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グローバリズムで拡大する餓鬼界・修羅界・畜生界

2011/10/31(Mon) Category : 存在不安
当ブログの「存在不安」カテゴリーで、存在不安の強い人の特徴を「餓鬼人間」や「ブラックホール」という言葉で表し、その生き方の特徴を「存在不安がある人の時間の構造化の仕方」などで紹介してきました。それを違う視点から例示してみたいと思います。


★マズローの欲求階層を下らせる-------------------------------------

まず、存在不安を持たない人はおそらくそう多くはないでしょう。ただ程度の差はあると思います。たとえば存在不安の強さをお腹の空っぽの度合い=ひもじさの度合いとしてみましょう。

お腹がすくと不機嫌になったり怒りっぽくなったりしますね。つまり、いつもそうである人は、心にすきっ腹がある人なんでしょうね。でも、「武士は食わねど高楊枝」―やせ我慢したり、お腹はすいていないと自分をごまかしたり(合理化)、他の何かで埋め合わせたり(代償行為)して自分を騙し続けようとします。

さらにお腹がすくと食事が出たとたん、マナーも無視して食らいつきます。
もっとひもじければ、自分から探しに行き、残飯でも盗んででもありつこうとします。命にかかわる状況になれば、木の皮であろうがダンボールであろうが食べるわけです。
その先にあるのが食うか食われるかの弱肉強食の世界ですね。

このように、ひもじさが酷くなるに従って、矜持やマナーや善悪や倫理などが剥ぎ取られていき、マズローの欲求階層を下っていくように、最後はただ生存のためだけに生きる(変な日本語ですが)ようになります。

マズローの欲求階層説は、低次の欲求が充足されると、より高次の欲求へと移行するというのが一般的理解ですが、もちろんその逆方向もあるわけで、人を取り巻く環境を操作することによって人間を低次元に縛り付けることもできるわけです。

もう一度書きますね。
「環境を操作することによって、人間を低次元に縛り付けることができる」




★個人主義・自由競争・市場経済が生み出す餓鬼界・修羅界・畜生界------

子育て心理学:第4部 4)「ストローク欠乏」が「代償行為」を求める
ここでは、心が飢えた人が、胃袋を埋めたり(代償行為)、時間や空間を埋めたり、隠したりすることを書きました。

子育て心理学:第4部 5)「ストローク飢餓」に陥った人は「ゲーム」を仕掛ける
さらにお腹がすくと、自分から罠を仕掛けて鳥を捕まえて食べるように、ストロークを得るためにゲームを仕掛けることを書きました。

ストロークとは「相手の存在を認めるための働きかけ」のことですから、ストロークをもらえなければ存在不安が増すわけです。欠乏→飢餓へと心の飢えがひどくなることによって、自分の飢えをごまかしきれなくなった人々がゲーム人生を送るようになることがわかると思います。


最後にたどり着くのは、「食うか食われるかの弱肉強食の世界」と書きましたが、西洋が推進してきた個人主義・自由競争・弱肉強食の世界は、人間を心の飢えに落としこむ世界で、実にうまくできていますね~。

そもそもこの世に誕生したときから不安を植えつけられます。
【ハグする文化の逆説的意味】

社会不安や戦争により人間の尊厳を奪われた人々は餓鬼界を形成します。
餓鬼界に生まれて苦しんだ人は、同じく餓鬼界を形成したり、
怒りと憎しみで争い続ける修羅界を形成します。
修羅界は戦争やテロなど、再び餓鬼界を形成する結果を生みます。

そして金があればそこを抜けられるよというまやかしのドリームを与え、そこに安住するためには組織に貢献せよという畜生界を設けます。

その組織(国家や企業など)は、自然をどんどんニセモノに作り変えて、作り変えれば変えるほど豊かになるという幻想(イメージ)を与えます。
こうして自然破壊を開発と言い換え、
自然物を人工物に置き換えることで発展と称し、
それを是とする「GDP」というモノサシを世界標準とするわけです。

かくして森林は削られ、平地に巨大なコンクリートの森ができました。
それを人間は豊かと称していますが、砂漠です。
その砂漠の中で、人々はただ畜生のように働かされ、空洞化した家庭の中で餓鬼界や修羅界が生まれています。

つまり、自由競争・市場経済・経済至上主義の価値観は、人間を餓鬼界・修羅界・畜生界に無限ループのように閉じ込める思想なのです。そして、そこに囚われてしまった人々は、狐に化かされたかのように同じ所をグルグルと回り続けることになります。

そこで繰り返されるのは、空しい時間つぶしのゲーム人生。
人々は、目の前の出来事に追われて争いを続けますから、支配者にとっては実に都合のよい体制です。と言っても、そういう世界にいるということ自体が存在不安の現れですから、仮に支配者がいるとしても、支配者自らが存在不安の奴隷であるわけです。つまり、結局は、どこにもルフィのような海賊王の存在しない寂しい世界なのです。

このハラスメント界(餓鬼界・修羅界・畜生界)を地球規模に拡大していこうというのが、アメリカの進めるグローバリズムですね。どこまで広げても意味ないよ、ということに、もう気づけばいいと思うのですが・・・




★不安から逃走し続ける世界------------------------------------------

では、何に気づけばいいのか。
仮にこのような世界を創り上げようとする存在がいるとするなら、その存在は存在不安に怯えています。その「不安からの逃走」(=自分からの逃走)を続けるためだけに、このような世界を拡大していこうとしているわけです。

ではなぜ、そんなにも存在不安に怯えているのか。それは、ICとつながっていないからです。自分が自分(IC)とつながることで、孤独は消えます。さらに、その奥にいるセルフとつながることで、ワンネス(神と言ってもいいでしょう)とつながるルートが開けます。そこに至れば、もはや存在不安などないでしょう。

つまり、自分から逃げることをやめ、立ち止まって振り返り、自分と向き合うことをすれば、その瞬間に、このような世界の拡大は消滅するのです。

宗教だろうが、科学だろうが、政治だろうが、自分の外に救いを求めること自体がハラスメント界を形成します。自分と向き合うこと以外に救いの道はありません。


・・・ということに気づくために、この壮大な世界はあるんでしょうかね。でも、地球を食いつぶしてしまっては、元も子もありませんね。



ともあれ、私たち全員が踊らされています。
侃侃諤諤何をどう議論しても、この土俵の上にいる限り踊らされているということなのです。
そういう世界で、生まれた歌です。



【amazarashi 「つじつま合わせに生まれた僕等」】




<続く>





京都で感じたこと(2)―欲と不安



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