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「書く」=「出来事を再構成する」ということ

2010/10/23(Sat) Category : 私の姿勢
一つの出来事はとても多面的ですが、時代的枠組み、社会文化的枠組み、地域風土的枠組み、家族価値観的枠組みで捨象され、矮小化されていきます。最終的には、個々人の人生脚本の枠組みによって解釈されます。

いわば、時代のフィルター>社会のフィルター>地域のフィルター>家族のフィルター>人生脚本のフィルターと、いくつものフィルターを通すうちに出来事の多面的な側面を次々にそぎ落として一面的に出来事を見、生きているわけです(これほどのフィルターがあると個々人はバラバラにされますので、不安が内在化するのはある意味当たり前かもしれませんね)。

そのため、時代により、国により、地域により、家庭により、ものの見方が変わってくるわけですが、同じ空間にいて同じ出来事を経験しても、一人ひとりの脳内現実は全く異なってくるわけです。


システムズアプローチはこれらの時空を視野に入れますから、世代間連鎖をたどるカウンセリングは、気づきとともにこのフィルターを取り払っていく過程となります。

一つ気づけば一つ解釈軸が増え、その分視野が広がるわけです。解釈軸が増えるということは次元が増えるということ。一つの出来事のとらえ方が多次元になっていくということ。つまり、気づきが深まれば、その人自体が多次元的存在になっていくんですね。

(肉体という枠に囚われていると多次元というのは想像しにくいですが、仮に肉体のない意識だけの存在になったと想定した場合、一面的なことに執着している魂と多次元を理解できる魂とでは、その存在する場が異なりそうです)



------------------------------------------------------------------
さて、私たちは出来事の連続の中で生きています。一つの出来事のとらえ方自体が上記のように限定されたものですが、連続する出来事の中で何をピックアップし何を捨象しているかも、その人の脚本の中で行われています。ですから、同じ空間の中でも一人ひとりが異なるストーリーを歩いているわけで、同じ現実であっても幸せを感じる人と不幸を感じる人が混在することができます。

(つまり、生きているということ自体が事実を再構成しているということなのですが、ややこしいのでおいておきます)

上の()内はおいておいて、「書く(記述する)」ということは「出来事を再構成する」ということですね。つまり、出来事は書かれた時点ですべてフィクションとなります。特に公表されるものの場合は、そこに何かを伝えたいという目的がありますから、その目的に沿ったものだけを取り上げて構成しているわけです。

このブログは、すでに何度も書いている通り、自律に向かうためのヒントを提供するために書かれています。相談者の方からご承認いただいた事例も私個人の事例も、その観点で貫かれていますから、多面的な出来事のうちの余分な情報は書かれていません。

しかし、以前も相談者の方の事例の中で、当事者にしかわかりえないことについて場外議論があったことがありました。それは土足でその人に踏み込んでいくようなもので、事例を提供された方に対してとても失礼なことです。全体を知らないまま切り取られた部分を元に主張がなされているからです。

ですから見当違いのものばかりだったのですが、議論をされている方は、それをきっかけに自己主張したいのだということがよくわかります。『当ブログの「場」の機能』にも書きましたが、自己主張はご自身の場でしてください。

さて、今回のことを機に、私は自分を大事にしていないことに気づきました。匿名の事例ではなく、私の事例を出すということは、そこに登場する人をリスクにさらすということです。私が切り取ったフィクションであるにもかかわらず、そのパートがいいように解釈されて一人歩きしてしまうからです。メディアというものの限界を感じます。やはり、個別面談で一人ひとり対応していくしかないのでしょう。

というわけで、最近の記事も含め「家族小景―両親」のパートは削除したしました。





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こちらのブログを知った時はすがるきもちで見ていました。
何もかもが主観的で感情的に反応してしまっていました。

その内にここに書かれていることはヒントなんだと気付き、外部に目を向け内部に目を向け
えらく時間はかかりましたが少しずつ現実が見えてきました。

今は客観的に見させてもらっています。
なのでコメントも客観的に見ていましたが、今回の件は色々な面で勉強になりました。
ありがとうございました。

 

自分を大事に生きます☆☆

「自分を大切にする」というとても大切なことを
気づかさせていただけたことに感謝しています。
わたしも時として、自分と同じように苦しさを味わっている人たち、特に若者や子どもたち、母親に出会うと、
力になりたいとの思いから、自分のプライバシーを開示してきました。
ほんの少し前もそれをやろうしていました。
でも、どこかにひっかかりも感じてはいたんですよ。
中尾さんのブログで、我に還ることができました。
わたしを粗末にすることって、なかなか
気づきにくいことなので、気をつけようと思います。
いい経験になりました。
ありがとうございます。

 

私は、
たった2行の短い 内容の無い 
中傷の荒らし目的と思えるコメントが、
消されても 即、再度投稿されてるしつこいのを見たので、
それがとても嫌でした。
見てない方もいると思います。

ところで、
今回、私が学んだのは、記事の中での
壁になる、ハッキリと断る意思表示をする、という部分でした。

自分の問題点を他に流出させようとしてるとき、受け入れずに壁になる。

これは、恨まれたり、怒りを出されたりを覚悟の、
信じて、ただ幸せを願う行為。

自分が見返りを求めずして、相手を認め最大に尊重する。
無条件の愛って、これかな・・・と響きました。

私は、以前、カウンセリングで先生に壁になってもらったんだ。

当時、認めてくれない、スルーされた、等、先生にブーブー言ってました。
辛かったから。

現在は、
相談者の力を認めているから、
越えられると本気で信じているから、跳ね返してくれたんだ・・・と思えます。

こんなに大事に扱われたことは無いことでした。
ありがとうございました。

子供を叱るのも壁になることなんですね。

 

なんか気になりました

 記事やコメント数が大量で一つ一つも大きいので、
要らない部分が処分されたのならありがたいですが、
私のコメントも失礼で迷惑な自己主張だったのか、
自分のブログでも同じようなことをしてきたので、
これでよかったのかあれこれ悩みました。
そしてやはりこんなふうに親の害をさっぱり削除できたら、
親の毒消しできればよいなと思ってしまいました。
これも余計な自己主張なのですかね。

 

よくあることとはいえ・・・

全体がわからないのに
パートだけを見て、それだけで
どんどん話が進んでいって
こじれてしまう・・・

あり得ることとは言え、
書いたことに対しモチベーションが
下がる事態ですね。

自分の事例などを書くときには
こうしたことが起こることも
一応想定には入れてお
きたいですね。

 

ちょっと来ない間に何が・・・?

20日前後に記事があったのですか?
なぜか嫌な感じがして来なかったんですが、ある意味、良かったのかな。

あ、一つ二つ読んだ記憶がよみがえりました。これかな。
どんな内容だったのか気になりますが、中尾さんがお辛いのは嫌ですので諦めます。
ネット上は不特定多数の人に開かれていますので、どうかご自愛ください。

私もけっこう過去にコメントを書き込んでいるのですが、なんか傷つくことを書いていたらごめんなさい。

なるべく気を使ってるつもりですが、どんな時でも違和感があった時は違和感があると言うように心がけているので、お気に触るような内容になっているかもわかりません。
私が考え足りず、でもそうと気付いていないときもありますから。

 

コメントを書く際にコメント欄の一番下まで来なければならなくてその際に否が応でもコメントは見えてしまうので先日の記事のコメントはちょっと嫌だな、と思いました。

もし中尾さんが対処を行わなかったらまたあるんじゃないかとどこか警戒していたと思います。
だから個人的に少し安心しています。

実際にあった事例は本当に得るものが多いので読みたい気分は山々ですが、それで中尾さんにマイナスのモノが与えられることは望みません。

 

ここに来る人はみんな心のバランスを取ろうと懸命に生きている真っ最中。
自分を大切にしようとする人に強烈な嫉妬を覚える時もまた、大きなチャンスなんだろうなぁ。

自律したい。やっぱりこのブログが好きです。だって歳が大人になってしまうとその方法を誰も教えてくれないから!ほんとに!
親に会うとき「表現者」か「メッセンジャー」(でしたっけ??ああ忘れてしまった‥)のこと、とてもタイムリーでしたので落ち着いてゆっくり読みに来たら、ちょっと残念。でも、過去記事もたくさんあるし大丈夫!
利益利益な時代でも惜しみなくお持ちのことを公開して下さりありがとうございます。私もそうありたいです。

 

大変失礼な悪意のコメントがあれば、こうするしかないんですよね。

少しでも進みたい 気付きたいと悩む方々のために、
解るよう響くよう細かい事情も出せるから、プライベートを書いて見せてくださった。

ここまで自分を提供して下さりご家族も同じ思いで了承してくださるなど、なかなか無いです。
真面目に回復を求める人たちへの厚意と応援の心なのに。

名無しの批判目的の悪質過ぎるコメントで限界となってしまった。
読者は怒っていいと思います。

 

残念です

今回の話は自分にとっては非常に参考になるものだったのでとても残念です。

私の両親も共に昭和一桁生まれ。金婚式もとうに過ぎていますが、50年間本当に何をやってきたのだろう。
二人が互いにもっときちんと向き合いさえすれば、子どももさることながら、何よりも本人たちが幸せであったのに。
悲しいかなその能力がなかった。
祖父母たちが両親をどんな風に育てたのか、私には想像もつかない。

元記事はなくなってしまったのに、つい自分の思いを書いてしまいました。

 

そっか。。

先生の生身の体験談に、随分とパワーを頂きました。
削除記事は、残念だけど、しょうがないのか~。 
先生も日々変化しているということ、「先生」として「先行く人」な感覚だったけど、人として共に歩んでるんだなぁと、今回私は感じました。^^

 

うーん…1つのカテゴリが減るのはとっても残念です。中尾さんの考え方も参考になってたし楽しみに拝見してたので。。

勝手な解釈と妄想はIメッセージじゃないですからね…。

またいつか記事を読める日を楽しみにしています(^^)

 
    
 
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