【毎日新聞特集ワイド】「危うい10代」に親の影

◇人生のリベンジの道具にしたり 過度な干渉や責任転嫁 心の居場所を奪い続け……
実の親を殺したり、同級生を学校内で傷つけてしまうような「危うい10代」の増加が目立っている。その背景に潜むものは何か。子どもを加害者にしないために、私たちが省み、なすべきことを探ってみた。【根本太一】
殺人50件。放火66件。傷害致死21件。これは、警察庁がまとめた「未成年者」による犯罪(08年)の一例である。もう一つ気になるのが、1280件という家庭内暴力の発生件数だ。00年に1386件に達して以来1000件を下回った年はない。少子化で子どもの数は減少しているのに。しかも、暴力の約6割は母親に向けられる。親殺しも珍しくない昨今。この現象をどう見るべきなのだろうか。
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「日ごろから問題ある非行少年ではなく、一見まじめで普通の子どもが急に人を殺してしまうのが最近の傾向」と話すのは、著書に「こんな子どもが親を殺す」などがある精神科医で神戸親和女子大教授の片田珠美さんだ。「え、あの子が?と思われるような、おとなしい少年や少女の犯罪が増えています」
片田さんはそう話し、一因として、親の子どもに対する「過剰な期待」を指摘する。勉強して、良い大学、良い企業に入れれば未来が開ける。あるいは頑張らなければ開けない。そんな、親とその両親(子から見れば祖父母)の世代から連綿と続く学歴社会の「幻想」に今もとらわれているのが特徴なのだという。
「かつては花形企業だった日本航空も倒産ですよ。いい企業に入っても一生安泰の時代じゃないんです。なのに、20年前のバブル崩壊以降、親自身が経験した挫折やかなえられなかった夢の実現を託す形で子に押し付ける傾向が強まった。本音では、傷ついた自己愛を再生したい。子を道具にし、自分の敗北感をリベンジしたいだけなんです」
けれども親は気付いていない。「我が子のため」と信じ込む。そういう親自身の心の奥には子の「成功」を通じて自身の親の期待に応えたい、どうかほめてもらいたいとの欲望が潜んでいるのだ。
子どもは「親」という自分とは別人格の欲望を常に気にかけ、生きている。そうしなければ生存もできない――。片田さんは、そう指摘する。特に、最初に出会い育ててくれる「母」の欲望を満たすことが最も重要だと感じるという。母にとって何が好ましいかをかぎ取り、良い子を演じつつ成長する。かたや自らの欲望は我慢し続けていく。
「3歳ごろに自我が芽生え、思春期に自己主張が強くなるんですが、中には反抗もできない子がいます。親が反抗を許さない、子を抱え込み離さない、操り人形のように育てる。自己愛の親子『一体化』。これでは子どもが集団に適合できず不登校になったり引きこもったりしてしまう」。文部科学省によると、中学生の不登校率は07年度2・91%で、2年連続で過去最高だ。
「半面、こうした親の多くはモンスターペアレントのように他人に責任を転嫁する。何でも他人が悪いと考える」。それを見て育った子どもは、ささいな事でつまずき、期待に応えられないと感じて行き詰まった時、親が悪い、社会が悪いと周囲のせいにしがちという。「自分が自分で生きるには、邪魔者との関係を切るしかない。だから、追い込まれて殺す」
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どんな子どもが「予備軍」となるのだろう。家族カウンセラーとして悩みを持つ家々を訪ね歩き、インターネットでもサイト「あなたの子どもを加害者にしないために」を設ける中尾英司さんは「過度に干渉されて育った子どもが危うい」という。
「例えば小学生の子に、風呂上がりに『体をふかないとだめじゃない』と言いつつ、親がふけば、子どもは、これは自分がやってはいけないことだと脳にすりこまれるんですよ。自画像を描かせると手を描き忘れたりします」。脳の操縦席に親が座るロボット状態。「でも心は『私』。親には逆らえないけど『私』は悲鳴をあげ始める」
「しつけ」と称した、親のとげとげしい言葉が刺さり、自我を解放できる「心の居場所」をなくした子も多い。ある女子高生は家や学校で良い子を演じ続けたあまり「本当の自分が分からない」と中尾さんに訴えたそうだ。「気付かない親は構わずに子の心に侵入し、子の自我を奪います。子は侵入に対して過敏になりますから、悪気はなくても、自分のエリアに物を置かれたりしたら『私』の存在を脅かされることになるんです」
横浜市内の女子高で先月、1年生(15)が級友を刃物で刺す事件があった。そういえば、あの加害生徒も「勝手に机に荷物を置かれた」と供述していたのが気になる。
どうしたら、子どもたちは救われるのだろうか。「子は親に認めてもらいたいと常に思っている。まず親があるがままの子どもを受け入れるべきなんですよ」。良い子とか成績が良いとか、そんな「条件付きの愛情」が最も悪いと中尾さんは話す。
「価値観を押し付ける前に子の言い分を黙って聴く。自立する過程を見守ってやる。操縦席に子ども自身を座らせてあげないといけませんよ。幼児期は、だっことおんぶ。抱いて無条件の愛情を示し、目は合わないけれども背中のぬくもりで信頼感を与えることが出発点ですよ」
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かつては地域社会が子どもを育てた。父親も父らしかったとの声もある。だが「昔の家族に理想をみて、今を憂えるのは間違いです」と話すのは、作家で子育てエッセーも多い鈴木光司さん。「ただ現在は、ちまちまとした禁止事項があふれていますけど」
まるで意味のない校則や公園でのボール遊び禁止など、もってのほかだという。「バイクも、一律に校則で禁止するのではなく、家庭ごとに親の権限で乗るか乗らないかを決め、乗ると決めたなら親がマナーをたたき込むべきなんです。大人社会のルールも知らないまま家を巣立っていく子どもが多すぎます」
鈴木さんによると、大人が責任を取りたくないから禁止事項を増やして住みにくくしているのが日本。生きる範囲を自ら狭める自縄自縛の社会。「冒険心が育つどころか子どもの自立さえ危うくなる」。大人はもっとおおらかになるべきなのでは、という。
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◇10代をめぐる最近の主な事件
4月22日 札幌市内の高校2年女子生徒(16)が、叔母(38)に台所の包丁で切りつける。
6月15日 横浜市内の女子高で、1年生徒(15)が授業中に同級生(15)を刃物で刺して重体に。
6月17日 山口県田布施町の高校で、1年男子生徒(15)が教室で同じクラスの女子(15)に背後から包丁で切りつける。「男子は普段はおとなしい生徒だった」と校長。
7月 9日 兵庫県宝塚市の中学3年女子生徒(15)が、同級生の少女(14)と共に自宅に火を付け、母(31)が死亡。義父(39)と妹(9)も重体。2人はその後に同級生少女宅への放火も企てたが未遂。
17日に取材を受け、27日夕刊ワイドに掲載された記事です。遅ればせながら掲載いたしました。