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夫婦再生物語-(9)両親への感謝と個性(固有の体験)を誇れ

2010/04/21(Wed) Category : 夫婦問題
夫婦再生物語

■侵入感知センサー------------------------------------------

『二人が積み上げてきた歴史がものを言った』―その歴史を振り返ってみました。

押しつけてくる過干渉な父と心配性の過保護な母。
よく見られる両親の図ですね。
“押しつけ”も“心配性”も、“侵入”というメダルの裏表でした。
その環境の中で生き延びるために、私は“侵入”を徹底排除する侵入感知センサーを身につけました。

花粉の侵入にさらされ続けると、ほんのわずかな侵入もくしゃみや鼻水などで徹底排除するアレルギーが発症(過剰な自己防衛網が確立)しますが、親の侵入にさらされ続けた私は、“侵入”に対する過剰な自己防衛網ができてしまったのです。ですから、“侵入”ではないことも、私のセンサーは“侵入”と判断し、拒絶排除の行動を取るのです。

ただ、そのセンサーは普段は働くことがありません。友人、師弟、同僚、先輩後輩、上司部下…あらゆる人間関係は、そこに予め境界があるので安心しているのでしょう。だから、自然体でいられます。

逆説的ですが、私が誰と接しても自然体でいられるのは、侵入を警戒しなければならないほど“身内”の存在ではないからだったのでしょう。スイッチが入るのは、相手が身内と言えるほどに近い存在になったときだったのです。




■すべては“関係性”の問題-----------------------------------

源家族のあり方に反発はしていても、身体はそのあり方を身につけています。
結婚して私が妻に押しつけたのは“中尾家”モデルでした。
一方、実の父を知らぬ妻は理想の夫像、父親像を私に押しつけてきました。互いに互いのあるがままを見ておらず、それが相互に苦しめ合うことになったのです。

また、私にとって心配されるということは侵入でしたので、心配することもされることも極端に嫌いました。おまけに会社三昧となって家庭のことは妻に任せっきりになっていきました。すると、私が心配しない分、妻の心配性は加速していきました。すべては個々人固有の問題ではなく「関係性の問題」なのです。

いつしか妻は、私にとって“押しつけてくる父と心配性の母”のような存在になっていました。その結果、私のセンサーは警戒し続けることになり、妻が少しでも侵入の気配を見せると、とたんに拒絶しました。時に激しく爆発的に。

妻は訳がわからなかったと思います。どこで地雷を踏むかわからない妻にしてみれば、私の顔色をうかがうようになっていったのは無理もありませんでした。

ところが、妻がこちらを伺うそぶりを見せると、私の方は痛くもない腹の中を探られるような気持ちになります。つまり、私にとってそれは“侵入”されていることになるわけです。だから、怒りが湧く―そういう悪循環に陥っていきました…。




■過敏センサーに動かされたゲーム------------------------------

今思えば、隣人から恋人の関係になった時から、侵入感知センサーにスイッチが入っていました。恋人時代に一度別れたことがありましたが、それも過敏センサーにより私が重く感じたことが原因だったと思います。

ですから、結婚後も私が意識せずとも24時間勝手にレーダーを回していたのです。当然妻はセンサーに引っかからないようにビクビクし、そのビクビクがまたセンサーを刺激し、そのたびに私は「侵入するな!」と拒絶し…。結局私は、自分のセンサーに踊らされて、親に言いたかったことを妻に言って怒りをはき出す代償行為のゲームをやっていたのです。

その私に妻は「怒りんぼ」とレッテル貼りし、私はその位置に固定されることになりました。そして妻は、自己防衛からことあるごとに「怒らないで」というフレーズで私を迎撃するようになったわけですが、実はこれもまた代償行為でした。

結局、子供たちから見れば「どっちもどっち」という状況で、お互いに硬直したゲーム(親にいいたいことの吐き出し合い)を続けていたわけです。




■ゲームからの離脱------------------------------------------

しかし、会社を辞めるなどの環境激変の中で互いが足を引っ張り合っていることがわかってきました。そして、心の学びの深まりとともに私がゲームを敬遠するようになっていきました。

私がそのセンサーの存在を認知する(=私が“侵入”に対して過敏であると自分でハッキリと口に出して認める)ということは、無意識下にあったセンサーが意識上に引き出されるということです。つまり、私が自覚的にそれを利用することができるようになるわけです。そして、私はそれを利用しました。

私は、注意深く、妻の言動に侵入の要素がないかを「感視」しており、安心して近づいたり、敬遠して遠ざかったりしました。つまり、センサーに踊らされて怒りをはき出すゲームになっていた部分をなくして、センサーをセンサーとしてのみ活用するようになったわけです。

妻の方からすれば、私から感情をぶつけられることがなくなり、私が近づいたり離れたりするというフィードバックのみを受けるようになったわけですから感情のバトルになることはなく、互いに相手を鏡として自分を振り返るということができるようになっていきました。それが妻の成長を加速させました。

その成長の間も、私の過敏センサーは妻の“安全度”を確認していたのです。そして、安全だというゴーサインを感知して、奥の奥に隠れていたICが出てきたのだと思います。




■奇跡を可能にした過敏センサー-------------------------------

このように振り返ってみると、リンゴの実が枝を離れる瞬間を見事に捉えることができたのは、まさに私のセンサーが研ぎすまされていたからに他なりません。これほど研ぎすまされたセンサーを私が持っていなければ、奇跡とも言えるこの瞬間を、私はものにすることができなかったでしょう。

1日にも満たない間に、互いへの諦めが深い絆へとコペ転してしまう。
それが成った背景には、長い長い積み重ねと忍耐の歴史とがあったのです。
そして、過敏センサーが妻の成長を見極め、奇蹟を起こしてくれたのです。
ですから、奇蹟は奇蹟なのですが、起こるべくして起こった奇蹟でした。




■両親への心からの感謝-------------------------------------

結局、過敏センサーが悪かったのではなく、私がICを受け止めていなかったことがゲーム人生を送らせることになっていたわけです。
逆に、奇蹟を起こした立役者は、リンゴが熟すまで待った私の「忍耐」と、リンゴが枝から落ちる瞬間を感受した「過敏センサー」の2つでした。

いろいろな押しつけをして「忍耐」を教えてくれたのは父でした。
そして、私に「過敏センサー」を形成させたのは母です。


実は、以前虎井さんのリーディングの時に両親のことも聴いていたのですが、父は過去生でも忍耐強い人でした。私は、その忍耐強い魂から忍耐の心を学んだのかもしれません。

そして、過敏センサーもまた、身につけようと思って身につけられるものではありません。しかも、そのセンサーがあるからこそ、そういう人々の心模様もわかることができますし、今の仕事に貢献しています。

何より、私と妻をしっかりと結びつけてくれ、私を百年の孤独から救ってくれたのは、「忍耐」と「過敏センサー」の2つだったのです。


私と妻を救ったのは、両親からのギフトでした。
私が苦しんだ押しつけと心配性という侵入。
しかしそれが、究極に私を救うものに転化するとは!

私は、この壮大なカラクリに気づいて感動しました。



結局、自分の人生ですから、
自分が自分を救うしかないというところに辿りつきます。

そのためには、自分で自分を救える力と能力を身につけなければならないわけです。それは半端なことでは身につきません。私の両親は、自らを助けることのできる力と能力を、あのような形で私につけてくれたと今は思えるのです。
両親以外に、それができる人はいませんでした。


ですから、今、心から言えるのです。





お父さん、お母さん、ありがとう。






★個性(固有の体験)を誇れ---------------------------------

身についたセンサーを恨む必要はありません。
これまでの半生をゲーム人生と悔いる必要もありません。

そこから得たものが私の基礎をなしています。
私の体験全てが私の個性なのです。

すべては、私だけの固有の体験。
あなたも同じ。

それがどんな体験であっても、それをあなたは誇ってください。


その中に、自分を救う鍵が隠れています。
あなたの体験の中にギフトが隠されています。


大切なことは
過去を悔いることでも否定することでもありません。

ただ事実を真正面から受け止めること。

そして、

今どこにいるのかを、心の目でしっかりと確認することです。










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ありがとう

昨夜奇妙な夢を見て目が覚めた後、少しして分かった。
父と母が猛毒のまま長生きしその姿を私に見せてくれたから、私は父や母と離れる決心ができたのだと。
中途半端であったら、きっとできなかった、お母さんの道具として生きる事その姿を我が子に見せることをやめられなかっただろう。
昨日までは何で両親は長生きしているんだ?とか、80歳を超えせっかく長生きしている近所に住んでいるのに両親に会いたくない私は不幸だと思っていたけれど、
両親が毒のままこの世に存在してくれ、ダメ押しのようにしてその大変な姿を私に晒してくれたからこそ、私は今の私になれたんだと心から分かった。心の中でお母さんありがとうと言えた。嫌みでもなんでもなく本当に素直な感情でありがとうと思えた。この家族の一員として生まれ育った事を初めて良いことにとらえることができそうだ。今は、ワクチンを接種しても会いに行きたいと思わない、でも、父と母がわたしの親として存在してくれたことに感謝している。

 

みんなジタバタしにこの世に来たんだと思う。
生々しくさらけ出た部分を見て、自分の中にある「部分」がざわつき始める。真っ直ぐ向き合おうとする姿勢をみて、みんなざわざわしてジタバタしたくなる。

どこからみても同じ人にはなりたいが、そこは玉に大瑕、親との関係性のなかで出来た形だから歪になるものなのだろう。だから何処からでも見れる自分の視点を持つ勇気が必要なのだろう。(それが出来れば他人の視線も気にならなくなる)だろう。
恥ずかしいさ、そりゃ恥ずかしいとも。見たくない視点からありありと自分の姿を見せつけられるのだから。
だからこそ苦しみ、悲しみ…もろとも恥にまみれて生きるのだ。ジタバタしながら生きるのだ。

見守ってくれてる誰かと共に。

 

私は離婚を選び、男性と歩むことを
諦めたというか、リタイアしたというか、手放したというか、脱落したというか、(笑
私はそういう人間なんですが、そうなって考えるに

男女の問題というのは
「結局、支配権を争っている」事とも思えました (すべからく人間関係の問題というのがそうなのかもしれない)

中尾さんがここに書かれたのは、

中尾さん、まち子さん、 共々それぞれに、
その支配欲を手放していかれる「過程」なんだと
感じました。

 

中尾さんの上から目線が気になります

最近このブログに出会って、猛烈な勢いで読んできました。
私は1年ほど前にDVモラハラ夫のところから脱出しました。

重荷を与えたのがご両親なのに、夫婦の問題もそのせいなのに、それに耐える力をつけてくれたから解決できたと言ってご両親に感謝する・・・、というのは、たしかに構造は変ですけどそうなるものなのだということはわかります。

妻さまに対して「女の人であって欲しかった」「こんなにもずっとずっと女の人を探していたのになんて悲しいことだ」って失望を展開していたけど、おしゃれを禁じて諦めさせたのは実はご自分だったとか、
あれ~そうだったのか申し訳なかったと思わないのかな、と疑問ですが、今は懺悔することが重要なのではなくICが出てこられることが重要なのだと理解もしました。

ですが、「妻の成長」とか、上から目線すぎて読んでいて痛々しかったです。

妻さまは、「あなたにはあなた自身であってほしいかな」と、もうずっと先を歩いていらっしゃるのに。「成長」を待っていたとおっしゃるのですか。

こんなところで男尊女卑にさらりと登場されて、ご自分で気づいてもいらっしゃらない様子が、なんというか本当にがっかりしました。

 


>気持ちを素直に感じていいと自分に許可したら、センサーが前より反応しやすくなり、結構しんどかったです。
>最近感じやすいことに対して、そういう私もOKだ!と自分で認めることにしました。
>しんどさは変わらないけど、前よりは楽になりました。
>気持ち一つで自分を救えるんですね。


 

サイコロのお話

匿名んのサイコロのお話、とてもわかりやすくて、ありがとうございます。

自律は終わりじゃなく新しい生き方の始まりだと思います。

今も周りはハラッサーもいるし、フラッシュバックも起こります。
でも、「あいつのせいで」とか「こいつが悪い」とか思いかけては『違う」と内側から聞こえる感じ。そして自分の気持ちと向き合う。
ここまで来るのに、何年もかかったけど、ハラッサーを受け続けたり、ハラッサーであり続けたりするよりずっと自分で生きている!って感じです。

この世界感は、人それぞれに違うのは当たり前で、一人の道に万人が納得するほうが無理な話なんですね。

サイコロの話で、私は私の道でいいし、中尾先生は中尾先生の書ける範囲で事例になってくれた、希望を見せてくれたと思えています。ありがとう。

 

ガラスのテーブルに、サイコロを9つ振った時に、1のぞろ目が出たとします。

しかし中尾さんは、6が9つ揃ったと言い、その経緯(何回振ったなど)を説明します。
下側(内面)から見ているので、6のぞろ目に見えるし、サイコロを振ったのは中尾さんだから、中尾さんの視点で見ている人(内面と向き合っている人)は、納得します。

一方、テーブルの上(俯瞰)から見ている人は、1のぞろ目じゃないかと言います。中尾さんがサイコロを振っている間ずっと、家事をしたり子供の面倒を見ている奥様がいたから出来たんじゃないかと指摘します。

どちらも正しいですよね。

1のぞろ目か、6のぞろ目か、あるいは横から見ればぞろ目じゃないかも知れないけど、視点を一つに絞らなければ、伝えたいことは表現できないと思います。
そして、このブログは一貫して、自分視点で考えられるように、感じられるように書かれていると思います。何故なら、それが自律への道筋だからではないでしょうか。

そんなことを、コメントを拝見していて思いました。

 

いや、プロのカウンセラーとして
分別ついてないんじゃないですかって話だと思いますけど。

「批判覚悟で書いてくれた」すばらしい中尾さんは、
裏を返せば
「批判を覚悟で自分を晒すすばらしい僕」という自意識垂れ流し状態では。

カウンセラーとクライアントが同目線ではだめなんじゃないかと。

自分の体験からクライアントの置かれた状況が仔細にわかったとしても、
だからこそクライアントの「自律」にとって
邪魔な感情を引き出す様な行動は
カウンセラーとして最もやてはいけない事に
見えます。

辛い精神状態で中尾さんに頼るしかない状況であっても、おかしいと思えば指摘出来る人の方がむしろ健全に見えますよ。




 

>いろいろな押しつけをして「忍耐」を教えてくれたのは父で>した。
>そして、私に「過敏センサー」を形成させたのは母です。

え?
解決すべき問題を作ったのも両親なのに?

あ、もしかして、前世ありきってこと?

これって、単に中尾さんの言ってることを信じて
自分の中に前向きなイメージを作れるか否かで
道がわかれるって事でしょ?

私に言わせたら矛盾だらけで信じる気になれない。
中尾さんの匙加減ひとつでカルトまっしぐら。

 

 完全に100%自律するって出来るものなんでしょうか?
  実際に、先生はまだ出来ていないように見えます。

 なるべく自分の意思と気持ちで、動くようにする。
 で、良いのではないかと思いました。
 自立を「目指す」というあたりで。

 努力次第では100%IPなどを払拭できるはず。
・・・という先入観を、このブログを読んで感じてしまいました。
そして、それが出来ない自分を責め続ける。

 しかも「過敏センサー」と書かれている様に、
 「過敏」な場合もある訳ですから。
 あれも、これも、そうだ!!
 と、エンドレスに出てくるのではないかと思います。

 宗教に例えると、まだ煩悩が残ってる!まだ解脱できてない!と思い詰める感じ。
 IPを擁護するわけではありませんが、(IP嫌いですから)
もしかすると宗教的にストイックになっていくんじゃないかと思ったのです。

 先生は、自分もまだ挑戦中だった事を、ブログ上で
「こうです」「できます」と書いてきたのだと思います。

 実際、今回のシリーズまで、先生も出来ていなかったという事実はあまり具体的にオープンにされていませんでした。
 先生の家庭が最近まで共依存であったという事も。

 でも今回、先生は等身大の姿を書かれました。
 読んで、こう思いました。
 「自分のペースで良いんだな」って。
これまでの宗教臭さ?を払拭する内容だったと思います。

  

 

中尾さんは触媒

触媒のような人だと思いました。
ブログの記事を通して
わたしの気づきは進みました。
ある意味
ネット上における集団カウンセリングかもしれないと思いました。
ブログの記事から各々の問題が浮き出してきたり
過敏に反応したり、気付いたり・・・。
多くの人がブログの記事を通して
自ら気づきを導くということはもしかして中尾さんは意図的だったのかしれない
と思ったりしました。
記事への反応で、その人がどのくらいの段階にいるのかも
なんとなくわかるのでは・・・と思ったり。

これからも中尾さんのブログを楽しみにしています。
ありがとうございます。

 

出がけで、文も整っていないまま(ごめんなさい)、先生の今朝のブログを読んだ印象のまま、携帯から何かに急かれるように初めてのコメントを送った私。

>今どこにいるのかを、心の目でしっかりと確認することです。

>自分の言い分を
「そうだったんだね・・・」と暖め、
傷を解ってあげればいいのですね。

この場所に出会えてよかった。何だかわからないけれど、じんわり嬉しくて涙が出てきます。先生、皆さん、ありがとう。

 

ドラマチック~

先生・・・・人生って美しいですね・・・・・。

お互いの衝突が、
自分を見つめ自律を目指すきっかけとなり、
最後は、許しあって、
親への苦しみの意味を知り、
全てが感謝になる。

これが、
非現実的な奇麗事でなく、
リアルに身近に思えました。

先生は、とっくに自律できてもよさそうなのに、
最後の、ひでしくんの寂しさだけ、未解決となった、

これは、
奥様と二人で共に自律して行こうとする、
二人の魂の約束とか、赤い糸を感じます。

一人が、自律し魂のステージが変われば、
離れる流れになってしまいますものね。

ひでしくんが安心して寂しさを出してくるには、
自律した奥様が、
環境として存在し始めないと叶わなかったんですね。

色々の出会いの中で、
奥様しかその鍵を持たないことをひでしくんは知っていたんでしょうね。

途中どんな見苦しいバトルに見えても、
結局はお互いが、作用しあって、
同時にステージに移行しようとしている健気な夫婦の物語。
人の奥の魂は暖かい愛なんですね。



このシリーズは、
自分が、何にこだわり、何を解って欲しいのか、
自分の感情の受け止めがまだだまだ足りない部分は、どこかが、
浮き彫りになる効果がありました。

読んでいて、
引っかかる箇所、不快になる表現、不信感などが出たら、

自分の言い分を
「そうだったんだね・・・」と暖め、
傷を解ってあげればいいのですね。

みんな、ストーリーを歩いているだけです。

お互い、どの段階に居ても、上下も早い遅いもないです。

自律が解る段階の人が、色々なコメントに対し、
あれは違う、あれは、悲しいと捉えることが、嫌でした。
 
私は、そういうことにひっかかる所にいるわけで、

自分を直すのではなく、理由を解ってあげようと思います。

 

ありがとう

私はずっと、初めて会う人や通りすがりの人とはいくらでも話が弾むのに、親しくなるにつれて口が重たくなる自分の性格が不思議でした。
あれはセンサーの所為だったのですね。
そう考えたら、今までのことが全部腑に落ちました。

いつもこのブログを読んで、たくさん大事なことに気付かせてもらって、だからいつの間にか中尾「先生」はすごくすごく偉い人で私なんかとは全然違うんだと思い込んでました。
あなたはオッケー、でも私はそうじゃないって。
でもこのシリーズを読んでて、ああ、「先生」も私と同じ、悩んでIPに翻弄されて、それでも前に進んでる普通の人なんだって感じました。

私はずっと夫に父親役を押し付けてきたモラ妻だったけど、ようやく自分のセンサーの使い方が分かってきて、嫌だと思ったときには相手に文句を言う前にすっと離れることが出来るようになってきました。
いつでも自分はこの関係性から離脱して好きなところにいける、そういう逃げ道を自分に用意できたことで、相手ともっときちんと向き合えるようになった気がします。
常に、私は自分の意志でここにいるんだってことを意識したら、いろいろな体験が急にカラフルに臨場感溢れてるように感じられてきて、これが自律の入り口なのかなあと思います。

そういうものの見方や考え方を、私は中尾さんを通じて教えていただきました。
直接お会いしたことはないけれど、このブログを読んでいるほかの皆さんともいつもどこかで繋がっている感じがするし、ここでは全てが許されて認められていると思うのです。

 

「お父さん、お母さん、ありがとう」

この気持ちが何のためらいもなく
自分の中から出てきたとき、
世界で一番喜んだのは、誰でもないこどものわたしだった。
「ありがとう」と言えることの喜びを心の底から味わい泣いた

憎んで、哀しんで、求めて、泣いて、怒って、拒絶して
絶望も味わって、愛していることも知り、
最後の最後に、両親に対して
「ありがとう」と、思えたこと
奇跡みたいだった。

だけど、奇跡はそれだけで終わらなかった

人間不信と、妬み、嫉み、自己否定感と、苛立ちで、
穏やかさとかとしあわせとは対極にあった父が
仏さまみたいになった

わたしは、わたしとこどもは救えても、
親を今生で救えるとは、正直思っていなかった
思っていなかったけど、諦めてもいなかった

「ありがとう」って気持ちすぐに父や母に伝わっていたんだね

こどもたちは、わたしの両親に近しさをあまり感じていなかったのに、父の変化を見たむすめは
「おじいちゃん、神さまみたいになってたね」と、言った

世代間連鎖は食い止めることができた
わたしを救い、こどもたちを救い、
夫との共依存関係も愛ある関係へと変わった
そして、親も救っていた

ずっと求め続け、諦めずにやってきた
忍耐も過敏なセンサーも
「このとき」のためにあったんだね

 

とても参考になりました。

私(女性)は見守る側にいるのですが、夫婦再生物語は
現在、自分と向き合っている人を見守っている人にも
とても参考になるお話しだと思います。

>そのセンサーは普段は働くことがありません。
>友人、師弟、同僚、先輩後輩、上司部下…あらゆる人間関係は、
>そこに予め境界があるので安心しているのでしょう。
>だから、自然体でいられます。
相手が私といると、時々混乱が起きるような事を言って
いました。(本人もなぜ、心がざわざわするのか分からないようです)
そんな風に言われると「私は邪魔なのか?」と悲しくなりますが、
センサーが働いていたのかな・・・と考えられるようになれそうです。

>スイッチが入るのは、相手が身内と言えるほどに近い存在に
>なったときだったのです。
私としては、お互いの距離が近くなるほど、相手が心を
閉ざしていく様子がよく分かったので、「私は友達以下の扱いか?」
と、これまた悲しくなっていましたが、これほどまでに
複雑な心で私と接してしたのかな・・・と、これからも
そっと見守っていく勇気になりました。

本当に今回の記事をありがとうござました。

 

ご両親に感謝したくなるほどのことが、起こったということですよね?
いいな~。

 

中尾さん、ありがとうございます!!

中尾さんのご両親と同じようなタイプの私の両親。

私は両親のようにならないようにと努力した結果、
身体に負担がきて、我慢しているからだとぶちまけるようになりハラッサー全開。
ここにであって、世代間連鎖、IP、IC概念を知り、
実両親への恨み、悔しさ、悲しさ、家族への懺悔、自分への無念さにぐったりし・・・。

でも、こうやって両親からもらったことがギフトとして
感謝できるようになるモデルを見せていただいてほっとしています。
両親が80歳をこえて元気に生きていることに感謝して
今生でリアルペアレントにありがとうを言いに行きたいです。

 

自律している両親の元に生まれていたら、
そもそも始めから世代間連鎖を負うこともないわけで、
過去世からの問題を乗り越えるためのギフトということなのかなと思いました。

もしくは、ヘレンケラーのサリバン先生のように、未来のためのギフトだったのか…

 

途中まで自分のことのように読みました。

私の場合は怒りをぶつけている相手は親ですが。
でも今は彼氏はいませんがいた時は相手にそういう状態になっていたような気がします。そしてもし代償行為やゲームのことを知らずにいたら結婚することがあっても供依存状態になっていたでしょう。

私はそんな奇跡を体験したことはまだまだないですが、起こりうるかもしれない可能性を見せていただきました。

いま私を苦しめているこの過敏センサーが役に立つ日がくるといいなぁ。

 

PONさんに同感です

ずっと読んでいました。
正直今回の両親への感謝の項で、ガクッときちゃいましたよ。
あまりにガクッときたので思わず書きこみしています。
奥様が立役者だと、思いますけどね。

 

私は中尾さんのカウンセリングで
ありのままの現実を見る目と
それを直視する勇気をもらいました。

そうしたら、親であるはずの私たちは
まるで裸の王様でした。
本当に子どもはまっすぐに見ているものですね。

同時にこちらのブログにもその目を育ててもらったと
感謝しています。
中尾さんが書いた記事に呼応して書かれるコメントは
みなさん本当に気持ちに正直で心を揺さぶられました。

若い青年が書く親への恨みや復讐心は
そのまま息子の気持ちを代弁しているようで
私の心に突き刺さりました。
母親からの真綿の支配が苦しい・・。と
逃げ出したいけどできない!と、まるで叫びをきくような
女の子のコメントは、自分の娘が目の前で泣いて訴えて
いるようでした。

何度、コメントを読みながらひとり
泣きながら、あやまったか分らない。

自分に向き合っているとき、もうわからないよ!
苦しい・・。逃げたい。と書かれると自分だけじゃないんだ。と
勇気が出たし、
それでいいんですよ。と書いてあると涙があふれ
私の中に我慢強く頑張りやの寂しいICがいることを実感しました。

そして、少しづつ現実と向き合いながら、自分の力で現状を
打破していく方もいて、何だか嬉しく、勇気をもらって
気持ちのいい一日をもらったこともあります。

気持ちに正直な言葉ってすごい力があるな。と思います。

私は現実を見る目を曇らせないように
自分がどこにいるのか知りたくなった時は
中尾さんのブログに来て、
記事とコメントに大きく心が揺れたところ。というふうに思っています。

 

うん。うん。
おじいちゃんおばあちゃん、ありがとう♪
おとうさんおかあさん、ありがとう♪


そっかあ。
「関係性の問題」として、もう少し、私が関わった関係を、見つめられるとよいなあ。わたしちゃんに、このつぶやきを届けるよ。わたしちゃん、私じゃよくわからないから、五感で導きよろしくです><わたしを知りたいから、よろしくね><

 

私はまだはっきりと母親に感謝、とまではいかないです。正直な所。

いつ地雷を踏むか分からない母親相手に長年暮らしてきたので、いつしか五感以上のものを察知する力が伸び、今では、それがちょっとした仕事になっています。案外、こういう人、多いんじゃないかな?(^^)
それより何より、ずっと疑問に思ってきた社会のあり方、人の考え、心、などに常に疑問と関心を持ち続け調べ続けて、心理の重要性に気づいたのが良かったと思います。
つつがなく生きてきたらトラブルの度に「あいつ嫌い!悪い奴!」の堂々巡りで終っていたかも、、、。今では、人が悪人化するカラクリが見えてきて、、、(中尾さんのブログのお陰です)子どもの頃の優しさ、苦しみぬいて、垢にまみれて取り戻しつつある、って感じです。
結局、誰かを排除するだけってのは、どうも、、、。簡単だけど、後味が悪いし、愛がない、ってつまらん。
自分がやられた時イヤだったし、そんな事ではいつまでたっても地上に平和は来ない。

楽しく優しく暮らしたい。本当はみんなそうなんだろうと思う。

ちょっとパスな人でも「今は付き合わないけどそうなる事情があったんだろうさ、遠くから応援してますよ」って思っていたいな。できるだけ。

 

2人で

ハラハラしながら、展開を追っていたので、奇跡が起こって本当によかったです。

このブログで気づけた事も沢山あります。ありがとうございます。

ただ、気になった一文が…
《奇跡》が起こったのは、《私の忍耐と過敏なセンサー》のおかげだと書いてらっしゃるのですが、《奇跡》が《夫婦再生》だとするならば、その日に至るまでの奥様の忍耐、絶望しても歩みを止めない強さがあったからこそなのでは?

奥様の手紙に深く共感した私にとって、先生と共に闘い、苦しみ、成長した奥様へ、同じ高さの目線での感謝が抜けている気がして…

忍耐と過敏なセンサーがあったからこそ、奇跡の瞬間も訪れた。

でも、それは、奥様の自律と共感力があったからこそ。彼女自身が身につけたからこそ。たとえ、それを先駆者の先生がリードしたとしてもです。

夫婦は同じ水平の地面にそれぞれの足で立っている。しゃがんだり、倒れたりした時は、互いにじっと待ったり、手を貸したりなんだと思います。

でも、夫婦再生のシリーズからは、「お前もよくここまで登って来た。それも俺のサポートがあったからだ」という匂いを少しだけ感じてしまうのです。




夫婦は互いに





奥様の手紙に深く共感した私にとって、

 

 

>それがどんな体験であっても、それをあなたは誇ってください。

気がついたらこの行を行きつ戻りつ繰り返し読んでました
そうですよね
それよりほかにやりようないですよね

 
    
 
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