「フラッシュバック」~虐待トラウマからの復活
虐待によるトラウマの物凄さを描いた「フラッシュバック」という本を書かれた方だ。

私は、「あなたの子どもを加害者にしないために」の中の【子育ての法則8:猫殺しの心理】という項でこの本を取り上げさせていただいた。それは、少年Aが先天異常ではないことを証明するためにも必須であったからだ。
フラッシュバックとは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状の一つで、封印されていた過去のいやな出来事が不意に生々しい現実感を伴ってパッパッと脳裏によみがえることを言う。
あまりにも理不尽で強烈な体験であるために、その体験が“思い出”に消化されることなく脳内に存在し続けており、その体験につながるような音や匂いなどのきっかけでよみがえる。
しかし、フラッシュバックが現れ始めたということは、その現実に立ち向かう準備ができ始めたということでもある。そして、自分の中で“消化”されない限り現れ続ける。
そのため、辛いフラッシュバックから逃げずに立ち向かう必要があるのだが、自分を支えきれない場合が往々にしてある。
高橋さんが相対した女性の体験は想像を絶する。恐らく、一人で立ち向かうことは困難だっただろう。高橋さんが受け止めたからこそ、何とか立ち直ることができた。その意味で、この本の目を背けたくなるような詳細な記録は、治療の一過程になっている。
その方は、小学校三年生のとき、おがくずストーブの中にかわいがっていた猫を押し込めて殺す。
結婚後の不毛な生活の中で、とつぜん飼っていたインコを水槽に沈めて殺す。
その方は、小さい頃にストーブで生きるか死ぬかの大やけどを負ったことがあり、その包帯で全身を巻かれて身動きできない時にも鬼畜のごとき兄に犯された。
さらに幼児時代に風呂の中で、溺れそうになりながら兄に犯されていた。
『私は一度死んだ人間なのです』
『私はごく冷静に狂乱していました』
その方は、自分にされたことを動物にしていた。
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彼女は、「虐待」の定義に書かれてあるすべてのことをその身に受け、それがあたかも普通の人間関係という世界で育った。
そして、二度目の結婚生活も波乱が起きる頃、おかっぱ頭の女の子の人形をはっきりと見るようになる。床から数十センチ浮いたまますーっと近づいてきたり、テレビの画面の中にいたり……数ヶ月一緒に暮らすうちに亡くなった長姉ではないかと気づき、気づいて以降、だんだんといなくなっていったそうだ。
この渦中で仮に事件を起こし、精神鑑定を受けていたのであれば“異常”と言う判定が下りるだろう。そして、小さい頃の所業にさかのぼり、あるいは“先天異常”などのレッテルが貼られていた恐れがないとはいえない。
が、彼女は先天異常などではない普通の女の子だった。
そして、これだけの異常を体験しながらも、自らの物語を吐き出した後、今はすべてを恕(ゆる)しているという。
「人間は環境の動物である」というのが私の持論だ。
子の親が、戦場では赤ん坊を空に放り上げて銃剣で刺した。
人の命が軽い国では、子どもが道端に死んでいても見向きもしない。
金至上主義、上司から鉄拳さえくらうリフォーム業者は、痴呆症の老人を食い物にして恥じない。
銀行からモラルが失せた90年代、企業の倫理は喪失した。
優秀な者が得ることができるという価値観は、頭を使って人を騙して金を得る詐欺を増長させた。…
その心理を逆手に取り、地下鉄から名物の落書きを徹底的に消し去った結果、ニューヨークから犯罪が激減した。
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モラルが崩壊した環境の中で育ったこの女性は、衝動的に、しかし冷静に動物を殺し、幻覚まで見、…しかし現実世界に戻ってきた。
そこに、人間のすごさ、偉大さ、そして、希望を見る。
そして、それをなしえたのは、支えがあったからだ。
人と人は支えあって生きている。
そして、支えあう時に本当に無限のパワーを発揮するのだと思う。
・トラウマから猫を殺す心理
自分の経験ではないけれど・・
虐待は親から子へ,兄弟へと受け継がれていく・・・そして,時に犯罪という形で表現される。犯罪者の精神鑑定をすることにより,責任能力がないとする場合はどんな場合なのだろうか・・先天異常と,後天的な異常,どう見分けるか?猫を殺していた少年A,両親の手記を読ん... ...