苦しくなったら、また吐き出してね

 

kanaさま、匿名人さま、ありがとうございます

kanaさま、匿名人さま、ありがとうございます。書いてくださった文字をひとつひとつ読みながら泣きました。見えない私の姿をそっくり包み込んでくださるような言葉に、ただただ、泣きました。本当にありがとうございます。
自分の人生の棚卸しをし、親から受けた辛く悲しかった記憶よりも、それと同じ事を無意識とはいえ、我が子に輪をかけて擦り付けてきてしまったことに対して物凄い罪悪感に苛まれて、辛くて堪りませんでした。私は、私さえ頑張ればいいのだと、遮二無二暴走していました。母親の父に対する悪口に嫌気がさしながら、母の操り人形と化していた私は、温かい家庭というものをどうやったら造れるのかが解りませんでした。母の‘婿養子を取る密かな計画‘は、私が逃げる手段として長男である夫と結婚したことで実現しませんでした。母は私の伴侶に嫉妬し、相手の人格、家柄など欠点を必死になって探し出し指摘し、私が自分から離れないようにと躍起になっていたことに今さら気付きました。私は母から親不孝者なのだと思い込まされ、ずっと罪悪感に囚われていました。私の結婚生活にあれこれと指図をし嫁姑関係も夫婦関係も壊しておきながら、私の思慮が足りないからダメだ、と平気で私を非難しました。そして母は私を自分の手元に置いて思い通りにしたいくせに、私が出戻ることは、他の何より大事な世間体が許さないのです。6歳離れた妹は、こうした母の理不尽な振舞いをはっきり当時から気付いていたらしく、家出をするようにDV男の下に転がり込んで、理不尽な支配と服従の歪んだ家庭で19年に亘り我慢を重ねて精神を病んで離婚しました。妹の微かなSOSから苦境に気付き、脱出の最初から離婚成立まで関与したのは私でした。彼女の脱出計画を母が事前に知れば、頓挫するのは明らかでした。母は、妹の異常な家庭の状況を知りながら「アンタの我慢が足りない」と言って、本人が訴えていた声を無視して猛獣の檻の中に押し戻していたからです。私は彼女の気持ちや状況を加害者の眼を盗んで隠密に聴き取りながら、警察、児童相談所、学校、DV関係機関に連絡や足跡を作り、彼女の子どもたちと共に脱出させる方向に計画を立てる極度に緊張した日々を送っていました。彼女の子どもたちは異様な父親の支配下で、母親さえも生贄にすることで生き延びて来たため、子どもたちを説得することはできませんでした。とても辛い決断でしたが、本人の希望もあり、24時間体制で加害者の監視下にある妹の精神と命を救うことを最優先し、単身でDVからの脱出となりました。身も心も満身創痍で離婚裁判を闘う妹の心を支える役割は、おのずと私以外にはありませんでした。加害者が子どもたちを使って母親攻撃をしてくること、心無い調停委員から二次被害を受けたこと、洗脳虐待を受けすっかり父親のコピーと化した子どもの親権について考えねばならなかったことなど、私は彼女のそうした苦しみを目の当たりにしながら、父母との間に立ち事情説明をしなければならなかったこと、途中で突然交代したDV相談員の考え方が違う為、単身脱出の影の立役者となった私を痛烈に非難されたことなど、逃げ出したい気持ちを堪え、妹にそうした辛さを気取られないように独りで踏ん張っていました。母は、妹の苦境に一見理解を示しているようで、内心は私の行動を“要らぬ事をして!”と言わんばかり。子どもらの親権を妹が取る方向で本人が決意したことを「ワシらは子どもたち(が実家に来ること)を拒否できるのか?」と真っ先に自分の生活を案じる態度に情けない思いをしました。母を嫌いながら、心のどこかで母に無条件で愛されている自分を確認したいという、妹のその思いは絶望になったことを私は知りました。妹の心に寄り添い、気持ちを理解することは、結果的に自分探しの旅にもなりました。過酷な離婚裁判を伴走する中で、目に見えない巧妙な暴力を立証するためにこのサイトに辿りつきました。こんな吐き気のする母親の操り人形になっていた自分の人生脚本に行き当たった時、子どもたちに見事に連鎖した子育てをしてしまったこと、温かい家庭のモデルにならなかった自分の行いや言動、子どもたちの自立の失敗、子どもの教育に全責任を負ってきた私としては、自分の存在価値そのものがどこにもなく、遮二無二造ってきたと思い込んでいた家庭が実は砂上の楼閣だったことに愕然としています。子どもたちに申し訳ないことをしたという罪悪感はなかなか消えません。家事をしていてもふいに涙がこぼれるのを、娘たちは私が罪悪感を売り物にしているように捉えて気に入りませんから、どこにも感情を出すことも許されません。子どもの頃から、母は私が怒ることも泣くことも制限してきました。私は弱音を吐くことはできないから完璧でなければなりませんでした。完璧が崩れ、私の居場所はありません。消えていなくなりたい、どうしたら消えていなくなれるのかをここ数日ずっと考えていました。希死念慮がある妹に「死なないで」と言っていた私が、家族の前から姿を消す方法はどう考えてもないのです。何も考えたくないのに考えてしまう。親を捨てる決意をした私を夫は心底理解はしてくれませんし、感情が溢れて乱れる私は夫に叱られます。私は順風満帆に見える人生を親に見せることを無意識にした人生脚本を持っていました。子どもを一人前に社会に送り出すことを自分の使命と考え、それだけを生きがいにしてきたのです。それが子どもの人生そのものに干渉し支配し、ゴールは近いものだと思っていました。本人が望んだ職種で内定していた会社が卒業間近で突然自己破産し、その後どうにか就職した会社も給料が払われないまま整理解雇され、そんな悲しい状況で一番辛いのは娘だということは充分解っています。次女も本当は就活しなければならないことは解っているのです。娘たちの心の辛さを汲み取ることはできても、前向きになれる言葉を私は知りません。私さえしっかりしていればこんなことにはならなかったのに、と責めても何も変わるはずはありません。気の持ちようだということも解るのですが、何をどうすればよいのか・・・。もう頑張ってはいけないのだということは頭では解りますが、心が許しません。こんな私を親に持った娘たちに申し訳ない。親からもらえなかったものを中尾先生のブログで自分のものにしようと日々学びをしているつもりが、あらぬ方向に向かってしまって申し訳ありません。読んでくださってありがとうございました。

 

初めてこのサイトにたどり着きました。
あ~、なんか、自分にうそをついて生きてきたことが
よくわかった…。
人に嫌われたくない、人に好かれたいと必死になり、
自分の思いは、いつもうまく伝えられずに、人の意見に流されてばかりでした。
背骨が育ってないんですね~…。
だから苦しいんだ…。
結婚して子供を産んで、海外で暮らして、人から羨ましがられていても、自分全然幸せな感じがしないのは、自分が自分の思い通りに生きていないからで、引きこもり主婦になっているからです。
人からちょっと嫌味っぽい事を言われるだけで、すぐに凹んでしまう。
周りは私のこと嫌っているだろうな~と漠然と思っている。
結局自分が自分のこと嫌っているからだけど。
束縛は愛の証だと思っていたけど、社会との関りを絶つもので、
前は束縛を心地いいものと思っていたけど、今は辛いです。
もっと楽しく社会に出たい。人と交流を持ちたい。心の底からポジティブに生きたい。
でもどうしたらいいか、わからない…。
このサイトで、しばらく勉強させていただこうと思います。

 

combさんへ

combさんのような気持ちになったことわたしもある
何度もある
だから、もし、ここにあなたがいたら、
わたしは何もしゃべらず、あなたに寄り添っていたい
どんな言葉も、それが善意からのものであったとしても
負担に感じてしまうくらい
疲れ果て、泣きたいのになみだもでない時がある
いつも自分は家族みんなを気遣っているのに、
わたしだけ、誰からも気遣われていないと感じるときが
わたしにもたくさんあった
自分を責めて、我慢して、
実は自分が優しい言葉をかけてもらいたいくらい疲れ果てているのに、
見守ることを自分に科して、もっと疲れ、
このまま消えてしまいたいと思ったこと何度もあった

中尾さんのブログで思う存分、気持ちを吐き出せばいいよ
気持ちには、いいも悪いもないんだから
何でも書いてみるといいよ
わたしたちが受けとめる
だいじょうぶ

 

combさんへ

コメントを拝見しました。

今まで、ずっと、とてもがんばっていらしたのですね。
お疲れさまです。

combさんが、今、苦しくて辛くてどうしようもない状況でしたら
お子様よりも先に、combさんの心を助けてあげてください。

中尾先生の言葉は、お子様ではなくてcombさんへ向けたものだと
思ってみてはいかがでしょうか?

お子様はもう成人されているようですし、しばらく放っておいても
大丈夫だと思います。


私自身も、棚卸しの最中なので、じたばたしておりますが
みんなが気持ちのままに生きられたらステキですね。

combさんが穏やかな時間を過ごせるよう、祈りをこめて。

kana

 

「たった一つの気持ちを伝えるのに、数日から数ヶ月に渡って大仕掛けをし、いろいろな人を巻き込み、しかし結局、その本当の気持ちは伝わらない」

よくあります。説明すればするほど空回り。伝わらなくてイライラ。結局、最初から説明しない方がマシになってしまう。

 

最近のNHKの番組

今回始まった「竜馬伝」といい、最近のNHKの番組には『自律』のテーマにした作品が多いように感じます。

前回の朝ドラ「つばさ」は『家族の再生』をテーマにしていました。
家族一人ひとりの『自律』を目指すストーリーや、それぞれが抱える問題に共感し、時には目を潤ませながら毎回楽しく見ることができました。

「つばさ」は朝ドラ史上最低の平均視聴率だったそうです。
世間がテーマを受け入れなかった、拒否反応を示した、ということでしょうか。
一人ひとりの思いを大切に生きようとする主人公たちの行動を、現実にはありえない絵空事のように感じて反発を覚えたのでしょうか。
以前の私なら、家族のために奔走する主人公に共感することなど到底できなかっただろうと思うだけに、複雑な思いです。

新しく始まった「竜馬伝」で、多くの人が自分の思いで行動することの素晴らしさや大切さを感じとってくれるといいな、と思います。

 

思いで行動することが背骨作り
自律で目指すところは、「自分の思いで生きること」
なぜなら、「思いを表現することが生きること」だからです。
だから、いきなりその生活に入るんです(笑)。
つまり、「やりたいことだけやって、イヤなことはしない」
これが基本。(今までその真逆で生きてきたでしょ?)

これが本当ならば、私はこどもたちに就職しろとは言えなくなります。長女は卒業して一年にも満たないうちに就職した会社をとうとう自宅待機から12月で整理解雇されてしまい、就活もせずアルバイトをしながら海外ボランティアをしたいなどと、夢ばかりは大きく現実を見ず、目の前の希望職種の採用機会を掴もうとはせず、就職をしない耳障り良い都合のいい理由の言い訳ばかりを並べ、次女は大学も行かず、就活もせず、深夜にバイトから帰宅しては朝までネットで漫画漬けの毎日です・・・。我が家はあと7ヶ月で年金生活を余儀なくされます。退職金はありません。生活が成立するだけの年金も出ません。夫の仕事は深夜の激務で限界まで頑張ってくれました。それなのに定年後も夫はアルバイトをして食いつなぐと言っています。私ももちろんこれからも働き家計を支えますが、固定給は無く大黒柱となるほどの収入はありません。これまで真面目に働いてきました。真面目に節約してきました。自分の楽しみは後回しにしてでも厳しい家計をやりくりして、こつこつ貯めた学費で子どもたちの大学費用を捻出してきました。子どもを経済自立させることが親の使命であり責任と思い、歯を食いしばり頑張ってきました。有名大学や有名企業を望んだことはありません。望んだとしたら親の経済能力の限界内(公立校や自宅通学)です。子どもは確かにこれには応じて頑張ってくれたことでしょう。だからといって、子の経済自立を望むことは親のエゴだったのでしょうか。子の経済力を見込んで私の老後を想像したこともないつもりです。子の自立を望んで頑張ってきたことが子の人生を奪ってきたのだとしたら、私はいったい何を頑張ってきたのでしょう。就職することを要求することが、子の自律の妨げになるのでしょうか。これまでの人生の棚卸しをし、機能不全家庭に育ち世代間連鎖を背負った私の子育て態度が間違ってきたのはわかっていますし、責任は私にあります。無意識に造って来た人生脚本の書き換えをしなければ子どもの自律モデルにはなれない。だから子どもの尻をたたくのは我慢に我慢を重ねてきました。自分の人生は自分で責任をとらなければならないし、親は子どもの人生を死ぬまで背負うことはできない。親の脛かじりを存分にできないことが愛情不足だったと子どもたちが言うなら、それも子どもに詫びることもします。ですが、もうこれ以上私たち親がすることは、子どもを本当にダメにすることに思えます。口出しを我慢をして見守る親に徹してきたつもりですが、夫の身体も心配です。誰にも相談することができず、このままフリーターやニートになるのを看過しなければならないのでしょうか。年末年始は家族と向き合い、自分と向き合い、心が溢れてどうにも辛い日々です。

 

気ぃ済むようにやる。

12月でSEもサラリーマンも辞めて、気の済むように生きることにした。

妻と子ども二人が居る。
それもあったのか妻と暮れに大喧嘩した。
それを見て泣いている娘にふと口をついて出た言葉。
「おとーちゃんはなぁ、ほかのおとーちゃんみたいに毎日仕事に行ってないし、カイシャにもいかへんけどな。しっかり人間やっとるんや。」

妻は、「生活のことは心配せんでも、あんたの好きなようにやったらええ。」と。

ありがとう♪ ほんまおおきに!

昔、周りの大人によく言われた言葉。
「継続は力なり」
・・・へへへ。。。生きてることが継続じゃぃ!ざまぁみろ!
ずっとそう思ってる。

昔、友人が唄っていた歌。
「おれの仕事、それは人間♪」
人間やってたらええねん。さんま師匠の「生きてるだけでまるもけ」と一緒や!

すきな言葉
「気ぃ済んだぁ!」

友人とかに、何かを相談されてもここ何年かは、
「気ぃ済むようにやったらええやん」
としか答えなくなった。
それでええと思う。

理屈こねるのやめた。あたま痛いわ。
今の人間、あたま良くなりすぎたんちゃうか?

自分の気ぃ済むようにやる。それだけ。

中尾先生、年明けからめっちゃTrueなネタありがとう♪

 

わたしはこれで背骨を育てました

☆ 気持ちいい人しか会わない
☆ お弁当を作りたくないときは、コンビにで買ってもらう
☆ ご飯が作りたくない時は、惣菜を買う
☆ 手作りが母の愛情だという思い込みはやめた
☆ 起きられない時は寝ている
☆ 昼ねを堪能する
☆ 娘の不登校が苦しくなったら、夫と一泊旅行
☆ 時々、家出をする
☆ 学校の保護者会には行かない(不登校だし)
☆ 年末大掃除をしなかった
☆ おせち料理は作らなかった
☆ メールの返信は気の向いたときにする

52歳3人の子持ち専業主婦
したいことしてます
他人からみたら、怠惰な生活のようにきこえるかもしれないけど、
今が一番充実してて、穏やかで、自分の中の無限の可能性にわくわくし、輝いてます。
すきなことしかしないことの成せるワザです

努力や我慢が美徳とされて、育ってきたけどあれはうそです。
自分の気持ちで生きることこそ、ここに生まれてきた目的だと、今ならわかります。
スキキライという感情は、わたしたちに備わっているすばらしいナビゲーションシステムです
これを大いに活用して
わたしたちひとりひとりの人生を輝かせようね

このスキキライが、わたしをどんどん形作ってくれます
ぼやけていた輪郭が鮮明になり、
わたしという世界にたった一人しかいない
オリジナルなわたしがそこに現れてきます
それは大地にすっくと立ち
天に向って伸び行く存在です
まばゆい光を放つ燃えるような存在です
それがわたしたちです
それは「スキ」で創られていくもの
すごくシンプルです
創られていくさまを感じることはすごくわくわくします
ドキドキします
わたしはどんなわたしにもなれるます
わたしが思い描きさえすれば、わたしは何にでもなれるのです

だから、みんな今から
スキなことをはじめよう



みんなも大いに使ってみて

 

本当の勉強になります

 今まで学んだり勉強してきたつもりだった、いかにも価値あるように思っていた他のどんなことよりも、人として生きるため最も大切な基本がここに書かれている、そう感じます。この基本なくしては人生もないですね。

 

大きな成長

中3の初めに学校に行くことをやめた、17歳の長男。
この3年、だらだらとした引きこもり生活(←世間から見たら…)の毎日。
彼は、年末に父親の強引な引っ張り出しに合い…怖く不安な数日を過ごしました…本人は『かき乱される』という表現をしてたっけなぁ~…数日の間は、震え、泣き、自分の気持ちを話し、私の話を素直に聞き…ついに父親と対決をしました。『プレッシャーになるから、オレに会ったり、メールしたり、しないで欲しい』と、キッパリと告げたのです!
背骨…出来ていたみたいですね~~(^-^)
この3年間、ほんとうに、よく頑張ったんだねっ!

 

好きか嫌いか

私も自分がどうしたいのか分からずに過ごす毎日です。
とにかく周りの人からいい人間だと認められたくて仕事をする
それだけの毎日です。
好きか嫌いか。。。わからなければやってみる
「やってみる」というところがわかりやすくて安心しました。
ありがとうございます。

 

本当に

表面の自分は 普通にしています。
でも内面は凄く辛いです。
死にたいくらいです。
殺したいくらいです。
辛いです。
きつくて逃げています。
この感情を受け止めつくせば 変わるのでしょうか。

今日の記事は 私のためかと思うほど 来ました。

温度差がありますね 表面と内面。

でも!

今日の記事は 繰り返し見ます。

有難うございます^^

 

そうでした

そうでした、いや、今も時々そうなります。
頭の中で、IC、IP、と交通整理始めて、ぐるぐると訳がわからなくなる。
やりたいことが「仕事」って思い付いたり。でも仕事をやりたいのではなく、IPに「怠け者」と言われたくないから仕事がしたいだけだったり。
めちゃくちゃになりました。
子供がケンカすれば、とめなくちゃと張り切って、八つ当たりされて爆発!してしばらくしてから呆然自失…
ああ、チャイルドはこうやって兄や姉の兄弟ケンカを止められない自分を責めていたんだ、と感じたら怖くなって泣きました。
IPって本当に姑息なんですよね(悔)

腹をくくって、「私は自分の好きな事だけしかやらない!」と決意できれば、2日爆睡してチャイルドがひょこっと出てきたり。
とにかく、誰がなんと言おうと、私がやっていることは私だけがわかっていればそれでよし!
というところに戻ってくると、うっきーとチャイルドが喜びました。
リカちゃん人形も買っただけで大満足。遊ばなくていいの?ってこともありました。
難業苦行が大好きでした。そうできないから幸せになれないと思い込んでいたから。
IPは大喜びだったでしょうね~(怒)
母が嫌いそうな事を敢えてしてみたりすると、結構ヒットしたり、すごいなぁ、自律させたくないIPって。

今もまだありますね~。
まずは立って周りを見渡しています。

 

がーん、がーん、わかっちゃいたけどそーなんだー。
銃で撃たれる夢を見てました。ちょうど昨日。
「気をつけ」で目を覚ますのは卒業しました。やっと。
あーやっぱり辞めよう。
治療を辞めるのは悪いことだとIPが大合唱でした。
自分が隠れたいのか、気づかれたいのかも、
わかっていなかったのかも知れません。
なんか、まとまりませんが、
ありがとうございます。
もう気にしないぞ!

 
    
 
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