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おどおど、びくびく-不安でたまらない人

2010/03/20(Sat) Category : アダルトチャイルド
忙しく充実した日々------------------------------------------

自分の中に「不安」ちゃんと「怖い」ちゃんがいる。
生まれて以降、生きることとセットになっているくらい、当たり前のように自分の中にいる。

でも私は、その二人を見たくない。
だって楽しくないから。

その二人が寄ってくれば、私はその子達を見捨ててとっとと逃げ出す。
携帯、パソコン、ネット、漫画、ゲーム…逃げ場はたくさんある。
勉強、仕事、趣味、子育て…しなきゃならないこともたくさんある。

ふっと時間が空けば?
いやいやそんな時間はない。
撮り貯めたビデオ、引き受けた世話、心配しなければならない家族・親族のこと…たまっていること、考えなきゃいけないことがたくさんあって、意識を心に向けるヒマなんてない!

私は忙しく充実して日々を送っている。



「不安」ちゃんと「怖い」ちゃんの脱獄作戦--------------------------

心の暗闇の中に閉じこめられたままの「不安」ちゃんと「怖い」ちゃん

「私たちもここにいるんだよ~。認めてよ~。エ~~ン(TT)」
「あのとき怖かったのに、そんなこと言ってられなかったから我慢してここに閉じこもったのに…もう、大きくなったんだから、認めてよ~」
「もうこんな暗いとこヤダよ~~早く出してよ~!」

と泣き叫んでいるのだが、待てど暮らせど迎えに来てはくれない。
どころか、この叫びさえ耳にも届いていない様子。

「このまま待ってても仕方がないねぇ」
「うん、聴こうともしてないようだから、叫ぶだけじゃダメだね」
「どうしよう、このまま日の目も見ないで死んじゃうのかな」
「やだよ、そんなの。死にきれないよ」
「そうだね、何とかここから脱獄しなきゃね…でも、どうする?」

「んー……、ほら、昔テレビであったじゃない。監獄の外を通りかかった人に“助けて!”と書いた紙を石つぶてにして投げるやつ。あれはどうかな」
「でも、それは外の人にわからせる方法だよね。私たちの場合は、“この人”(自分)にわかってもらわなきゃだもんね」
「うん、それは外の人がわかって『あなたの中に不安と恐怖がいるよ』って教えてくれても、この人が自分で『あぁ、私の中に不安と恐怖が在る』ってわかっても、どっちでもいいんだ」
「そっか、じゃあどうするの」

「なんかきっかけがあったら、とにかく“不安感”“恐怖感”を出そうよ。それらしききっかけであれば何でもいいよ。とにかくなるべく出て、ここに私たちがいることを教えなきゃ」
「よしっ、脱獄に向けて頑張ろう!」
「エイエイオー!!」



表に出てきたオドオド、ビクビク---------------------------------

いつの頃からか、私はオドオド、ビクビクがついて回るようになった。
なぜ自分がこんなにオドオド、ビクビクしているのかわからない。

テレビのニュースで“不審者”と聞こえるとどうしよう、とか、この近所でも…とか、子供たちの防犯は、とか、どっといろんなことを想像してソワソワ落ち着かなくなる。
ドラマとわかっていても、ザワザワ胸騒ぎがする。
外に出ると自分が見られている気がする。私の恰好何か変?
電車で横に座っている人の腕が動いた。何?
あそこで立ち話している人は、きっと私のことを噂しているに違いない。
……
どんどんエスカレートしていく。

身体がいつも緊張していてピクッとする。
しゃべり方まで小さな声でおどおどするようになった。

あぁもう、人のいないところへ行きたい。
でも、人のいないところは怖い。
閉じこもっていよう。
でも、物音が気になる……






見たくない自分と見て欲しい感情とのバトル-----------------------

もうおわかりですね。
自分の中にいる「不安」ちゃんと「怖い」ちゃんを認めようとしないから、「不安」ちゃんと「怖い」ちゃんは、ことあるごとにきっかけをつかまえては、私たちを認めてくれぇ~!と出てきているのです。つまり、「不安」ちゃんと「怖い」ちゃんが、無き者にされてたまるかエイエイオー!と頑張ってるんですね。

感情は「存在」であることを思い出しましょう。
自分が見ないようにしても、“そこ”にあるんです。

わかりやすいのは、「怒り」をまき散らして生きている人。本人は「怒ってない」と言っても、周囲は怒りの波動を感じてピリピリしていますよね。

同じなんです。
「不安」や「恐怖」もそこに存在しているんです。
本人が見ようとしなくても、にじみ出てくるんです。

そして、どの存在も認められたがっています。
存在するからには認めてもらわなければ存在したことにならないからです。

それを強硬に認めようとしなければ、認めてもらえない感情は、ますます自己主張してきます。隠そうとすればするほど、あらゆるきっかけを捕まえて出てこようとするのです。

つまり、「認めようとしない自分」と「認めて欲しい感情」との間で対立が激化しているわけですね。このように対立が激化していくことをエスカレーションと言います。



見たくない奥の院に隠されているモノ-----------------------------

なぜ、エスカレートしていくのでしょうか。
「不安」や「恐怖」を見たくないというのもありますが、そのさらに奥には、「不安」や「恐怖」を持つに至った親との関係があります。つまり、「不安」や「恐怖」という感情に突き当たれば、その感情が湧いた出来事、その出来事に象徴的に現れている親の本性を見なければならなくなるのです。

それを見るのは、とても辛いことです。
しかも、「親のために生きてきた人生脚本」と「感情を見るなというIP」が、見たくない気持ちに荷担します。下記のようになるでしょうか。

・表層意識―忙しい、充実している
・無意識第一層―「不安」や「恐怖」を見たくない
・無意識第二層―親の本質を見たくない(親との関係を見たくない)

こうして、二重三重に感情を封印しているのです。
この封印が強ければ強いほど、「不安」や「恐怖」は負けじとばかりに頑張って出てこようとする。つまりは、ちょっとしたことでも「不安」や「恐怖」を感じるようになってきて、しまいにはいつもおどおど、びくびくした人間になってしまうわけです。

心理学的に言えば、人や出来事に不安や恐怖を感じるのは、自分の内側にある不安や恐怖の投影だということです。

そうとわかれば、何をすべきかわかりますね。
そう、自分(IC)を救いに行くのです。

自分が救わない限り、救われたい感情はその気持ちを外に投影し続けるからです。そして、自分は、その投影された対象(人、モノ、動物など)に振り回され続けることになります。でも結局自分は救われないままなのです。



人は自分の中に潜むものを「嫌悪」「蔑視」する---------------------

そして、このおどおどびくびくしている人を必要以上に毛嫌いする人や馬鹿にする人もまた、この「不安」や「恐怖」を心の奥に持っている人です。目の前にそういう人がいると、自分の心の監獄に閉じこめている「不安」や「恐怖」が共鳴して出てこようとザワザワ騒ぎ出すのです。

寝た子を起こしたくないので、「静かにしろ!」と怒鳴るようなもの(--;)。自分が「不安」や「恐怖」に直面化したくないので、相手を攻撃するのです。自分が弱ければ弱いほど、馬鹿にする(上から目線)→嫌悪する(同じ土俵)→ことあるごとにやっつける(自分が追い詰められている)と、攻撃は過激になっていきます。

下記のような事例も、自分の弱さを見たくないために相手を攻撃している事例ですね。
ロザンナさんへ-母親は父親にならなくてよいのです
女性蔑視の裏に潜む女性恐怖


自分がある感情を「嫌悪」したり「蔑視」したり、あるいは、ある対象(相手やもの)を「嫌悪」したり「蔑視」したりする人は、そこに潜む感情から逃げたい人なのです。たとえば、潔癖性や○○恐怖症などの裏には、親から自分が侵食されていくという恐怖、その親から逃げたいという思いが潜んでいます。

この不安や恐怖が極限に至れば、その不安や恐怖をもたらす存在を目の前から消す、殲滅したいと思うようになるでしょう。「アバター」に出てきたマッチョ(不安)の権化クオリッチ大佐のように。


強気で生きている人は一見なんの不安もないように見え、一方、心配性、不安神経症、恐怖症などとレッテルを貼られる人は弱いように見えますが、実は両者とも同じ穴の狢なのです。そして、両者ともにその「不安」や「恐怖」と向き合わなければ、昨日見たブラックホール人間へと落ちていくことになります。

ブラックホールから離脱するときの最大障壁は、おそらくこの「不安」や「恐怖」でしょう。



「不安」ちゃんや「怖い」ちゃんを抱きしめよう-----------------------

これまでは、自分から逃げ続けていました。
すべての行為は、不安から逃げるための代償行為でした。
すべての言葉は、IPによる自己洗脳でした。

代償行為と自己洗脳によって時間を構成していた(時間つぶしをしていた)―つまり、存在不安から逃げるために時間の構造化をしていただけなのです。

それらをすべてやめて自分の時間を作りましょう。
一人になって、「不安」ちゃんや「怖い」ちゃんと同じ環境に自分を置いてみましょう。

その“行動”をあなたのICは「あ、私と向き合ってくれるんだ」と、信用します。
(ICはうそばかりつく“思考”は信用しません)
信用すれば、いろんな感情(IC)が出てくるでしょう。その中に「不安」ちゃんや「怖い」ちゃんもいます。

その二人が出てきたときに、その二人から逃げないこと。
どーんと抱きしめてあげましょう。







目を開けて内なる不安を見つめよう
「嫌われ松子の一生」―存在不安と闘い続けた生涯

2-1)「不安の封印装置」としての夫の確保
2-3)娘に「存在不安」を植え付けけ、見捨て続ける

自由からの逃走―(1)存在不安と役割喪失不安



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親への憤怒が出尽くした後、足元を揺るがすような強烈な恐怖感と、不安に襲われています。
こんなものが、まだ自分の中にあったとは。

居ても立っても居られない様な、心もとなさに誰かに電話したくなったり、誰かに受け止めてもらいたい!と思ってしまいます。

検索して、上記の記事を見つけ、ここも自分で受け止めなければいけないのだ。と自分を抱きしめることにしました。筆舌に尽くしがたいつらさですが、乗り越えたいと思います。

記事に感謝します。

 

心の空虚を見ないふり

充実した一日にしようとあせるのは

心が空虚だからだ

達成したと思うことで空虚な心を見ないようにしている

疲れても仕事から離れず、休養がとれないのは

仕事から離れると不安だからだ


仕事が忙しいと思っていれば、空虚な心に気づかずにいられる

なぜ空虚なのか?

それは孤独だから、孤独なのは自分の感情を抑えて人とつきあっているから

私は、仕事でもなく何の用事もなく人と一緒にいることを恐れる

空虚な自分をかくしているから




 

こんにちは。


自分のビクビクやオドオドをバカに
する人が多かった。


でも今日の記事を読むと・・・
なんだかんだ他の人も
不安ちゃんと恐怖ちゃんを
見たくなかったんだなと
思いを巡らせました。


表層的な充実感、(ここだとドライバー
も関係していそうですね)、それが
自分と向きあわないためのもの
だったというのも、まだまだ納得の
いってるような行ってないような、でも
振り返るとその通りだったなと思います。

そう考えると、失敗とかでその表面的な
充実がとっぱらわれた時ってチャンス
なんだっていうのも意味が繋がってきます^^

 
    
 
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