プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
01 ≪│2017/02│≫ 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

自由からの逃走―(8)自分のせいにする心理:自己卑下&自己否定

2010/06/01(Tue) Category : 自律(自由と責任)への道
【自由からの逃走】

「人のせい」にする心理をざっと眺めて参りましたが、では「自分のせい」にするのは、責任ある態度なのでしょうか?「自分のために」行動するのだから、それがうまくいかなければ「自分のせい」にするのは当然。…ではないようです。


★子が、自分のせいにするケース-------------------------------

例えばこういう事があります。
自分が愛されないのは、自分が悪いのではなく、うちの親がどこかおかしいのでは?と疑念が生じたとします。でも、もし親がおかしいということが決定的になってしまうと、その親から愛情をもらう可能性が永遠に失われてしまう気がしますよね。しかし、その可能性は失うわけにはいきません。生きている間にいつかは愛されるチャンスがあるのではないか…その可能性だけはとっておきたいのです。

すると、親がおかしいのではなく、愛されないのは自分が悪いんだと自分のせいにしておかなければなりません。自分のせいにしている限り、親の本性を見なくていいからです。

しかし、そうするとその後の人生が苦しくなってきます。
たとえば、自分を認めてくれる人が現れたとしましょう。親にも認めてもらえなかったのに認めてくれた!と、はじめは心から嬉しいのです。

が、それでは具合が悪いのです。なぜなら、自分を認めてくれる人がいたということは、自分はおかしくないという証明になってしまう=必然的に親がおかしいということになってしまうからです。すると、親から愛情をもらえる可能性はないかもしれないという現実に直面化しなければなりません。その現実は見たくありません。

だから、自分が認められたという現実の方を消すのです。
自己卑下し、自己否定し、それでも認めてくるならば、不義理をかくなどして自分を認めてくれた人や組織から離れ、結局私が悪いんだと、自分のせいにするところへと自分を落とし込んでいきます。

これを無意識でやっていますから、当の本人は、「なぜ私はいつもこうなんだろう」と苦しみます…。

もっと高じると、常に自分を最低の位置に置こうとするようになります。誰と比較しても、誰から見ても自分が最低―そう思えれば、“可能性”は永遠に取っておくことができます。また、それ以上に下に落ちることもありません。だから、そこ(底)にいることが“安心”なのです。




★ただ、見守るしかない--------------------------------------

このような方が守っているものは、“可能性”です。
でも、それは守っているのではなく現実を直視したくないだけであり、すべて物事は、辛いけれど現実に目を背けず直視するところからしかスタートしません。そこから、“本物の可能性”が無限に花開いていくのです。

でも、現実を見る準備ができていない人にそれを言うことはできません。

たとえば、上記のように「自分のせいだ」といつも自己卑下している人のことを読まれて、「あ、自分のことだ」と思った人、「あ、親がそうだったかも」と思った人、あるいは、自分では気づかずにお子さんが読まれて「あ、うちの親だ」と思われている人もいるかもしれません。

いずれの立場にせよ、何らかのきっかけで本人がそのことに気づくまでは、その居場所を奪うことはできないのです。

気づけば、もっと素晴らしい人生が待っているのに。愛にあふれた人生になるのに…そのもどかしさもわかります。

でも、親は“そこまで”で精一杯なこともあるのです。
それ以上を望むことは、子のエゴになってしまうこともあるのです。



ちょっと想像してみましょう。
もし、あなたが自己卑下(自己否定)することで親を守り続けていたとしましょう。そして、あなたにお子さんがいたとしましょう。その子供たちは、自己卑下し続けるあなたのことが心配で、自分の人生に歩み出すことができません。ずっと、あなたを見続けています。
そう、あなたが親を見続けているように…。

あなたの親もまた、あなたの視線に気づかず、親の方を見続けていたのかもしれません。


足元に、愛はあるのです。
自分の中に愛はあるのです。




結局、
その人はその人の人生なのです。



それが精一杯なのであれば、

それを見守るしかないのです。







…こう、書いているだけでも涙が出てきます。



でも、


ただそっと放っておく


それも、愛情なのです。











自由からの逃走―(9)自分のせいにする心理:責めを負う



関連記事
 
Comment2  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

うんうんうん

私自身の衝動が一番恐ろしい
いつ、何どき、なにをしでかすかわからない
だからおさえこむ
そうして母の真実と私の真実から目をそらす

怒りに駈られて人を責めそうになると
私だって悪いんだしとごまかした
人を責めさせないために、自分を意図的に底辺におきさえした
人に認められないために一石二鳥の理由探し

責めたいという逃げがあるのに
それははっさずそれさえもごまかす
今でもまだ、私が正気を保てているのかが一番の不安なのだ

全部やめた!!
なにをしでかすかわからないと
私を恐れて封じようとしたのは母
母は私に母自身のチャイルドをみたんだ
私は母の呪文を真に受けすぎた

私の中にある人を責めたい弱さを認める
責めたくなったら自分と向き合う
自分を責めるときの責任のがれを自覚する
自分を責めるとき、私はほんとうから逃げているのだから

私は母の言いなりにならない
母に言いたい
私はあなたではない

 

なんかわかる

過去にそういうことがあったなぁ、、、。
「この人、私のことを買いかぶりすぎてるよ、、、できの悪い私の本性を知ったら興味を失うんだろうな、、、」とかね。
思っていた時代がありました、、、。だからステキな人に好かれていると知ると緊張してギクシャクしたりして、、、。明らかな挙動不審になったり、、、。変な奴の方が安心する、、、みたいなおかしなループに、、、、。あ、、その結果が、、、!

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
わが子を守るために
記事
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード