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なぜ、唐突に「サラ金から金を借りるな」と親が言うのか (親の呪い事例)

2010/03/02(Tue) Category : 親の諸相
電車の中で若いカップルが話しているのが聞こえてきた。

「お母さんが私に、サラ金から金を借りるな、ってことあるごとに言うのよ。」

「この間なんて、買い物して帰るときに突然そんなこと言ったの。ほんとにただ歩いていただけなのに、いきなり言うのよ」

「ねぇ、私ってそんなにお金を借りるように見える?」

最後の方は、せっぱ詰まった感もにじませる訴えるような問いかけだった。
なぜ、脈絡もなく唐突に母親がそんなことを言うのかわからない不信。
そういうことをことあるごとに言われる自分への不安。
不信と不安と理不尽が、べっとりとその女性に貼りついているのがわかる。
貼りついたまま、日常を送っているのだ。
こりゃ、苦しいなぁ…




■なぜ、謎をかけるのか---------------------------------------

なんの脈絡もなく、ポツンポツンと日常の中にキーワードを散りばめること。
これは、健全な人間を誤った道へと誘い込む手法の一つである。

日常の自然な流れの中に、ポンと不自然に小石を放り込む。
小石だから何気ないのだが、違和感として記憶の片隅に残る。

それが、三回、五回、十回……と積み重なってくると、「なぜ?」と疑問が湧いてくる。「なぜ、そんなことをいうの?」

しかし、あまりに当たり前のことで訊くほどのことでもないように思える。
また、訊いたとしても通り一遍の当たり前の答えしか返ってこない。

そこに、「いや、お母さんが過去にサラ金を借りて失敗したいやな思い出があるから、つい老婆心でね…」などというドラマ(理由)でもあれば、まだ納得できるのだがそれもない。

仮に理由があったとしても、一回言えば十分。何度も釘を刺すことではない。

その上、「お前のために言っているのだ」と言われようものなら、問い返すこともできなくなってしまう。

でも、なぜ??

わけのわからない疑惑の中で、不安と不信だけが広がっていく…
一体、何がねらいなのだろうか?




■子が逃げられないダブルバインド・コミュニケーション---------------

謎の解明に入る前に、子がどのようにストレスをためるのかを会話の構造的に見ておこう。

「サラ金から金を借りるな(借りると罰を与える)」(第一次禁止令)
「お前のために言っているのだ(から、聞かないことを禁ず)」(第二次禁止令)
親子関係だから逃げられない(第三次禁止令)

こうしていとも簡単に、子どもはダブルバインド(二重拘束)することができる。
ごく当たり前のことに聞こえるので、子どもの方はダブルバインドされていることにさえ気づかない。

そして、この「当たり前のことで訊くほどのことでもないように思える」というところがミソ。どこか違和感を感じている気持ちに我慢をさせてしまうのだ。このようにちょっとした我慢を日々蓄積させていくことを「デイリーハッスルズ」という。実は人間にとって、このデイリーハッスルズが最もこたえる。

この状況は、いわば縛られて身動きできない状態で耳に繰り返し言葉を注ぎ込まれる状態だ。それがいかに地獄かわかるだろう。それを地獄と感じないところに落とし穴がある。

*「ダブルバインド」の詳細については下記をお読みください↓
「精神の生態学」~ベイトソンのダブルバインド理論の詳細




■子の脳に親(IP)の天領を作る---------------------------------

さて、親に繰り返し言われ続けたことを、子どもは前頭葉に刻み込む。
いつもいつも、その謎が頭の片隅を占め続けることになる。
つまりは、そこ(脳内)にインナーマザー(IP)の「領地」ができる。

江戸時代に「天領」というのが各地にあった。その地域を治める大名も手を出せない幕府直轄領だ。その飛び地は幕府の意向で動いている。つまりは遠隔操作できる領地だ。相手の脳内に自分の天領を作ること―これが第一歩である。

その天領を作る方法が「謎かけ」だ。
問い返すほどでもないが、何となく気になる言葉を、さも躾の一環のようにカモフラージュして、しかしことあるごとに繰り返すのである。

すると、無意識のうちにどこかでそのことを考えるようになる。
つまりは、そのことを通じていつも母親のことを考えることになる。
いつも自分のことを思っていて欲しい存在不安の強い母親にとって、子供の自我境界の中に自分の領土を築くことができたわけだ。




■意識を向けたところに身体は向かう-----------------------------

さて、常にそのことに意識を向けると言うことはどういうことだろうか。
自転車の例がわかりやすい。

7,8m先に障害を不意に発見したとしよう。目はそこに釘付け。
頭では「あ、よけなきゃ、よけなきゃ!!」とパニクっているのだが、パニクればパニクるほど身体は言うことを聞かない。ではどこに向かうか。そう、目が釘付けになっているところへと忠実に向かっていくのである。そして、頭ではよけようと思いつつ、結局ぶつかってしまう。

つまり、それを避けようと思っていても、人は意識の焦点が当たったところへと向かうのである。同様に、サラ金を避けようと思っていても、常にサラ金に焦点が当たっているのでそこに向かうのである。




■せき止めることで飢餓(衝動)を植え付ける------------------------

さらなる効果がある。
「金を借りるな」-言わずもがなのことを普通は言わない。私は子どもに言ったことがない。自分がそういう人間でなければ、言わなくても子どもはそうはならない(子は親の背を見て育つ=モデリングして育つからね)。

それを、わざわざ言うとはどういうことか?
人が歩いている場面を例にしてみよう。普通に歩いている人の足下に、いきなり石ころを置く。当然、躓いてつんのめって、オットットットーと転びそうになる。そう、急にせき止められて、そこがテコになってモーメント(物体を回転させようとする力)が働くわけだ。

たとえば「テレビゲームをするな」と禁止令を出す。すると、「したい気持ち」が前のめりにつんのめった状態になる。すると、常に頭の中にその思いが居座ることになる。だから、他のことには集中できなくなり、きっかけさえあればテレビゲームをしようと画策する。

ではと、テレビゲームをさせるが、時間を決めてやめさせたとしよう。まだこれからというときにせき止められるから、「テレビゲームをやりたい気持ち」は前のめりにつんのめった状態になる。すると、常に頭の中にその思いが居座ることになる。だから、他のことには集中できなくなり、きっかけさえあればテレビゲームをしようとする(同じ結果ですね --;)。

つまり、せき止めると言うことは、そのことを意識させると言うことに他ならない。わざわざ意識させておいてそれにストップをかけるわけだから、そのことに対する「飢餓感(欲求衝動)」を植え付けることになるのである。




■行動させて罪悪感を植え付ける-------------------------------

結果はどうなるか。衝動は理性では抑えられない。
つまり、それを「する」ことになる。

という心理メカニズムがわかれば、「金を借りるな」と言うことは、「金を借りる」ということを常に意識させることになることがわかるだろう。つまり、いずれは「金を借りる」という行為をしてしまうことになる。

そして、親の言うことを守れなかった罪悪感と自己嫌悪に苛まされることになる。ひいては自信をなくし、社会不適応にさえなっていくだろう。
こうして、やってしまった子は、親に言われていたのにできなかったと自分を責め、親は子を責めることで永遠にアドバンテージを持つことができる。子は親に頭が上がらない状況が、まんまとできあがるわけだ。




■存在不安のある親は、子に「呪い」をかける-----------------------

ではなぜ、親は子をこんなひどい罠に落とし込むのか?

存在不安のある親は、自分の内側を見たくない。心と向き合うなどとんでもない。だから意識を常に外に向けるための対象を探し続けている。そのうってつけの対象が子どもなのだ。

しかし、なんの心配もいらない子どもであれば、意識の向けようがない。常に心配しなければならない子どもでなければ「価値がない」。だから、「自分にとって価値がある」ように子どもを“育てる”のである。

自分の望む方向にわが子を持って行く直接的な方法の一つが次のような「呪文」を唱えること。

「心配な子」
「手のかかる子」
「世話の焼ける子」
「病弱な子」
「気が弱い子」
「引っ込み思案な子」
「そそっかしい子」
「危なっかしい子」
「放っておけない子」

親にこう言われれば、子供はそういう風に育っていく(違う親に育てられたら、そうはなっていないだろう)。たとえば、「心配な子」と言われれば心配をかけ続ける人間になっていくのである。

「呪い」というとおどろおどろしく聞こえるかもしれない。が、元々「呪う」とは「繰り返し言う」ことである。その繰り返された言葉が上記に見た心理メカニズムでその人を生涯縛ることになる。だから、「呪い」なのだ。




■禁止令は、逆説的な「呪い」---------------------------------

そして、「間接的呪文」が、上記に挙げた禁止令である。
「嘘をつくな」
「金を借りるな」
「テレビゲームするな」
「○○するな」

こういう禁止令の繰り返しは、上記に見た“せき止め効果”の心理メカニズムの通り、見事に子どもをそちらの方向に導いていく。つまり、効果絶大な「呪い」なのだ。

しかも、親は「私はするなと言ったのに、子どもはそれをしてしまった。だから、親は悪くない。悪いのは親の言うことを守らなかった子ども」という具合に、子どもに責任を押しつけてしまうことができる。

つまり、禁止令は、親のアリバイ作りも同時に行いつつ、子供を自らそちらの方向に向かわせることができる、とても効果的な呪いなのだ。




■自分と向き合うことから逃げ続ける道具としての子-----------------

こうして存在不安の強い親はわが子に呪いをかけ、子どもは親の望むとおりに育って、親に愚痴や文句を言われながら、一生を親の心配のネタとして存在させられることになってしまうのである。

親は、一生子どもの心配をしたり愚痴を言ったりすることで自分と向き合わなくてすむ。自分が死んだ後、子どもがどんなに大変な人生を歩むかなど考えちゃいない。

つまるところ存在不安の強い親は、自分自身から終生逃げ続けることしか考えちゃいない。自分が死ぬ寸前までその策を練り続けているわけだから、というよりも、それが存在不安の強い人にとっての生きのびるということだから(生きてはいず「ゲーム」しかしていないんですが)、子がそのことに気づけと迫っても気づこうとはしない。心にポッカリと空洞の空いた飢えた「餓鬼」―それが存在不安の強い人の正体である。




■呪縛から抜けだそう-----------------------------------------

親からかけられた言葉を書いてみてください。

それは、
ウソです!

たんなる呪文です。


本来のあなたは、そういう人ではありません。


だから、その言葉を「そうではない」と、否定形に書き直してください。
あるいは、そうならないために過剰に努力していたあなた。その努力も不要です。そんなに頑張らなくても、自然体で大丈夫です。

すべての評価はIPです。蹴散らしてください。


「私は私」


それだけです。


あるがままのあなたが、大好きです。





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私は、まさにデイリーハッスルを受けていたんだと、目からウロコでした。
親以外の人の禁止の言葉にも敏感に反応する自分、そして、それにあらがいたいのにあらがえないような気分にさせられることに疑問を持っていました。親とのことが根幹にあったのか。

それは、
ウソです!
たんなる呪文です。

力強い言葉をありがとうございます。自然体の方がうまくいくこと、実感してきているところです。自信をもって進みたいと思います。

 

言霊

母「サラ金から金を借りてはいけないよ。」
娘「うん、わかった。」

まったく同じ言葉でも、母親が『不安から目を逸らしたい』とか『将来そういう子になるに違いない』
というように、マイナスの気持ちを乗せて言葉にすれば「うん、わかった。」という言葉によって、
言葉だけでなく母親のマイナスの気持ちまで一緒に受け取ってしまう。
しかし、娘の幸せな未来を思い描きながら発した言葉なら「うん、わかった。」という言葉によって、
プラスの気持ちも一緒に受け取れる。
『知識だけはあったほうがいいね。』と、どちらの感情も載せずに冷静な気持ちで話せば、
それはただの予備知識になる。

そういうことではないかと思いました。
そして『言霊』という言葉を思い出しました。

プラスの気持ちを乗せて子供に話せば、それは心を守る魔法になり、
マイナスの気持ちを乗せて話せば、同じ言葉でも呪いになる。

マイナスの気持ちが乗った言葉をもらっても、こちらのプラスの気持ちの方が強ければ
呪いを跳ね返すことができる。

私はそう考えました。

 

はじめまして。私もありがとう、と言わせてください。
事情から、離れることができない状況で、ずっと、謎かけ、繰り返しの呪文の言葉を投げかけられていました。
「それは、ウソです!たんなる呪文です。」の言葉で、長い間苦しんできた、ひとつ何かの枷がはずれたみたいです。ありがとうございます。。

 

日常に小石を投げられた違和感ってとってもよくわかります。
金を借りるな
うそをつくな
言われてました。
まんま私の子供時代そのままでした。
そこにお前の父親はおかしいが加わります。
なんでそんなことを言うのかわからず、親の言動が理解できず、考えないようにしてました。感情が顔に表れないのもおなじです。
親がいなくても、親の考えで動くようになってる自分がおかしくてでも親はそれが当然だと考えてる。自分で決めているようで親の意向を気にしてる。
自分がないからっぽだと感じます。そこからぬけだしてでも親は同じことを繰り返す。お前はおかしいといわれたらおかしいのはお前だとオウムがえしにやりかえすことでだんだんと言わなくなった。とてもしんどい期間があった。親の言葉のなににいらっとくるか分からないけれど、親を殴る事でしゃべらさないようにしてる。これが一番簡単に黙らせる方法。他人に攻撃がいかないだけまし。

 

禁止令を書き出してみました。
今までそれを書くこともうまくできなかった。
私は父親にお金で困ってみろ、金を持つなという呪文をかけられていました。
父はお金を与えてる自分を認めてほしかった。
認めないなら、お前は金にこまって、父の苦労を知るんだ!と呪われてました(--;)
他にもた~くさんありました。
私はこんなにも「親のもの」化してたんだ。
自分はものじゃないっていっぱい怒りを感じていたのに、奥底では「もの」なのだと思い込もうとしてたし、思い込んでしまってた。あきらめていたんだなあ。
書き出してやっと思い出した。
私は私だったなって。
両親に関心を持ってもらいたかったです。
でもそれはかないませんでした。
徹頭徹尾、無視でした。
それがとても寂しい。

もの人生が長くて、変わることが怖かった。
でも、その怖ささえも、IPの幻なんだよね。

私は自由な人なのです。
生きる力もある。
だから親は徹底的に禁止したんだ。
自律するな。
思い出すな。暴くな。
親を悪者にしないでくれ・・。
泣いてすがる小さな子供の両親がみえます。
すがりたいのは私じゃないでしょう。
自分の親でしょう。

さあ、私の人生、どういきようかな。
まだ少し、踏み出していくのが怖いです。

 

呪い言葉。

私は子供の頃から、両親にたくさんの呪いの言葉をかけられていたように思います。
金を借りるな
底辺職にはつくな
遊ぶな
服を買うな
化粧をするな
女らしくするな
結婚は、結婚式までが幸せ…諸々。
最後のは、結婚するなって事なのか?でも、ある年齢から、自分はアンタの年にはもう結婚してアンタを育てていたとか言うしどっちなのさ。いざ、結婚する段になった時、結婚式というか、ウエディングドレスだけは着たかったけれども、それをやってしまったら幸せが壊れてしまうような気がして、結婚式もウエディングドレスも叶わなかった。今、その思いは、恨みや怨念として渦巻いている最中です。
ブログの内容は、物凄くストンと落ちてきました。
私には、疎遠にしていますが、霊媒師をしている叔母がいます。神様とかそういう存在をまるっきり否定する気はありませんが、どうも、見ていると、大抵のそういうお悩みごとは、人の心と深い関係があるように思えてならないのです。今回の、呪いのお話もそうです。何せ、両親のネガティブなメッセージをものの見事に体現してしまった私ですから…(^^;)
私も、表題のように、昔クレジットで結構な借金を作ってしまいました。借金の理由は、実家の生活費です。父が病気で倒れ、母は家を建てたばかり、妹は大学を辞める気なし…高卒で、まだ勤務年数も浅かった私のお給料なんて、たかが知れています。それでも、親戚や母の友人知人には、あんたがこの家を支えなきゃ、とやいやい言われ、母や妹からも無言のメッセージ。副業を考えた事もあります。しかし、副業がバレたら本業がクビ…それでは本末転倒だと思うと動けず、安易に借りてしまった…こんな事、したくないのに。親の筋書き通りになってる自分に腹が立ちました。本当に惨めで辛かった。
そんな生活に耐えきれず、また、切っ掛けがあって、この機に乗るしかないと家を離れましたが、その当時のの借金と完全に縁が切れたのはつい最近の事です。暫くは燃え尽き症候群ともつかない、何とも言えない脱力感に見舞われていましたが、これからは自分のために、自分を大事にしてくれる人のために、これまでやりたくても出来なかったことや夢を、一つでも多く取り戻していきたいと思います。

 

いきなり突然、何度もあった母のお告げ

高僧が悟ったような立派な理由付きで
遊ぶな、休むな、贅沢するな、病気になるな、
髪を伸ばすな、おしゃれするな、結婚するな、
物を買うな、子供を産むな、専業主婦になるな
他に、ありもしない欠点をでっちあげてでも
改善より非難だけが目的のような言い方でした。
そのせいか、他人の誤解を非難と思い込む癖があり、
それを根拠に「図星」だとますます決め付けられたことを思い出しました。
遊んだり休んだり贅沢したり病気になったり物を買うことに
付きまとう罪悪感に長年苦しみました。

 

ありがとう。

 

さとこさんへ

http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-1973.htmlのコメントから来ました。

さとこさんの教えていることは大切なことだと思います。
呪文の言葉が、「お守りの呪文」になるか
「呪いの呪文(呪縛)」になるか、それは親の心のあり方と伝え方次第だと思います。
どんな伝え方がと心配されていますが、お子さんの年齢に応じてさとこさんの言葉も変わってくると思いますし、おこさんが大きくなられたら、さとこさんが手放す言葉になると思いますよ。




 

いっぱい当てはまった

あれは「呪い」だったのですね…


小さな頃から、「何でそんなことを言うの?」ってことを、唐突に言われたりして戸惑ってばかりいました。

今もそうです。

ハハの中での妄想だけではなく

「幸せにさせないためにこんな不幸になって、自責の念にかられて生きてほしいから」
という「願い」なのですね。


テレビでCMが流れるだけでブチキレるハハから、毎月上納金を取られていますが、もう限界です。
結婚もできない、恋愛もできない、自分に自信が持てず、このままでは幸せになれないとわかったから。

 

中野サン、

下の親御さんたちに、答えてあげたら?
センセイなんでしょ?

こういう外からの評価に迷って、それが少しずつストレスとなって溜まって、パニックになって逆切れが起きてそれで子どもに溜めさせるのが親なんだから。
子どもに流れるようなことをしないためにも、ここで答えないとマズイと思うよ。

じゃないと、理屈は並べられても何も行動できないどこぞの大人と変わんないよ。

 

高校生の息子に何度か(5回くらい?)言っちゃってます。

勉強しなさい!は言った事ないですけどね。
私は元サラ金勤務です。欧米では学校で、借金や多重債務の恐ろしさを教えると聞きました。
日本は親が教えるしかないと思っていたんですが・・・言っちゃいけなかったんですか?難しいですね。

 

そこに不安があるかないか

子供に 
やっちゃってます。
言っちゃってます。
昔は、だらだら無意識にコゴトのようにまで言ってました。
ごめんねって謝るのも言うべきではないですね。
じゃあ、今の自分はダメなんだ、と思わせるだけだから。

子供に注意する、教えること自体が
ダメというより、
不安があると、その方法で出してしまうよ、
ということですよね。
そういう自分の状態を知ることが大事ですね。

私なんかの子だから心配だ。
私は上手くいかないから。

それが根底にある。
だから、そうならないように何度も言っちゃう。
子供には関係の無い
私個人の不安なんです。
べったりくっつけてます。
私もくっつけられてます。

まず、私から剥がさないとなあ。
瞬間接着剤ベリベリベリ~~。

 

親であり子であり

どちらの立場でもあり、今回は親の立場で読んでいましたが、自分が心配になって口にしたことが呪いとなってしまうというのが怖く感じました
非行に走った息子、そうさせたのは親の呪縛に振り回されている自分で、夫のモラハラにびくびくした家庭を作ったのも自分、鬱に陥りました
ここで私が変わらなければこどもに連鎖すると忠告され、勧められこのサイトにきています
今までやってきたことを変えるのはすごい力を必要とするなと感じています

 

うーん

難しいですね
下の方がかかれているように
危険から身を守るすべなど 教えておきたいことを教えることは Do になってしまうんですか?
繰り返し念をおしたり いい歳こいてるのに教えることがいけないんですか?
私はまだ若いですが親になりました
そのためまだまだ母親にとっては私は子どものようです
同居だから目につくことが多いからでしょう 細かいし 子どもの前で叱られたり、ママダメね、と言われたり、子どもとともにしつけなおしをしなきゃいけないと言われたりします
物心ついた子どもから私はどのようにうつってしまうのか…こわいです。
私は私の母親が望むような母親にならなきゃいけない気になってきます きちんと私の想いは伝えるべきですかね… しかし若いし肩身がせまいし…母親とくらべると私は甘くて行動力ないから… なんとなく気がひけてしまいます うーん。

 

先生
すごくママに言われたこと
思い出しました

たくさんありました

石橋を叩いても渡らない
とか
嘘つかないひとはいない
とか
ひとの親の悪口は言うな
とか
ここで待ってて、と言えばずっと待つ子



あたしは色んなやりたいことがあって
嘘はつきたくありません

嫌だなぁと思う時だってあります


それで、いいんだ。

 

母の立場ですが・・・

6歳の娘の母親なんですが、まさに先ほど、
「へんなおじさんに頭なでられたり、触られたりしたら、すぐ逃げるのよ」なんて言ってしまいました。
私は働いているので、側にいれない場面もあるかも知れないと思うと、娘が心配で心配で。
最近 色々と事件があるので、すごく心配なんです。
そこに意識が行ってしまうように刷り込むのではなく、
一般教養的に教えておくには、どんな言い方がいいんでしょうか?

 

>どこか違和感を感じている気持ちに我慢をさせてしまう
>このようにちょっとした我慢を日々蓄積させていくことを「デイリーハッスルズ」という。実は人間にとって、このデイリーハッスルズが最もこたえる。

これを知っているといないとでは、雲泥の差ですよね。
この記事は繰り返し読みたいです。

 

考えすぎだろ

ってのが俗に言う「一般的な評価」なんでしょうね。
親が「無意識にやってる」なんて話、誰も相手にしないでしょうね。

理不尽なことだと思うことばかり溢れ過ぎて、私はもう何を言われるのにも慣れました。

全部イヤになったら自分が消えればいいし。
どうせ、居場所は無いんだから…。

 

でも

あるがままの私が「ない」私は どうしたらいいのでしょう?日々考えあぐねています

 

虐めやパワハラにも共通しますね
金属や液体の反射を後に受ける事もありえるのに…

 


アタシもおんなじ…

ありがとう!

コレだけ伝えたいって思った☆

ありがとう!

 

先生、ありがとう。

 
    
 
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