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中尾英司

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私が信じるもの

2010/10/28(Thu) Category : 私の姿勢
■形而上の世界と形而下の世界-------------------------------------

以前、『私の生きる姿勢』を書きました。

そこで、私が体験した大きく区分すると2種類の事例を挙げました。
一つは、超現世的な“現実のメカニズム”の事例
一つは、超循環的な“現実の仕組み”を創った事例

前者は、現世の魂同士の意識を超えた連携、時空を超えた連携、亡くなった命との連携、人間と動物など生物種を超えた連携など、表面から見てもわかりえない連携を挙げました。

後者は、メンバーの意志が全体に反映される組織のあり方、メンバーが主体的に生き生きと動ける組織のあり方という、きわめて実際的な事例です。

片や形而上(かたちなきもの)の世界。
片や形而下(かたちあるもの)の世界。

この二つの世界はとてもかけ離れているように見えます。
でも、連携し循環しあっているという点で、この二つの世界は同じなのです。




■形而上では“在る”ものが、形而下では“無い”--------------------

もっと言えば、
前者は個々人の体験として既に在りました。
後者は私が作らなければ在りませんでした(少なくとも私の会社では)。

つまり、形而上では“在る”ものが、形而下では“無い”のです。
そして、形而下に耳目を奪われ(るように仕向けられ)て生きる私たちは、そこに無ければ在りえないものとして生きる人生態度を身につけます。それが自分の可能性や枠組みを狭めていることに気づかないままに、それが“現実”だと思い込んで鉢形水槽の中のような窮屈な生を生きていきます。そして、

「所詮、世界(社会、世間、会社、学校…)はこんなものだ」
「夢では食べていけない、現実は厳しい」
「自分ひとりあがいてもしょうがない」

という言葉が、いかにも“現実的”に聞こえるようになります。

そのうち、
『世代の壁、性別の壁、組織感情の壁、レッテルの壁、プライドの壁、思い込みの壁、不作為の壁、こうあるべきという価値観の壁、仕事に感情を持ち込むなという常識の壁……あちらもこちらも私達のまわりは壁だらけ、のように思えます。そして、そう思うことがいつの間にか私たちの心の中に「あきらめの壁」を作り上げ、思いや行動から自由を奪っています。あなたも「あきらめの壁」に囲まれて、「言っても無駄だ」「やるだけ損だ」と自分に理由を言い聞かせ、しかし、なにかもやもやイライラとした眠れない日々を送っているのではないでしょうか。』
【「あきらめの壁をぶち破った人々」前書き】

私が創った仕組みも、それまでは“在り得ない”ものでした。だから、“可能性の無い現実”の中で、上記のように自らが自分の周りに「あきらめの壁」を作り上げて、みな無意識に自己限定して鬱々と生きていたのです。

が、その組織が生まれた(現実的に存在した)瞬間から、人々は火がついたように活き活きと生き始めました。このように人も組織も変わることはできるのです(難しいのはそれを維持すること)。


いかがでしょうか。
一般的には、形而上の世界はなく、形而下の世界のみがあると思われています。でも現実は? 形而上にあって形而下にはないことがあるのです。
形而下に存在させるためには、あなたが囚われから脱出し、「あきらめの壁」をぶち破ればいいのです。

あなたが、「見えるものしか信じない」という“見えない枠”に囚われていることに気づき、自分を本当の自由の中に置いたとき(ただし、そこに至るには“不安と孤独の試練”を乗り越える必要がありますが)、あなたは「自分自身で在る」という安息を手にします。そして、それ自体が“自由”であり、“無限の可能性”なのです。




■感情という合理的なものが、見えない世界への入り口----------------

「見えるものしか信じない」というのも“見えない枠”の一つですが、このように無意識に自分の周りに“見えない枠”を張り巡らしている人はたくさんいらっしゃいます。

それは、不安だからです。枠があったほうが安心します。不安を見ない、不安から逃げ続けると(無意識に)決めた人は、これまでも多々書いてきましたが、ルール、思い込み、レッテル貼りの人生を送ります。
ですから自分の感情をも信じていません。


つまり、現世的には見えないものの代表である「感情」―この感情をどこまで信じることができるのか。そこが、見えないものへの入り口となりそうです。

感情の世界を知れば知るほど、感情とは合理的なものだというのが実感です。以前も書きましたが、ユングが感情を合理軸においているのも、その通りと共感します。

実際に、感情にフォーカスすることで、私はある会社の優れたビジネスモデルを見出したことがあります。ある立場から見ると無駄にしか見えないものこそが、別の立場から見るとその会社の生命線でさえあったのです。

6色ハット活用の実際事例(議論)
6色ハット活用の実際事例(結果)
6色ハット活用の実際事例(解説)

現代は、きわめて矮小化された合理性にとらわれて、上記のように大切なものを切り捨てて苦しんでいる文明です。もっと言えば、私たちは自らの手で上記のように次々と「生命線」を断ち切りながら、もはや逃げ場のない袋小路(価値閉塞系)に追い込まれているといってよいのかもしれません。

すべてのものは開放定常系として創られていますから、価値閉塞系は消え去る宿命にあります(卑近な例では、価値閉塞系となった会社がつぶれていくのを多々見てきましたね)。
この閉塞状況を生み出だしたのが人間の意識ですから、この状況を打開するのもまた人間の意識です。その鍵を私たち一人ひとりが持っているのです。




■信じるものは生きる姿勢------------------------------------------

さて、私たちはそのようなつたない価値観の世界に生まれてきます。
そこは人を道具にするハラスメント界ですから、「思考」が、そこに合致した世界観に染め上げられるのも、ハラスメント的手法が身についてしまうのも、いたし方ありません。

しかし、開放定常系である「肉体」や、合理的である「感情」は苦しみます。それは、人間のつたない理性(思考)で作り上げた世界が価値閉塞的で非合理だからですね。ですから、心身に症状のある人は“まとも”なのです。おかしくなってしまった社会に従うのではなく、あなたの心の声や体の声に従ってください。


そして、自分がおかしいのではなく、周りがおかしいのだと気づいた人は、ハラスメント界(深海)から自律界(海上)に向けての離脱を始めます。

このとき、あわてて浮上すると潜水病になって死んでしまいますので、少し浮上してはそこで体をなじませ、また少し浮上してはなじませ、ということを繰り返して、ようやく海上に顔を出すことができるのです。
深海から浮上するときの留意点

深海にいるとき、および浮上の途中でさまざまな依存行為が行われますが、それもまた自分を救う意味があります。
17、神社、パワースポットの留意点―すべての行為には意味がある

ですから、いろいろな依存があり、いろいろな病名があっても、それらのレッテルは私には一切関係ありません。さまざまな感覚、無感覚、第六感、激しい感情、無感情、感情の分裂、幻覚や幻聴、乖離……すべてのことは、必要があってそうなっています。だから必要がなくなれば、その症状も消えます。そうなっているときに診断名が付く―ただそれだけのことに過ぎません。

下図で言えば、深海(ブラックホール)にいれば症状が重くなり、海上(ホワイトホール)に近づいていくほどに心身ともに健康になっていくだけのことです。

jiritu-kyoizon4


私たちは、いつでもどこからでも、この上下どちらの方向にも行くことができます。沈み続けていたのが底をついて上昇に転じることも、上に向かっていたはずが反転して落ちていくこともできるのです。

そういう中で私が支援するのは、その人の「姿勢」です。上図の『自律への向かう方向』を持った人を支援しているわけです。その人が、現在ホワイトホールにいようがブラックホールにいようが関係ありません。

国籍? 性別(男女の間はグラデーション)? 年齢? 経験? 思想・信条・信仰? 現世的な地位や肩書き? 金持ち、貧乏? 健常者、病人? スピリチュアルかそうでないか? ……一切関係ありません。
私はその人個人の生きる姿勢だけを見ているのです。




■ICを応援し、自律に向かう意志を支える----------------------------

さて、もう少し突っ込みますと、私が応援しているのは、その人のIC(インナーチャイルド)です。

ですから、IPの強い方にとっては、時に私自身が壁に感じられることがあるでしょう。または、ICの味方ばかりじゃなく、「今の私」の味方をしてよ、とICに嫉妬したり頭にきたりする方もいらっしゃると思います。よくわかります(^^;)。

けれど、徹底してICの味方であるからこそ、ICとの間には信頼関係ができていることを感じることがあります。本人がわからなくても、あるいはIPに反対されても電話をかけてくることがあり、そのときに、「あ~これだったんだ」ということが、いろんな方でよくあるからです。

ICは、あらゆる方法を使って真実をあなたに気づかせようとします。一方で、クモの巣が揺らいだときにクモがさっと近寄ってくるがごとく、その人が自律に向かい始めるとハラスメント界もすかさず手を打ってきます。それは時空を越えて絶妙なタイミングで来ますので、まさにエネルギー(魂)レベルの反応としか言いようがありません。こうして、ICやIPからのメッセージ、あるいは両者の攻防が、現象や夢や霊的体験となって現れてきます。

上記に書きましたように、さまざまな心身症状も、また現象や夢や霊的体験も、私にとってはその人を自律に導く上でのサインなのです。

そしてこのような攻防がありますから、皆さん立ち止まったり、迷い込んだり、3歩進んで2歩下がったり、行ったり来たり…さまざまです。足元を何度すくわれようといいのです。後ずさってもかまいません。その人が、自律に向かう意志を失わない限り支援し続けます。


尚、どちらに向かおうとそれは個人の自由意志です。
そこに良し悪しの価値判断はありません。個人を取り巻く時代や社会、家庭などの環境状況、そして個人のタイミングがあるだけです。どちらを選ぼうとも、そこには何らかの学びがあるでしょう。ですから、仮に私に関わった人がどちらを選ぼうとも、私はただ、その人の意志を確認するだけのことなのです。




■自律への可能性を信じる------------------------------------------

ところで、ICと言っても、大きくわけると5人(?)ほどになります。
・人生脚本を懸命に歩いてきたチャイルド(人生脚本)
・親の謎を解くためにゲームを仕掛けるチャイルド
・そのチャイルドに押さえ込まれてきた感情たち(IC)
・一番奥で不安を抱えてうずくまっているチャイルド(存在不安)
・本来のフリーチャイルド(FC)

この5人にそれぞれ対応しなければならないのですから、人の荷物を抱えているどころではないでしょう?

私は、一人ひとりの相談者の方それぞれに対して、これら5人のチャイルドに対応していくことになります。いえ、対応していくのはご本人なんですが、でも、この5人がそれぞれエネルギーを持っていますから……大変でしょう?(笑)  

激しかったり、頑なだったり、意固地だったり…
でも、みんな健気でかわいいんです。

だから、そのチャイルドたちが、「本人」と出逢えるといいねぇ、と思って見ています。そして、そのチャイルドたちが「本人」と出逢うために必要があれば、時に壁になることもあるわけです。

このチャイルドたちを本人がしっかりと受け止めたとき、本人は自己一致し、自律界へと解き放たれていきます。すべての人に、その可能性は平等に与えられています。

私が信じるのは、すべての人が内包している自律への可能性と言っていいかもしれません。

そして私は、ただ私としてあるだけのことなのです。





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ほんとうにやりたいことをして楽しみたい

自分で受け取れる範囲をきめたり

結果さえしらないで

わたしという存在
等身大の自分で受け入れたい。





自由がすきです。
不自由な中にいることが多かった過去があります。
無念はたくさん、抱えていますので
ときに、またしてしまいました(≧∇≦)
となりますが


でも。

、、、うれしいです
泣き笑いなかんじです

外からは
印象で決めつけられてしまったり
スタンプみたいにラベルをつけられてしまい

ちょうど、わたしのハートがいたいので
ビタビタ引き合います

だけど、ひとつずつ、失くしていくと
体も軽くなり景色もどんどんカラフルにみえてきて

胸の奥深いところで気持ちよさを感じます

そうして世界はうつくしい、、、と思いますし

在るがままって、起点を自分以外にしないって
素敵だな、、、とも思いました

 

面白くてうまい皮肉

「見えるものしか信じない」という
見えない枠に囚われてる。


そんなことを守ろうと
合理化をしようと続ける
思考というものはなんて
非合理なものなんでしょうね。

 

メルモさんのコメントに、なんという私か、と思ってしまった(笑)
まさに一字一句その通りです。

それにしても…加害者と被害者がいるというより、被害者(の自覚がない人?)が新しい被害者を作り出しているという現実なんですよね。
こんな悲しい連鎖はひとつでも断ち切りたい。

 

深呼吸中

浮上したいと思っていても、気付くと何かに依存している自分に悲しくなってしまう時があります。
それは、夫だったり、友人からのメールの返信だったり、チョコレートだったり、兎の抱き枕だったりするのですが、私はそれらにつかまらせてもらって息継ぎしているのだなあ、と思いました。
自分がACだと自覚する前の長い長い時間も、私は色々なものにつかまって生き延びたのですね。

たっぷり深呼吸したらまた、私は泳ぎだせる。
きっと!

 

中尾英司さんという方がこの世に居てくれて、そして出会ってくれて本当に有難うと思いました。

この記事は私にとって総括のように感じました。

まだまだ乗り越える課題はあるけれど昔と違うのは今は希望があるということ。
この世の中で心身に症状がある人は、まとも。

これを理解している人、どれだけ居るのだろう。

症状はその意味を知ってもらうのを待っている。

自分を責め、理解されなくて孤独な人も、どれだけ居るのだろう。


病名を貰いに病院へ行く。悪いのは、私なのだろうか?

恙無く心身ともに健康であることが幸せ。
早くそのレールに乗らなきゃと焦らせられる。

向かう先は本当にそこなんだろうか…?


世の中がまともじゃないなら、自分が変わるしかないんだ。

最後は、自分。


中尾さんから卒業する日を思うと淋しくも思う。

でも中尾さんは中尾さん。
中尾さんの人生を歩んでいる。

私は私の人生を歩んでいる。

 

ありがとうございます

初めてコメントさせていただきます。

> そして私は、ただ私としてあるだけのことなのです。

この言葉に涙が出ました。
ただ、ただ涙が出ます。

何か温かい。

ありがとうございます。

 
    
 
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