夫婦再生物語-(4)この世で最も残酷なこと
■最も望むものだけはあげない--------------------------------
出逢った頃は彼女を見続けていたよね。
軽やかに舞う姿を眺めていて幸せだったね。
しかし、いつしか見なくなっていった。
おまえは彼女が“女性”をやめていることに憎しみさえ持っていたんだよ。
ひでし君のこの世でたった一つの願望を、無惨にも彼女が奪ったからだね。おまえの彼女に対する憎しみの本当のところは、実はそんなことだったのさ。
でも、他愛のないことではないよ。
ずっとずっと孤独な魂だったんだから。
でもね、ずっと逆流の中闘い続けてきたかもしれない過去生も含めて、そのおまえの魂の孤独を一人の女性に受け止めて貰うのは無理があったのさ。
とはいっても、ひでし君のこの世でたった一つの望みを踏みにじられたのは、この上なく残酷なことだったんだよ。
おまえの望みは全て叶えてあげよう。
お望みなら、世界を支配することさえやらせてあげよう。
でもたった一つ。
おまえがこの世で最も望むものだけはあげないよ。
これほど残酷なことが、この世にあるだろうか。
■予め奪われた人生---------------------------------------
・・・・最も望むもの…それは、何?
女性か?
違うだろ。
孤独なおまえが最も求めているものはなんだ?
思い出せ。
生まれて初めて出てきた言葉を思い出せ。
「俺は、あのおふくろを許さない!」
―それだ!
その言葉の本当の意味が、今はわかるだろう?
おまえは侵入してくる母親によって、女性への信頼を奪われた。
でもその本質はね、“人”への信頼を奪われたということなんだよ。
安息の港となる女性が得られないと言うことではない。
そんなどころではない。
女性はおろか、そもそもおまえは
「“人”に対する信頼」
を奪われてしまったんだ。
人を信頼できないということは、生きていけないということだ。
つまりは未来を奪われたのだ。
おまえは予め人生を奪われてしまった。
これこそが、本当に残酷なことなんだよ。
だから、
「許さない!」
と言ったのだ。
■人の皮------------------------------------------------
そうだ…思い出した。
「この女性は人のエネルギーを正面から逃げずに受け止めるやつだ」
「この女性は身を捨てることの出来るやつだ。すごい!」
彼女にそう感じたんだ。
あの頃のおまえは、というよりもこれに気づくまでずっと孤独なんて感じていなかっただろう?
自分が人間不信だなんて思ってもいなかっただろう。
でもね、おまえの深層では、彼女が人間への信頼を回復してくれるかもしれないと思ったのさ。
彼女に惹かれた理由―笑顔と声…それも一つの本質だが、
もっともっと根源的な理由―それは、「自分のエネルギーを、逃げずに正面から受け止めたはじめての人間」だったからさ。
…振り返ってみろよ、これまでの生活を。
おまえたちのトラブルのキーワードは「信頼」だっただろう?
おまえは中高時代から
「人の皮と付き合うのはいやだ」って言ってたよな。
会社を辞めたのも、組織がいやなのも、ハラスメント界を去ったのも“人の皮”と付き合うのがいやだからさ。
そんなことに時間をつぶしていても、人への信頼は回復できないからさ。
回復できなければ、おまえはこの世で永遠に孤独だからさ。
おまえの孤独は集団に所属すればごまかせるようなものではない(みんなそうだけどね)。おまえは自分を孤独から救うために、常に1対1の真剣勝負で生きてきたんだよ。だからおまえがカウンセリングの世界に入ったのも当然なんだよ。
ここでは1対1。ごまかしはきかないからね。
おまえは、小さい頃からずっと女性を求めてきたことに気づいたが、さらにその奥があった。それは同時に、人への信頼を取り戻す旅路でもあったのさ。
しかし、彼女もまた鎧を着ていたね(着てないやつはいないけどね)。
そして、彼女も理想の夫像、父親像を押しつけてきて、いろいろな狭間でおまえは苦しんだね…。
苦しみながらも、おまえはあきらめきれずに、一つ一つあきらめながらも、でも希望を捨てずに……自分が源家族がそうし向けてしまったんだという理屈まで用意して、自分を説得させ続けて……
そして、30年間、
あきらめつづけたんだ。
毎日毎日、実は
あきらめの日々を送っていたんだ。
…未来を、人生を奪われたことを認識して生きてはいけない。
だから、おまえはそのことを完璧に封印した。
そして、生き甲斐を求めて走り続けたのさ。
休むことなく、ただひたすらね…
すべてのことは、
親から奪われたものを取り戻すための闘いだったんだね。
でもね…
もういいよ。
もういい。
もう、
いいんだよ
よくやったよ。
偉かったね
よく頑張ったよ
わがままなおまえも育てて貰ったけど、
おまえも周りを育てた。
ちゃらだよ、ちゃら。
後残っているのは、
ひでし君の願望だよ。
この世に思い残すのは、
ただそれだけだよ。
ささやかなものだよ。
なんのために肉体を持って生まれてきた?
肉体のある意味が真にわかっただろう
抱きしめあいたいからだろう?
優しく包まれたいからだろう?
あきらめて無意識の死に向かうのか?
違うだろ?
ひでし君を救ってやりたい。
今は、ただ泣くだけ。
今は、
出てきたこの深い思いを、
ただ確認するだけ
【Ray Charles 「Ellie My Love (いとしのエリー) 」】
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