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中尾英司

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夫婦再生物語-(11)インナーチャイルドを癒す

2010/04/22(Thu) Category : 夫婦問題
夫婦再生物語

■ただ、子どものように泣こう(グリーフワーク)-----------------------

さて、妻からのメールに次のようにありました。
『ひでし君を癒すのは大人の英司君しか出来ないんだよ』

私は、ICの思いを受け止めて書き尽くし、
妻との真の絆にいたり、
私の体験を振り返り、
そして親への感謝に至りました。

心の中が空になり、全てが感謝に置き換わっていきました。

しかしまだ、ICの癒し(グリーフワーク)がすんでいませんでした。
ICは、ただ泣きたいだけ泣きたいのです。


そのチャンスは間もなくやってきました。
家族全員が出かけて一人になった日―何度か声をあげて泣きました。

顔がくしゃくしゃになって口をへの字にゆがめて
「ウァ~~」と声あげて
子どものように泣きました。

このような泣き方をしたのは、いつ以来でしょう…。
成人して大声で男泣きしたことは2度ありますが、これは初めてのことでした。



自分を優しくさするというのは、とても効果があります。
(もともとストロークとは、撫でたりさすったりという意味です)
ある男性は、それまでうまく行かないことがあると、うまく行かなかった腕を叩いていました。が、労ってさするようになって物事が回り始めました。

私も泣いた後で、ICを思い浮かべながらお腹のあたりをさすったり、自分を抱きしめてさすったり…。すると、またこみ上げてくるのです。

どんな気持ちというのではなく、とにかくICが出てきました。
本当に自分が自分のために泣くことができた日でした。






■ICは、あなたからのありがとうを待っている-----------------------

ICは、まず第一番に、他でもない自分自身に抱きしめてもらいたいのだなぁと実感したのは、この後のことでした。

妻に抱きしめられたときに、安心して身をゆだねているのです。
それは、あの朝初めてバリアを取って妻の胸に抱かれた時とも、それ以降とも異なりました。このICを癒した日以降は、もっと積極的にリラックスしているのです。

な~るほど、と思いました。

ICは、他の誰でもなく、まず自分自身に抱きしめてもらいたかったのです。
第一番の座は、他の誰でもない「自分」のために取っておきたかったのですね。

なぜなら、ICのことを最もよく知っているのは「自分」だから。
そして、「自分」のためにこそ、ICはここまで頑張ってきたのだから。

どんな苦労も、「ありがとう」のたった一言で報われるものです。
「ここまでよく頑張ってきてくれたね。ありがとう」
―この言葉をICは、「自分」から聴きたいのです。

他の人じゃダメなんですね。
親でも、妻でも、恋人でも、親友でも、カウンセラーでもないのです。
ICが支えてきた「自分」にこそ、ICは受け止めてほしいと思っているのです。

それがよくわかりました。

あなたのICは、他でもないあなたの手を待っています。




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毎回楽しみに読ませていただいています。
「楽しみに」っていうのも変かもしれません。
私もたぶん戦っている途中。
中尾さんの言葉やエピソード一つひとつ、すべてではないけれどとてもよくわかります。

人はみんな閉ざされたままの感情が置き去りにされて気づかずに生きてる。それが知らず知らず人を傷つけ、落としいれ背負わせてしまう。

このシリーズを呼んでいて何度も何度も泣きました。
自分(IC)の背負ってきた重さ悲しみ、父母に対する怒りと絶望。そして今の自分、主人、子供、兄弟姉妹との関係。気づき。すべてがグルグルと頭と心、体中をかけめぐって、一人のときに大泣きしたり、怒りを言葉に出したり・・・そんなことをしているうちに気づくこともたくさんありました。
なんだかとりとめもないので恥ずかしいですが、結局自分を認め、許し、慰めることができるのは自分しかいないってことは感じたんです。一人で思い、悲しみ、苦しんで行き着いたことは自分のICの気持ちは自分しかわかってあげられないってことでした。中尾さんと同じ。みんな同じなんだなって。

これから私の気持ちがどう動いていくのかわからないけど、今ははっきりと言える。
私のICちゃん、私が受け止めるから、これからはちゃんと気持ちを受け止めるから、安心して一緒に生きていこうって。

私はわたし。これがわたし。
わたしのままでいい。

 

頭って、、、

中尾さんのブログを読みながら、早速自分の身体を撫でてみた。うーん。気持ちいい。私の子ども達はこれを求めて身体を摺り寄せてくるんだな、、。にゃんこみたいに。
今度は自分の頭を撫でてみる。
うれしくて涙がポロポロ、、、。ああ、私を待ってたんだ、IC!
、、、頭ってはたかれる為にあるのかと思ってたみたい。身体が憶えていたようだ。何百回母親に頭をはたかれただろう、、、。罵倒とセットで、注意とセットで、機嫌がよくても悪くても、強弱をつけて叩かれていたな。
だからだろうか?昔の彼氏らに頭を撫でられると腹が立っていた。一人を除いて。(←夫ではありません)他の彼氏らが頭を撫でると「上から目線!」とカチンときていた。今思えば違いは信頼の有無だったな、と。

そういえば母親に優しく身体を撫でられた記憶なんてない、、。痛いとか注意喚起させられるタッチだけ。弟の事は可愛がって接触していたが、私の身体には触らないように注意している感じだった。当然抱きしめられた記憶もない、、、。

だから友達に触れられるとその親密感にドキッとして、ちょっと嬉しくなった。でも、目の前に立たれると逃げ出したくなった。近すぎて怖いのだ。良く喋る割には目線を合わせない、と評判になり、からかわれた。遠くで目が合うと睨まれているんじゃないか?と怖くなる。そんな10代だった、、、。、、、よく無事で、心を保って生きてきたね。自分。ありがとう、すごいや!と改めて思う。

 

先生は、青春時代の頃、
目が三角で睨む視線であったと、
ブログに書かれていますよね。

その当時から
色々な葛藤を受け止め、覚醒されて
今の先生の姿があるんですよね。

赤ちゃんから、幼、小、中、高、青年、大人、昨日の自分までも、
感情を残したままのものは、みんなチャイルドなんですよね・・・・。

確かに、先生は自律されていたはず。
けど、その後も取り残した感情は、拾い続けるのかな。

背骨の出来た分だけしか、
受け止められる衝撃分しか、現れないなら、
自律した時点で全て終わりませんね。

自律後も成熟を続け、いよいよ準備okで、
一番大きな感情が出たんでしょうか。

そして、その最終段階は、
ただ、単に訪れるのでなく、

別の人間さえも巻き込んで
幸福へ導かれる時期と決まっていたのかなとさえ思います。

子供の頃のご両親に対しての「なんで?」も、
答えを もらうお土産付きのステージ移行です。

私も、そこまで行きたい。

辛かった意味は、これか!って、
喜びと共に解る時がきたら、最高です。

自分にはすご過ぎちゃって、想像出来ませんけど・・・。

失敗を繰り返し淡々とやっていけばいいだけですよね。

もう、自分にお任せです。
頑張るのは、「信じる」ってことにですね。
ストーリーのネタバレない方が映画も楽しいし。

あと、もうひとつ・・・・・。

「私は鏡の役割です」と先生が、言われてた意味が、
今回よく解りました。

 

今回のシリーズを通して、様々な視点の書き込みを読むことが出来たことも、とても興味深かったです。


それはさておき、シリーズを読むことを通して、私は私の見つめ合いを楽しんでいます。もう夢中です♪

欠けていた受け止められ体験が満ちた時、
初めて自分に、受け止められ体験が何らか欠けていたことに気がついた。
欠けていた体験が満ちたと感じた時、
初めて、今までの自分が自分にありがとうを言わないで生きて来たことにも気づいた。

私は、自分で自分のことを褒めたり、自分で自分を休めたり、そういったことをすることを教わってはいなかった。いつも自分より家族の為の犠牲的存在であるために、教わってはいなかった。
ずっと、休みたい時休むことを知らない私、頑張らなくていいのに頑張り続けることをやめられない私、自分で自分を褒めることを知らない私だった。受け止められ体験を貰ったと自覚して初めて気がつきました。


私は私の闘いを通して、
親が私に与えたヒマワリの要素やら洞察力の要素やら慎重の要素やら、そういった部分もあったからこそ、ICを守り今まで生き抜いてくることが出来たのだと、気づいていきました。
なので、今回のシリーズで述べられてあることに、共感する比重がとても大きいです。

今だから、心からよりしっとり言える。おじいちゃんおばあちゃんおとうさんおかあさん、ありがとうと。

命に支えられて私が生まれ育ってきた。
私は、連鎖を乗り越えていきます。
だから私は、自律したい想いを大切に生きていく。


今の私に到達するまでに、ICが必死に私を導いてくれた感謝も込めて、
これからは私で私を感謝する。
これからは私で私を愛する。抱きしめる。守っていく。

わたしにありがとう。
わたしにごめんね。
わたしにゆるしてね。
わたしにだいすきだよ。
わたしによくがんばったね。
わたしにやすんでいいんだよ。


わたしちゃんへの感謝も込めて。
祖父祖母父母きょうだいへの感謝も込めて。

これがわたしの生き方。
我が道をゆきます。

 

you must be OK…アブナイ危ない

この物語はシリーズになっているので、先はまだ続くのでしょうが、ちょっと思うがままに書き込みしてみます。
最初の頃…ひでしくんとひでしくん操るIP全開な物語の時、なんか過剰反応してしまう自分がいました。

中尾さんのいう「センサー」的なものかもしれません。
私には奥様の手紙に書かれていた「(奥様の)自己犠牲的な部分が顔を出そうとしてる」という表現が自分にもぴったりきました。中尾さんを救わなきゃ!みたいな?おえええ(笑)。

もちろん救えるのは自分自身だけです、ね。
頭ではわかっていますよ!頭ではね。

カウンセラーとクライエント、という境界を中尾さんは予め引いてあったのでしょうが、カウンセリングを受けたいという人(もしくは受けた人)というのは、「ようやく理解してくれる人が見つかった!」という興奮で、無意識のうちに中尾さんに対して『身内』意識をもってしまっていたんじゃないかなあと…。
私自身は、自分の過剰反応をそう理解しました。

つまり、中尾さんは安心して気持ちを出せる場所であれ、と中尾さんに対する無意識の命令(支配願望?)を心の中で送り続けていたのかなって。

You(中尾さん) are OK
じゃなくて、You must be OK.
then,I (私) turn to be OK. ってな感じですね。
中尾さんありきじゃなきゃ、自分を認められないから、中尾さんはカンペキ(常にOKな人)であれ、みたいな。

今回の記事を読んで、ああ、そうだよ、中尾さんちの話なんだよこれは、なに熱くなってたんだか、って気持ちになりました。

別、ぜんっぜん別。
このひと身内じゃないんだよ、って。
いや、あたりまえなんですが。
今更のように思いました。

どなたかのおっしゃってた宗教臭さやカルトだとかいう危機感?は、おそらく中尾さんのようなカウンセラーに対しての『身内』感に依存する方もやはりいるからだろうと思うのです(うーむ、私もその一人だったかも)。中尾さんに投影しちゃってるんですよね。

いやはや。自分のICは自分で受け止めないとね。ほんと。

 

不思議だ

中尾さんは、その段階をもうずっと前に乗り越えたんだと勝手に思ってたので、読んでて不思議な感じがしました。

ICと一緒になるのは本当に気持ちいいよね。

 
    
 
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