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魂リーディング-(2)私の生き方

2010/04/05(Mon) Category : 宇宙・スピリチュアル
魂リーディング】私の生き方

■鯉の滝登り---------------------------------------------

鯉の滝登り―それが私の生き方らしい。

koinotakinobori

実は、過去生からずっと流れに逆らうという生き方を繰り返してきたそうだ。

そして、登り切る。つまり、生ききって後悔はない。
けれど、ボロボロになる。そう、産卵を終えた鮭のように。
そういう生を繰り返してきた。


何事も体験しなければ納得しない性質。
(そういえば、高校時代の一言が「若い頃の苦労は買ってでもせよ」だった)

だから、過去生で一通りの艱難辛苦をすべてやってきたのだという。

捨てられた子。
虐げられた人生。
それらの人を世話する人生。
社会の上から変えるしかない、と権力を握って抜本的改革を行った時代もあったそうだ。

(そういえば、虎井さんに見ていただいたときに、私の前世にアイルランドの革命家という方がいらっしゃいましたね。虎井さんによれば、地球における転生は645回でしたから、『一通りの艱難辛苦をすべてやってきた』というのも、そうなんだろうなぁと思います)


あらゆるプロセスを辿ってきたからこそ、到達した結論

―「普通」が一番いい。

「普通」の良さを知るからこそ、
「普通」という立場のまま、
「普通」の中から変えていくことが大切。

だから、今生では普通の家庭に生まれてきた。
だから、今迷わない。



■「普通」こそ価値-------------------------------------------

確かに。
迷いがない。

たとえば、会社で組織改革をやってもトップがダメなら一挙に無意味となる。トップがよくても、交替すればやはり元の木阿弥になる。そういう実体験から、一人一人が変わらなければダメだと痛感し、それが私を家庭へと走らせた要因の一つだった。

「会社の常識は社会の非常識」と言われた時代は企業がカルト化していったが、今や感情を無視する社会自体がカルト化している。脱カルトとは、洗脳宗教から人を救い出して社会適応させていくことだが、今や社会の価値観から抜け出すことが脱カルトになってきている。そういう壮大な本末転倒社会に私たちはいる。だから、本末転倒社会の「普通」の意味を私たちは疑わなければならない。
「普通」って、何?

そして、本当の意味での“普通”がなくなってきたからこそ、“本物の普通”は希少価値を帯びてきた。だから、今の時代に普通でいることが価値があるのだろう。そこに、「普通」を目指して転生してきた私の意味があるのだろうと思う。

上記の記事の冒頭でも触れているが、『大人どもよ、おまえらが勝手に「普通」ってもんを作ったから悲劇は起こった』と言った少年A(酒鬼薔薇事件)。私も彼の言葉に共感した。しかし、その「普通」は意味が違うよ、とも思った。少年Aも少年「私」も、ともに「普通」ということをテーマにし続けていた。同時に、彼は異常者ではなく「普通」の家庭から生まれたのだということも社会に示す必要があった。一歩間違えれば自分だってどう転んでいたかわからない。だから、私が彼のことを書いたのは必然だったのだろう。

それから、私は『プロフェッショナルという言葉が嫌いだった。そこには、専門の道に責任は持つが、他は持たなくてよいというニュアンスを社会から感じていたからである。』 だから、目指していたのは『「プロフェッショナル・アマチュア」だ。あくまでも普通の人間(アマチュア)であり、ただその思いを表現できるスキルを持つ―そういう方向性を目指していた』―10代という若いときから「普通」にこだわっていましたが、その根っこにはこういう過去生があったのかもしれませんね。
川喜田二郎氏の「パーティー学」


また、「凡の非凡」という言葉があるが、これは私が妻に感じたことだ。
「持てる能力を平凡なことをすることに注ぐ人間だなぁ」―それが、妻への感想だった。その妻と一緒になったことも意味があったのだなぁと思う。



■鯉と鮭-------------------------------------------------

鯉の滝登りに関しては「登竜門」が有名だ。
黄河上流にある竜門山を切り開いて出来た急流―竜門。
そこに鯉は群れをなすが、そのほとんどは登ることができない。
登ることが出来れば竜と化すという伝説がある。

故事で、李膺(りよう)という実力者に才能を認められれば出世が約束され、その認められた人のことを竜門を登った鯉の伝説にたとえられたところから、立身出世の関門を登竜門というようになった。

が、それは流れに乗るために多くの人が殺到し、その中から認められた人が出世するという意味合い。故事における伝説の利用の仕方がそうだったんだね。私の場合は、流れ=“殆どの人が向かう方向”だから、人そのものが流れ。それに逆らう生き方だから大変だっただろう(過去生だから他人事 ^^;)。


ボロボロの鮭のイメージはしっくり来る。
受精するとオスもメスも力尽きて死ぬ。が、死がいは、冬の厳しい北海道の自然を生き抜くための動物たちの栄養となり、微生物に分解されてプランクトンとなって孵化した稚魚たちの栄養にもなる。だから、親鮭は死んでもすべての生命を生かし、そして子供のために活きているのだという。
鮭の産卵

そして、エネルギー循環の観点から言えば、内陸部の動物の「窒素」や「炭素」の多くは、海から来た「窒素」や「炭素」から構成されているという。川の淡水魚が、産卵後に死んだサケの死がいを食べることで、また、川岸で育つ草木や周辺の樹木がサケの死がいで肥えた土壌から栄養を吸収することで、海洋性の「窒素」や「炭素」を取り入れているらしい。つまり、海の恵み(栄養やミネラル)を陸地の生命にもたらす運搬者が鮭。
川(真水)と海(塩水)という相容れない生態系を循環している鮭は、地球規模で栄養エネルギーを循環させているんだなぁと思う。
エコシステム(生態系)としてのサケの役割


あぁ、この鮭のイメージはいいね(我が家も鮭大好きだけれど^^)。
相談者の方々は、脚本に飲まれIPにまみれている方ばかり。いわば自由で豊かな海が活躍の場なのに、合わない水の世界で息苦しい!と苦しんでいる。私も同じく連鎖を背負って水の世界に生まれたのだが、海を知って、そこで得た栄養や智恵を水の世界で苦しんでいる人たちにフィードバックしているイメージ。そして、海へと導き出す。だから、登り切ってボロボロになってちゃダメなんだね。導き出せないから。私が海が好きなのは、また海に戻りたいんだろうね。



■現在の仕事---------------------------------------------

おそらく、艱難辛苦を実体験しながら、どのようにすれば社会をよい方向に変えていけるのかを考え続けてきたのだろう。上からも下からも真ん中からも端からも離れたところからも、いろいろなところから見てきたに違いない。

その結果、辿りついたのが、「外」から変えるのではなく「内」から。つまり、一人一人の頭の中から変えていかなければということだったのかもしれない。だから、革命や改革ではダメで、このように人生脚本やIPの戦略を暴くということをせっせと文字にしているんだろう。

ただ、本人が自ら苦しまなければ変わろうとしない。だから、苦しんで自ら一歩踏み出した人を援助する「気づき」という形しかない。そのため今、「普通の人」で、カウンセリングというやり方で、組織や体制ではなく個々人に対するという生き方に辿りついたのだろうと思う。

そう思うと過去生の集大成のような気がするし、捨てられたり、虐げられたりもして辛く苦しい思いをしたであろうすべての過去生に感謝します。

ありがとうございます。



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モラ母の娘 さんへ‥

暖かいアドバイス、どうもありがとうございます‥‥
とてもうれしいです。私も電気を当てられると思います‥


近所の奥さん方と幼児が怖くて堪りませんが‥‥早く自由に外出できるようになりたいです‥

(昔は、海のそばに住んでいて、しょっ中、外に出て、伸び伸びしていたんですが‥親の都合で遠く離れた今の場所に来て、苦しんでいます。言葉に馴染むのにも大変でした。)

 

菜のはな さんへ…

私は40肩はありませんでしたが、いま50肩(四捨五入?)で整形外科へたまに行きます。たまにというのは、慢性的に右肩の上腕部が痛むんですが、3割の負担世代なので普段我慢しています…が、やっぱりその内に電気をかけに行ってこようと思います。
痛い腕の側から衣類の袖を通すことを最近始めて知りました。

菜のはな さんへ…体が鉛のように重く心身がボロボロ状態なのでしょう。分かります。ですが、整形外科へ出かける前は、出かける2時間前にQPゴールドやアリナミンAなどの滋養強壮剤を飲むと、一時的に元気が出ます。病院に出かけていく気力も一時的に湧いてきますよ。ものは試しにトライしてみて下さい。

 

過去世の導きなのか、私にはよくわからないけど必要なものは向こうからやってきてくれた。見たいと思うものにはみんなメッセージがあって、私の所に来たがってくれたそれを私の魂が、求めたから出会えた。そう思う。それって愛なのかなと思う。このブログに会えたのもそれだったと思うんだ。お陰ですごく元気になりました。ありがとうって言わなくても、そう思えるだけで伝わるって思うけど、言いたいから書き込ませてね。ありがとう!ここのタイトルが、「みんなでハッピーになるために」にいつかなったらいいなって私は思います。

 

艱難辛苦…

先々週の土曜日から、左肩と左の首筋を痛め、頭も痛く、料理もほとんど作れず、いっそのこと「死にたい」と思うような、”痛み”に耐えながら生きています。毎日拝読してきましたが「コメントを書きたい」と思いながら、左の頭が痛くて、自分の考えをまとめることすらできませんでした。今もまだ痛いですが、コメントを書こう、と思いました。
長い間ひきこもり、隣近所に怯えながら、体を伸び伸び動かせず、結局、四十肩に(多分)なってしまいました…病院に行きたいのですが、隣近所の人に会うのが怖いから行けません。たった一人私と繋がっている、生身の人である「男性な知人(‥あまり良い人ではありません)」から届けて貰った温湿布で何とか凌いでいます。

どうしてこんなに苦しまないといけないのか‥?と思ってしまいます。

もともと私は自分で言うのもおかしいですが、手のかからない勉強も習い事も頑張る『いい子』でした…そんな私は、いよいよ社会人になろうとする頃の短大生の頃から、特に父から押さえつけられ、母からも親子ほど離れた遠隔地に住む異母兄達からも、けなされ続け、自信がなくなり、親にも兄にも怯え続け、結局、親二人が死ぬまで満足な自立も、結婚もできませんでした。
一人暮らしになって、うつ状態になり、なかなか外出できなくなると、近所の人達から「今まで甘やかされてきたんですね」「運動してるー?」「毎日外に出なさい!外に出ないから元気が出ないのよ!」等とイヤミや叱咤激励ばかり言われました。
四年前からは向かいの孫の女の幼児らの奇声に悩まされ、揚句には最近の向かいからの夜のサーチライトや隣の雨戸やカーテンの嫌がらせ…
四十肩になっても、外が怖いから病院にも行けない…まさに艱難辛苦です。精神科のお医者さんで今のところ頼れる方はいませんし、役所関係も今まで全てあたりました…

隣近所というものは、うつでひきこもりという「異端者」を嫌うのでしょうね…ハラスメント社会だと思います…
中尾先生の言われるようにボロボロになっているんではダメなんですよね……(早く海に出たいです)
今いるところから引越したいのですが、体は痛いし、一軒家ですし中々大変です。また引越したから、といって上手くやれるか心配です。

早く現状を少しでも打開したいです…長々と愚痴ばかり書いてしまい、申し訳ありませんでした…何とか頑張って整形外科に行こうと思います…

 
    
 
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