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大宇宙で命を踊る魂の画家-吉田堅治

2010/08/10(Tue) Category : TV.本.漫画
「生命(inochi)~孤高の画家 吉田堅治」(8月9日NHK)を見た。
以下は、私の身に即して感じた感想である。


■命が道具-------------------------------------------------

「戦争の一切を遠ざけ、絵を描け」―恩師にそう言われたが、兵役志願。
「一億玉砕」(みんな死ね)のかけ声の下、他に道はなかったかもしれない。

しかし、物も智恵もない日本。
命じられたのは、木造グライダーによる戦車への体当たりだった。

「戦車に竹槍」と揶揄されたが、「戦車に木造グライダー」である。
丸腰で弾をグライダーでよけつつ特攻せよ、と? 
……聞いた瞬間唖然とした。

当時、同じ命令を受けた方も思わず絶句したという。
「もっとたくさんの敵を殺したいわけですよ。何でこんな乏しい発想をするんかなぁ…と」

水木しげる氏のところでも書いたが、こんな策とも言えぬ策で命を散らさなければならない無念がにじむ。

そのグライダーの名が、「神龍」。
このような名が付けられることに怒りさえ湧く。



■カオスと向き合う20年---------------------------------------

同期が散っていく中、いきなりの終戦。
美術の教師となるも、生かされた自分は一体何をなすべきか…

彼は、20年間、黒一色の絵を描き続けた。
私の相談者の方の絵も、最初は黒が画面を覆うことが多い。
いろいろな色彩を塗りつぶす黒と怒りの赤…。

自分の中にたまったどす黒い物をはき出すだけで20年かかったのだ。
その間、彼は結婚もせず、自分と向き合い続けていた。

そして、職を捨てて40歳にして単身パリに渡る。
「人生を棒に振るかもしれない」と旧友に言い残してのあてどのない旅立ちだった。

安定した生活の糧を失うことになる。乗り換える船はない。
不安だっただろう。

私も退職したことを勇気があったねと言われることがあるが、勇気があったから退職したのではない。このままここにいては自分が駄目になるという危機感だった。危機感が安定を失う不安を越えたのだ。

そういう自分の体験から、吉田さんも不安を抱えたまま、恐らく日本にいては駄目だという危機感から脱出したのではないかと想像する。

そして、脱出することができたのは、自分と向き合い続けて背骨を作ってきたから。また、全部ではないけれど、動くことが出来るまでに心のコップの気持ちを出すことが出来たから。この二つがあって、人は動くことができる。



■「理」の世界-----------------------------------------------

吉田さんは日本というハラスメント界(胎内)を飛び出した。
操られていた虚構の世界から、自分の思いで動ける現実の世界へ。

彼は、まず失った色(現実)を取り戻さなければならなかった。
色彩感覚を学ぶため版画の世界へ。

でも、黒一色の作品ばかり。
彼は、すべてを吸収する黒とすべてを発散する白―両極の世界を極めなければならなかった。

過酷な運命にあった人は、自分なりに両極を極めようとするように思う。
理(ことわり)がつかなければ、理不尽を払拭できない気がするからだろう。

色を付けても、後から黒で塗りつぶしたりしていたようだ。
人は自分がされたことをなぞっていく。理解するために。



■「情」の世界-----------------------------------------------

変化を見せ始めるのは、結婚してからだ。
「理」で追究していた世界に「情」が通い始める。

胎内を出るくらいの背骨は出来たとはいえ、まだ現実世界で生きていくための背骨はない。人は誰しも、自分の生まれ育った山河がよりどころとなる。
彼は、精神のよりどころを般若心経に求めた。

自ら嫌って飛び出してきた日本。そして、自分が日本人であること。
そこに立ち戻るしかなかったのである。

そして、それができたということは、日本への囚われから抜けたと言うことでもある。そして、日本への囚われから抜けることができたのは、妻という、日本以外に自分を受け入れてくれる存在ができたからだろう。

そこに転機の作品が誕生する。
「侍」

彼は、自分の中に確たる刀(魂)を帯刀できたのだろう。



■「自分」を得る----------------------------------------------

自分の背骨を得た吉田氏に怖いものはない。
ハラスメント界日本に帰ることができた。

そして、3ヶ月の滞在で「金」と出逢う。
金色は、黄金に光り輝く魂の色だ。
これこそが、「自分」だ。彼は自分の魂の色を発見した。

彼は、自分が生まれた国(黄金の国ジパング)で、「自分の色」と出逢った。
ふるさとに、自分の色があった。

自分の色を見出した吉田さんは、『自分の内面を見続けてきたことを外に向かって表現する』ためのコアを得、まさにビッグバンのごとく3000点に及ぶ作品を生み出していく。



■「生死」を超える--------------------------------------------

彼を支えてきた妻ひろこさんが65歳の若さで亡くなったとき、彼は心に生き続ける妻の存在を感じた。それほど、互いを信頼し合った夫婦なのだろう。

それまで、彼にとって生死は対立であり、死は敵だった。
しかし、「実体は見えないが存在する」ことを感じたとき、生死の境はなくなって渾然一体となり無限になった。



■「時」を越える----------------------------------------------

ひろこさんが亡くなって3年後、彼は友人の故郷メキシコを訪れ、古代のエネルギーと出逢う。リズムある原色の世界が彼を迎えた。

彼は、時を超え、大自然と、いや宇宙と出逢ったのだ。
吉田氏の絵を見て感じるのは、大宇宙で命を踊るたくましき魂とリズム。

殆どの作品が「La Vie(いのち)」と題されているのも、それ以外にはつけようがないからだろう。「魂の画家」という呼称もその通りだなぁと思う。

イギリスは物質文明も行き着いちゃってるけれど、それに対抗するように精神世界も進んでいるからね。なんと大英博物館から個展の依頼が来た。

世界最大の大英博物館。そこで、存命中の画家が個展を開催することはなかった。その“初”の個展に吉田氏が選ばれたのだった。それは、彼の絵を「美しく感動的でさえある」と言い、なんとしても世界に広めたいという博物館の担当者の熱意だった。

折しも、パリに渡って30年。個展が開かれたとき彼は言った。
「やっと、戦後が終わった」



■「祈り」---------------------------------------------------

ここまで到達した人が、後に残す物は何だろう。
あとは、穏やかな祈りの日々…?

吉田氏は、「人間は祈りの姿が一番美しい」と語った。それは、神との対話の時。そして、「平和こそ最高の美」であると。

だから、彼は「祈る場」を創った。
「世界平和への祈りの空間」

西洋の伽藍の中にできたそこは、魂の躍動する宇宙。
そこは、吉田さんが宇宙の平和を祈る両手の平の中。

祈る内に包まれ、エネルギーをもらえそうな空間が、そこに現れた。
彼は紛れもなく、空間を創造したのだ。



魂の見事な旅を見せてもらった。
静かな感動が胸の内にある。







*「日本」を自分を苦しめてきた源家族(親)、吉田氏を理不尽な思いで苦しんでいる子と置き直してみると、多くの方が同じような苦悩を経て行かれることがわかると思います。彼の生き様は、とても参考になりました。

水木しげる、ジョー・オダネル、吉田堅治-3人の人生から感じたこと

いのちと平和 画家 吉田堅治 ホームページ




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このブログ、ありがとうございます!

中尾さん、はじめまして。
私も吉田さんのドキュメンタリーを見、とても感銘を受けました。といっても本当に偶然の事でテレビをつけたらやってました。実は私の父がひょんなことから吉田画伯と知り合い、仲良くさせていただいたようで、よく父から吉田さんのことを聞いていました。私も日本を高校卒業後飛び出し、ベーシストとしてアメリカのナッシュビルなどで活動してきました。とうとう吉田さんにはお会いできずじまいでしたが、父、母、そして妹は吉田さんを訪ねてパリに行き、特に母などはいわゆるパリの観光名所に案内してもらいたかったけど、吉田さんは通な、地元の方しかいかないような所につれていかれ、ちょっと戸惑ったなどという逸話を聞きました。

本当に偉大な、そして素朴な方でした。中尾さんもこれからもよいブログを書き続けてください。

とりあえず連絡まで

加藤

 
    
 
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