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「ゲゲゲの女房」大ヒットが示した日本人の望み

2010/09/26(Sun) Category : TV.本.漫画
*以下は、「ゲゲゲの女房」公式サイトからピックアップしたメモです(いずれネットから消えるでしょうから、その前にと)。


★脚本 山本むつみ---------------------------------------------

『どん底の貧乏生活時代も、売れっ子になってからも、「女房」の生き方はブレません。身の上に起きることをあるがままに受け止め、「お父ちゃん」と一緒に、毎日を精一杯生きています。普通で自然体で、それでいて腹の据わった生き方の力強さに、私はほれてしまいました』

『「ゲゲゲの女房」の脚本を手がけるには、私がこれまで生きてきて考えたこと、出会った人たちから学んだことなど、自分の人生のすべてを投下しなければとても太刀打ちできないと思いました』

『水木先生のご著書をはじめ、資料となる本を200冊以上読みましたが、それは、時代と人物像をしっかりつかまないと、この物語を書き進めることはできないと思ったからです』

『最終週は、泣きながら書いていました。ドラマの展開に自分自身が心を揺さぶられていたからなのか、この週を書き終えると1年以上描き続けたドラマの世界から離れなければならないという淋(さび)しさからなのか、よくわからないのですが・・・』

『人の半生をドラマにすることは、いろいろな人との出会いと別れを描くことでした。書きつづっていく中で、今は自分の側(そば)からいなくなってしまった人たちも消えてしまったわけではない、目には見えないけれどずっと支えてくれている。そんな、死生観のようなものと向き合うことになりました。
まさにドラマで繰り返し語っている「見えんけど、おる」という感覚で、水木先生がおっしゃっている「何かの力で生かされている」という言葉の意味を実感できた気がします。

目には見えない多くの力で人は生かされている。亡くなった人の思いや去って行った人との思い出など、それらすべてが生きる力になって人を支えている。自分は26週かけて、このことを書きたかったのだと強く思いました』



★演出 渡邊良雄-----------------------------------------------

『ナズナの花のような人―誤解を恐れずに言えば、ヒロイン・布美枝はそんな女性です。このドラマの中で、布美枝が庭の片隅で人知れず咲くナズナの花を茂の部屋に飾るという描写が出てきます。茂が布美枝のささやかだけど、あたたかな心遣いに触れる、二人の距離が縮まっていくエピソードです。地味だけど可憐なナズナの花が、苦しい生活の中でも前向きに、日常のホントに小さなものに幸せを見いだしていく布美枝、まさにその人自身と、重なって見えるような気がしてなりません』



★音楽 窪田ミナ-----------------------------------------------

『布美枝さんが生まれた島根県は、妖怪をはじめ“見えないもの”が登場する昔話や神話が数多くの神話が語り継がれている場所です。
また、アイルランドは妖精の本場であり、数々の伝説が残る土地です。そこでアイルランドの民族音楽である、ケルト音楽を今回の曲作りのエッセンスにしようと考えました。

島根とアイルランドは、遠く離れた場所ですが、“見えないもの”と人が共存している考え方が、人々の暮らしに根付いているという部分では似ています。ですから妖怪のイメージを表現するためのエッセンスとして、ケルト音楽を使えば、今回のドラマにきっと合うだろうな、と。』



★チーフプロデューサー 谷口卓敬-------------------------------

『「ゲゲゲの女房」のヒロインは、これまでの連続テレビ小説の主人公と少し違います。ひと言で言うと、「ただ、そこにいる」。

夢や希望に向かってがむしゃらに努力したりせず、来るものすべてをただ優しく受け入れて、いま、ここに生きている。それだけ、といえば、それだけの人。発信型ではなくて、受信型。それが特徴です。

そんなヒロインのあり方が、豊かな生き方のかたちであることを伝えたい。それがこのドラマの一番のポイントです。」

『漫画家の夫との貧しい暮らしに苦労は尽きないが、目に映るもの、心に感じるもの、そのひとつひとつをヒロインは楽しみ、心豊かに生きている。物質的な充実ではなく、満たされた温かい気持ちを胸に生きることの素晴らしさを知っているヒロイン。そんなヒロインを造形することが、このドラマの大きなねらいです』




【感想】-------------------------------------------------------

これだけを見ても、実に多くの渾身のエネルギーがこめられているかがわかります。それは、どのドラマや作品にも共通するでしょう。では、なぜこのドラマが、世代を超えてこれだけ多くの人に愛されたのか。

一つには、祖父母の世代も私たち父母の世代も、これまでの半生をその時代風景に重ねることができたからではないでしょうか。懐かしい光景、等身大の自分がそこにいるようでした。昭和を知らない若い世代も、貧乏、漫画という共通語でひきつけることができたと思います。

そしてもう一つは、モノはあっても人とはつながれず、心貧しき時代に倦んだ人々が求める「本当の豊かさ」を提示したということです。社会システムのロボットとはなりえても、人としての生き方がわからなくなった現代に「生き方モデル」を提示してくれました。

貧乏は恥ずかしいことでもなんでもない。
モノはなくても生きていける。
ぺんぺん草でも食っていける。
人目など気にしなくていい。
「ただ、そこにいる」だけでいい。
マイペースで生きればいい。

―それらのことを、ドカンと提示したことにとても大きな意味があります。比較競争社会、消費(を強制される)社会に疲れて生きあぐねていた人たちにとって、大きな道しるべとなったのではないでしょうか。

時代の枠組み(価値観)が大きく転換しようとしている今、この番組がヒットしたということは、見せ掛けのニセモノからホンモノへ、見栄えるものから見えないものへ、モノから心へ、競争から共生へ、何かを成すからあるがままへ、という大きな流れがあることを証明して見せました。伏流水が、番組によって表に現れたようなイメージです。

それにしても、出雲、ケルト…また出てきましたね~。

(ご参考↓)
ケルトとヤマト
瀬織津姫物語






それぞれの人に、おだやかだけれど一歩一歩踏みしめていくような、新たな旅立ちの風が吹くといいなぁ…。






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