プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
03 ≪│2017/04│≫ 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

夫婦再生物語-(16)人生第二章-新たなるスタート

2010/04/27(Tue) Category : 夫婦問題
夫婦再生物語

■コンティニウム(連続)--------------------------------------

わずか1ヶ月ほどの旅路

とても不思議な不思議な旅路でした。

一度蓋が開くと、次から次へとドミノ倒しのように気づきが起こりました。
一つの気づきが起こると、次の気づきを促すようなアクシデントやシンクロの連続。

自分の成長が関係する人々の成長を促し、そこから自分の成長につながるフィードバックが返され、それによってまた次に歩が進む―そのような進行もありました。

また、妻の波長としっかりチューニングされたせいでしょうか、“思い”のシンクロがあるようになりました。

私は理屈は信じません。
元来が体験しなければ納得しない性質です。

シンクロ体験は以前からありましたが、今回のように次々と蓋が開く体験をすると、自分が成長するための布石が実にうまく配置されているものだとつくづく思いました。それも、かかわる人と相互に成長していく形で。




■素直さが運命を乗り越える鍵--------------------------------

そして、なにより、その展開を早めたのは、素直に行動したことだったと思います。Tさんにソウルリーディングをしていただいて私にもたらされたメッセージを素直に受け取り、すぐに行動に移しました。その行動が、次々と扉を開いていったのだと思います。

かつての私は、「意固地」と「思考(IP)」に行動を阻まれていました。いわゆる素直に行動できないというやつです。けれど、人の話を聴いて行動したり、サインに気づいて行動を変えたりしたときに事態が好転する体験も積み重ねていました。

そういう体験が重なってくると、外からフィードバックされるもの(人、出来事、アクシデント(偶発事故)など)は、“全て”何らかのメッセージであると捉えるようになりました。ですから、スピリチュアルなリーディングをもメッセージと捉えることができるようになったのです。

そのメッセージを受け取るのも受け取らないのも本人次第です。
また、そのメッセージを敵意ととるのか、批判ととるのか、警告と取るのか、はたまた愛ととるのか―これも本人次第です。

ただ、自分と出逢う人や出来事などのメッセージは、その人が行動すべきタイミングできています。苦しいのは、メッセージを受信して行動したがっている身体(からだ)と、それをさせまいとする思考(IP)が闘うからでしょう。

生まれたときからあなたを守ってきたのは身体。
身体を信じることです。

人の個性は千差万別ですが、素直さだけは本来誰にも与えられていたものなのです。そして、その素直さだけが運命を超える力を与えるようです。

メッセージを受信できる身体。
そのメッセージを元に行動する素直さ。
この二つは、万人に与えられています。

つまり、誰もが運命を乗り越えられる力を持っていると言うことです。
その意味で、神様はとても公平だと思います。





■無意識の依存-------------------------------------------

この1ヶ月ほどの間に、

滝を登る鯉だった私が川となり、

川の中流だったはずが海へと至り、

そして、あのリーディングメッセージで“予言”されていたとおり、

私は泣いて、泣いて、泣いて、

ICとともにファンタージェンの命の泉に辿りつきました。



そして、皆様への感謝のメッセージを書いていた日、ふと心友Sのことが思い浮かびました。そのとき、12年を経てはじめて二人のことがわかったのです。それが、前項で書いた記事でした。

そうか、私は彼に怒っていたんだ―それも初めてわかりました。
それがわかったとき、そうか、私は彼に依存していたんだ、ということもわかりました。
すると、私が彼に深く受け止められていたこともわかったのです。
ですから、彼に深く感謝し、そして手放すことができたのでした。


面白いですね。
彼に対する怒りを自覚するまで、私は彼に対する悲しみはあっても怒りはないと思っていましたし、実際そうでした。また、その悲しみさえも遠い過去のことでした。が、書いてみると怒りの言葉が出てきたのです。その言葉が出てきて初めて、あ、俺は怒ってたんだとわかったのです(書くって凄いですね)。

そして、それがわかった瞬間に、同時に、あ、俺は彼に依存していたとわかったのです。なぜなら、依存していなければ、自分ではない他人(彼)の人生に怒る必要はないからです。

実際、怒りに気づかない間は、「見事な生き様を見せてくれた心友」として彼の生き方を尊敬していました。つまり、気づかない間は、私と彼の関係は相互に“自律”した関係でした(正確には、自律した関係と思っていたのです)。

まぁ、ことさらに癒着があるわけでもなく、社会人となって以降頻繁に手紙をやりとりするわけでもなく、ただお互いの存在は認識している―そういう関係でしたから、一般的に言えば、お互いにそれぞれが自律しているといえばそうでした。

でも、怒りに気づいた瞬間に、依存していたとわかったのです。ということは受け止めてもらっていたと言うことで、そのことも深くわかり、それが感謝につながっていったのでした。





■ICとの完全なる和解--------------------------------------

この気づきは、私の中のいろいろなものをブレイクしていきました。
その過程で、「照れ」「プライド」という壁をもブレイクしました。

その壁こそが私とICを隔てていたベルリンの壁でした。その壁も崩壊し、
私は、ついに妻の腕の中で子どものように心を解放して泣いたのです。

私が子どものままに泣く姿
それは、私がIC(ひでし君)をありのままに表現している姿です。

私が、IC(ひでし君)と一体化した姿です。
この時、私はひでし君と完全に和解したのでしょう。


まだまだ隠されている感情(IC)があるのだろうと思います。
でも、それがいつ出てきても、そのとき、その感情のままに表現できる。
それが一体化したということなのだろうと思います。

つまり、感情を出し尽くさなければ自律できないのではなく、「意固地」「思考(IP)」「照れ」「プライド」といった自ら築き上げてきた壁をぶち壊して、ICがいつ出てきても直結できる自分になること―それが自律なのだと思いました。


私とIC(ひでし君)は、しっかりとつながりました。
もはやひでし君は何かにしがみつく必要はなくなりました。

だから、いろんなものが手を離れていく感じがしたのだと思います。
それは、キラキラとした光の粉になって空へ立ち上っていくイメージでした。





■“予言”のとらえ方----------------------------------------

私は、この体験をした後で、Tさんよりもたらされていたメッセージ((14)で掲載したものです)の的確さに驚きました。

『内なる自分との完全な和解』があり、その後、

『完全に手放した古きものが 光へと還るのを
あなたは 小さき子と手を繋いで見届けるのだ』

―まさにこれだ!!


そのままのことが私に起こった!

私が、最後の最後に体験したのは、『古きものが 光へと還る』光景だったのです。“予言”されていたとおりのことがこの身に起こった―これもまた、凄い体験でした。“予言”というのは、あるんですね…。

これも、素直に行動していない人にとっては起こりえない話。起こらなければ、その予言は嘘になる。そして、ますますそんなものは信じないというスタンプを手に入れる―そういうことなのでしょう。素直に行動していけば、人は誰もが辿りつくべきところに辿りつくのだと思います。





■家族の変化---------------------------------------------

今、私は遠慮なく妻を、娘を、息子を抱きしめています。
ようやく、家族に対しても遠慮のない自分が出てき始めました。


数日前、息子が素直に「おかあさん」と言っている声が聞こえました。妻は密かに喜んでいました(^^)。

また、私が風呂に入っているときに、妻が娘にふと言っている声が聞こえました。
「今、ママが夢に描いた家族になってるみたい。やさしい旦那さんがいる家族」

そして、娘に話しをしたときのこと、不意に涙をポロポロとこぼし始めたのです。後で訊くと、「あぁもうすべて肩の荷を下ろしていいんだな、って思って」と言いました。娘もまた、家族全員のことを、そして外でも…いろいろと背負っていたのです。





■人生第二章の幕開け-------------------------------------

人生50年…中尾英司個人の旅路は終わりました。

「人生五十年 下天のうちに比ぶれば 夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり ひとたびこの世に生を受け 滅せぬもののあるべきか」―織田信長が好んで舞ったと言われる幸若の舞。若かりし頃、妻から信長といわれたこともある私は、確かに死んだのです。

『川が海へと変わるとき そこはもう川ではなく海だ
あなたの死は それを意味している』

この言葉の意味が、今よくわかります。
いろんなものを手放したとき、光とともにそれまでの私は天国へと還ったのでしょう。


映画「ホームレス中学生」を見てふと感じたこと。それは、
彼は亡きお母さんに出逢うために、一人ホームレスで頑張るという過酷な現実を選んだんだなぁと言うこと。

映画「おくりびと」を見てふと感じたこと。それは、
主人公は見ぬ父親に出逢うために、納棺師になったんだなぁ、ということ。

いずれも、降って湧いたようなアクシデントでしたが、それは彼らにとって天が与えてくれたチャンスだったのです。天はこのような形でチャンスを与えるんだなぁとも思いました。

与えてくれたチャンスとは、出逢いを通じて自分のICを救い出すことでした。
そして、ICに出逢ったときに、その旅は終わるのです。
みんな、大泣きしたいICに出逢いたいのです。


ふと思いました。
私は、自分のICに出逢うためにカウンセラーという仕事を選んだのだろうなぁ、と。そして、ICに出逢うための旅が、長い長い自分探しの旅が、今確かに終わったのです。



一人旅の人生であった第一章は起承転結を経て終幕し、
これから妻とともに、第二章-家族の旅路が始まります。

今私の望みは、妻とともに二人の子どもが輝くように解放してあげること―それしかありません。





■「主体は自分」を手放すな-----------------------------------

今、私は幸せです。

人は、あれがないからこれがないからと足りないものを数え上げたり、

妻や親や世間や社会が変わらないから、と変わらないものに理由を押しつけたり、

所詮、親も含めて自分以外の者は自分のことをわかるはずがない、と、不可能なことを責めたり、

そのようにして自分が不幸である説得材料はいくらでも見つけることができます。何しろ、森羅万象の全てが材料になり得ますから。



が、違うことがよくわかりました。
“外”は関係なかったのです。

結局、自分以外のものに理由を押しつけている間は、
自分が自分を救っていないのです。

結局、自分の人生。
誰を責めたところで、自分の人生の責任をとるのは自分以外にはません。
この責任のありかがどこにあるのかという意識の仕方が、その人の日々の生活を支配します。その人の人生をどこに導くのか―そのベクトルを決めるのは、その人の責任の持ち方、腹のくくり方だと思います。



今、生きている自分。
その主体は誰?

主体は自分
主体を自分以外の者に明け渡さないこと
―この意識を常にしっかりと持っておくことが大切だと思いました。





■「幸せ」は自分の内にある----------------------------------

そして、その人生の目標は、「幸せ」。
幸せってなんでしょうか。

他人と比較して相対的に感じるものでしょうか。
親や人に愛されているという条件があって成立するものでしょうか。

結局…
自分の心が、「幸せを感じることができる心」であれば、幸せなのだと思います。



逆に、「幸せを感じることができる心」でなければ、“外”がどのような条件であろうとも不幸せなのです(当たり前ですね^^;)。

つまり、自分が幸せかどうかという基準は、“外”にはなかったのです。
すべては、自分の心の内側にあったのです。

このことが、改めてよくわかりました。





■何に時間(人生)を使うのか---------------------------------

ブログは、これからのんびりとやっていこうと思います。
その時間を、カウンセリングを始めた妻のスーパーバイジングや家族を見守ることなどに使いたいと思います。尚、妻がカウンセリングを始めたとはいえ、まだお待ちの方もいらっしゃいますので新規受付は当面不可能な状況です。ご了承ください。

記事は講演などの予定ほか、ストック記事(「子育ての心理学」など中断したままですもんね --;)などをぼちぼち掲載していこうと思います。私はツイッター(Twitter)をしていませんので、つぶやき代わりの短い記事になるかもしれません。あるいは、学生時代に書いた映画などの感想をアップしていくかもしれません。



それから、IPとICの闘い、皆さんそれぞれされていると思います。そして、それをブログに書かれている方もいらっしゃると思います。もし私の過去記事の中に同じようなテーマの記事を見つけたら、よろしければどんどんトラックバックしてください。

IPに妨害されたこと、ICが出てきたこと、いろいろな人の体験を読めば読むほど、闘い方もわかり、また「許可」が広がっていくと思うのです。もしさしつかえなければ、よろしくお願いいたします(承認制ですので、反映までに時間がかかりますので予めご了承ください)。



尚、コメント、トラックバックともに、特定の思想や政党の主張に関するものは削除させていただきます。既にこのブログでも書いているとおり、「所有」という概念が根底にある主義主張は全て同じ穴の狢です。狢同士が闘わされていること自体が罠だということに気づいてほしいと思います。そのお先棒を担ぐわけにはいきませんので、削除させていただきます。

すべからく、人間同士が争うようにし向けているのが思考(IP)の罠なのです。闘うことで愛を得られないことがわかった今、残る自分の人生の時間を議論に費やす気はありません。




2005年5月から始めたブログも5年経ちます。
2010年3月時の読者は次のとおり。
ユニークアクセス40658、トータルアクセス159109
1回40%、100回以上25%、50回以上20%

このように熱心にお読みいただいた皆様に支えられて参りました。
本当にありがとうございました。





また、心機一転。

夫婦揃って、ゆっくりとスタートさせていただきます。


現世において輪廻転生したようなもの。
生まれたばかりでおぼつかない足取りです。
至らぬ点多々あると思いますので、ご了承ください。




竹内まりや 「人生の扉」






関連記事
 
Comment18  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

今の気持ちです

コメントを寄せて一週間。
いろんなことを考え、感じました。
見守られることで人はこんなに力がでるものだと知ることができました。

人生って、みんなで紡いだ糸を編みこんで作ってゆくのだなぁ・・・。

カオナシも、坊も、湯婆婆でさえ今の私を作ってくれた・・・。
まだまだ感謝はできませんが・・・。

IPの渦の中から時折顔を出すチャイルドを感じることを精いっぱい、でも急がずにやってゆこうと思いました。

みなさんに、ありがとう。

ネコ、元気です♪

 

そうですよね・・・
親が、苦しんで罪を知ろうとしている、ということは、
ディスカウントしてない態度の第一歩ですよね。

silverringさんが、
せめてそれだけでも救われる、って思うの解ります。

「あなたのこどもを加害者にしなしいために」
の本の中にもありましたが、

謝罪の意味は、
相手が、どれほど傷つき辛かったかを感じ尽くして、
初めて悪かったと心から言えるんですよね。

それで、開放されるのは、双方でなんですよね・・・。
そして、更に繋がることに進める。

自分の親には無理だから、絶望ですけど、
自分のICと子供には、そういう謝罪に行き着きたい。


親との対峙は、自律したい人は有効ですよね。
そもそも、親の理不尽にキチンと言って行けない私があるから、
ハラッサーにも言って行けない。
自分を幸せにする力がないんだな~。ICを守る力。

整理が付いたら、
通じなかろうが、凛として堂々と真実を突きつけたいなぁ。

親は罪を認めなくても、
今後生きていくため自分を確立できたというメリットは大きいですよ。

私、小さい頃、母に散々罵られたたびに 思ってました。
「誰か来て、この子は良い子じゃないか!と、お母さんに言ってよ」
「あなたを守ろうとしているんだよ、解らないのかい?って伝えて」

だから、大人の私が、それやってあげる。


まん丸お目目の黒猫ちゃん元気にしてますか?

 

皆さん ありがとうございました

いただいたコメントを何回も読み返しました。
本当にありがとうございます。

皆さんの温かなメッセージ、、、
愛情のあふれた言葉、、、
生きなおしてみる気持ちになれそうで、まず自分を受け入れてみようと思い始めています。

私に思いきり、ぶつかってきた娘にも
気付かせてくれて、ありがとう。

 

ありがとうございました

なんかホッとするな、、、。このブログ。
ありがとうございました。

 

無題

スイマセン、何か読み返したら指導者ぶってますね、自分の問題も解決してないのに。

しばらく書き込み控えます

 

匿名さんへ

匿名さん、お辛いですね。
私も匿名さんと同じ立場です。
自分がしてきた行いのために子どもが苦しんでいる姿を見るのは、何より辛いですね。

私は、家庭という密室で行われるモラハラDVで苦しんでいた妹の脱出と離婚に深く関与していく過程で、中尾先生のブログに出会い、自分の源家族が機能不全家庭だったこと、私の現家庭を機能不全家庭にしてしまったこと、既に成人した娘たちを苦しめてきてしまったことに気づき、自責の念に駆られ罪悪感に苦しんでいました。

自分は幸せになりたいと思って結婚したはずなのに、
親みたいにはなりたくないと思っていたはずなのに、
なぜ、こういう苦しみに遭遇したのだろう?
―そう思い、これまでの人生の棚卸しをしていきました。

すると、いろんな場面で理不尽な扱いを受けて泣き叫んで苦しんでいる小さいちゃん(チャイルド)が出てきました。
その小さいちゃんは、いままで誰にもその苦しみを解ってもらえずに息を殺して耐えに耐えていました。
なぜなら、どんな仕打ちを受けても親を無条件に愛していたからです。
そして、素直に感情をさらけ出せば、親から愛されないことも小さいちゃんは知っていました。
小さいちゃんは、親への片思いにずっとずっと苦しんでいました。

可哀相な小さいちゃん・・・。
哀しかったね。
辛かったね。
泣きたかったね。
誰にも解ってもらえなかったね。
苦しかったよね?

小さいちゃん、よく今まで頑張ってきたね。
本当によく頑張ってきたね。
へこたれずにここまで来たね。
ありがとう。
もう頑張らなくていいんだよ。
辛かった、って言っていいよ。
哀しかった、って言っていいんだよ。
大人になった私が抱きしめてあげるよ。
・・・よしよし、うんうん、解っているよ。

しゃくりあげて泣いている小さいちゃんの気持ちを解って癒してあげられるのは、他の誰でもない、自分だけでした。

子どもの頃、本当に自分のことを解ってもらいたかったのは親だった。
親にその気持ちをぶつけられたらどんなに良いか、と思っていました。
匿名さんに娘さんの思いを受け止めることができるのは、
それは、匿名さんがご自分の中のチャイルドの気持ちを解ってあげたときかもしれません。
もし、娘さんが思いをぶつけることができるとしたら、です。
親自身が罪悪感から開放されたくて子に謝ってしまえば、
子は親に愛されたいために健気に赦そうとしてしまいます。
それは、子の気持ちを拒否することだから、
子は満たされない思いを永久に抱え続けることになってしまうと思います。
子は、ただ、親にありのままの自分を解ってほしい、それだけなのだと思います。

今までの生き方、存在は、どんな意味があったのか―
それは、今の私にもよくわかりません。
でも、私の場合、
妹のDV脱出離婚に関わることで自分の家庭の機能不全さに気づき、
自分の中のチャイルドの気持ちに再会することができ、
わが子の苦しみに気づくことができました。
(中尾先生の表現をお借りするならば、妹の姿はまさに「炭鉱のカナリア」でした。)

わが子にしてきた自分の行いを消すことはできませんが、
無意識に親に置いていた軸足を放し、子の気持ちを受け止めよう、と意識するようになりました。
中尾先生は、いつも「気づくことが大切」「気づきは自律の一歩」と書いていらっしゃいます。
誰しも完璧な人はいませんし、人間は失敗する生き物ですから、
間違いに気づき、反省したら、罪悪感を手放して良いと思います。
それが、子どもを解放することになる、と今は思っています。

匿名さんは罪悪感に苦しんでいらっしゃると思いますが、ICの癒しに遅い早いは関係ないと思います。
私は中尾先生のカウンセリング待ち状態、棚卸ししていく中、苦しくて辛くて思い余ってかけた公共の教育電話相談で、
「お母さん、よくそれだけご自分のことがわかったね。今まで辛かったね。でもね、お母さんのこれからの人生変わることができるよ。娘さんたちは本当にホッとすると思うよ。」と言われました。
ああ、私はこれから成長していくのだ、と思いました。
私が成長した姿を見て、娘たちははじめて親を背から降ろすことができる、そう思ったら、自分と向き合うことの大切さに気づきました。

なかなか、自分の作り上げてきた人生脚本を塗り変えることは大変な作業で、私も行ったり来たり、迷うことはたくさんあり、自分を責め、思いを書き込んだ時、ここに集う皆さんに、私の迷いをも受け止めていただきました。なので、今の私が匿名さんにお伝えしたいことは、「ゆっくりやっていきましょうね」です。
この世に生まれ、自分が心から幸せだと思うことができない人生を子に見せ続けることほど、子に罪深いことはないと思います。
私は、自分に向き合う機会をくれた子に感謝したいと思います。

 

共感します

>長い時間をかけて心のコップから感情を吐き出し、最後ま>で残ったのが、「親にこの怒りをぶつけたい」という思いで>した。

私の親はもう他界していないけれど、同じでしたよ。
我が子が私に怒りをぶつけてくるように、私もまた親にぶつけたい「気持ち」がありました。
ICの親の自分がICの想いを受けたからこそ、「そうしたい」わけです。他界したならともかく、生きてこの世にいるのなら、わかってもらえるのではないかという、未練を断ち切るためにもやってみたいし、理屈では片づけられない切ない衝動なのではないでしょうか。

だからこそ・・・


>どうして・・・?と、思うだけでもいい。
>たったそれだけのことが、「私を見た」ことになるから。
>自分がそんな風に感じていたことに気づかせてくれたあな>たのコメントは、私にとってはプレゼントのようで、とてもあ>りがたいものでした。

私もまた、親の子として、子の親として、人としても頷きながら・・・深く胸を打たれたのでした。
ありがとう

 

私の固有の体験なのに、(苦笑)だなんてひどいな・・・。

 

ICの望み?

ICの望みは親にぶつける事でしょうか?だとしたらICの親のあなた自身が受けないと浮かばれなくない?
ICはあなたが共に悲しんで叫んで欲しいなんて思ってないと思うよ(苦笑)

ただアナタに存在を認めて欲しいから感情を出しても、他に渡されたり、子供以上に喜怒哀楽を出されたら気を使って本音を言いづらい????って僕が勝手に思いました。

 

匿名様

あなたのコメントを読んで、これを書いたのが私の母だったらどんなにか・・・・と、気持ちがこみあげました。

私は、暴力とディスカウントを受けて育ちました。
ついこの間実家へ行き両親と対決し、背負わされた怒りを元の場所へ帰してきたところです。

長い時間をかけて心のコップから感情を吐き出し、最後まで残ったのが、「親にこの怒りをぶつけたい」という思いでした。

それは、チャイルドの最大の望みであり、親から背負わされた彼らの怒りを本来の場所へ返しに行く、という当然のことでもありましたが、同時に、私が今生で親に抱きしめて温めてもらうという望みに諦めるをつけることをも意味していました。

自律を目指して歩むということが、私があの親の娘であることをやめて、現在進行形で成長している息子の親になることだとは、この旅を始めた当初には思ってもいなかったことでした。

私が自分を取り戻すためには、これを避けることはできないのだと思いながら、最後まで望みを捨て切れずにそこから眼をそらし続けていました。

今日ふと、”あんなことはもうしたくない”と思いました。

「自分が自殺してわかる親なら、死んでいただろう」
そう言った人がいましたが、その気持ちがよくわかるのです。
子どもは、親のために何度でも心を殺すことができるから。
それほど深く、息子は私を、私は母を愛していたという事実が、静かに目の前にありました。

私は親を愛しているのだなぁ、と思いました。
親を愛している自分を知って、息子に愛されている自分のことを深く実感しました。

親は子に、あんなことをさせてはいけない。
私は、息子にあんなことをさせるわけにはゆかない。

あれから2週間ほど経ちましたが、もし母が私のとった行動の意味を少しでも理解しようとしてくれていたら、私はどんなにか救われるだろうと思うのです。
気が付いてくれるだけでいい。
どうして・・・?と、思うだけでもいい。
たったそれだけのことが、「私を見た」ことになるから。
自分がそんな風に感じていたことに気づかせてくれたあなたのコメントは、私にとってはプレゼントのようで、とてもありがたいものでした。

 

教えてください

私はモラハラ母で、娘をACに育てました。
つまり加害者です。
このブログを読んでいると、加害者もまた被害者だったという事のようですね。
加害者もIPにとらわれ、ICを解放できずにいたと。

でもとりあえず、今の私は娘に謝りたい。つらい思いをさせ続けたことを、娘に依存し続けてきたことを。
ごめんなさい、ごめんなさい、と叫びたい。

いったい、どうしたらこの自責の念や大きな後悔の念を整理していけば良いのでしょうか。

私はもう老年期に差し掛かっています

今までの生き方、私の存在は、どんな意味があったのでしょう。
人を傷つける為だけの人生だったのか、、、

いくら生きなおしたとしても、してしまった事は消えません。

加害者だと気付いた人は、自分のIPやICと向き合っても
何かが解決するのでしょうか。

 

私も。

家族だけなんてやだって思いました。

すごく置いてかれた感を感じた。

でもこんなこと思ってダメじゃんみたいに思ってた。

それも違うよな。


先生に依存だったのかも。
先生のblogにもかもしれない。


でも気持ちがワサワサしたときに苦しくなったときに、全く自分に聞かないで、先生に電話をかけてた。
出なかった時は『なんで??』ってなってた。

なんか違う感じを感じるんだよなー。

自分に聞いてない自分が怒ってる感じ。

なんか人に不快に感じたとかイラっとしたとか寂しかったとか、ネガティブな感情を伝えるのって私の中で禁止令だったからこのシリーズを読んでて色んな思いがでたけど、なんか置いていかれる感を感じて、そんな気持ち出すなんてって自分で否定して…。


さみしかったんだ。

さみしいんだ。


なんかワタワタしたコメントになったけど、実際ワタワタしてる、これが今の自分なんかな。

さみしいな。




あーなんか泣けた。

少しチャイルドと一緒にいた感じ。

 

家族が作れなかった、辛い状況の人のことにも、思いをかけてほしいです…

妻が、息子が、娘が……

もう、うんざりです。

竹内まりやの歌も嫌いです。
勝ち組の歌だからです。

 

ここに来るたび気付くのは、メッセージ受け取ってたな~ってことでした。アニメがだいすきで、いつもかじりついて見てた。好きになるキャラは今思えばわたし。わたしの願いそのものでした。「あんなふうになりたい」なれるよ!なろう!仲間と泣いたり笑ったり怒ったりしたいんだ、じぶんらしく!
中尾さん!ありがとう!

 

ここまでの旅にお疲れ様です。

回復の
鍵はやはり自分の中の
素直さなんですね。

色んな本でもグループでも、
よく耳にするし、時折行動したときの
フィードバックからもそう思います。

そして自分の主体を明け渡さない
こと。

思えば過去に明け渡してばかりで
よくあんな怖いことばかりをしていた
ものだと思います。

これからも
変わらず、中尾さんのブログ楽しみに
していますよ^^b

 

ありがとうございました。膨大な5年分のブログに、1ヶ月ほど前に気づき、時間の許す限り拝見しています。
ぜひ書籍などにまとめていただきたいものです。
よろしくおねがいします。

 

生きて死ぬってこのことなんだね!
中尾さんもこれからはの~んびり、
ゆ~ったりといまここを生きてくださいね☆
わたしもわたしと家族と
愛を紡ぎあいながら、いまここを生きてます
みんなここに還って来るんですね~☆
なんかただただうれしいな。

 

おめでとうございます

こんにちは。カウンセリング待ちの読者です。
心機一転のスタート、おめでとうございます!
このところの連載ではとっても優しい波動をありがとうございました。
と同時に、たくさんのクライアントを抱え大変お忙しそう(且つブログ更新頻度も高い)な中尾先生のご様子に触れ、勝手に「カウンセリング待ちの人数を増やしてごめんなさい」と感じていたことに気がつきました。笑。
(特に導き手のような役割の方は)ど~んと、ゆったり悠々と構えられてるといい感じですね。

中尾先生のブログを見つけてからゆっくりと私も変わりつつあります。いつかお会いできてもっと明確に自分を理解できたら嬉しいけれど、お会いできなくてもそれはそれでいいかなとも思います。早く楽になるのもいいけれど、楽になっていく過程にも意味はありそうだし…。苦しみや痛みを感じられるのも体あっての事だし。
ブログを読むようになって固まっていたものを解放していくうちに素直さが少しずつ戻ってきました!嬉しいです。正直っていいですね~。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード