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自由からの逃走―(2)人のせいにする心理

2010/05/22(Sat) Category : 自律(自由と責任)への道
【自由からの逃走】

前項では、共依存に苦しんでいる人が自律を求めつつ、いざ自由を手にしようとするとそこから逃げ出そうとする心理を、存在不安と役割喪失不安の観点から見てみました。実は、もう一つ隠れた心理があります。そこをちょいと深めてみましょう。


★どの人も親のための人生脚本を歩いている----------------------

子は親に愛されたい。だから、親の望みに応える人生脚本を作ります。
(人生脚本とは何か、親の姿勢がどのように子に影響するのかについては下記をご参照ください)
【人生脚本とは】

親の持つ願いや望み(それが無意識であっても)、すがっている思想や信条、親の生き癖まで含めて親のエゴといってよいでしょう。親が「ピュアな環境」であれば子どもはあるがままに育つことができますが、まぁエゴを持たない親(人間)はいませんので、すべての人が親のエゴに影響された人生脚本を作っていると言ってよいと思います。


いや、私は自分の意志で生きていると思われている方。そう思えるのは幸せだと思います。でも、「そういえば!」とはたと膝を叩かれた自由業の方がいらっしゃいました。
その方は、自由でありたかった親の望みを叶えるため、「自由であらねばならない」人生脚本を歩かれていることに気づかれました。傍目には自由に見えても、本人は親の望んだ“レール”の上を歩いていたのでした。

このように、気づくまでは人は「親のための人生脚本」を歩いているのです。
(でも気づいたからと言って、その道を降りるということではありません。その道には必ず何らかのギフトがあります。それを元に同じ道を選び直してもいいし、違う道に行ってもよいのです。気づいてから先は自由です。同じ道を行っても楽しい世界が待っています)



子がどのように親の意向に応えて生きようとしているのか、その事例は当ブログの人物欄でも多々取り上げていますので、読んでみてください。
【掲載人物一覧】

そして下記に挙げてある事件もまた、子が親の意向に応えて生きようとした挙げ句起こっている事件なのです。
【少年犯罪・家族事件簿目次】


現代社会の価値観的には片や成功者、片や落伍者と言うのかもしれませんね。でも、同じなんです。親のエゴを背負っている限り、その子どもは世間的にはどう見えようとも自分本来の人生を歩いてはいません。

それが自分自身で選び取った人生ではないことを魂は知っています。
だから自分の日常で起こるいろいろなことに、どこか責任を持てないのです。
だって、自分の人生じゃないから。
無意識の人生脚本に操られ、歩かされている人生だから。

そのため、何かが起こると、つい自分以外の誰かのせいにしてしまいたくなるんですね。つまり、自分の人生脚本に気づくまでは、誰もが心のどこかに「人のせい」にする気持ちを隠しているということです。これがすべての人の心の根底にある基本構造です。



---------------------------------------------------------
この心理学的基本構造にいいも悪いもありません。そういうものなんです。
その構造の上に立つ親が子を道具にしようとすれば、「人(親)のせい」にする子どもが育つというだけのことです。そして、なぜ親がそうなったかといえば、その親もそうされていたからですね。

ではなぜ、そういう親が増えたかというと、そこには社会的背景があります。その背景には時代背景があり……と、どこまでも遡ろうと思えば遡っていけるのでしょう。結局、犯人捜しをしても意味がありません。

ただ、自分の生きにくさを理解する手助けとして、人を道具にする社会(共依存界、ハラスメント界)がどのように広がっているのか、そこではどういう心理メカニズムが働くのか、それがどのように自律を妨げているのかについて知っておくのは参考になるでしょう。

以下のように、人のせいにする心理を考察してみます。

(3)操り人形は責任をとらない(とれない)
(4)サティアン化する社会
(5)「○○のために」は「○○のせいで」の裏返し




<つづく>



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モノ依存

依存しているモノを破壊したり、捨てたりする事は自律への大切な事だとは思いますが、
その分、モノによって隠れていたキモチが出てきますが、
受け止める準備は出来ているのだろうか?
ICを勝手に呼んどいてアタフタされたり、ソッポ向かれたりしたらICは溜まったもんじゃない。

そうすると親は耐えきれずに、また他のフタを探す事になる。

 

何が誤解なんだか分かりませんが、謝罪はいりません。
あなたのことを言っているのではない…多分。



私に暴言を吐き代償行為をした人は親族ではありません。
(親にしたくても出来ないから他で代償行為をするのでしょう?)


「よくも私を使ったな!」
とその人の所に行き衿掴んで言ってやりたいぐらいですが
その人は弱者を演じて話を作りかえて被害ネタに使うような、普通の会話も出来ないような人。


今でもその人は、
代償行為を正当化させる響きのいい言葉並べて布教活動しながら
自分すらごまかして逃げ続けてますよ。





でも、それも自由ですね。

ただ単にその結果が自分に返ってくるだけのことですものね。

本当に自由ならば。



以上、酷いとばっちりを受けた側の心情でした。





¶私は翁長さんのコメントは、その通りだと思っていますし、私もそう思っています。



 

目的は幸せになる事

僕は今、親を昔のように愛してる訳ではなく、ただ親も弱い人間だったと認識しています。

別に最初から気持ちを受け止められた訳ではなく、親にも沢山ぶつけながらも、このままでは幸せになれないと思い、本当に少しずつ、自分で感じていきました。(まだその途中ですが)

コメントを読ませて頂いて勝手な事を言わしてもらうと???重い??愛を語る事も大切だとは思いますが、依存し過ぎるのもどうかとおもいます。


先日の僕のコメントで気持ちを害された方は、そのキモチは僕のモノでなく、アナタにICが「親に執着してますよ」とサインを出しているんです。僕にぶつけていてはまたキモチを揺さぶられる事をICが起こすと思います。
親が勝手にぶつけて置いてそれはないよ~と思われるかもしれませんが、気づいた人が変わらないと何にも変わらないと自分は思っています。
勝手な意見お許し

 

怒りを吐き出す方法
私の場合は、不本意なまま身の回りに置き続けてしまっていた物を、破壊することから始まった。
食器を割って、ソファーを解体し、親から押し付けられた仏具や指輪をハンマーでたたいたりした。

その後、ずいぶんな時間を経て、自分の怒りと他人から背負わされた怒りの区別ができるようになった。

感情はその人の物だから、怒りだって、私がどうにかしてあげることはできない。
その人が、自分で取り組むしか方法がないのだと思えるようになったのは、つい最近の事。

行きつ戻りつしながらでも、向かい合おうと決意するか、目をそらして見えない振りをし続けるかは、その人の問題なのだと、やっとわかった。

私は親の怒りをぶつけられてきたけど、それを元の場所に帰すことができないまま背負い続けたことで、親が自分の感情と向き合うチャンスを奪ってきたのだと思った。

親に抱きしめてもらって愛してもらうことを諦めきれないまま、こんな歳まで引き延ばしてしまった事を、自分にも親にも、申し訳なく思う。

 

翁長さん

>皆さんが幸せになりますように

どんだけ上から目線なの

もういいんじゃないの?
我を通す為に、心にもないことを書くのは

あなたが本心からそう望んでいるなら、

あなたはとっくに黙ってここから立ち去っているはず

 

被害受けたばかりさんへ

誤解があったようなので、追記します。

私が暴言吐いたのは、親に対してではありません。
親はそういう話を聞くような人達じゃないし、
責任を追求しても意味が無い事は分かってるから。

私が泣き叫んで大暴れしたのは、自分自身一人の部屋でです。
そして、
泣いたり恨んだり苦しさ辛さを聞いてくれたりしたのは、
私の状況を説明して理解してくれた複数の友人でした。
皆、いろんな出来事を越えて来た人ばかりだったので、
私にそういう事をしてくれたんだと思います。
今でもその友人達皆とは、有り難い事に縁は続いていて、
互いに支え合う仲間となっています。

おかげで、
私も今では、手助けが必要な人には「話を聞く(傾聴)」という事を少しお返しにできるようになりました。

個人的な体験を思い出させるようなコメントを書いてごめんなさい。
追記とともにお詫びします。

 

当たり前のようにサラッと書いてますが、

それに巻き込まれた人はたまったもんじゃないよ!!


ハラッサーは皆そう、自分の問題を人に被せて暴言を吐く。自分のことは正当化してさ。
どんだけ自分が可愛いんだよ!凄く卑怯だし。

それを連鎖しない為にどれだけ時間がかかったか…苦労したか…。
こっちはボロボロだ!!



謝る必要はない。
せめて、自分がしたことがどれだけ酷いことか認識してください。

自分がしたことから目をそらさないで認めてください。


自分は仕方がないけど、親は許さない。
なんて考えは通用しないです。



 

私個人は、
心身ともに疲れ果てて、萎えて身動き出来ない所から、
人のせいにして、暴れて恨んで、泣いて抗議して暴言吐いて、
そうやって「気持ちが復活して」から、
だんだんと静かな…ニュートラルな心の道へ迎えるようになった気がします。

私はそれで良かった。
この行程が必要だったと本当に思う。
全力で必死で逃げまくり、抵抗しまくった結果、
自分も「正しく諦める」事ができて、
自分の芯がしっかりしたような(笑。

いろんな道があるんだと思います。
人はみんな「違い=個性」があるし、
感情に良い悪いは無いと。
その違いに正直に向き合う事も「あるがままの私」と向き合う事だと思うから。

 

翁長 さんへ

人にぶつけないで自分の問題として受け止めた時、実は自分が引き寄せていた事に自分は気づきました。
>はじめから誰にもぶつけないで済めばどんなによかったでしょう。
ぶつけて正しく諦めて自分と向き合う、そうまでしないと諦めきれない親への愛もあるのです。
私はあなたが羨ましい。
私だって、はじめから自分の問題として向き合いたかった。でも、親からの仕打ち(内容は書きたくありません)がどうしても許せず、どこに行っても自信のない関わり方しか出来ないことも、子どもの頃から親に植え付けられて育ったもの。だから、親が怖かったけどどうしても親にぶつかりたかった。
そして、哀しい絶望をして、せつなくて苦しくて全部ひっくるめて自分と向き合いました。自分が引き寄せていたことも今はわかっています。
あなたの言葉が苦しい。
あなたは正しい。あなたのように出来なくてごめんなさい、そんな風に苦しいです。出来ないことを責める親を思い出し、とても苦しいです。こんなことを書いてごめんなさい。

 

無題

余計なお世話ですが、人にぶつけて自分は悪くないと逃げている気がします。

人にぶつけないで自分の問題として受け止めた時、実は自分が引き寄せていた事に自分は気づきました。

皆さんもご自身やお子さんの為を思うなら、少しずつでも自分の問題として向き合って欲しいです。
皆さんが幸せになりますように

 

母親と連絡しなくなって3ヶ月。実際に関わらなくなってみると自分はずいぶん親に意識や行動を誘導されていたんだな、、、と気づきました。もちろん当の親は無意識でしょう。でも表情や言動の一つ一つで自然とこちらが動かされるような仕組みができあがっていたと思います。
さて、最近父が病に倒れて、緊密な付き合いが復活したわけですが、、長く一緒にいるととても疲れます、、、。なので境界線を設定してなるべく無理のない範囲で付き合う事にしました。
付き合いを絶った3ヶ月があったからこそ体感できた、エネルギーを奪われているというリアリティ、、、。これは自分が負担に感じている他との関係においても同じなんだな、と思いました。また同時に、私も子どもに寄りかかり、彼らからこうしてエネルギーを奪っているんだな、というのも分かりました。このままでは、いつかきっと子どもから恨み言を言われる日が来ることでしょう(^^;)
じゃあ、少しでも子どもの精神的負担を減らし、恨まれないためには、どうしたらよいのか???
自分が公私ともに充実した人生を送るしかないんでしょうね。そうなると今の生活をすべて変える必要があります。誰とどこに住み、どんな仕事をして、どういう仲間とつきあい、どんなライフスタイルを持つのか、、、。ひとつひとつを「普通」に囚われれず自分の責任で大切に考えて、いつでも変更する勇気を持ちながら試行錯誤して、子どもそっちのけで全力で自分を楽しませるために生きる、それしかないんでしょうね。親の世代ではとうてい踏み出せなかった一歩、私の代でガラリと変わる事ができるか?、、、。、、、なるべく頑張ります。

 

あぁ~

そうですねー

自分がやりたい訳じゃなかったから、昔はいつだって「あんたがやれって言ったからやったのに!」と思ってました。
外からしてみれば、ほのめかしただけで「やれとは言ってない」だったりするから、ただの都合のいい人ですよね。
勝手にやってほしいなと思うことをやってくれる人だから。

ほのめかされるのが大っキライで、直接頼んでこない分一番卑怯だと思ってましたが、その理由が「期待されると応えないといけない」と思っていたことに気付きました。

ありがとうございました。

 

ありがとう

苦い薬だぁ・・・・
グッサグッサくる

>だって、自分の人生じゃないから。

母に怒りをぶつけに行った時、自分だけ逃げ込んだ母が、引き戸の向こうから「あんたが何とかしなくちゃいけないんだ!」と、父に怒鳴った姿を思い出しました。

ふざけるな!私はアンタに話をしているんだ!
そう思って怒ったけど、彼女にとっては人生で起こる全ての事は影絵だったのかもしれないな、と思いました。

そして、翻って私。
親へ怒りを返し、いよいよ自分のチャイルドと向き合うこのタイミングで、息子の事が気にかかる。
親のハンティングエリアである町を脱出して、やっとここまできたのに、また元の町である、夫と子供のそばに戻ろうと画策までしていました。

「息子が心配」というのは、「自分に向き合うのがいや」と、イコールだったなぁ。

自分の人生を、他人に明け渡さない!
明け渡されたほうは、迷惑!
私の人生を奪い尽くしてきた親だったけど、奪い返したことは、むしろ親切!
そう、肝に銘じた朝でした。

 
    
 
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