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「自己責任」に苦しむ20代

2010/03/18(Thu) Category : 人生・世代
昨夜10:00前にカウンセリングから帰宅すると、3泊4日のゼミ旅行から娘が帰っていた。3人でテレビを見ながら話している。どうやら小僧寿しだった模様。なんかあるだろうと思っていたので、どうするかなぁーと思っていたら、妻が「歩きに行こうか」と言う。

実は、9日の「みんなの家庭の医学」(テレ朝)で楽々速歩術を見て、15分速歩きするだけで筋肉が若返ると知って、運動不足も極まっていた私は「これだ!」と、番組終了後早速妻と二人でわざわざ傘をさして、みぞれの中に繰り出したのだ(笑)。以降、なんとか続いている。

で、近くのハンバーガー店まで。
妻の話をひとしきり聴く。歩きに出た理由の一つはこれだろう(^^)。
こちらもいろいろとヒントを得て楽しかった。



■卒論は人生の礎-------------------------------------------

1時間ほどして帰って、ゼミ旅行に水を向けると、今度は娘がデジカメ写真を見せてくれながら話し始めた。途中参加などもあって多いときは20人くらいのメンバーが、それぞれ適当に分かれていろんな話をしていたようだ。寝起きもバラバラで、徹夜組もいれば、夜3時から食事作り始めたり…男性も料理を覚えることということで、得意な人が教えたり、ミートソースなどはそのソース作りから始めたり…男女が全く対等で、かつきわめて自由。睡眠時間は平均3時間という楽しい旅行だったようだ。

卒論指導が面白かった。
最初から結論ありきで、その結論を説得するために文献を集めるような自分を限定する論文を書くな。自分の問題意識に誠実に向き合って、その過程を論文にせよという姿勢。いいね。

生涯教育課程のゼミだから、テーマは極めて自由。
先生が「何か気になっていることない?」と水を向ける。すると、できれば避けたいけれど、向き合っておいた方がよい問題に取り組むことになっていくようだ。男女関係、親子関係、戦争の問題など幅広い。

セクハラにあった男性は、その辛い体験に取り組んだ。文章化していく過程でいやな思いを再体験しなければならない。とても辛い作業だっただろう。しかもそれを公表するのである。それができるというのは、自分が受け止めてもらえるという先生と仲間に対する信頼である。素晴らしいね! その問題に取り組んだ彼の顔はとてもしっかりしていたという。

コラボも面白かった。テーマ発表をする。自分の嫉妬心の強さをテーマにした人が資本主義をテーマにした人の話を聴いて、共通点がありそうだと共同で意見交換しながら取り組む例もあるという。面白いね。このオープンな自由闊達さがとてもいい。先生の度量の大きさが伺えた。よいゼミを選んだ。

先生は、卒論をしっかりとやればこの後の人生大丈夫、と言うそうだが、このような取り組みをすればしっかりとした基盤ができるだろう。
私も、卒論で取り組んだパラダイム転換(人の社会の枠組み(価値観)がどのように変化していくのか)というテーマを西洋文明を軸に文章にしっかりとまとめたことが、その後の人生の礎になっている。



■「自己責任」に苦しむ20代-----------------------------------

で、娘は今年休学するのだが、どういう課題に取り組むつもりなのかを聴いた。すると、これまた興味深かった。学生生活を通じてつくづく感じたことが次のことだったという。

1,みんな一人で問題を抱え込んでいる
2,自分を責める

娘は、自分で「恥を知らない」というくらいでオープンにいろいろ話すらしく、友人から相談を受けたりもするらしい。すると、みんな「こんな風に思っているのは自分だけだ」と思いこんで一人で抱え込んでいるという。娘の頭の中では、この人とこの人が話をすれば、それぞれ何か示唆があるかも、とつながってくる。わたしもコーディネーターだったのでよくわかる。

なぜ人とつながらないのだろう、という背景には、その人の周囲や社会の方がおかしいのに、自己管理ができていない、頑張りが足りない、というように自分を責める方向性がある。

そこで、ちょっと調べてみたら、「自己責任」という“作られた言葉”に遭遇。それがみんなの中にごく当然のこととして内在化していることが見えてきたので、その辺をテーマにするという。

ふんふんと聴きながら、内心「面白ぇ~」と思った(^^)。まさに、今の社会のおかしさと若者の生きづらさ―私が日々直面化していることではないの。でも、一切口出しもアドバイスもするつもりはないので、どういう論文ができるのか楽しみだ。



■祖父母世代の嫉妬----------------------------------------

にしても、今の20代。苦しいねぇ…。
先日「頑張る家族」劇場で、頑張る病を書き、それが身につまされたことを書いた。

上記のように各家庭内で「人に迷惑をかけない」(=一人で頑張る)という「頑張る教」が世代間連鎖していると思うが、私が社会に出た頃は、まだ会社は人を育てる度量があった。が、コイズミが「自己責任」という社会的無責任教を大々的に布教して以来、日本社会の大人は堕落し社会から背骨がなくなった。

「自己責任」という言葉で上は無責任となり、下は異議申し立てを封じられた(第二次禁止令)。無責任になった上はモラルを失って堕落し、社会がおかしくなっても社会に対する意義は封じられているから、自分がおかしいのかな、と自分が不安になり自信をなくし、自分を責めるIP(インナーペアレンツ)社会が現出した。

受け止め合う社会から、押しつけ合う社会に転じた。
他人からは押しつけられ、かつ自分が自分を責めて苦しく、もう人と会いたくないと自閉するかキレる大人が出てきた。

そして、「責任ある父親」の背中を見ることができない若者は「生き方モデル」も「自律モデル」も見ることができずに、どのように生きていいのかさえわからなくなっている。

私が20代の頃と違って、今の20代は家庭内の世代間連鎖+社会的無責任の連鎖の影響をダブルで孤立無援で受けていることになる。苦しいねぇ…。


当時の首相たるコイズミの責任は極めて重いが、彼もまた時代の象徴だったに過ぎない。その彼を熱狂的に押したのが、我が親の世代である。自分から逃げ続けている私の親の世代が、あの無責任男を押したという因縁が面白くもあり、哀しくもある。

こうしてみると、戦争によって青春を奪われたことへの恨みから始まる世代間連鎖が社会全体に広がり、現在の20代を苦しめていることがよくわかると思う。「頑張る家族」劇場で祖母役がいみじくも述懐されていたように、戦時世代の「存在不安」と「嫉妬」が、今の若者を苦しめていると言っていいかもしれない。

真面目すぎる20代へ―
上記のようなわけで、政治によって流布された「自己責任」という言葉は、「自立支援」という言葉と同じく正反対の意味で使われているから誤魔化されないように。そして、自分を責めないようにね!



■この社会は二通りの人しかいない-----------------------------

青春を奪われた祖父母世代。道具として扱われ、心を閉ざしてきてきた世代。その向け先のない怒り。不安と怒りでブラックホール化した人々。
―その世代は、それで精一杯だった。

私たち世代には、親世代に対する恨みも哀しみもある。
が、もう「親の子」として生きることはやめて、「子の親」とならなければならない。私たちが世代間連鎖を断ち切る役割をしなければならない。それが、自分自身を救い、わが子達を救うことになる。

…ただ、私たち世代もその多くが連鎖にのまれている。今日会った20代の青年も親に殺意を抱く。が、七転八倒しつつも自分を救いつつある。

結局、すべての人が、自分の親との連鎖を断ちきることをしなければならない。この世には、そうやって自分と向き合おうとする人か、自分から逃げ続けようとする人か、結局この2通りしかいないのである。逃げ続ける人に対する思い―私の苦しみとその青年の苦しみは、世代を超えて本質的には同じなのだ。



■親が変われば子は変わる-----------------------------------

ところで、ゼミの先生によれば、娘もこの3年ほどで随分変わったらしい。娘自身は変わっていないつもりだと言うが、先生から見るとどこか壁を作っていたのがものすごくオープンになったとのこと。

なるほど。この3年は私と妻の関係が変化していった年月だ。親という環境が変われば、自分では気づかない間に子は変わっている。

親世代を通して深刻な戦争後遺症を目の当たりにしているからこそ、私たちは平和な社会を創り上げることがいかに大切かを切実に感じているはずだ。

しかし、それは途方もないことではない。
私たち一人一人が自分と向き合って自律に向かえばよい。
すると、外から見て娘が変わったように、いつの間にかわが子達は元気になっている。将来の日本は、この子達が創り上げていく。

夜1時半まで娘の話を聴きつつ、そのようなことを思ったことだった。






縮こまらないで20代
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人生をほとんど生き終えた者が、未来の子供たちの精気を吸い取ってもいいものか?

今の若者に起きている問題は 昔の人間の尻拭いをしてるせいで起きている部分が少なからずある 昔の人間は何の責任も取らない ――『社会派ぶってみた』(2010.03.30) <おとねこさんのブログ『ひきこもり☆いつか抜け出せる日を願って書くブログ』から http://nekojja... ...

 
 
 

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「センタリングとトラウマの互換性」



認知や気付きは
ケースバイケースでは
好ましいとは思う


しかし、私には合わなかった
体で体感しなきゃ自分のモノに
出来なかった


自分と向き合い出してから
次々に病気になった、、、


なぜ?

人生脚本が変わること
それを拒んだ


幼少期、
「言っても解らないお前は
体で覚えろ」 と激しい体罰

きっと、思った

許せなかった、んだと思う
業のような所業を

あの時点でなんの罪があったのだろうか
なんの咎があったというのだろうか

ひどい、と
あんまりだ、と

思った、、、、

それが
逃げること、引く事を諦めた
挑戦を選んでしまう、理由、、

親は、子供を
言ったことではなくて
育てたように育つ事を否定し
私のせいにした


何度も、縛り付けるような
言い方をし、理不尽な理由で体罰

いつも、〜だから
何回言ったらわかる

無意識の洗脳から抜けれなくて
頭や心で解っても
体で解らないと、無理


そういう脚本だった、、、

スピリチュアルの思想

魂が本体
トラウマなんてない
モノ、カタチ、ヒトに拘らない
本質と繋がったら許せる

苦し紛れに、知人つてで
出会ったスピリチュアル
言う、だけ

私の身内と同じ
DV夫と同じ

だから、それさえも
手かせ足かせだった
聞けなかった

痛みを連想していた



再体験の恐れから、遮断して
脚本が挑戦しか選べなく
してしまっていた


ボディサイコセラピーという
カラダに聞くことを
始めようかと思う

自分の内奥につながる

物理的に体を取り戻す


きっと
体も心も人生脚本=脳も
深い所で変わる事を怖がっている
変化への恐れ


カガミとなる心が曇らないなら
本能=野生の内なる源が健全なら
心も体も身軽なんだ



ようやく、解った


なんで
今の私は、

心が通じたと感じると破綻
させたくなるのか、、
自作自演してしまうのか、、

まだ腑に落ちない
理不尽な理由で暴言体罰されたのか、、



理由は、

人生脚本によるもの

諦めないで、挑戦し過ぎ
引く事を知らない

変に洞察分析に
自分の事ではなくて人の事を考える

自分を裏切る
心のコップが臨界する

これだと気付いた、、、

 

自己容認をプラスして。。

 還暦の私も「自分の言動行動に責任を持てば、どこへ出ても自己主張は可能になる」と父親から教えられて育ちました。確かに、そうして自分を包み隠さず、オープンにする事で生きやすい環境を手に入れ、現在に至ります。
 私は自分の子供達には、自己責任にプラスしてありのままの自分を評価してやる(自己容認)の重要性を伝えて育てました。

 

翁長さんの質問にこたえますね

中尾さんに見守られ、わたしがわたしにさまざまなかせをはめていたことに、気づき、気づいたことで鎧を脱ぐことができました。
娘は小1の夏休み明けから不登校になり、4年の時にわたしが中尾さんのカウンセリングを受け始めました。現在も不登校は続いています。
一見、問題は解決してないみたいに見えますが、
どっこい(^^)わたしたちはすごくしあわせになりました☆
決定的な変化は、こどもたちががどのような状態であれ、それはそれでよしと思えるようになったことです。
また、見守られているこどもたちもしあわせを感じています。一生ものの財産を得ることができました。
これからも人生にはさまざまなことが、わたしにも子どもたちにも夫にも起こり続けるでしょうが、きっと大丈夫だと思うのです。
また、問題をひとりで抱えることはなくなりました
自分を責めることもなくなりました
鎧を脱いで、どんな人とも自分の気持ちや考えを
率直にオープンに話すことができるようになりました
ブログへのコメントも、自分が誰かわからないながらも、
「間違わないように」とか「変なことは書けない」と
思いがちですが、素直なそのときの思いをそのまま書けるようにもなりました

楽しいこと、こころがよろこぶことを
みんなでやっていきましょう

 

まさに学生生活に見られた学生でした。

僕も記事の1,2

1、みんな一人で問題を抱えこんでいる
2、自分を責める

この二つをせっせと実行していました。
ものすごく心理ゲームがありふれていて、本当の自分を
出すのが危険に思える状況でした。

学内、どこへ行ってもドライバーと脚本を
強化するものばかり・・・そう思えました。

今考えても恐ろしいです。
あんなところにいたらおかしくなる。

そんな感じで、鎧を脱ぐのが危険なことの
ように思う人は多かったですね。

 

先日、某質問箱で20代の子が「しつこい母親が嫌いで、自分でも困っています」と書いたのを見かけました。そうしたらその回答が「甘い」「感謝を知らない」「苦労が足りない」という返事の嵐、、、。100コメは超えていましたが知る限りほとんど反省を促す回答。

20代のユーザーのみ回答できるという仕組みなので私はコメントできませんでしたが、、、。かわいそうに、と思いました。多分侵入的な母親の事を言っているんだと思います。

それにしても、まるでおっさんやおばあさんの回答みたい、、、(--;)な20代だな、と思いました。
親元にいる人が多く、おっさんやおばあさんの刷り込みの中で生きてるから、そうなっちゃうんでしょうね、、、、。怖いわー。新世界秩序だわ、、、。

 

敗戦により商工農死(士)と切り替わった。
日本の良さは失われ物質的に豊かにはなったが、対価として心を差し出した。
そして物質を維持する為に支払い続ける心。

 

こんばんは。
朝に記事を読み、溢れる勇気を心に感じてたっぷり熟成させつつ一日を過ごしていました。
寝る前にコメントを読んで、更に勇気が一回り芽生えたような気がします。
抱えているのは、あの子もこの子も、実はやっぱりそうだったりしているのですね。私だけじゃないんだ。娘さん具体的に動き出しているオーラを感じて、凄いやあ~。私もそいうことしたいやあ~。記事読んだら、私も早くもっとしたいことしたくなる気持ちが膨らんでます!

ちょっぴり骨太が増した勇気をあたためながら、私は私のことを、向き合う!

 

ハラッサー?

コメントを読んで、気持ち悪りぃ~マスターベーションじゃんと、思った自分はハラッサーですか?でもいい子になる必要はないし、本音を言う事が大切なんですよね????う~ん悩む(汚い言葉でスイマセン)

 

takayonさん
私も20代です。
鎧を着てないと会話が成立しない・・・とてもよくわかります。

友達同士でも鎧の内側、自分自身の話をすると「努力がたりない」とかなにか言われることはさすがにないですが、一瞬引いてあまり深入りしないように会話のバランスを取ろうとされるのでちょっと悲しくなります。

会社では「なんでそんなこともわかんないんだ」とか「わがままいうな」とか「言われたことだけやればいいんだよ」とか横にたって声かけてるのに存在無視とかあります・・・。しばらくして「なにしてんの」とかいわれたり==;(もう辞めましたが。)

自分を見るのが怖くて鎧を脱げない人達と外に吐き出してるからこっちが強固な鎧きてなきゃ身をまもれない人達と。
疲れます。

 

そう。本当にそうなんですよね。
知り合いの20代前半のお嬢さんは祖父母から毎週毎週介護士になれと電話が来るそうです。
祖父母の家の敷地内に住宅を建ててやるから、自分たちの老後の面倒を見ろと言うのだそうです。
フリーターということでまともな職につけと責められるらしく、その人は将来に不安を持ってしまっていますよ・・・(ーー)
まったく罪深いですね。
私の両親も二言目には自分たちの老後の心配と面倒を見ろ、ですよ。
存在不安の認識がもっと広まってほしいですね。
逃げるか、向き合うか。
第1歩は自分次第なところがまた難しいのかな。
悩みのある人という大きな括りでは同じでも、逃げたい人は新興宗教や問題のすり替え行為をしていくのでしょうし、向き合おうと思った人は自律への1歩を踏み出すことができる。
今、青少年規制法が話題になっているようですが、問題点の多い(というか、規制内容はバカげている)法案でありながら賛成派の人たちは存在不安やIPやドライバーが強いのではないかと思いますね。

 

皆さんにご質問

中尾先生のカウンセリングを、受けた方にお聞きしたいのですが、カウンセリングを受けた事で、ご自身やお子さんの引きこもりが無くなったり、その他の問題が解決!っという方いらしたら、感想等をお聞きしたいので、宜しくお願いします。(いいのかな~こんな質問して??^_^;)

 

自分だけじゃないんだ

苦しいです。20代です。
でも、皆苦しいんですね・・・自分だけじゃないんだ。

1、みんな一人で問題を抱えこんでいる
2、自分を責める

まさしくその通りです。誰かに言っても、「勘違い」「もっと頑張ればいい」「甘えている」「我慢すればいい」「重い」って言われた体験があって、酷いときにはシカトされて、もういいや・・・って。
鎧を着ていない会話が成り立たない・・・。

苦しいけど、私はある程度、なんとか自分の好きな時間を過ごせるようになってきました。
いつも中尾さんのブログには助けられていて、感謝です!

敵を知り、己を知れば百戦危うからずっていうことわざ、かなり効きました。
自分の身は自分で守らねばなりません。勉強して、強い子になります。

 
    
 
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