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中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


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嵐の夜明け

2010/03/21(Sun) Category : 家族小景
ゴウゴウと家を揺らすような凄まじい風で目が覚める。
そのうち、叩きつけるような雨が加わった。
嵐だ……

一段落の月-3月。
妻は6年勤めたクリーニング店を辞めた。新規開店と同時に勤め始めた店だったので、まさにゼロからのスタート。最初に数日ほど教えてもらっただけで一切を任された。乱暴な話だが、妻はアパレルメーカーに勤務していたこともあって衣類の扱いに関する基礎知識があり、誠実な接客を心がけたおかげで懇意にしてくれる方も随分増えた。

独自に作ったマニュアルは他店でも重宝がられた。千差万別の商品を扱うわけだから知識が必要なだけではなく、お客さんにもいろんな人がいて一筋縄ではない。パートだと甘く見て、その大変さに定着しない新人さんもいた。

妻は、「あなたがいるからここに来るのよ」とか、「引っ越すけど、いつまでもここにいてね」とか、あたたかい言葉をいただき信頼を得ていく中で、病気を打ち明けられたり、子育ての心配を打ち明けてくれる方々もいた。ご家庭のことから鬱になった人をサポートし回復させたことなどもあった。
…いろいろなことがあった。



-----------------------------------------------------------
その間も、大学で学び認定心理士を取得し、家族相談士に合格し、杉渓先生他に師事して家族カウンセリング協会の研修を続け、ロールプレイを積極的に行って夫婦関係にも気づきを深めていった。

ある時のこと、
「助けてください!」
と妻が悲鳴のような声を上げた。

“助けて”や、“助けてよ”ではなく、“助けてください”と言ったところに“正式な依頼”を感じた。しがらみのある身内にカウンセリングは出来ない。自分が当事者だからだ。しかし、これは本気で向き合わなければ……場所を変えてカウンセリングをすることにした。

カラオケボックスに行き、カウンセラーに徹しようとしたが、妻の話す相手の“夫”は自分である。途中で妻に毅然と言われた。
「今は私のカウンセラーをやってください」

そこで、エンプティチェアをすることにした。
その時点で話題となっていた夫婦の会話の場面を一人で演じてもらうことにした。
妻が夫に話す。「では、夫の椅子の方に座って」と指示。
妻は向かいの夫側の椅子に座って、今度は夫になったつもりで応答する。
これを交互に繰り返していった。

すると、あるところで夫側が応える番になったとき、詰まって応えられなくなった。しばらく黙って泣いていた…。
どういう気持ちか聴くと、「こんなに辛く苦しいのか」と、言うに言えず身動きできない辛さ苦しさを感じたという。

「それは、おまえの気持ちだよ」―そう言った。
そう聞いて、「あっ、そうか。これは私の中にあるから、私の思いでもあるんだ」と、妻は自分の中にある気持ちに思い至った。

それは私の気持ちでもあり、妻の中にもあった思いでもあったのだ。
私も自分の気持ちを受け止められた思いがし、妻自身もまたICの気持ちを受け止めた。…こうして、二人は互いの理解を深めていった。



-----------------------------------------------------------
妻と二人で参加した研修のあるとき、どうしても何か言いたい思いが胸を騒がせた。帰りになんとなく居酒屋に寄った。

最初は、研修のあり方や姿勢に矛先が向かった。それに対する妻の応答を訊いて、あぁ言っても仕方がないな、と私は口をつぐんだ。そして、何が自分をそうさせたのか、私は自分の中を見ようとしていた。

妻が何かをしゃべっているが、私は目をつぶって沈黙の中にいた。
哀しみが襲ってきて、なぜか涙があふれてきた。
そして、静かだがきっぱりと、言葉が口をついて出た。

「俺は、あのおふくろを許さない!」



-----------------------------------------------------------
…まだ、…まだこんな気持ちがあったのか…。
もう3年前に、親を抱きしめたときに乗り越えたと思っていたが…。

自分の闇の深さを知った。
親のことを受け止めてはいても、自分のICの恐怖や怒りをきちんとは“表現”していなかったのだ。私の中の“僕”は泣いていた。

無意識に自我侵食してくる母親。
気を抜くことができなかった。
表面的にはなんでもない日常なのだが、私の心はどこかでバリアを張り続け、一瞬も気を抜くことがなかった。

「あんたは部屋にちょっとでも入ると敏感に感づいたからねぇ」
部屋は心だ。心に踏み込まれたら感づくのは当然だ。たとえものが寸分も動いていなくても、入ったかどうかは“空気”が教えてくれた。

それくらい「安心できない」―そういう思いがあった。
気を抜いて、ふと気づくと横に立っている―そういう怖さである。
私の家は安全基地ではなかった。

だから、いつもピリピリと神経症的になっていく。
たとえば、小学校高学年の頃だったか、寝る前に何度も何度も布団の位置を微調整するということをやっていた。横になって寝た感じを味わうが、しっくり来ない。で、ほんのわずか敷き布団をずらす。ずらすと言っても極微だ。で、布団に入る。が、やはりしっくりこないなぁと感じる。すると、また起き上がってちょっとずらす…。こういう繰り返しを5,6回もやっていたのではないだろうか。寝る前に、何度も何度も布団を微調整し続ける小学生…哀しい姿だ。

いつ止んだのかは覚えていないが、この“儀式”もまた、自分を守るためのものだったと思う。自我侵食にさらされている人間は、自分なりの「安心」の確証を得なければ、安心して寝ることができなかったのだろうと今は思う。



-----------------------------------------------------------
中学になると学校から帰ると部屋に籠もるようになり、時にかんしゃくを起こしてモノをぶん投げたり、壁を思いっきり蹴ったりして穴が空いたこともあった。突然「キレる」というやつだ。もう一杯になっていたんだね…。

後にヒッチハイクで北海道の山中の工事現場で下ろされ、その後、延々と車の通らない道を、ポツンポツンと出てくる「熊に注意」の看板を見て、大声で歌いながら歩いていたことがある。

後になってふと思ったのは、部屋で大きな音を立てていたのは、大声で歌って熊を近づけないのと同様、親を近づけないためだったんだろうなぁ、ということだった。こちらが圧力をかけ続けていなければ、いつの間にか近づいている両親。そして、魂を食べられてしまう。…熊のように怖かったんだなぁ。

「スティール・ボール・ラン」(STEEL BALL RUN)最新巻(20巻)に、冒頭から「クマに注意!」の看板が出てくる。地面に立っているはずの看板が、ふと気になって振り返ると直ぐ後ろに迫っている…あぁいう不気味さだ。



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「甘える」というのは、相手に自分を全面的に預けることだ。自分を丸ごと受け止めてもらうことだ。だから、子は親に甘えたがるのである。そうやって安心すれば、子はさっさと独り立ちしていく。

しかし私にとって甘える=取り込まれることだった。それどころか、一見普通に見える家庭は、心にバリアを張るだけではなく、こちらからプレッシャーをかけてはねつけ続けなければならない、一瞬たりとも気を抜くことのできない戦場だった。だから、高校に入る頃には、どうすればこの家から離脱できるかしか考えていなかったのだろう。

けれど、あっさりしすぎている自分の母親と比べて、なんだかんだ言っても私の両親は愛情深いと思っていた妻には、このことがわかりえなかった。
また、同じ戦場ではあっても、妹は私と全く異なる役割を背負わされて、やはり孤独な脳内現実を生きている。だから、私はこの孤独と苦しさを、一人で抱え続けていなければならなかった。

「俺は、あのおふくろを許さない!」
私が、この思いに到達でき、この言葉を言うことができたのは、その前のエンプティチェアで、妻が深まった。そして、少し私の気持ちをわかってくれた―そう感じていたからだと思う。

ようやく、50年間抱え続けてきた思いを受け止めてもらえる相手ができた―そうICが感じたのであろう。私の心の奥の奥に慎重に慎重に隠され続けていた思いが、ようやく出てきたのだ。

そのときの私の中にあった気持ちは、「許さない!」というきっぱりした思いの他に、戦争で人生を奪われた母親に対する哀れと、それから深い悲しみだった。



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気持ちというものは、それを受け止められる相手がいなければ出てこない。それは、自分に対しても同じである。自分が自分の気持ちを受け止められるほどに成長していなければ、自分に対しても出てこないのである。

特に親が自我侵食してくる親であった場合、根っこには“身近な人”に気を許すことができない警戒感があると思う。だから、表面的感情のやりとりはあっても、奥深くにある感情は自分がまず受け止めずして相手に言うことはない。言うということは自分を開くということ。そのとき、侵食されるのが怖いからだ。

つまり、その気持ちを言えたということは、二つのことを意味していた。
1つは、最も“身近な人”である妻を信頼したと言うこと。
1つは、その気持ちを私が受け止められるだけ私が成長したということだ。

私がここに至るまで、いろいろなご家族と接する必要があったのかもしれない。相談者の方々に、私は育てていただいたと感じている。
ありがとうございます。

妻と私が交互に足を踏み出して歩いているように、私と相談者の方々も一緒に歩いているように思う。どこからが自律ということではなく、自分と向き合おうとする人々が、お互いに学び合い続ける生があるだけなのだろう。



-----------------------------------------------------------
それから間もなく夢を見た。
大きな石油ストーブが二つ燃えさかっていた。

2mくらいとそれよりやや低めの大きな円筒型で、覗き窓から見ると、両方ともガンガンに炎が上がっている。そのやや小さい方のストーブの下部から火があふれそうだった。そして、私はその火を消した―そこで目が覚めた。

恐らく、母への怒りの炎だったのではないかと思う。とすれば、父への怒りがまだ残っているのだろう(いずれにせよ、大きいとはいえ石油ストーブであるから、怒りも随分小さくなっているが)。

自分を認めてもらいたい子供である父。それがうるさくて、これまで父の話をまともに聴いたことはなかったので、一度きちんと受け止めてあげなければ可哀想だなぁと思っていたところだった。



…いろいろと一段落が進みつつある。


あの嵐の暴風雨はどこへやら。

まるで、嘘のようだ。

静かな朝になった。





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取り込まれる恐さ

「愛情深い、立派なお母さん」
に自我を侵食される子どもの苦しさを描いた児童文学をご紹介します。

 岩瀬成子 『そのぬくもりはきえない』

私も主人公の少女のように 「わたし、わかんない」 が口グセでした。
いちばん近くにいて、いちばん愛してくれている人から自分を守らなければならない……とてもつらく哀しいことです。
犬や不思議な体験が主人公を支えたように、私は読書で心を支えていました。

大人になった今もまだ、身近な人に「助けて」なんて言ったら自分が崩壊しそうで怖いです。

先生でも、奥さまに自分を開けるまで信頼するのには、長い時間が必要だったのですね。
私もゆっくり少しづつでも、進んでいきたいと思います。

 

感動して涙が出ました!

こんにちは♪
記事を読んで、凄くドキドキして、涙がじんわり溢れて、とてもあつくて幸せな気持ちになってました!
家族愛の中でも、夫婦愛とか恋人愛って、私にとっては未知な経験です。親や色んな人の話を見たり聞いたりしながら、「おとうさんとおかあさんが、信頼関係を育み合っていくって、凄く大切なことなんだろうな~。でも、心の底から想い合い、自律を心に秘めながら共に歩いていくことは、とってもとっても大変そうだな~~。」という想いを心に抱いていました。
記事を読みながら、改めて、いえ、今までよりも更に骨太にお互いの心を理解し合えたような場面を、脳裏に思い浮かべながら、思いっきり感動して涙が溢れました。

自分の辛く苦しかった役割を、人に心で共感してもらうって、凄いことだと思います(泣)!
それだけでも号泣ものだけど、夫婦として長年共に寄り添いながら生きる人同士がそうできるって、もっともっと深くて濃縮な時間が秘められているような気がして、更に号泣してしまいました(泣)!!


今日は、パワハラ被害に遭った人の体験を読んでいます。
余りにも壮絶な社内環境に驚愕しつつ、未来をちょっぴり不安になりそうになりつつ、この記事を再度読んで、わたし思いました。
「どんな環境にあっても、私はあるがまますべての勘と、心と、共に在ることを一番大切にしていたい」と。
恋人はまだ気の遠い話だけど、feelingで惹かれあう友人や知人とから、いつか私ももっともっとガツガツと、手と手を取り合って歩み合えるような関係を、培っていってみたいです!

 

寝心地が悪い

自分が小学生の頃もありました、寝る時に布団の位置を変える行為。
微調整ではなく180度回したり
窓側の壁に寄せたりその逆だったり
で、なかなか寝付けないでそういうこと繰り返してるうちに疲れて寝る、みたいな。
そして朝方に仕事に行く父母の階段を下りる音で目を覚ます。
その1時間後位に自分も与えられていた仕事をしに行くために起きる。
前の晩はなかなか寝付けなくて疲れているのに。

落ち着いて眠れない一つの理由は分かっていました。
もしも寝坊した時、仕事に来ない自分を起こしに来る親が、目が覚めた時にどんなふうに見えるかが気になっていました。
ドアに近い方に枕を置いて怒った声を聞いた方がマシなのか?
頭をドアから遠いところに置いて怒った声を聞いた方がマシなのか。
布団の位置を動かす日は、そんなことが気になってました。
これからどんな夢を見るんだろう、ではなく
明日の天気はどんなんで、学校でどんな遊びが出来るだろう、でもなく
寝坊してしまった時に見る親の顔が気になってしまってましたねぇ。。。

ちょうどこの頃からかも。
呼吸が変になってしまったのは。
息を吸おうと思っても、空気が入ってこない感じ。
無意識に行えているはずの呼吸が
息苦しさを感じ、意識して吸おうと思っても入ってこない。
そしてやっと吸えた後に訪れる『ふーーーっ』っと出る溜息。
よく人にも言われてました。なんでそんなに「溜息出るの?」って。

今でも眠る前に呼吸が苦しくなって
それが気になってなかなか眠れない日が月に1・2度あるかな?
その時は忌野清志郎のJUMPって曲の中の歌詞を思い出し
「眠れない夜は 朝まで踊ろう♪」
踊りはしないけど諦めて、疲れるまで本読んだりインターネット見たりです。

でもこの息苦しさ、一つのバロメーターにもなるんですよ。
「自分が本当に好きな事をやってるときには気にならない」
なにかを夢中でやっている時は、息苦しさを感じることないんです。後になって、そう言えば息苦しさ出てこなかったなぁ、って思い返すんです。

自分の心に正直に生きなさいって言う呼吸器系からのサインなのかもしれませんね(笑)

 

たった一人の味方

私がどんなに悲鳴をあげていても、他人は
「綺麗で優しいお母さんじゃない~」
と、誰一人本気にはしてくれませんでした。
「あんな良いお母さんを、そんな風に言うなんて。」
悪いのはいつも私の方でした。

「みんなは綺麗で優しいお母さんて言うけど…」
私が言い終わらない内に、遮る様に
「あんな意地悪な顔の人、今まで見た事が無い。」
と、初対面からはっきり言い切った人が、一人だけいます。

普段はボーっとしていて、
全然他人の事を悪く言わない人でしたし。
母の事はそれまでほとんど話していなかったので、
色眼鏡で見る余地が無かったのにもかかわらず、です。

当然いつもの様に、たとえお世辞でも
「本当に綺麗なお母さんだねー」
という言葉が返って来ると思っていたのに。
一目で見抜くなんて、
この人は心眼があるのだろうか?!
と、とてもビックリしました。

その人は今、私の配偶者です。

 

ありがとうございます

「何事もない普通の家庭なのに」
「いいご両親」
・・表明的にこう見えることによって、誰にも理解されることがなかった苦しみ。
深く、人知れず、理解されず、それが故にずっと深いところで引きずり続け、内面で拗れてしまった糸。
表明的には精一杯、「普通」で「自分らしい」生活をクリエイトすることをしながら、深みの影に足を引っ張られ、時々飲み込まれては傷つきながら生きてきました。
表明的には恵まれているように見えるでしょう。
得体の知れないものを抱えながら、だからこそIC本位ではなく、内なるIPに足を引っ張られながら世間本位を生きることにエネルギーを注いできたのですから。
このブログと出会えたことに感謝します。
自分の苦しんできたことがここにはある!
先生に直接お会いしたことはありませんが、自分の中で苦しんできたICが、希望に触れて喜んでいるのがわかります。

 

こんにちは^^

”儀式”は小学生の頃たくさん持っていた
実感がします。記事を見て、あんなことや
こんなことやって感じでしました。

手を何度も洗う、鍵の開け閉め、
電化製品のスイッチのON、OFF
を何度も確かめるのが、今も残っている
なごりですね><

普段気にしていなくても、ストレス下
でそうなります。


あと、変な瞬きですね。思いっきり
見開いて閉じる。
親に瞬きの回数を何度も言われて、
大丈夫だと確認する儀式なのだと
思います。

人からも変に思われていました。

動作は異なりますが、布団の微調整に
通づるものを感じました。


そんな親に対して、離れたいという気持ちすら
萎えてしまって・・・

自分の場合は一度というか何度も、いい子のフリして絞りとろうという決断になっています。ですが、やはりそれで終わりたくはないですね。

 
    
 
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