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エゴ(自我)を乗り越えさせた親の壁

2011/02/12(Sat) Category : 自律(自由と責任)への道
【親への思いを手放すときの心理過程】7

★エゴ(自我)には沈黙しかない--------------------------------

駄々っ子が店に寝っ転がって「おもちゃ買ってー!!」とジタバタ騒いでいるとき、親は機嫌をとることもせず置き去りにします。すると、子どもはあわててついてきます。子どもはその方法が通用しないことがわかって二度とそのような駄々こねはしなくなり、適切なコミュニケーションが取れるように成長していきます。

黙して去る―それ以外の対応はすべて逃げ道を与えるだけなのです。


アルコール依存症の患者は、独房の壁に囲まれベッドに縛り付けられて禁断症状でのたうちまわって、はじめて自分にたどり着くことができます。死ぬほどの苦しみを味わって初めて酒に逃げることをやめ、自分と向き合うようになるのです。

このように、エゴがのた打ち回っているとき、壁以外のあり方はありません。


(神は助けてくれないと言いますが、神が黙しているのも、エゴがのた打ち回っている人類に対する“救い”なのかもしれません。その証拠に、パスツールが言うように準備ができた人には偶然が訪れるわけですから)




★お母さんの仕上げは厳しいぞ------------------------------------------

「お母さんと一緒じゃなきゃヤダー!!」と駄々をこねたIさん。
ゲームで言えばラスボスとの直接対決。頂上決戦を挑んだIさん。
しかし、お母さんは頑として理解しませんでした。

その結果、ハラスメント界の上で成立していたIさんの脚本(script)は崩壊し、ハラスメント界を一人で抜けざるを得ないところに追い込まれました。

そうしてようやくのこと、Iさんは人生脚本を抱えたチャイルド(IC-s)と向き合うことができたのです。つまり、お母さんがどんな揺さぶりにもビクともしない壁になることによって、Iさんは自分が振り上げた伝家の宝刀(IC-s)を見つめざるを得なかったのです。

そういう意味で、Iさんの自律への最後の後押しをしたのは、他でもないお母さんでした。現世レベルではIさんは苦しかったことでしょう。が、私は、魂レベルでのお母さんのIさんへの深い愛情を感じます。

Iさんも感じていらっしゃいましたね。
『育ててもらったのは、魂です。磨かれたと思います』と。


人は逃げ道がある限り逃げ続けようとします。
Iさんがお母さんに気づかせようと行動したことも、IC-sと向き合うことから逃げるための手段でもありました。その逃げ道を断ち切り、IさんをIC-sに向き合わせる結果となったお母さんの生き様は、ただただ天晴れというしかありません。

「仕上げはおか~あさん♪」と歌のフレーズにありますが、その仕上げは生易しいものではありません。これまでを見ていると、ハラスメント界から抜け出るときの仕上げは、わが子を千尋の谷に突き落とす“獅子のような愛”の仕上げが多いように思います。

肉食獣の母親は、子どもが旅立ちのときを迎えたとき、寄り添ってこようとする子どもを本気で威嚇して遠ざけます。子どもにとっては見捨てられたも同然。しかし、そこから一人雄雄しく育っていくのです。

わが子を見捨てる親の愛―そういう野生の映像とともに、様々な人々の親子の様子が思い浮かんでくるのです。

そして、皆さんは不思議に思われるかもしれませんが、そういう親たちは、魂レベルでの私にとっての「自律モデル」なのです。




★天晴れな親(魂)との無言の協力--------------------------------------

私が対峙しているのは、そういう天晴れな親たちであり、またカウンセリングを依頼しつつ、どこまでもどこまでも逃げ続けようとする人間の“性”です。

その親たちが壁となり、私が壁となり、
その親たちが助けず、私も助けず、
結局、「天は自ら助くる者を助く」なんだということが諺ではなく身にしみてわかったとき、人はようやく自分で自分を助けることに向かいます。


相談者の苦しみに共感しつつも、その親を内心尊敬していたりするのは、こんな役割を担う魂は一体どんな魂だろうと思うからです。

ある意味私は、あの手この手で逃げようとする目の前の相談者が自分と向き合うよう導くために、親の魂と無言の協力をしているようなものです。Iさんが私のことを『絶対にぶれない』と書かれていましたが、その親の魂の努力を無駄にしないためにも、私はぶれるわけにはいかないのです。

そして、私が徹底してチャイルドの味方をするので、チャイルドが奇跡を見せてくれるのでしょう。




★「壁」という救い---------------------------------------------------

Iさんから「なぜ旅立ち宣言をしてしまったのか」というメールを頂いたとき、次のように吐露されていました。

『あたし逃げてた。中尾さんのカウンセリングで、状況受け入れるのしんどかったし、次々にトラウマ出てくるし、つらかったから、「その先があること」「ここからがICともっと深く向き合う時期」だったなんて、疲れ切っていたあたしは思いたくなかった』

このように自分のことを書くことができれば大丈夫です。
それに、私ではなく“現実”が本人に教えてくれます。
『あたしの心はほとんど母と同化するくらい、母にへばりついていた』と。

私は、その現実を言葉に置き換えているだけのこと。
そして、自らを閉じ込める壁の苦しみの中で、本人がたどり着かれたのです。

『カウンセリングでわたしは「病名」と「原因」を知らされ、それを受け入れ
ることまでどうにかできた。これからは、治すために、わたし自身がやることがあったんですね(IC声を聴き、認め、受け入れ、感謝し、あやまり、許し、愛すること)』

それから、さらに半年が過ぎ、衝撃を受けることになったわけですから、いかに自分の人生脚本を断ち切ることが難しいことかがわかると思います。

そして、“外”に向かい続けようとするエゴ(自我)を自己に向けさせたのは、獅子のような親の愛でした。



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母に沈黙を向けてから、半年が過ぎました。

その間、私は怯え、少し安心し、また怯え、苦しみ…。
気が付いたら、意識は自分に向かっていました。
「私はどんな人なのだろう?」
分かっていると思い込んでいた自分を、探しに行って来ました。

勇気を出して、隠していた自分を出す。
とても、とても怖かったけれど、出来ました。
ゲームを仕掛けられても、反応しないでいられる自分がいました。

「母が不幸なのは、私のせいじゃない」
この言葉が、自然に私になじみます。
「母は、自分の満足を追い求めて、ここまで来た。それが母の幸せ」
心から納得している私がいます。

まだ、母に会う気持ちも、必要も感じられません。
きっと会ったら、また呑み込まれる…多分、準備が整っていないのでしょう。
もう少し、時間を掛けて、背骨を育てます。

 

なんか救われました

はあ・・そういう事か。
自分の立場ばかりで見えなかった見方を見せていただいて、救われました。。
 長く葛藤があり、まだ決着がつかない、まださっぱりできないと疲れていたところでした。
 これ以上自分の思いにしがみつかないですみそうな、気づきをいただきました。ありがとうございます。

 

自分の中でエゴをはらんだ行動をしようとするときにどうしたらいいのかなぁと思っていたのですが、無視をすればいいのか。
でもきっとやったらやったでエゴの入ったものというのは評価されない・・・と今までの経験で思っているのでそれで打ちのめされるのもありですね。
うちのめされるのが怖いからやらないんですよね。逃げてますね。
エゴの入っているものは世に出ても評価されないのはきっとをれをみた人たちが無意識にエゴを感じて壁になってくれているのかもしれないなと思いました。
そう考えるとみんな協力しあってるんですね。

 

私の親が描きそうな好きそうな茶番。
私は、こういう酔いに任せて張り切ったら とんでもない失敗をやらかし ドボンしました。

親は 「近づくな出て行け」とばかりに私を邪魔物扱いし、潰しましたが、確かに、その奥の魂では自律させたい愛でしょう。

ただ もうひとつある気がします。
「私を解って、私を愛して」
これでいらぬお節介をしながら 子供は本当にそれだけなのか…?
魂の奥の奥で、
いかに自分を生かし、親の塀を越え自分を確立しようか 出口をさがし、自分の生のみに集中していた私がいます。
以前記事にあった 内面の状態を絵に書いた方のように、ビックバンを起こそうと 静に諦めず進んでいました。
これ自体、自律。

このブログに集まることだって、その思いが表れている行動だと思います。

代償行為をのっけてはいても 母も自律モデルならば、
いらぬ介入をしながらも、子供も自分を生かすためだけに模索してた自律といえます。

母は押し出しますが、私も、指を加えて口を開け待っていたのではなく、自ら抜けようともがき、共に頑張っていたのかもしれません。

私は 母のこの茶番劇に心が緩む前に、
自分は自分を伸ばそう、 生かそうと どれほど頑張ったのか、
そこを拡大して見なきゃいけない。

そこがないと、ただ無気力なダメ自分だったと決めて自分から成り下がってしまいます。

だから 過去「ありがと~」と浸った後 大失敗をしたのだなと思います。

母の魂の思いは
母を責めず求めない、もう打ち止めにすることに 、取り入れるだけでいい。

メインは私は私を労い、認めなければなぁ…ですね。

 

私の中にいるチャイルド達全員
多分、もう知っている
思い通りに生きた方が、上手くゆくこと
幸せになれること

「母の生き方」を知った時、母を諦めた
その時から、私は自分で気がつくくらいよく笑うようになったのだけど
ふと、母と同じ生き方をしている自分に気がついて、驚く時がある
『あなたが脚本ちゃん』なんだね、と思う
けれど、もうこの子もわかっているはずなんだ
でも諦めきれなくて、「お父さんとお母さんを棄てないでよ!」と、泣いて怒るのだ

この子が、私を生かしてくれていた
この子がいたから、今私は生きている
自殺も犯罪も親殺しもせずに済んだのは、この子が『親に愛されたい』と強く願ってくれていたからだった

私はもう、この子になんにも言えないよ
「つらかったね」も「寂しかったね」も、当たり前すぎて
「もう、いいんだよ」とか「大丈夫」とか、それも軽すぎて
私はただ、私の中のチャイルド達と今の私に「幸せ」を運び続けることをやってゆくのだと思う
思い通りに生きることで、この子が『もう、いいかな』と思うまで抱きしめてやるのだと思う

 

また

暴発してしまった。辛い。やっとプラスの領域まで進めたのにマイナスまで引き戻された気分。誰かの性にしています。やっぱり完璧を求めてる。その時は頭、真っ白で…ちょっと疲れたな…休もう。後でまた向き合おう。

 
    
 
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