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「親という謎」が解けたとき人生が始まる

2011/02/16(Wed) Category : 自律(自由と責任)への道
【親への思いを手放すときの心理過程】9

子が親を手放すに当たって、次のことが鍵となることがわかりました。
1、親を幸せにしたいというのは子のエゴであることを知ること
 (自分のことを知ってほしいという気持ちが裏にあること)
2、親は幸せであることを知ること
 (幸せの形は人それぞれであること)

つまり、
1→自分のチャイルドは自分が背負う
2→親のチャイルドを背負う必要はない
ことがわかれば、子は楽になり、自分は何をすればいいのかがわかります。

もう一つ、とても大切な鍵があります。
それは、謎が解けない限り、人生をスタートできないということです。
(謎に囚われてしまった場合ですが)



★「愛を失うのか」「人生を失うのか」選択を迫る親という謎--------------

Iさんは、お母さんのことを『身近な存在で、母くらい分からない人はいませんでした』と言い、次のように書かれていました。

『まさに「謎」そのものでした』


「謎」…これもまた人生をスタートさせない根っこにあるものの一つと私は感じています。

人を生き辛くさせる原因は、「自分は愛されていないのではないか」「自分はいらない人間ではないか」という深層心理ですが、その疑問は親子関係からきています。

その疑問を突き詰めていくと、
「なぜ、親はああなのか?」
というところに行き着きます。

その謎に正面から取り組むのはとても怖い。謎が解き明かされた結果、親から愛情を得る可能性を失うのが怖いからです。

けれど、謎が解けない限り人間社会で生きていけません。
なぜなら、人が信用できないからです。
人が信用できない=将来を奪われる=人生を奪われるということです。

つまり、「親という謎」は、「愛を失うのか」と「人生を失うのか」という究極の二つの選択の狭間に人間を置くのです。



どちらを選択しますか?










































★間接的に謎解きをし続けるゲーム人生----------------------------------

「親の愛」も「人生」も、どちらも失いたくないですよね。
すると、どのような人生になるでしょうか。

それは、
「間接的に謎解きをし続ける人生」になるのです。

・間接的に
―親に直接ぶち当たらず、親と似た人、親と同じ世界に住む人、代理親としての権力や社会、結婚後は義家族や自分の家族に向かっていきます。

・謎解きをし続ける
―家族やグループや会社で、親子の間で経験したのと同じようなシチュエーションを仕掛け、幼い頃に言えなかった思いをぶつけたり、相手の反応の中に親の謎を解くヒントを見出そうとしたりし続けます。けれど本気で謎を解こうとはしません(解いてしまえば親の愛を失うと、無意識は思っているから)。


こうすれば、“親から愛を得られるという可能性”を失うことなく、人生を歩いていくことができますよね。
けれどそれは、生きている時間のすべて―思考、感情、行動のすべて―が、謎解きのゲームに使われるゲーム人生。せっかく肉体に命を得ても、その命の時間はゲームで構造化され、本当の人生を一歩も歩くことができません。

でも本人は無意識ですから気づきません。
それがよくわかる事例があります。その方(Aさんとします)が、事例の掲載を快く承認して下さいましたので、掲載します(ありがとうございました)。




★謎解きへの挑戦-------------------------------------------------------

Aさんは、8年間同じ美容院に通い続けました。
担当者は、いつも同じ人。100回近く顔を合わせたことになります。

その間Aさんは親しみも込め、旅行に行ったら手土産も持ち通い続けました。が、意地悪をされ続けていました。あるべきサービスを手抜きされたり、すぐに気づかれないよう左右アンバランスな髪形にされたり…。

そして、ついにある日、あるきっかけから「あー、もう行くのやーめた」とふっつりと行かなくなりました。


Aさんは、この経過すべてを、いいように相手のはけ口になってしまった、自分の受け皿体質が招いた「負の思い出」として悔やんでいました。

けれど注意深く訊いていくと、Aさんが美容院に行ってその人の顔を見たとき、お土産を渡すとき、帰り際にお金を支払うとき…それぞれの場面でAさんが相手の表情やしぐさを観察していたことがわかりました。

そして、「そういえば…」とAさんが語り始めたことで、Aさん自身が気づいたことがありました。それは、「なぜ、このひとはこういうことをするのか」「なぜ、そんな顔をするのか」「あのしぐさにはどういう意味があるのか」…等々、頭のどこかで考え続けていた、ということです。

つまり、Aさんは“謎解き”をしていたのです。
その根っこにあるのは母親への謎でした。相手の人は、その母親代理だったわけです。その母親代理に誠意を尽くし続け、しかし意地悪をされ続け……それは、母親と自分の関係の相似形でした。

Aさんは、わが身を切られながらも、相手の心を覗こうとし続けたのです。
山林の藪の中、茨や笹に身を切られることもかまわず、ただひたすらに前を向いて歩いているイメージが浮かびます。

謎に挑み続けて8年。ついにわかったことがありました。

それは、「わからないものはわからない」
そして、「こちらの思いは伝わらない」ということでした。



私は見事だと思いました。7年~9年というのは、人が何か一つのことをつかみそこから抜けていく期間です。Aさんは8年間、100回やりつくして、伝わらないものは伝わらないと悟ったのです。

人はやるだけのことをやって納得しなければ次に進むことができません。
Aさんはできるだけのことをやって諦めがついたので、そこへの執着を手放すことができたのでした。

私から見ると、「受け皿体質が招いた負の思い出」ではなく、「自らの力で謎解きに挑んだ挑戦の日々」なのです。そしてやるだけのことをやって、そこから卒業されたのです。「よくやった!」と思います。




★相手にすれば、自分が謎(=恐怖)-------------------------------------

相手の側の観点に立つともっと深く見えてきます。
相手は、それとわかるように意地悪するようになっていってますから、それでも通ってくるAさんが不気味だったことでしょう。「なんなの?この子は??」―相手にとっては、Aさんこそが「謎」だったに違いありません。

お客さんだから断るわけにもいかず、けれど来てほしくないから意地悪はエスカレートします。つまり、意地悪がエスカレートする背景にあるのは、「もう来るな!」という拒絶。拒絶の裏に隠れている心理は“恐怖”です。

面白いですね。
Aさんが相手に「謎」を感じているとき、
相手もまたAさんに「謎」を感じているのです。

Aさんが相手に「なぜ!!」と迫っていくとき、
相手はAさんに「なぜ?!」と恐れを抱いているのです。


そして、恐れを抱いている側が、相手を遠ざけようとして意地悪や暴力に訴えます。逆説的に見えるかもしれませんが、それが私の感じてきた真実の一つです。強面やとんがった仮面の下に隠れているのは、恐怖に慄く子どもであり、暴力は怯えた子どもの自己防衛の手段の一つなのです。

そして、この関係は、親子の間でもよく見られます。
子は純粋に「なぜ?」と迫っていきますが、それは親にとっては脅かされていることなのです。親が怯えて子どもに暴力を振るうとき、それが虐待という形になることがあります(虐待がすべてこのパターンということではありません)。

その美容師にとってAさんは「謎」であり「恐怖」でした。
ですから、意地悪して遠ざけようとしたのです。




★謎の答えは、自分の中にある------------------------------------------

これを前項までの見方で言えば、Aさんは母親代理との間でIさんと同様の“果し合い”をしていました。そして、相手が「壁」であり続けたため、Aさんもまた自分に向かわざるを得なくなったのでした。

これも、面白いですね。
「壁」の謎を解こうとして、壁に挑み続けている間は謎は解けません。
が、壁の前で途方にくれて、自分の内部に向かったとき、謎が解けるのです。

なぜなら、自分は連鎖の中(時の流れの中)で生きているため、お母さんもまた自分の中に相似形として居るからです。
これはすべての人にいえることです。自分は親と似ても似つかないと思っている人でも、突然変異と思っている人でも、あなたの中に親はいます。それを認めるところから本当の“親離れ”が始まります。

逆説的ですが、親と似ていないと思い続けることは、親との関係を直視しないことにより親から離れたくない無意識の反語的認識なのです。


だから、自分自身のことを深く知れば、お母さんのこともよくわかり、ひいては他人のこともよくわかるようになってくるわけです。


前項までに、親を含めた他人に「自分のことをわかってくれ」と迫るのはエゴという観点を示してきましたが、もっと本質的な観点がこれです。
即ち、自分自身を知ることが、親・兄弟を知ることにつながり、そして、友人、社会、世界、はては宇宙へとつながっていく道なのです。

自分を知れば、性別や人種の差など飛び越えて、人類みな兄弟という感覚になることが予想できるでしょう。さらには、動物や植物とつながり、生態系の一員という感覚になることもわかるでしょう。もっといえば、地球人という宇宙人が、他のユニバースの人とつながれることもわかるでしょう。
さらに深く自分とつながれば、自分の内奥で神と出逢うのでしょう。

自分を知れば知るほど、どこまでもどこまでも、つながりは広く深く豊かになっていくのだと思います。
「まほろば講座」の前半は「汝自身を知れ」という講座です。それは、上記のような意味があるのです。




★生きるエネルギーの大半は謎解きに浪費されている----------------------

さて、Aさんが「負の体験」ととらえていたこの過程は、上記のことに気づいてプラスに変わりました。

『なんつームダムダ無駄無駄!!
と思いますが、しょうがないですよね、これも自分の生き様で歩いてきた人生なので。よくやってきたなあ、自分よ!と思い感心します。
中尾さんのカウンセリングを受けて、フィードバックをもらい、自分のストーリーを私は愛おしく感じるようになりました。今はこの経験も大事に思います』

そして、気づかれてAさんが思ったことは、
『普通に日常生活を送っていても9割のエネルギーを絶えずその謎解きに使っていて(無意識にですが)、残りの1割で日常生活を送っていたような感覚でした、今思えば』―とのことです。

言い換えれば、生活するのに必須の最低限のエネルギー以外は、すべて謎解きに使われていたということです。人が全人生を謎解きに使っていることがわかると思います。そして、そのことは、他の相談者の方々の事例を見ていても実感します。

Aさんは幸いにして気づかれましたが、気づかないままに一生謎解きの人生を送る人もいるのです。相手を変え、所を変え、あるいは自分の家族に対して、今もまた延々とゲームをし続けているのです。

想像してみて下さい。
謎解きにエネルギーを費やさなくてよくなれば、自分にどれほどの力がみなぎるか。そして、自分の人生が劇的に変わり、また社会のあり方が変わるのか。社会から不安がなくなり、互いを認め合う豊かな社会が出現するか。


人間が、自分と向き合うということを体得すれば、
社会はいとも簡単に激変することでしょう。


現世をパラダイスにすることは不可能ではない、と私は思っているのです。






なお、自分を突き動かす原動力は感情です。けれど不安感情(不安ちゃん)を見たくないために本当の気持ち(小さいちゃん)すべてを分厚い心の岩盤の下に封印し、その岩盤の上を、親の謎解き(謎解きちゃん)と、親のための人生脚本(脚本ちゃん)が突っ走っていくわけです。突っ走らせているのは、不安ちゃんを見たくない自分自身です。

今の自分がどういう構造になっているのかは、下記をご参照ください。
現在の自分の構造


【ご参考】
3-6)「修羅行き姫」と「7人のこびと」
加害者心理が分からなければ被害者は人生を再スタートできない






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自立しようとすると親がしがみついてくるし
自分もしがみついているのが分かるので
親を救えば自分も救われると思っていました
でも自分が救えるのは自分だけ
最終的に親からは
「お母さんもお前に言えないことがあったのよ」
と謎を深める言葉を言われましたが
私は「私には関係ない、それはあんたの問題だ」
と突き放していました
親は変わる気はありません
変わらないことを幸せと思える人間は
変わらないために
他人には決して理解できない謎を作り出すのでしょうか
それに引っかかった人間は我を失い
ブラックホールに吸い込まれていく

 

親が謎で仕方ありません。
親の言動をパズルのように組み合わせて脳内親を作り上げている自分がいます。その脳内親もまた、謎なのです。脳内親にはなぜ希望という芯(背骨)がないのか。
思いを口にしていたつもりが思考に変わってしまい、しかもそこで途切れてしまいます。
一人で今の自殺願望を乗り越えるのは難しいみたいです。もう逃げ続けるのには飽きているのに。
私ってかわいそう。とそんな脚本を生きているのですね。
今日も独り相撲でした。虚しいです。

 

私も…

はじめまして。
数日前にこちらのブログを知り、むさぼるように読んでいます。

小学生~10代の間はずっと、なにかと母と衝突していました。
「何考えてるかわからない!」「お前みたいな子、末恐ろしいわ!」「出ていけ!お前なんか帰って来なくていい!」
よく言われましたし、実際に玄関から出されたことも、夕食抜きになったこともありました。
「橋の下から拾った」は小さい時何度か冗談として言われました。

一度怒り出すと、逆上しているとしか思えない激しさで何度も物で叩かれ、言葉で否定されました。
怒られて泣きながら「ここには居場所がない!」と訴えた時も、「なに言ってんの!あんたのうちはここでしょう!(怒)」と即答。

私は不良にもなれず、家出にも失敗し、不安定な心を殻に閉じ込めて、一見問題のなさそうな、でも自分では自分がどこか変だと感じる大人になりました。

母は理解できない娘が本当に恐ろしかったんですね。

ずっとずっと、どうして自分がこんな風なのか知りたかったんです。(疲れやすく、気力も続かず、子どもが嫌いで、自分も嫌いで、他人が怖いくせにわがまま言って甘えたい…まだまだたくさん謎があります)
探していた答えを、ここでやっと見つけたかも知れません。
期待と、嵐の夜のような感情を思い出しながら読み進めて行きたいと思います。
このブログがここにあってくれたことと、ここにたどり着けたことに感謝します☆

長くなってごめんなさいm(_ _)m

 

似たような家族関係あるんですね

自分の家族は特異だと思っていましたが、似た感じの
家族関係を読んで驚きました。それも沢山。
親は幸せ、、言われてみれば冷静に観察すれば本当にそうです。なぜあんなに不幸を宣伝するのか、心配され、気にされて、いつまでも子供からの愛情を離したくないのかもしれませんね。一時期もう心配するのは止めた、と関係を絶っていましたが、子供として冷たいのでは?必死で育ててもらったのに、など後悔の念が募り今度こそ暖かい関係になりたいと付き合い始めましたが、悲しいことに頭で思う理想の親子関係と、実際の相手を目の前にした時の自分の対応に自己嫌悪に陥り、どうして何故こんな風に、と自問の毎日です。私の場合は必死で伝えようとして伝わらなかったという繰り返しの体験が諦めと切り離しに繋がってしまったのでしょうか?伝わらないことが一大事に考えてしまいすぎたのでしょうね。伝わらないものは伝わらない。これでいいのですね。

 

「お母さんは本当にわからない」
と、いつも私に愚痴る父は、常に疲れきっている。
でも、母の中に「私をわかって」と泣き叫ぶ子供を見てから
私は、母の前であまり疲れない。
昔は父と連立を組んで、母の駄目なところを共感してあげるのが、父への思いやりだと思っていました。
「かわいそうな父」と、私が思うことが一番私を苦しめていた。
「そうじゃないんだよ」と、言ってあげたいけれど、あの時間も、私の中でちゃんと必要な時間だったのだなぁ、と思うことが出来ました。

 

小学校のころよく母は「あんたは宇宙人みたいだ」といってましたが母にとって私は謎で恐怖だったんですね。そういうことを言い始めたあたりから母の八つ当たりじみた説教がひどくなった気がします。なるほど

そして小さい頃はわからないことは比較的なんでも人に聞けたのにある時を境に人に自分が疑問に思ったことをきけなくなってしまったのは直接なぜ?を親に聞けなくなってしまったからかなと思いました。

 

そうだったのかー

私は謎を解こうと必死だったんですね。

謎が解けました(笑)

 

あれ…違うかも…

ずっと孤独だったのは私?感じない…。
私は自分が不幸だったことが 全然解らなくなってる…?

 

お母さんは どうしてあんななの?と私は泣いた。
父は言った
お母さんは変われない
兄も言った
あいつは鬼だ 無理なんだよ

私は
諦め見捨てているの? と思った。
私だけは そんな人だと思わないでいてあげるんだ って。
私しか母を思ってないんだ、と余計頑張った。

違うんだ。
これがエゴなんだ。

母はとっくに手足をもぎ取られていたのに
温めたり、撫でたりしてしまった。

出来ないことを 頑張れと 期待されて待たれることの母の辛さ。

父も兄も そんな可愛そうなこと止めろ と言っていたんだ。

そして 父も兄も、母を変えようとせずに、
どれだけのことをされてきたのかと、そこを思い 、許して側にいると決めたんだ。

でも娘の私だけは、どうしても求めて止まないので、引っ張り込まないように 外に 押し出した。
三人で 私を
ここでは無理だから 必ず得て来なさいと。ひとりで行くんだよって。
お前は 染まってはいけないよ、って。

母に近付いては虐待されても私がわがままで悪いみたいだったから悲しんだ。
私だけが家族に入れなかったのも辛かったけど
謎が解った。

母は家族に愛されていた。
私が母を虐めていた。それでも私は 大事にされていたんだ。

 

それがなかなか

☆自分に向かう
☆自分を知る
☆自分と向き合う

真っ暗な中で、一体どのあたりに自分がうずくまっているのか見つからない。

手を伸ばして、小さな声で呼んでみるけど辺りはシンとして。

私はどこ?

ここは、安全じゃないことが分かっているから出てこれないんだね。

そうだよね。安心できないよね。

安心できるところへ逃げたいよね。

いつ出来るかね。分からないね。逃げたいね。

逃げないで安心できる方法は、ある?

でも、ここはいやだ。

 

2度もすみません。
>1、親を幸せにしたいというのは子のエゴであることを知ること
 (自分のことを知ってほしいという気持ちが裏にあること)
2、親は幸せであることを知ること
 (幸せの形は人それぞれであること)

これ、最近気づいたんです。
もしかしたら、親は苦しいから助けて!と私をコントロールしつつ、弟達といると人格が違うので、実は幸せなんじゃないかなと。
私は彼らの言うがまま、彼らを幸せにしないといけないって思っていて、時間もお金もそれはそれはつぎ込んできたのに、実は、認めてもらいたいっていうエゴだったのかなって・・・。

笑えます。
何度も投稿すみません。ものすごく苦しいのに笑ってしまいました。
エゴでした。確かに。で、彼らはそれなりにかなりハッピーでした。

 

まさしくAさんと同じ体験をしていました。
今年のバレンタインは始めてチョコレートをあげなかった7年目です。足洗いマス。なぞ・・・ですけど。
でも、何故あの時やさしかったのか?何故あの時は冷たかったのか???
親の投影だろうと思いつつ、なにがなんだかわからなかったんです。このはまり方。病気のようにはまるんです。
嫌な言葉言われて傷ついても。
私の場合美容師さんじゃなかったですけど。

彼は恐怖なのかな?ってまた謎解き始めようとしてみたりして。笑
もうやめます!両親に対しても、あるがままを受けとめてみます。それにしても苦しい。

 

なるほど。。

そうだったんですね。。
子供のときから、長い間ずっと謎解きしていました。
「なんで母や父はああなんだろう‥?」

エネルギーを使い果たしていたんですね。
くたくたになるわけです。
一時は息も絶え絶えなほど、くたびれ果てていましたし。。

わからないものはわからない。
伝わらないものは伝わらない。

こんな簡単なことだったんですね。
なんだか気が抜けています。

気づきをありがとうございました。

 

わかりました(^^ゞ

毎日がくたくたで、本を読もうとしても文字をちゃんと追えないとか。。

なんでこんなに毎日がくたびれた繰り返しなんだろう。とか、他の友達はなんてのびのびしてみえるんだろうとか、思っていて、自分の家族に問題があるからだろうと思っていましたが、今思えば謎解きに忙しくて、まわりをみる余裕なんてなかったんだ~!と気づきました。


 
    
 
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