プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
04 ≪│2017/05│≫ 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

「ゲゲゲの女房」が見せてくれたホンモノの人間たち

2010/09/25(Sat) Category : TV.本.漫画
毎朝8時。
それから15分間の幸せタイム。

毎日、なにかしらにうるうるしていた。
最終回の今日は、涙涙…。

印象に残るのは、村井茂のカリカリ姿(絵を描く後姿)。
そして、村井布美枝の笑顔と見守る姿。

彼が、ただひたすらに好きな道を歩き続けることができたのは、
「いつも横を向けば君がいた」から。


いきものがかりの「ありがとう」の歌詞にも

“あなたの夢”がいつからか
“ふたりの夢”に変わっていた

とあるよね。二人が手を携えて同じ方向に向かって歩き出すと、とても強い。たとえばレノンとヨーコもぶつかり合い、お互いが女の葛藤、男の葛藤を知った。それぞれが孤独になり、自分と向き合わざるを得なかった。その過程が、それぞれに本当の強さを身につけさせた。ヨーコは言う。【「ジョントヨーコ ラスト・インタビュー」より】

『ふたりの人間が一緒にいれば、他の人に手出しはできないわ。とても強いパワーなの』
『ふたりの人間が一緒に祈ったり、願ったりする力はとても強いのよ』
『ダブル・ファンタジーよ』

レノンも言う。
『ふたりが本当にひとつになれば、誰にもマネできないようなことができるんだ』


それは、自分と向き合うことを乗り越えて再び一緒になったからこその強さなのだろう。『素直に行動すると天からご褒美がある』の記事で、数々の妨害にあったその方を救ったのは、いずれも男女の二人連れだったことをふと思い出す…。




---------------------------------------------------------------
イトツ・イカルコンビも
源兵衛・ミヤココンビも
みーんなデコボココンビ。

怒鳴ったり、すがったり、押しかけてきたり、子や孫を手足にしようとしたり…そう、いわばハラッサーだよねぇ(^^;)。

しかし、何が違う?
そう、みーんな気持ちを隠していない。
お願いすることも、謝ることも、きちんと口に出している。

だから、あ、そうか、とあとくされがない。


それに、コンビだけではない。
家族中が、親族中が、そして近所の人々が気持ちをフォローしあっている。それぞれがどこかデコボコしているからこそ、助け合っている。皆が自分をさらけ出して等身大で生きている楽な空間がそこにある。


とはいえ、もし布美枝さんが他人と自分を比べていたら、不満と愚痴の日々だっただろう。そのとき布美枝さんは茂にとって負担となり、今の姿はなかっただろう。

私が布美枝さんであったなら、売れない漫画ばかり描いて引きこもっているようにしか見えない夫など愛想尽かししていたかもしれない。しかし、その夫の漫画を描く背中が本物だったからこそ、土手の野草を食べる極貧生活もしのいでいけたのだと思う。

茂が布美枝さんを首の皮一枚のところでつなぎとめることができたのは、漫画を描くために地獄から奇跡の生還を果たしたその迫力が本物だったからだろう。



このドラマを見てつくづく思うことは、本物とともに過ごすことの贅沢さである。茂も布美枝さんも、ともに本物。だから、お互いが贅沢。とても豊かな人生だ。

いくらおカネがあったとしても、どんなにモノを持っていても、自分を取り巻く人間がニセモノばかりだとしたら、私はそこから逃げ出すだろう。一度しかない貴重な人生、ニセモノと過ごす時間はない。

本物って?
ただあるがままの自分であること。
茂も布美枝さんも自然体だ。



『もう ニセモノにはうんざりだ
 ぼくは ホンモノがほしいんだ
 ホンモノだけがほしいんだ』 (by レノン)




---------------------------------------------------------------
何事かをなす必要はない。
何を残す必要もない。

「おとうさん、みんな笑って過ごしてるよ」

そう言ってもらえば、本望だ。

川の土手を親子4人が自転車で散歩している、あのシーンがとても好きだ。



そして、どの人も自分だけの力では生きていない。
自分はたくさんの人に、また見えない力に支えられて生きているということがわかれば、今ここに生きているという奇跡に感謝せずにはいられなくなる。

水木しげるは、その見えないものを形にしようとし続けた。
それは、見えないものに救われた感謝でもあったのだろう。

「見えんけど、おる」

最終話で出てきたこの言葉、とても大切な言葉だと思う。












ありがとう。












精霊に守られた人―水木しげる伝
「総員玉砕せよ!」―国から「死ね」と言われた若者から、親に「死ね」と言う若者へ
水木しげる、ジョー・オダネル、吉田堅治-3人の人生から感じたこと
自分であり続けること




関連記事
 
Comment1  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

真夏に自転車で移動をしていた時、熱中症のような症状になってしまい、ちょうどそばにあった神社で休んだことがありました。

敷地内の雑木林のようなところで木々を眺めながらぼーっと考えごとをしていたのですが、ふと考えている内容によって木の見え方が違うような気になりました。

普段木々はきらきらしていて生きているなぁという感じがするんですが、不穏なことを考えているときらきらが全然みえなくなってモノのように見えるんです。

ちょうどそこにコンクリート製の電信柱が一緒に立っていたのですがそれと同じモノに見えました。

ちなみに不穏なことというのはIP的思考なんだと思います。

木々がコンクリートとか鉄とかプラスチックとかそういうものと同じように見えているこの状態なら何のためらいもなく木々を切れるなと思いました。

自分は霊とか妖怪とか妖精とか天使とかそうういうものを見ることはできませんが、なんかあるなとは思います。上記を見えているに分類するのであれば見えているのかもしれない。

この記事をよんでふとこの出来事が頭に浮かんだので書いてみました。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード