プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
12 ≪│2017/01│≫ 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

時刻依存症―定点で自己確認しながら生きる人々

2011/11/02(Wed) Category : 存在不安
【不安から逃走する手段としての型嵌め】1

★定点観測で自己確認-----------------------------------------------

「時刻依存症」は、たとえば「夕方7時には夕食を食べる」と決めたら、その時刻に夕食を食べている自分がそこに居ることで、“7時に食べている自分の存在”を自己確認する行為です。
(他に何かいい言葉があったらつけてね)

昨日も、1ヶ月前の今日も、3年前も…“7時に食べている自分”がそこにはいるわけで、そこに自分の連続性を確認できますし、明日の7時にも食べている自分を予測することで未来の不安もなくそうとします。

この連続性が崩れると“明日の予測”も確たるものになりませんから、絶対に途切れさせてはいけません。“明日の不安”をなくすためにやっていることですから、何が何でも7時には食べなければいけないのです。

いわば、日常の中に定点(アンカー)を打って、そこに自分の存在をつなぎとめる行為。あるいは、定点観測で自己確認する行為と言えるでしょうか。

(明日の不安をなくすために今日を生きているわけで、「今、ここ」を生きていません)



★定点だらけの生活-------------------------------------------------

時刻により自己確認している人は、存在不安が強くなるに従って、朝起きてから就寝まで、すべての生活時刻が決まっているロボットのようになっていきます。生活習慣すべてを固定化することで安心を得ようとするわけですね。

結婚した場合は、配偶者にも従ってもらわなければ不安になりますから、自分の生活パターンを強制します。たとえば夫がこういう人であった場合、7時に夕食の準備ができていないと、ものすごく不機嫌になったり烈火のごとく怒ったりしますから、妻は何があってもこの時間には夕食を準備するようになります(妻にとってはそれが自分の存在価値を示す行為になったりします→共依存の出来上がりですね)。

尚、この不機嫌や怒りの本質は不安です。
「僕は人生をかけて不安から逃げ続けているのに、そのために自分を窮屈な枠にはめ込んで安心を得ようとしているのに、おまえはなぜ僕を不安にするんだ!夕食ができていないだけで不安が出て来るんだよ!僕を不安にさせるなよ。怖いんだよ。ウェ~ン」と泣きたいのを、代理感情の怒りで爆発させているわけですね(泣けば不安も出てきますから、怒りで抑え込むわけです)。



★定点を破らせないように家族を従わせる------------------------------

子供ができたときが、この人工的パターンを崩すチャンスなのですが、存在不安が同程度の人が結婚しますから、この夫婦のパターンに子供が合わすように仕向けられていきます。

7時に子が食卓にいないと「早く席に着け!」と父親は怒るし、母親は「お父さんが怒るから」とせかしたりするといった具合です。実は両親ともに“不安”を見たくないだけなのです。

そして、8時には「水戸黄門」を見るということが決まっていれば、チャンネル権は絶対に譲りません。このような長寿番組を見るということ自体、“自己存在の連続性”を確認する行為だからです。自分の存在をかけてみるわけですから、他の人にチャンネルを譲る事はありえませんよね。

尚、心理ドラマを見ることはないでしょう。なぜなら、ドラマに触発されて自分が封印している感情が出てきたら困るからです。流れがどうなるかわからないストーリーもダメです。不安が喚起されますからね。その点、「水戸黄門」はVSOP(ヴェリー・スペシャル・ワンパターン)ですから、これほど安心してみることができる番組は他にありません。

(戦後間もなくの1954年から始まった水戸黄門。いやはや半世紀以上も続いた番組というのは例を見ないのではないでしょうか。そのこと自体が、存在不安のある人々がいかに多かったかを示しているようにも思えます。そういう方々を長年にわたって癒してきた番組と言えるかもしれませんね)



★「自分の感情」よりも「自分の連続性の確保」------------------------

長年夫婦が連れ添ってきますと、一体化していきます。そうなると、たとえ大喧嘩しても、10時就寝と決まっているとピタッと止まって10時には寝ていたりするのです。

気持ちで生きている方から見ると、「え?イライラして眠るどころじゃないでしょ!感情はどこに行ったの??」と思いますが、喜怒哀楽はすべからく「自分の存在あって」のことです。自分の存在なき所に喜怒哀楽もありませんから、まず自分の存在を確たるものにすることが第一優先なのです。

「自分の感情」よりも、「自分の連続性の確保」の方が重大です。もう存在できているのに、自分の存在性を確認しなければならないなんてとても悲しいことです。けれど、“そこ”で生きているのです。言う言葉がありません。



★「自己の存在確認」しかない人生-----------------------------------

当然、「自己の存在確認」が人生のすべてのライフイベントに優先するということですね。たとえ身内に不幸があろうと、配偶者やわが子に大変なことが起きようと、まず自分の生活パターンの維持が最優先なのです。

たとえば子供が痴漢にあった話をしているのに、母親は7時に間に合うように夕食作りを始める。たとえば子供が全力で気持ちをぶつけているのに、父親は8時になったらテレビを見始める。たとえば子供が大泣きしているのに、両親ともに10時に寝てしまう・・・

子供は、お前の苦難など大したことない。お前の身に降りかかったことなどどうでもいいこと。お前の気持ちなど受け止めない。つまりは、お前の存在などどうでもいい―というメッセージを受け取ってしまいます。こうして子は親に絶望すると同時に、存在不安の連鎖を受け継いでしまうのです。

上記の行為を見ると、極めて自己中で非人間的に見えたり、冷酷に見えたり、憎しみさえ湧いたり、悔しかったり、情けなく思ったり、がっかりしたり、絶望したり、悲しかったり、寂しかったりするでしょう。でも、それは「喜怒哀楽のある世界」の話。

そのように見える人は、決して目の前のあなたを軽く見ているわけでも、どうでもいいと思っているわけでもありません。けれど、自分の心を見ないために、自分のその行為(衝動)を説明する言葉も持ってはいません。だから、たとえ問い詰められても、何も返す言葉がないでしょう。

その人は、自分の存在を一瞬一瞬自己確認しながら生きている・・・人生どころではないのです。その生き方に、良しも悪しもありません。

「そのようにしか生きられない」のです。
「ただ、そのように生きているだけ」なのです。




関連記事
 
Comment4  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

私の父だ

いつもお世話になっております。
カウンセリングを受けて一人暮らしをして会社をやめていつも寝てます。
よく寝れます。昼間も寝てます。
気が向いたらバレエのレッスンに行ってます。
そろそろお金が回らなくなってきたので働こうかな?

時間きっちり。
これは私の父ですね。
寝る時に『明日は○時に起きる。みんなも起きろ。』宣言して家族も従わせる。
わたしだができなくてよく責められてたけど。
『○時○分に出発する。』きっちり○時○分にならないと出発しない。
それまでただ椅子に座って無表情で待ってる。
見てておかしかったけど。
家族でそれを見て笑ってたのは私だけ。
母も弟も時間きっちりの父を尊敬して真似してたね。
今思うとあんな場所で暮らしててよく気が狂わなかった。
あっ狂った時期があったわ。

 

これは深い洞察ですね。

早起きは三文の得というけれど、普通に起きても午前中をのんびりしてしまうことがある。でも、最近の自分は、のんびりする自分を許すことにしている。そして、やりたいことがある時は、とてもエネルギッシュになれる。

以前は、ポテトチップや甘いコーヒーを摂ったら、体に悪いことをした罪悪感があった。まあ、健康的な感覚かもしれないけれど、行き過ぎればその精神は不健康といえる。後で野菜摂ったり、歩いたりして帳尻あわせれば問題ない。カップラーメンもたまに食べるようになった。

習慣て、守るのは楽だけれど、何かを見ないための鎧なのかもしれない。

今は習慣やぶりが楽しい。2か月前の土曜日、夜6じから8時のライブに渋谷へ行った。スタンディングは疲れるけれど、今までの自分には禁じていた?控えていた行動だ。

破ったってどうということはない。心が縛られていたことのほうが問題だったんだ。

 

でも こういう人は 社会で信用できる人とされ
一番善良な市民として認められますよね。

家でプラプラ仕事してない
不規則で朝寝坊時間バラバラ
掃除も片付けもいつしたの?みたいな生活リズムの見えないコツコツの持続がない人は、認められませんよね。
時刻ロボットの方が批難されないだけいいですね。
比べてもしょうがないでしょ、どっちも病気なんだから
という声がしました。

 

うちの

親ってそうだったんだなあ。
夜、コンサートやナイターに出かけても途中で帰ったり。
「なんで?!せっかく来たんだから最後まで居ようよ」って言っても「遅くなっちゃう。遅くなっちゃうと思うと落ち着かない」とか言って。
何処へ出かけても何かに追われているようにソワソワしてて、何でなんだろう?っていつも不思議でした。
一緒にいても一緒に楽しめないし、逆に疲れちゃう。
同じ存在不安があっても依存の対象は人それぞれなんだなあ。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
わが子を守るために
記事
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード