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心配しない症

2010/05/13(Thu) Category : アダルトチャイルド
変化は継続していきます。
そもそも変化していくことが「存在」の本質であって、それを固定化しようとするところに苦難と悩みが生じるわけです。存在が変化するものである限り、関係性も変化する-それが当然のこととして認識できるようになると、その変化を楽しむことができるようになります。日々新しく、一日として同じ日はないんだなぁと感じることがしばしばです。

妻と散歩することが多くなり、その度に気づきがあり楽しいです。
さて、何かのきっかけで「心配性」の話題が出たときのこと…。

以前書いたように、人は関係性で生きていますから、片方が過剰に心配すると片方は心配しなくなっていきます。逆も同じで、片方が全く心配しないと片方が過剰に心配するようになっていくわけです。人間って、基本的に補完、協力し合うようにできているんだなぁと思います。

かつては、妻が心配性で私が「大丈夫だ」「心配するな」という立場でした。
そういう話題の時、フッとイメージが浮かんだのです。



■幼き日の出来事--------------------------------------------

木々の生い茂れる小山の上にある城山公園。
祠の周囲も背の高い木があって、少し薄暗い感じでしょうか。
私は小1で妹は幼稚園に入ったくらいの感じ。

二人で遊んでいるときに、見知らぬおじさんに声をかけられました。
今思えば、中肉中背の30代後半くらいの男性でしょうか。
覚えているのは、私がその男性から「何か買っておいで」とお金を渡され、お菓子を買いに走ろうとしている様子。その男性が妹を抱っこして立ち、二人してこっちを見ています。表情はわかりませんが、変な感じはあまりありません。

まさにそのとき、私たちを探して呼ぶ母の声が聞こえたのです。
私も、「あ、おかあさん!」かなにか返事したと思います。

その後はよく覚えていませんが、その男性は忽然と消えており、いきなり下ろされた妹は泣いていたようです。なんだか狐につままれたような思いでしたが、逃げたということは、いい奴ではないんだと言うことが直ぐにわかりました。

次の場面は、その夜だと思います。並んで座っている父と母二人の前で正座して聞いている自分の姿です。そんなにきつい言われ方ではなかったと思いますが、“人さらい”について懇々と説教されたと思います。自分で自分のうかつさを責めていましたから、針のむしろでした。




■「心配するな」という禁止令------------------------------------

「あー、この体験が大きかったかもしれないなぁー」
と思い至りました。

恐らく私は、“その先”を考えることがいやだったのです。
もし妹がさらわれていたら…、そこから先を考えたくなかったのです。
当時の小さな私にとって、そこから先を考えることは重荷過ぎたのでしょう。

あ~、だからなんだ、と腑に落ちました。
人が口にする言葉の殆どは、自己洗脳のために言っているなぁと思うことがしばしばです。私の「心配ない」とか「心配するな」という言葉も自己洗脳でした。

「心配ない(だから、そのことについて考える必要はない)」
―私は、このように自分に言うことで、考えることから逃げていたのです。


そうか…私は身にしみて反省したんだ。妹を重大な目に遭わせてしまうことになったかもしれない自分のうかつさを責めたんだ。悔しさ、情けなさ、妹の心情を思ったときの申し訳なさ、いろんな思いが渦巻いたんだ。

その消そうにも消せない事実をなかったことにしてしまいたいくらいの思いがありました。だから私は、もうそのような事実を二度と見たくないと思ったのでしょう。そのような出来事を身の回りから、この先も永遠に遠ざけたいと思ったのでしょう。

私は、「大丈夫」「心配ない」ということで、心配事を考えることをシャットアウトしていたのだなぁと思いました。私は過去の忌まわしい事実からも、そして気をつけなければこれから起こり得るかも知れない事実からも、目を背けていたのです。


なんとまぁ、臆病だったことでしょう。
自分が心配事を見ることが嫌なばかりに、「そんなに心配するな」と、妻が子に対して心配することに対して禁止令まで出していたのでした。

私は、あの小1の時以来、逃げ続けていたのです…。




■私のスタンプ集め-------------------------------------------

一方の妻は、トラックに乗せられた体験がありました。冷静に機転を利かせて難を逃れましたが、いわばさらわれそうになったわけです(妻は、私の妹の立場だったわけですね)。

妻は幼き頃に両親が離婚し、その後、父親が娘を連れて行かないようにと外に出されず、隠れ住むような感じでした。私は、その義母の心配の“呪い”が、トラックに乗せられるという現象を生んだのだと思いました。だから必要以上に心配してはいけないとも思っていました。

―つまりこれが、私のスタンプ集めでした。

確かに思いが現実化していくのですが、一方で「備えあれば憂いなし」―いざというときのことを考えておくことが、それを回避することにもつながります。私のように、はなから「心配するな」とばかりに何も考えないこととは全く違うのです。


余談ですが、フィギュアの高橋大輔選手。練習の時、失敗したらはじめからやり直しをする選手が多いようですが、彼は通しで練習するのだそうです。失敗しても、そこから後をどう立て直していくか。そここそが大切だからです。

「失敗してはならない」という思いで臨むのか、「失敗してもよい」という思いで臨むのか―この練習の仕方の違いは、本番を迎える心理状況に大きく影響するだろうなぁ、と思いました。実際、脳と体にシミュレーション させておいたからこそ、4回転ジャンプで失敗しても、まるで何事もなかったかのように堂々と演じきることができたのでしょう。

妻も同じ。母親から常に「誘拐されたら…」と脅されていたために、「もしそうなったら?」とシミュレーション していたようです。そのおかげで難を逃れられたのです。



この事例に、人がどのようにスタンプ集めをしていくのかがよく現れていますね。スタンプ集めとは、自分の人生脚本を強化する事実を無意識に集めていくことを言います。

自分がスタンプ集めをしていることに気づくまでは、本気でそう信じているのです。たとえば義母が「誘拐」ということを言い続けたから、それが現実化したのだと。もちろん、そういう一面もあるのですが、常に事実は多面的要素を含んでいます。にもかかわらず一面だけを取り上げるのがスタンプ集めの一つの例です。

また、義母のやったことに意識が向いていて、それを受けた妻がシミュレーション していたということに意識は向いていませんでした。これも、スタンプ集めに必要な事実だけを取り上げて、後は聴かなかったということです。





■トラウマの解放---------------------------------------------

私は、「あってはならない」という心理状況でずっと生きてきたんだなぁと思いました。それでは緊張し続けで生きてはいけませんので、考えることさえも切り捨てていたのです。無意識には緊張を続けながら…。


今、小1のひでし君を解放してあげようと思います。


妹にきちんと謝りたいね。
「怖い思いをさせてゴメン」って。
(いつか言おうね)


大人にだまされて悔しかったね。
気づけなかった自分が情けなかったね。
親に責められて辛かったね。
自分と妹の気持ちを聴いてくれる人がいなくて哀しかったね。
人を疑わなければならないなんて悲しかったね。


でも、
もう自分を責めなくていいよ。



おまえは悪くない。


おまえは悪くない。





泣いていいんだよ。





おまえは悪くない。











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危険から身を守る…

危険から身を守る術、というようなことは、具体的なことであれば「本当に本人のためになること」だから、ここで使われるDoとして扱わなくていいんじゃない?
子「なんで?どうして?」
親「あなたの為だから」
しか理由が思いつかないのは、先生のブログでわかりやすく出てたと思います。

妹のところでは、幼い子供に理由をたずねられると、
「お肉にされちゃうから!」「○○、お肉にされたくないでしょ?ママもいや!」
と言っています。怖いけど、その通りだな、と思います。

 

過去の記事に寄せられたコメントにできれば回答を・・・

2010/03/02の記事「なぜ、唐突に「サラ金から金を借りるな」と親が言うのか (親の呪い事例)」
http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-1911.html
に寄せられたコメントに回答するのに丁度良い時期になったのではないでしょうか?

以下のようなコメントです。

>6歳の娘の母親なんですが、まさに先ほど、
>「へんなおじさんに頭なでられたり、触られたりしたら、すぐ逃げるのよ」なんて言ってしまいました。
>私は働いているので、側にいれない場面もあるかも知れないと思うと、娘が心配で心配で。
>最近 色々と事件があるので、すごく心配なんです。
>そこに意識が行ってしまうように刷り込むのではなく、
>一般教養的に教えておくには、どんな言い方がいいんでしょうか?

>危険から身を守るすべなど 教えておきたいことを教えることは Do になってしまうんですか?
>繰り返し念をおしたり いい歳こいてるのに教えることがいけないんですか?

 
    
 
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