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規律依存症―自律(内骨格)できずに規律(外骨格)で自他を縛る人々

2011/11/05(Sat) Category : 存在不安
【不安から逃走する手段としての型嵌め】2

★規律は感情を封じ込める「結界」-------------------------------------

不安感情を封印している人は、感情世界自体を嫌います。自分の身近に喜怒哀楽のにぎやかな世界があると、閉じ込めた天岩戸の中からIC(インナーチャイルド)が顔を出そうとするからです。

寝た子を起こさないためには、家族にも感情を出さないように強制していかなければなりません。その手段の一つが規律を沢山設けること。「規律依存症」は、次の3つのメリット(^^;)があります。

1、自分を規律で縛る
自律(内骨格)できないから
規律(外骨格)で自分を立たせます。

「キリッツ! 礼。着席」ってね(笑)。

自分を縛る規律(ルール、約束事、「○○すべき」「○○であるべき」というべき論など)が多ければ多いほど、常に意識をそちらに向けることができますね。同時に、次の2つが効用として付属します。

2、家族を縛ることができる(家族の感情の封印)
3、規律を破ったときに、家族に怒りをぶつけることができる(怒りの吐き出し)

このように見ると、規律が自分と家族の感情を封じ込める「結界」の役割をしていることがわかりますね。それを張り巡らせば張り巡らすほど感情は閉じ込められていきます。




★規律依存で拡大する感情抑圧社会------------------------------------

感情を見ないために規律依存症になるわけですから、「気持ちで行動するな」というIPが強化されていきます。気持ちで行動できない=合理的判断基準が自分の中にないということですから、ますます規律依存になっていきます。

尚、“合理的”というのは、感情とはとても合理的なものだからです。無意識も含めたすべての情報から導かれた結果、どう行動すればよいかを“感情”という形で瞬時に自分に教える極めて高度な機能だと思います。
目を開けて内なる不安を見つめよう-感情は人間に標準装備された自律調整機能

ところが、支配層(?)による「感情は悪」というイメージがかなり浸透しています。人が自分の感情と信頼を結べなければ、簡単に操り人形にすることができますからね。

感情が非合理とか厄介とか思われているのは、感情ではなく「衝動」を見て言っています。封じ込めた感情=ICが衝動となって自分を突き動かすから、感情が厄介者に見えてしまうのです。

それをさらに封じこめようとして「怒りをコントロールするセミナー」などに通い、さらに大爆発を誘引する結果となることがあるのです。
「キレる大人」の心理(2)-感情でものを言われるとキレる理由

そして、大人になってからコントロールするのは大変だと、小さい頃から厳しく不寛容(ゼロトレランス)に躾けろという議論が出てきます。
なぜ小学生の校内暴力が増えるのか

尚、ゼロトレランスは、地下鉄の落書きを消すことでニューヨークの犯罪率を低下させたジュリアーニ市長の成功からきています。
ゼロトレランスでいじめは救われない

彼は罰を持って落書きを規制したのではなく、根気よく落書きを消し続け環境美化に努めた結果、汚すことをためらうという人の心に働きかけたのですが、この成功を“敵”(←誰?^^;)は利用しました。「ゼロトレランス」と名付けて外罰的行動規制を拡大しようとしたわけです。

このように良いことも悪いことも、すべて自分の都合のいいように利用して人をコントロールしようとするやり口は、皆様ご経験、まんまIPそのものですね~(--;)。


人を操るために感情を抑圧させ、
それゆえ感情爆発による事件が起こり、
その事件を盾に法規制や刑罰が強化され、
よいことさえも規制強化の理屈にすり替え、
さらに感情抑圧社会が拡大していきます。

自律した人々から見ると、バカバカしくて自縄自縛で窮屈で苦しくて仕方がないのですが、「不安からの逃走」を続けている人にとっては、社会がそのように動いてくれることがありがたいのです。

(つまり、自律して自由になりたい私たちの敵は、存在不安を抱えている私たち自身です)




★規律依存で出来上がる感情疎外のロボット人間-------------------------

こうして、存在不安人間たちがルールと規制だらけの社会を作り上げ、やがてルールに則った行動はできますが、ルールにない行動はできない「マニュアル人間」を輩出していきます。

その内、命令であればやる、ルールに則っていればおかしくても淡々と行動してしまう―そういう「ロボット人間」が出てきます。例えば次のように。
奈良市職員の長期欠勤問題~人間のロボット化

もはや、人の感情と行動が完全に分離していますね。自分の行動の基準をルールに求め、間違ったことをしてしまったら、それもルールのせいにしています。

このブログでは、いつも「気持ち(感情)こそが自分自身」と言っています。また、気持ちを表現することが生きることであると思います。
その気持ち(自分)を殺したまま、誰か見知らぬ人の作った人工的なルールに従って行動して時を過ごす―つまり、ただシステムに操られているだけなのですが、こういう人が、「自分は生きていなかった」ことに気づくのは、死んだ後でしょうか。




★自由から逃走し始める「操り人形」たち-------------------------------

上記のようなロボット人間の言動を見て、なんとまぁ無責任なと思うかもしれませんが、自分の気持ちで行動を選択していない人は、その選択に責任が持てないのです。
自由からの逃走―(2)人のせいにする心理

そして、「操り人形」として生き始めた人々は、操られることが苦しくても、責任を負わないでいい気楽さの中に埋没していきます。文句を言ったり、反抗したりし続けながらも、“そこ”から出ようとはしません。
自由からの逃走―(3)操り人形は責任をとらない(とれない)

かくして気がついたときには、立派なハラスメント社会の一員になっているのです・・・




★規律は、怒るチャンスを増やす地雷---------------------------------

もう一つの規律の効用に触れておきましょう。
存在不安のある人は、親に対する怒りも封印しています。その怒りは出口を探していますが、正当な理由がなければ怒ることはできませんから、家庭内規律を沢山作る=怒るチャンスを沢山作るわけです。

どんなに注意しても規律を破ることは出てくるもの。そのときに、ここぞとばかりに怒るわけです。

ここでわかるように、厳格で規律が大好きで怒りっぽい人間は、実は不安が強く、とても怖い弱虫だということです。不安で怖がっている人ほど、強くなるために強面(コワモテ)になる場合があります。


このように、自分が決めた勝手なルールを基に、それを破ったら烈火のごとく怒りを吐き出すことをしている人もいれば、世間的常識に則って、それを破っているのを見たら怒りを吐き出す人もいます。
「キレる大人」の心理(1)-定年退職後、突然キレだした理由

いずれにせよ、「怒りを吐き出す」ことが目的であって、その前に来る理屈はすべて怒りを吐き出す正当性を得るためでしかないことが分かりますね。




★自分を解体して再構築しよう-----------------------------------------

結局、自分の気持ちを口に出せないばかりに、人々はこれほどの壮大な虚構社会を作り上げてしまいました。ということは、この虚構社会を、人と人の心が触れ合う本物の社会にするには、気持ちをしっかりと口にすればいいわけです。

気持ちを言うためには、自分の感情を自分が知らなければなりません。
が、その感情は自分に背骨がないと出てきてくれません。
しかし、背骨を作るためには感情で生きなければなりません
―困りました・・・。

感情(不安含む)から逃げるから背骨ができず、
背骨ができないから感情(不安含む)を受け止めることができない
―身動きできませんよね。


それを変えるということは、一旦自分を解体して再構築するということですから、極端に言えば自己崩壊の危険性と隣り合わせにあるわけです(その危機に脅かされたときにどうなるか、それが次の記事で出てきます)。ですから、誰もが挑戦できるわけではありません。

中には一人で「第二の誕生」ができる人もいるのかもしれません。が、苦痛を受け止めたり励ましたり、適切な所でいきみ方などをサポートしてくれたりする助産婦さんがいるにこしたことはありません。

新たな自分を生み出すことは、もちろん一人で取り組むのですが、その過程を知っているカウンセラーなど安心できる環境が必要だと思います。

そして、自律する人が増えれば増えるほど、虚構社会は勝手に崩壊していくことでしょう。




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Comment

 

うちの母や夫の事だわ、、。
そういえば昔、話の流れは忘れたが、人の心を傷つけるのは嫌だ、と言った私に母は「心なんてどうだっていい!」と突然怒鳴りだし、、、、。

どう考えてもどうでもいいって話し方じゃないじゃん!って今は思う。

規律好きは勝手に自分の都合のいい「お約束」を相手に押し付けて、それを破ったといって怒るのも得意。大人なら言い返せる子供だましだけど、子供だったら参っちゃいますよね。金太郎飴のように似ている彼ら、、、。

 

あらためて見つめなおす内容ですね。

子供のころ描いていた絵の意味。
身動きとれない、を、とてもかみ砕いて頂きました。
ありがとうございました。
ルール、大好きです。
ふりかざすのも、従うのも、逆らうのも、無視するのも。
ぜんぶ。
囚われの形。
そーいう鋳型なのねーとあらためて思います。

自由からの逃走も、大抵のことをやらかしました。
最近、壁紙やふすまたたみのあまりの古さと汚なさに、大家さんにクレームをつけました。
かなり感じ悪い態度で張り替えを迫り、汚れのひどかったトイレの壁紙とふすまの張り替えに成功しました。
我ながらかなり…コワモテのハラッサーでした(-_-;)

大家さんの、チワワのような潤んだ目で繰り返す(中年の男性ですよ)ちからわざな言い訳も凄くて。
それを聞いていたら「ゴタクはいいからやれよ」という怒りが湧きました。
気がついたら、自分の声とは思えない低ーい声で「フツーやりますよね」「替えてください」と、命令してました。
↑は普段、私の大嫌いな言葉です。
ビリビリビリー!!と自分から良くないエネルギーというか、磁場というか、重力場というか、そんなものが発生しているような気がしました。

綺麗になったのはうれしいのですが、ちょっと罪悪感と危機感。
私マズイ(-_-;)黒いわー。
引っ越ししてから半年間、相当がまんしていたんだなあ、ということと、…ああ、やっちまった、ということと。
大家さんの怯えかたや謝らないで言い逃れしようとする無責任な態度とか、ハラッシーとしての私に良く似ていて、でも、すごくムカついています。
謝らないのは、自分に責任があると思っていないから。
まわりのせいにしているからです。
そして、それは今の私でもあるわけで。

要らない因縁を作ってしまったように思います。
こんな状態で新たに出会うコミュニティーは、やっぱハラスメント界なのかなぁ。
お金を自分で作りたいから、バイトしたいけれど、躊躇してしまいます。
責任も持てるとは、とても思えない。
自分でやっておきながら、やってる意味に気づかず、起こったことで他を責めて、被害者ぶってしまいそうで。

 
    
 
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