夫婦再生物語-(3)孤独の限界を超えた日
■息子にかこつけた願望-------------------------------------
「(息子)は手料理が食べたいんだよ」
「(息子)はお母さんにスカートをはいて貰いたいと思っていると思うよ」
「(息子)はお母さんにたまには化粧して綺麗になってほしいんだよ」
「(息子)もたまには髪を伸ばしたお母さんを見たいんじゃない」
嘘、嘘、嘘、すべて嘘だ!
(息子)じゃない!
ひでし君じゃないか!!
全部ひでし君がしてほしかったことじゃないか!
こんなにも、こんなにも、こんなにも!!
後から後から涙があふれてくる
明るい笑顔のお母さんに、優しく包まれたかった。
ただ、
それだけのこと。
こんな
こんなささやかなことが
叶えられなかった。
自分に出来ることは行動してきた。
だから悔いはない。
しかし、いくらIC(ひでし君)が望んでも、こればかりは相手の問題だ。
叶えたくても叶えてあげることは出来ない。
だから、ゴメン。
ひでし君の気持ちを封印したんだ。
ごめんな。
そんなに求めていたなんて…
「嘘だ!
わかっていたくせに!!」
熱い。
涙が熱い。
そうか、そうか、
こんなにも「女の人」がほしかったんだ…
涙が止まらない
■「おかあさん」!-----------------------------------------
「女の人」-そうじゃない。
「おかあさん」がほしかったんだろ?
割烹着を着た母と妹と3人でメリケン粉を伸ばして、型抜きしてドーナッツを作ったことを今でも大事に覚えているじゃないか。そんなささやかな場面がこんなに大切な思い出として残っている。
“お母さん”の匂いは、割烹着を着た白ご飯の匂いだと思っている。
それくらい、優しいぬくもりに飢えているんだ。
おまえは、本で読んだ女子高生の話に大泣きしたな。
茶髪で化粧して不良仲間と付き合ってどうしようもない、と訴えるお母さんにカウンセラーは言った。
「お母さんは、離婚後母一人で子育てして、早く大きくなって欲しいと思い続けてきましたね。娘さんは立派にその期待にこたえたじゃないですか。
化粧もタバコも早く覚えた。精一杯早く大人になろうとしている。
それに引き換え、お母さんは娘さんの希望をかなえたことがありますか?」
娘の希望…?
そういえば、娘は弁当を作って欲しいと言っていた。
しかし、朝から忙しいんだから、と弁当を作ってやらなかった…。
その夜、カウンセラーから言われたことを娘に話して謝ると娘は大泣きし、そして、2人して抱き合って泣いた。私もボロボロ泣いてしまった。
その晩は朝まで語り明かして、そして母親は弁当を作った。
しばらくして、2人がカウンセラーの下へ来たとき、娘さんは清楚で綺麗な普通の娘だった。
…なぜ、この話にそんなにも泣いた?
その娘がおまえだったからさ。
お弁当を作ってほしい―たったそれだけのこと。
ほんのささやかな希望。
それが叶えられなかっただけで、こんなにも意固地になってしまった。
その意固地になった娘がおまえにかぶったんだよ。
■妻に見たICの理想----------------------------------------
一人旅から帰ったおまえは今の奥さんと出逢った。
おまえが彼女を選んだのは、あの日、
振り返った彼女の笑顔にすべてを見たからだ。
あらゆる女性の側面を見た気がしたんだ。
おまえが彼女に電話をかけたのは、
あの優しく包み込むような声が聴きたかったからだろう。
あの笑顔と、あの声
―実質、その二つだけでおまえは結婚を決めたんだ。
おまえが決めたんじゃない。
ひでし君が求めるものが、そこにあったんだよ。
おまえは女性の好みを持っていなかった。
いろんなタイプそれぞれいいと思っていた。
侵入してくる母親を信じることができず、従って女性を信じていないおまえが幅広くしていたのは女好きだからではない。
そうしなければひでし君が求める相手には出会えないと思っていたからだ。
それほどに求めていたんだよ。
そして、おまえは無意識だが、日本全国を女性を求めて歩いた。
旅から帰って寮から出てアパートに移った時に、隣の部屋に引っ越してきたのが彼女だった。
最初は小娘くらいに感じて気にもとめていなかったね。
だけど、ちょうどサザンの「いとしのエリー」が流行って
『俺にしてみりゃ これで最後のLady』なんて歌うようになっていたね…。
やっと、やっと見つけた自分だけの港
―ひでし君がそう思ったんだね。
それは存在不安から逃れるためのものというのとは少し違う。
手前勝手な愛だが親の愛は感じたことがあったし、
受け止められ体験もあった。 でも、
孤独であり、安心はなかった。
存在不安と孤独は違う。
おまえは一人で立っているかもしれないが孤独だった。
侵入してくる親のせいでバリアを張って生き続けなければならなかった。
片時も安堵の息をつくことができない。
これはとても疲れることなんだよ。
心からの安心と愛を得られる港がなければ、
宇宙を孤独に放浪し続けなければならない。
俺の魂って、そんなに孤独だったの?
だからこそ、付き合い始めた頃にあれほど嫉妬したのか。
心から安心できるためには、自分だけの港であってほしかったんだ。
だからこそ、あれほど束縛したんだね。
ひでし君の心からの願望であり、衝動だったんだね。
理性で止まるはずもなかったね。
ずっとずっと孤独だったんだもんね…。
■妻が感じた重荷------------------------------------------
でも、相手にはそれが重すぎて笑顔が消えた。
縛りすぎて歌声も消えた。
暗い顔と罵り合う声だけが残った。
そうしてしまった自分が悔しかった。
ひでし君は笑顔が見たかった。
それだけでよかった。
でも、「笑ってよ」というひでし君の言葉を、おまえは「笑え!」と命令した。
笑えるはずないじゃないか!!
その上、おまえの風のようなきまぐれの自由さは、彼女の存在不安に拍車をかけた。親への怒りも代償行為としてはき出していたから、彼女は自分の気持ちを押し込め、ますます守りに入っていった。彼女にとってはおまえが敵だった。
だから、心を閉ざし、体つきも鎧のようになっていき、衣服は機能と防備で固め、邪魔な髪の毛はバッサリと切り、そしてヤドカリのようにいろんなものを抱えて歩いた。
港は閉ざされ、代わりに、そこには一個の物体があった。
その物体は、眉間に常にしわを寄せ、唇は固く結んで、開くときは守りながら攻撃する言葉を発した。
おまえは、
自業自得として
あきらめた。
それに、彼女にはジェンダートラウマがあった。
女は損、男がいいと口に出しても言った。
ひでし君は、なぜ女性のすばらしさをわからないんだろう、自分の笑顔と声のすばらしさ、それに表れている女性性のすばらしさを否定しようとするのだろうと哀しかった。
子供が生まれたら汚れてもいいようにという理由をつけて女性らしい服は着ないことも、ひでし君にあきらめさせた。おまえの実家からもいろいろと言われておしゃれする気をなくしていったという理由も、ひでし君を説得するに十分だった。
ひでし君は、子どもが大きくなったら女性らしくなるのかと期待していたね。
けれど、早くお祖母ちゃんになりたいと言う言葉を聞いて、それもあきらめた(妻は出産時に実家から援助を得られず、その悔しさから娘の時には援助したいという思いもあって言ったんだけどね)。
年が行き、下品な笑い声を聞いたとき、ひでし君は幻想を持つことをやめはじめた。ようやく、苦しみから彼女も復活しようとしている。
束縛からの解放―存分にしたいだろう(束縛したのはおまえだ)。
それに彼女もまだ、子どもを経験していない。
そう思っておまえは
ひでし君の悲しみを押し込めた。
カウンセリングを始めたら、娘を手放したくない母親は娘の女性性を否定して育てることがわかった。彼女が、そのように育った人たちのメンタリティとよく似ていることを感じて、またあきらめた。
あぁ、親に忠誠を尽くして女であることを捨てているんだなぁ…
この哀しみは深かった。
恐らく…
おまえが彼女に押しつけていることの本質は女性性だった。
そして彼女が拒んでいることの本質も女性性だ。
表面の喧嘩はすべてこの本質的な闘いのダミーだった。
が、もう彼女とは言い争いもしたくないし、押しつけたくもない。
こうして、おまえはあきらめを
一つづつ一つづつ重ねていった。
結婚して以降、
おまえはいろいろやってきたかもしれない。
だけど、
それが一体何だ!
ひでし君が最も望んでいることをしていなければ、
そのすべては無意味だ。
■限界を超えた日------------------------------------------
その我慢の限界を超えたのが、あの日だった。
風の強い日だった。
花粉症の妻は、帽子を目深にかぶり、
マスクで顔の半分を覆い、
完全防備のコート。
相手はそのつもりがなくても、服装がメッセージを突きつけてきた。
おまえの近くにいて安心は出来ない!
おまえを受け入れない!
そういうメッセージをひでし君は感じ、
完全に疎外されていた。
ずっとずっと孤独だったのに、
相手といるだけで、その孤独を突きつけられた。
もういいよ。
その孤独は知ってるんだ。
わざわざ突きつけなくていいよ。
見たくなかった。
そして、帽子の下からザンバラの前髪がはみ出していた。
もはや耐えられなかった。
哀しくて哀しくて仕方がなかった。
彼女が自分を大事にしていない悲しみ。
それはつまり、
おまえも大事にされていないということ。
ひでし君は、その両方がもはや耐えられなかった。
「もうイヤだ!一緒に歩きたくない!!」
ひでし君が大声で泣いた。
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