夫婦再生物語-(2)インナーチャイルドの悲しみと諦め
■突然わき起こった寂しさ------------------------------------
車で妻とショッピングに出かけたときのこと。
用事を済ませて帰りかけたが、せっかく来たのだからと店に戻ろうとした。そのときだった。
「一緒にいたくない!」
不意にわきあがってきた衝動に私は戸惑った。
私のIC(ひでし君)が妻と一緒にいることを嫌がっていた。
もう自分を誤魔化しきれなかった
衝かれるように私は足早になり、相槌も気もそぞろになった。
そして、歩く通路を変えたりして身体が妻を避け続けた。
自分がおかしかった。
妻の姿が見えるたび、形容できない悲しみが襲ってきた。
早く、早くこの時間を終わらせたい。
悲しみと絶望を見続けたくない。
妻も私の変化に何かを気づいたが、「俺のICの問題だから」と言うと黙っていてくれた。口を開けば泣いてしまいそうだった。
……あー、そうだったのか
すべて、腑に落ちてきた。
この30年間、
求めることをあきらめていたんだ。
もしかすると、今生で得られないかもしれないとあきらめかけていることもわかった。それを感じることは絶望しかない。だから、いろいろと理屈をつけて自分を誤魔化していた。
ついに、その限界が来たのだ…。
「寂しい!」
体の芯から
寂しかった。
■ICの孤独と望み-----------------------------------------
ひでし君は、心から安心できる優しい女性を求めていたんだ。
女性らしい女性を、本当に求めていたんだ。
そう思うだけで、涙が出てきた。
「そう、そうなんだよ」
ひでし君が、そう言っている。
「生まれてからずっと求めていたんだよ」
「なに今頃わかってんの?
自分だってずっと“女性は港”って言ってたじゃない」
「死ぬ場所はどこでもいい。好きな女性が“死ぬ場所”だ」
そこまで言ってたじゃないか。
どれほどの思いで言ってたかわかってなかったの?
戯言だと思ってたの?
涙があふれてくる―
よく振り返ってみろよ。
親と離れて下宿生活した高2の時、おまえは恋におちた。
宅浪して大学に入って再び一人になったとき、また恋愛をしたね。
よく見ろよ。
おまえが親元を離れて最初にやっているのは女性を捜すことだろ。
その秋、自分がわからなくなって翌年旅に出た?遅まきの五月病?
違うだろ。
失恋したおまえは小さな居酒屋で飲んでいる内に、あられもなく泣いてしまった。そのとき、店に入ってきた年配の女性がこちらを見て「悲しみに負けた…」とつぶやいたのを覚えているだろう。それからバイトしては飲み歩くようになって、翌年旅に出たんじゃないか。
旅の最初も最後も女性だろ。
礼文島で出逢った女性を求めて南下し、最後は八重山列島で出逢った女性との終わりが放浪の終わりだった。
おまえは自分の失った半身を探して、ついに日本中を彷徨ったんだよ
北の果てから南の果てまでね
海外に出なかった理由は日本で探したかったからなんだよ
人生もフラクタル
あの1年間の放浪がおまえの人生を象徴していたんだよ。
おまえは自分探しと思っていたが、生まれてからずっと安心できる女性を捜し求めて生きているんだよ。
あぁ、そういえば…。小さい頃からあの子がいいとか、この子がいいとか思ってたよなぁ。ほんとはずっとずっと捜し続けていたんだね。そして、たった一人で人生の航海を続けていたんだね…。
こんなにもこんなにも
自分の船に乗る人を探していたのか…
「一人ぼっちだったんだよ。流れに逆らってこれだけの闘いをしながら、いつもたった一人。一人ぼっちだったんだよ。」
「一人ぼっちの僕を包んでくれる人がほしかったんだよ。でも、母親も妻も侵入してくるから安心できなかったんだよ」
「母のように歯を食いしばった人はいらないんだよ。気の強い人もいらないんだよ。忙しがっている人もいらないんだよ。妹もいらないんだよ。」
そうか、おまえはお姉さんがほしかったと言ってたね。
優しく包まれたかったんだね。
涙がこぼれ落ちる。
そうだ。
だから、高校時代「宇宙戦艦ヤマト」で、あのバックコーラスのソプラノに惹かれたんだ。だから、ポニョで、あの海の女神を見たとき、包まれたいと思ったんだ。だから、本でガイアの大きく深く癒される愛に感動したんだ。
でも、それは全て届かない世界にある。
この世でそれは得られるの…?
■去る準備?---------------------------------------------
親のことも、妻のことも、子供たちのことも、目処が立ち始めた。
私のやるべきことはやった。
あぁ、そう言えば、もう随分前、息子が浪人に入って間もなくの頃だったか、自分の思いは全部ブログに書いてあることを息子に言ったこともあったなぁ。あのときは、あっという間に時が経つから言えるときに言っておこうという思いだったけど、どこかに、ふと自分がいなくなったときに困らないようにという思いがあった…
子供たちは、それを指針に生きていけるだろう。
だから、もういいでしょ…。
もう寂しいんだよ。
一人は疲れたんだよ。
包まれて安心したいんだよ。
だから、
もうそっちへ帰ってもいいでしょ?
あぁ…
だからなんだ…
今は、すべてにおいて欲がない。
やりたいことがない。
執着がない。
ああそうか…最近やっていたのは身辺整理だったんだ。
ビジネス関係の書物を大量処分した。代わりにスピリチュアル系の書物が急速に増えている。これも「物質界」から遠ざかって「精神世界」への探求が始まったと思っていたけれど、「現世」から遠ざかって「来世」へ向かう準備をしていたのかもしれない。ほんとは現世をよりよく生きるための智恵のはずなんだけどね。
ブログにセルフカウンセリングに役立つことを書き尽くそうとして追いつかずに目をしょぼつかせていたのも、それか。書きたいことはありすぎて、でもボロボロとこぼれ落ちていってなんだか焦っていたよなぁ…。
私のカウンセリングのやり方は妻に伝えたし、妻は妻の太陽としての持ち味でやっていくだろう。これまでの実績からなんの心配もいらない。
私のカウンセリングを受けた人々も、いろいろな芽が芽生え始めた。親に強い殺意を抱いている男女(複数)。殺意は抱いたまま(それでいい)、それぞれの夢を見出そうとしている。あちこちから歩み始めた嬉しいお便りが届く。私はとてもうれしいんだ。
高校時代がふとよぎっていたね。
文化祭に向かって全校が突進していた。
あの頃から現場を歩き回るおまえのスタイルは変わらないね。
種を蒔いて、そして、生徒会室にいる文化委員長のおまえのところに、「中尾さん」「中尾さん」と学年の垣根を越えて状況が飛んできたね。あの躍動あるさんざめきがうれしかったね。その種蒔きをおまえは会社でもやり、そして今、日本全国でやっている。
この前の旅行で子供たちには謝ったし、あとは親の若い頃の話を聴いてあげるだけ。それがすんでしまえば親へのお見送りも終わり。もういつあの世にいってもいい準備が整ってしまうのだ。
あぁ…だから、この移行期に行ってしまおうと思いつつ、実家行きに気乗りがしなかったのかもしれない。行ってしまえば、もうほんとに思い残すことが何もなくなってしまう。
あぁ、俺はもういつ死んでもいいと思ってるんだね…
だからなんだ……
最近おかしなことが続いた。
■おまえの現実を教えるサイン---------------------------------
家族の再出発のようなあの熱海への旅行の時、新幹線に乗り遅れたね。
窓の中に、こちらに手を振る家族の様子を見ておまえは何を感じた?
走り去っていく新幹線。ホームには電車を見送る駅員さん以外にそれこそ誰もいなかった。
たった一人ポツンとホームに取り残されたおまえ…。
他のホームには人がいるのにね。
奇妙な静寂。
不思議な空間だったね。
おまえは、いつも「見送る人」でもあったね。
旅をしているときは、おまえは「通り過ぎる人」であり「留まっている人」だった。
相手が日常に戻っても、おまえは“旅”の中に留まっていた。
相手にとって既に過去の中におまえは存在していた。
おまえは流れていても、時間は止まっていたんだ。
学校や会社などの集団の中で、おまえは舞台を仕掛け、皆その上で活き活きと踊ったが、おまえはそれを見るのが楽しみだった。でもほんとは、舞台上の一人になって無心に踊りたかったんだろう?
見ろよ。
おまえと周りの動きは違うんだよ。
パニック症候群になったときに感じただろう?
死にそうな苦しみの中で、周りの全てが水槽の向こうの世界。
自分一人だけがただ一つのリアルであるような感じ…。
あの時、ホームにポツンと取り残されて一人見送ったとき、おまえは“おまえの現実”を確認した。そこには誰もいず、家族さえも去っていった。“世間の現実”は賑わっていて、家族は“その現実”の中にいた。そう“水槽の中の現実”だ。それを見送ったとき、おまえはどこかでホッとしていたよな?
「あぁこれで、俺がいなくても家族は大丈夫だ」って。
ちゃんと経験できたって…。
おまえは無意識に、おまえがいない家族3人の体験をさせたんじゃないのか。
おまけに、その後おまえが乗った新幹線は、打って変わってポツンポツンとしか人が乗っていなかったね。あの時乗ったのは銀河鉄道だったのかもしれないね…。
■警告のサイン?-------------------------------------------
その後、一通を逆走するという命にかかわりそうなポカ(?)をやらかしたね。
自分でも「エ?」というポカだ。
おまえは相談者のことについてはよくわかるじゃないか。
小さい頃の命にかかわるようなアクシデントは、親の愛を無意識に確かめようとしていること。大人になって深酒しては風呂や道路で寝込むのは無意識の自殺願望。連鎖の文脈を辿っていくと、そういう事例が多々あっただろう。
おまえはどうだ。
無意識の自殺願望の現れじゃないのか。
そして、奥さんも乗っていたから、それを奥さんに気づいてほしかったんじゃないのか。
さらに、奥さんの第六感だ。
息子のスーツを物色したときに、奥さんの脳裏に「忌引き」という言葉がどんと浮かんできた。“忌引きの時にも着ることができる色”みたいな思いが咄嗟によぎり、縁起でもない、とそれを打ち消すためにその店で買うのはやめたそうだね。そして、おまえと息子と3人で買いに行った時には、奥さん自身は自分で選ばないように避けていたと後で言っていたじゃないか。
そういうことが続いていたから、奥さんはおまえが実家に車で帰ることに大反対していた。おまえは、整理ついでにひな人形と五月人形を実家に持って行こうと思っていた。わざわざ持って行かずとも、人形供養に出せばいいのにね。
奥さんは、おまえが無意識に死へ向かってるぞ、と感知したんじゃないのか…
疲れたんだね。
ラクになりたいんだね…。
一人ぼっちは、もういやなんだね
そして、包まれてただ安心して
眠りたいんだね…。
涙があふれてくる―
【高杉さと美 「旅人」】
遠くへと遠くへと 時を紡いでゆく
旅人は命で扉を開けた
たくましく生きるため 僕はひとりになる
傷ついた痛みも 仲間と呼ぼう
もう、たくましくなくていい
もう、強くはなれない
もう、一人ぼっちはいやだ
リアルな今、ひでし君が顔をくしゃくしゃにして大声をあげて泣いている…
「旅人は命で扉を開けた」・・・この言葉が琴線を揺さぶる
はじめてだ……こんなにも、繰り返し繰り返し涙が襲ってくる
こんなにも、わたしは・・・・