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心の天の岩戸からアマテラス(感情)を引っ張り出そう

2010/03/05(Fri) Category : 心と感情
親に愛されない心は空しくて虚ろになる。

その空虚な心を占める孤独と不安を見たくなくて、
人は感情もろとも存在不安を心の岩盤の下に押し込める。

感情の方も、いくら言ってもこの人は気持ちでは動かないと知ると、
もはや何を言ってもムダ、と出てこなくなる。

すると、「感情という光」が失われた心の空洞世界は真っ暗闇。
そう、天照大神が天の岩戸に閉じこもった後の世界のように。


光が失われた闇の中でも動き続けるものは飢餓とシナリオだ。
飢え死にしないために本能的にむさぼっていく飢餓。
24時間、勝手に自動実行していく人生脚本。
無意識領域にあるこの二つのブルドーザーが、日々自分を翻弄していく。

しかし、その方向性は真逆。
「人から認められたい」と、自分を突き動かすストローク飢餓。
「人とつながってはいけない」と、自分を孤独に落とし込む人生脚本。

が、両方とも閉じこめた感情(IC)を出さないことで利害が一致している。
だから、この二つの間で次のように連携をとる。

1,出来事-“飢餓”が賞賛を得るために頑張れば、“脚本”はミスをしでかさせて孤立に戻す。
2,人-人から認められて“飢餓”は喜ぶが、自分からその人を遠ざけて“脚本”のレールに戻す。
3,ゲーム-自分が罵声(罵声もストローク)を浴びて孤立するようなゲームを“飢餓”と“脚本”が共同で仕掛け続ける。

こうして人は、暗闇の中でグルグルと同じ所を回り続けさせられてしまう。
なぜ自分はいつもいつも同じことを繰り返しているんだろう、と意識は気づくことがあるが、存在不安を見たくない無意識が自分の内面に入り込むことを遠ざけ、愚痴愚痴とした悩みにとどまらせるか、他人や社会へと意識を向かわせる。

つまり、
“飢餓”と“脚本”をのさばらせているのは、存在不安を見たくない自分自身。
自分を暗闇に閉じこめ、狐に化かされたかのように同じ所をグルグルと回らせているのも自分自身なのだ。



--------------------------------------------------------
だから、あなたが“飢餓”と“脚本”から自分を取り戻すためには、あなたの本体(ご本尊)=“感情”を天の岩戸から引っ張り出さなければならない。

ではどうするか。
隠れてしまったアマテラスを外に引っ張り出すやり方は?

そう、飲めや歌え、舞って踊って歓声を上げて楽しむこと。
そーなんです(^^)。

いやなことはしないこと。
ゆったりと自分の時を過ごすこと。
やすらいで、自分を大事にすること。
そして、心から楽しむこと。

すると…、「あれ? この人楽しんでいるな。自分を大事にし、自分を喜ばせているな」と、“感情”が外の様子を気にし出す。そして、自分がリラックスしたり、楽しんだりしているときに、様子を見ようとそっと岩戸を開けてみる。

その瞬間、闇の心の中にサッと光が射し込み、そのとき顔を出した感情を心が感じる。それが孤独や寂しさかもしれない。悔しさや切ない思いかもしれない。怒りや殺意かもしれない。恨みや憎しみかもしれない。羨望や嫉妬かもしれない。空しさや哀しみかもしれない…。

それがどのような感情であれ、それらはすべてアマテラス=光なのです。
感情に良いも悪いもないように、感情に闇はありません。

感情はすべて光。

その感情を押し隠して空洞になった心(器)こそが闇なのです。



だから、
この感情はいい感情だから認めてあげる。
この感情は悪い感情だから認めてあげない。
と、勝手にジャッジしないでください(あなたの中に棲むIPに勝手にジャッジさせないでください)。

すべての感情は「光」であり、それはあなたそのものなのです。
すべての感情は「存在」であり、存在は認められることを願っています。

だから、認められたときにその感情は昇華していくのです。
それらの感情がすべて昇華していった後に残るのは、広々とした、何でも受け入れることのできる、そして誰とでもつながることのできる、開放された宇宙のような心なのです。



どうぞ怖がらないで。
心の天の岩戸からアマテラス(感情)を引っ張り出しましょう。

あなたがアマテラス(感情)を取り戻したとき、あなたは光となります。
元々誰もが光の存在。
あなたは、光です。

光を取り戻すために、
さぁ、自分を楽しもう!



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それでもやっぱり

怖いです。自分の思ったままに行動しようとすると襲ってくる「怒られる」ことへの恐怖心。「親は忙しいんだから、自分ばっかりのんびりしてちゃだめ」という罪悪感。実際に怒ってくる親。一見優しく見えるけど無言の圧力をかけてくる親。
でも、わかります。ここで負けていたら私は「私」にいつまでも信用されない。私が、私の感情を見ない両親を信用していないように、「私」も「私」を無視し続けてきた私を信用していない。
信頼、取り戻したいです。

 

チャコさま

週末放課後は息子1がPC独占するので携帯からちょこちょこ見てました。返事が遅くてすみません。
私達、境遇が似てますね、、、。「家族のゴミ箱」という部分で。チャコさんは義兄さんの、、、。義理ってのがまたすごくハラ立ちますね~。横から出てきて嫌がらせする、、、って、、、想像するだけで、「怒」です。私なら殺害妄想を膨らませるなぁ。実際にヤバかったかも、、、。よく耐えましたね(^^)すごい忍耐力ですね。

肉体の暴力はないにしても精神の暴力は、、、辛いですよね。ハラッサーは勝つ事が目的で、手段を選ばない上、小手先の智恵はあるから、何もかも巧妙で、証人がいないところで言いたい放題。しかも家によりつかないゴミ箱の帰りを待ち構えている、、、。

どうしていいか分からない家族の方もちらり、ちらりと見かけるうちに、だんだん「めんどうだから」と誰かを「ゴミ箱認定」。
こっちが悪くないのに「謝っときなさい」なんていわれたり。
謝って欲しいのはこっちだ、っての。卑屈な謝罪を断ると、さらに悪者。ハラッサーの天下になってゆくわけです。

ハラッサーは「自分は潔白」と信じている上に「年上を敬え」位の勢いで来るから始末に終えない、、、。「嫌な奴は敬えません」。って昔言ったら泣かれた、、、汗。ハイ、悪者確定。ゴミ箱は悪者でもあるのです。その手の話になると、怒って怒鳴ってるか泣いてるかが多いですね。うちの母は。あれで、特技は「議論」らしい。年齢が何十上だろうが、分かろうとしない奴は永遠に分からないんだな、、、。という。
もうゲームには心底、うんざりです。

ハラスメント界のからくりを知った今だから、冷静に対応できるようになったんですよ(^^)
数年前まではモラルハラスメントというのがあるのを知らなかったので、あまりに自信満々に責める相手を前に揺れていました、、。こちらに落ち度があるんじゃないか?と

もういいや!どいつもこいつも人を受け皿にしやがって。
[私は子供の親になるのでこれ以上は無理です。
勝手に自分達でハラスメント界を回していってください。]
って感じです。「馬の耳に念仏」なんです。

今は、今までの狼藉を子供に謝り倒している状態です。
そう、サイレントモラ夫の片棒を担いで、子供達を傷つけていたのです。長男をゴミ箱にする夫を見逃していたのです。そんな私もハラッサーなのでした。やだやだ。ここで断ち切るしかないな、、と。完全脱出の予定です。

 

ICの定義

最近、このブログを拝見させて頂き自分の操っていた声がIPだと気づきました。
私はフォーカシングをしており効果がありましたが、ある日フェルトセンス(心の声)の声を聞けない妨害者が現れました。
いろいろとイメージの中でドラマがありましたが、一番印象深いのは「本来の自分」と思われる子が開放された時でした。
私がフォーカシングするときにはインナーチャイルドと思われる子供時代の傷ついた子がたくさん出てきます。
ただ本来の自分を持った子は他のフェルトセンスと違い私に目から鱗の気付きを与えてくれます。
私は彼女はインナーチャイルドだと思わないのです。
確かに心の奥に封印されていたのですが今は協力者(内なる親友と導き手)と感じています。
また私の意識に昇ってくるようになりました。
彼女もインナーチャイルド(概念ですが)なのでしょうか?
同系のコンテンツを扱っている方に「その子はインナーチャイルドだから癒しが必要」と指摘されて不安になりました。
ただ彼女(封印されていた子)は「私は自分のやりたいようにやっている。癒し?それはズレている」といいます。
自分の直感を信じたいのですが、人に指摘されて不安な部分があります。私の信じる事、また彼女を信じることが大切でしょうか?人の意見に左右されてしまうところがあるのですが、信じるべきは自分の心で感じた事ですよね。お返事を頂けると幸いです。

 

煩悩即菩提ですね。

煩悩即菩提・生死即涅槃です。
煩悩がなければ、人は生きていけません。煩悩も菩提にしてゆける力が
人の命にはみんな備わっている。
それを信じられるか信じられないかの差だけですね。

 

 

このシリーズをものすごく興味深く読んでいます
というか、読みたいのに何故かものすごく読むのに時間がかかってしまい、1つの記事を読むのに3時間くらいかかったりしています
きっと心の中にこのシリーズの記事内容への渇望とそれを認めたくない・読みたくないブレーキのような力が両方拮抗してあるんだと思います

今日は一人で暗い宇宙を狭くて運転装置もない小さな小さな宇宙船にライカ犬のように封じ込められて、ただ死ぬまで回り続ける・・という悪夢を見ました
そして目が覚めてこの記事を読み、シンクロを感じています
宇宙船に乗っていたのは多分私のICですね
発狂しそうな孤独と絶望と無力感でした

 

「心から楽しむこと」なんですね。

はじめてコメントします。
いつも拝見して、すごく沢山のヒントを貰っています。

今日の記事、すごくタイムリーで腑に落ちました。

19才の時に、はじめて「自分の感情」で
かっこいい、好きだ、って感じたバンドがいました。

彼らは解散して、そして、今年約20年ぶりにライブをしたので、
20年分の想いを抱えて私は、観に行ったんです。

「飲めや歌え、舞って踊って歓声を上げて楽しむこと」
をしました!
たしかに「19才の私のインナーチャイルド」が喜んでいました。

19才の時は、怖くて、ライブハウスに一人で行けなかった。
なにより、周りに一緒にいく友達もいなかった私は、
「一人で行ったら、周りの人に、私が、淋しい人だってバレちゃう」って怖かったんだと思います。

ライブ中も、19才のインナーチャイルドの感情を抱きしめました。
そして、楽しみを味わいつくしました。
もー、汗だく、筋肉痛、脱水症状、声もガラガラになるほど(笑)

成人してからは、ライブに一人でも行けるようになったけど、
ライブ中は楽しくても、
帰り道で、いつも虚しくて、切なくて・・・。

あの頃の私は、「なんとなく淋しい・・・」って薄々気づいていました。
だけど、「それなら、スケジュールをいっぱい埋めてみようか」
って、忙しくすることや、誰かの心配をすることで、
淋しいという感情と全く対峙せずに、
スルーしてきていたのです。
ずっと長い間。

今までは、感情に蓋をしてきたのに、、
それが、いつのまにか蓋が自動ドアに変化していたようで、
扉の前に私が立ったら、スッーと開きました。

「生まれる前から、ずっーと淋しかったんだ」
という感情が自然に出てきました。

今は、この感情を時に抱きしめ、
そして時に、心から自分の好きなことを楽しんでいきたい、
そう感じています。

明日も武道館に行くんです!
思いっきり、心から楽しんできます(^^)


 

ナイスタイミング

中尾さんに何回も したい事をする したくないことはしない
それが背骨を作ることだと言われて実践していますが
つい電話の間隔があくと これで良いのだろうか 本当に?
毎日だらだらしているだけなのに自律できるの?と不安になっていました。
脳でわかっているのについ不安になる。
じわじわのっとられる感じです。
ナイスなタイミングでの記事ありがとうございます。

 

keiさん

たくさんシンクロするところがありました@@
私はいまだに、家族のゴタゴタがあると取り乱したり嘆いたりしてしまいますが、keiさんは冷静に対応できたんですね。

こちらの話を微妙に湾曲して私がひどい人のように…というのが、胸にグッときました。トラウマです。。。そのモラ義兄に対し、私は生贄に奉げられましたT_T  14歳年上の義兄から罵声を浴びせられている私を、家族はただ、見てるだけだった…。 ばかやろーーー!!…怖かった、淋しかった。。。

 

はぁ

事情があってモラハラ夫の説明をしていたところ、「私もモラハラだと言うのか!!!!」と激高し、泣き出すモラ母親、、。母のモラの事はこっそり父に話すつもりだったんだけど、なんていうタイミングだ、、、。対決になってしまった、、、。

「そう、なるね、、、」、、、「遺産相続で包丁が出るのはおかしいよね」「私の兄弟の頭がおかしいと!!!」、、、。「もういい!絶対に離婚しても頼ってくるな!うちに来るな!!!」
「モラ夫がおかしいんじゃなくて、アンタがおかしいんじゃないか!??」ギャー、ギャー!!!
「、、、(- -;)お父さんとは連絡させてもらいますから」「ギャーギャー!連絡するなー!!!」「お父さんとアナタは別人でしょ?あなたが決める事ではないはずです。お父さんとは連絡させていただきます。では。」と電話を切ったんだけど、、、。
過去に言った事を「言ってない!やってない!」と一瞬たりとも考えをめぐらす事なく断言し、こちらの話を微妙に湾曲して私がひどい人のように解釈し、騒ぐ、、、。父は母を「感情的」と表現するから以前は「感情ってやっかいなもの」と思っていた。でもそうじゃない。モラ母は衝動で騒いでいる、、、。
昔はこういういさかいで私も泣いていた、、、。「どうして分かってくれないんだろう、、、。」って。
今回私は全く取り乱すことなく、冷静に対応できたと思う。
電話を切った後で複数のICが「おかしいよね、おかしいよね」と言い合っていた。肩から腕にかけての皮膚が焼けるようにピリピリしているのを感じる、、、。

しばらくして涙が出る。「おかーさーん」と、ICが泣いている。「私の母は人を受け止められない人間なんだよ、、、代わりに大きい私がお母さんになって受け止めるから」
、、、。涙が止まった後、すがすがしい所に立っている自分発見。モラ界脱出が一気に、すごいスピードで進んでいて
怖いです、、、。

 

 

自分には「したいこと」をしていく。
他人には「できること」をしていく。

ここ数日、こればかり頭をめぐって、それを実行しようとしています。私は、不安や孤独など悪い感情を認めず、楽しい感情ばかり認めようとしてきました。そして皆が均衡を保ち平和になればいいと思ってきました。しかし、それは半分の本当だったと思っています。もうひとつ半分の本当を見ていない、認めていない私がいる。それがこれから私がすることだと思っています。嫌な感情をも私自身なんだと認めること。これはきついことです。具体的には、あいつムカツク、を声に出してみること。最近それをやっているのですが、なかなか新鮮で難しいです。中尾さんのブログを見ると、どういうわけか自分が大きくなる気がします。世界がどうということより自分の些細なかんじょうのほうが大事だったと思えるんです。それだけ自分が自分を無視していたのだろうと思いますが、やはり驚くんです。自分をごまかすことはできない。ごまかすと無視されたICが叫びだす。ICやADって言葉が嫌でした。けど、本当の自分の気持ちと考えるとスッと腑に落ちます。なかなか難しいですが、自分と会話するような日々を送って生きそうです。

 

無視しないで

嫌と感じたらヤラナイ。
でもア~だから、コ~だからヤラナイとイケナイと、理由ずけするのは、ICを苦しめます。
僕は、ず~とICの声を無視しまくってたら、片目が開かなくったり、片方の鼻づまりがヒドくなったり、ICが感情から、感覚で訴えてきました。
それさえも無視したら、恐ろしい事になりました。(もう経験したくないよ~(-o-;))でも今は、徐々にICと共に生きるようになって、余り言葉のイラナイ世界へ行けつつあります。



 

イメージが湧きました

実は、最近、自分の正直な感情を表現することに臆病になっていたのですが、今日の記事でふっと心が楽になりました。感情は「光」であり、認められることを願う「存在」。光と思うと、感情を否定する気にならないですね。

岩戸に隠れた光り輝く感情が、自分を大事にして心から楽しめば、顔を覗かせてくれる。 背骨作りがとてもイメージしやすくなりました。いつもありがとうございます。

 
    
 
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