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「トイレット」―偉大な本物の自己本位

2010/09/19(Sun) Category : 映画
さほど広くない部屋に閉じこもったまま出てこない。
外から呼びかけても沈黙して返事なし。

いつも端然とすましてそこにいる。
だから、そこにいるのはわかっているのだが、
用事がなければそこには行かない。

しかし、切羽詰ってそこに行き、
真剣なまなざしで正面から向き合うと、
黙って開いて暖かく受け止めてくれる。

“日本の偉大なテクノロジー”ウォシュレットの話…

いえ、
日本から来た偉大な“ばーちゃん”の話(^^)。



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王様だろうが、
道端を住処にしている人だろうが、
はじけてる人だろうが、
こもっている人だろうが、
体に障害があろうが、
心に病があろうが、
それがどんな人であろうが、

トイレの前では、
ただの人。


―そんな“ばーちゃん”



そして、
何事であっても、すべてを受け止め、飲み込み、
何事もなかった顔をしている


―そんな“ばーちゃん”



でも、
深いため息をつき、嫌なことは態度で表し、気に入ったら深夜でもテレビを見、自分が好きなタバコは人にも勧め……まぁ、猫のように自由な“ばーちゃん”。

偉大な本物の自己本位。



----------------------------------------------------------
その“本物”に触れて、
3人の子どもたちは、それぞれ本当の自分に目覚めていく。

復活し、
本当の自分を知り、
「私はフェイク(ニセモノ)じゃない」と挑戦する。

見た目はどうでもいい。
真実がどうかもどうでもいい。
思考や言葉もどうでもいい。

子どもたちは、それぞれの立場で“本物”とは何かに気づいていく。
それは、「人間」であること。


一見かたくなに見える“ばーちゃん”の本質的な自由に触れ、
それぞれが執着から解き放たれていく。

そして、しがみついていたものから離れ、自分自身へと回帰していく…。

自らは何もしないけれど、そこに存在しているだけで周りを活性化していく触媒―そのような“ばーちゃん”。




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しかし、この物語の語られない背景に、そこはかとなく思いを馳せるのです。
現在の日本における第一世代であるばーちゃん。時代に翻弄される中で、「自分であり続けること」が精一杯の闘いであったかもしれない。

だから、娘は外に居場所を求め、同じように愛を得られない子に目をかけたかもしれない。そして、死期を悟ったとき大金を使ってばーちゃんを探して呼び寄せ、親子の愛情を確認したかったのかもしれない。

母の心が、ずっとそこにはいない祖母に向いていたため、子どもたちはそれぞれの“形”で自分を守っていった。母亡き後に取り残されたのは、母が向かい続けた祖母と、それがゆえにバラバラになった子どもたち。

つまり、この映画は一家離散という最大のクライシス(危機)から始まった。
親子の関係と祖父母と孫の関係は異なる。親子のしがらみが祖父母と孫の間にはない。そして、亡き母に導かれるように感性のある孫からばーちゃんへのアタックが始まる。

一人が突破口をあければ、二人目が続き…、孫たちの初々しいアタックによってばーちゃんの心も解きほぐされていく。若さがまぶしい。あぁ、ばーちゃんも救われているなぁと思う。そして、三人目。ばーちゃんの方から動く。ギョーザを作るという、自分ができることをして。

こうして信頼関係が出来上がっていき、孫たちの心の中にばーちゃんの存在がしっかりとした形になっていく。得体の知れないばーちゃんに3人が取り組むことにより、3人はばーちゃん(本物の自己本位)を共有していく。そこに、本物の絆が生まれていった。

ここまで信頼関係が築かれれば、あとは名を呼ぶだけでいい。
人生最大の危機のとき、ただ大きな声で我が名を呼ばれる。
その声に、自分の中に育った本物の自己本位が呼応する。
自分という存在が、地に足をつける。


ただあるだけの存在同士のスパーク。
すべての人がいとおしい。

そして、ここに登場しない母親の愛情が
この映画全般に流れているのを感じて
なぜか、
涙が出るのです




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みんなでギョーザを皮から作ったことは、宝になるだろうなぁ…。
私も、幼き日に母と妹と3人で薄力粉(?)をこねて伸ばして、思い思いに型抜きしてドーナツを作ったことが、暖かい思い出となっています。

料理をみんなで作る―幸せの原点がそこにあるような気がします。



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そうそう、“日本の偉大なテクノロジー”ウォシュレットと、日本から来た偉大な“ばーちゃん”が一緒になりましたね。
これからも、子どもたちの生活をしっかりと支えていくことでしょう。


また一人、モデルとなる存在を心に置くことができました。














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