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権威依存症―「代理背骨」としての権威

2011/11/06(Sun) Category : 存在不安
【不安から逃走する手段としての型嵌め】3

★「代理背骨」としての宗教------------------------------------------

前項で、自分の気持ちで行動することが背骨を作ると書きました。少し詳しく言えば、人は自分の気持ちで行動することで初めてその行動が血肉となり、体験的に判断基準ができてきます。それ以外の行動は操り人形であって、自分の判断基準ができないということです。

背骨を持たない人は甲殻類として生きると書きましたが、「代理背骨」で生きると言ってもよいでしょう。自分の背骨に代わるものを外から持ってくる―その代表的なものが、たとえば宗教です。あらゆる悩みに答えを用意してくれるように思えますからね。また、子に対しても宗教の言葉を語れば場をしのげるでしょう(子は誤魔化されませんが)。

その宗教を創始した人は、気づきがあり自律されたのでしょうし、さらに悟りを開かれたのでしょう。けれど、組織になってしまうと、そこに依存や内部競争などが生まれるものです。本来は人を自律に導くものであるはずなのに、共依存組織(つまり、内部はハラスメント界)になっている場合が少なくないように思います。




★「代理背骨」としての権威------------------------------------------

宗教と同じく、代理背骨として持ってくるものが「権威」です。
感情こそが自分の行動のゴーストップの判断基準なのですが、感情で生きていませんので判断基準を外から持ってくる必要があるわけですね。

たとえば、【第4部-2、借りてきた「男性モデル」と「父親モデル」】で書いたことも、その一つの事例です。

『りょう先生は、自分で苦闘して自分の生き様を創り上げるのではなく、外からモデルを借りてきてそれに自分を合わせるという鋳型成形の道を選択しています。男性モデル、父親モデルも借りてくるしかありません。そのモデルはテレビや小説が提供してくれました。「人生劇場」や「巨人の星」、あるいは太宰治の「父」という短編です』

『りょう先生は、義に生きるということが人類の歴史とともに古い権威のあるものであること、同時に男性特有のものであること、の二つに惹かれたのでしょう。なぜなら、仮に人類の歴史とともにあるとするなら一つのスタンダードとなりますし、男性特有ということなら、これに従うことで自分の女性性を切り捨てることができるからです』


借りてきた言葉しかしゃべらない父親に対して、自分の言葉(気持ち)で話せ!と突きつけたのが息子の諒君。それは、りょう先生のIC(インナーチャイルド)の心からの叫びでもありました。

けれどそれは、これまでの虚構(外骨格)をぶち壊せということ。甲殻類に対して殻をはぐって腸をさらけ出せと言っているようなもの。つまり、ただ「気持ちを言え」と言っていることが「死ね」と言われているに等しくなってしまうのです。

それがどれほど耐え難いことか。それが下記に表れています。
真実を告げられた衝撃と引き剥がされた現実

自分が破壊されることを避けるため、りょう先生は息子を殺害したのでした。




★自分を救うエンプティチェア----------------------------------------

この悲惨な結末は、諒君が「自分しか自分を救うことはできない」ことを知ることで避けられたでしょう。このブログを読まれている皆様は、「自分しか自分を救うことはできない」こと、「自分で自分を救うことができること」を心から知ってほしいと思います。

それは難しいことがわからなくても、エンプティチェアを通じて、次のことが体感的に理解できます。

1、IC(自分の気持ち)は、その気持ちを相手が理解するかどうかは気にしてないこと
(→それは相手の問題)

2、IC(自分の気持ち)は、“自分”が“その気持ち”を口にして表現してくれるだけで満足すること
(→相手が理解しなくてもスッキリするから)

3、IC(自分の気持ち)が文句を言いたかったのは、今の親ではなく“そのときの親”であること
(→今の親に言っても当時の親と違うのでスッキリしない。その光景及び当時の親は脳内で生きています)

4、自分を苦しめていたのは、現在の親ではなく、脳内現実の親であったことがわかること
(→そのときの思いを口にすることができれば、そのときの記憶をとどめておく必要はなく手放すことができ、“思い出”に変わります。そして、今の親が怖くなくなります)

5、親の立場を演じてみて、自分の気持ちを言ったからといって親が壊れるわけではないことが分かること
(→親への遠慮が他人への遠慮になっています。他人に対する余計な遠慮がなくなります)

6、親の立場を演じてみて、親が変わらないことが分かること
(→悲しいけれど違う世界の住人だということがハッキリします=互いの存在を“初めて認め合う”ことができます→この時、親子分離=自他分離が成ります)

7、気持ちを言うことで、未来の自分を守ることができること
(→それ以降、親は距離を置くようになるから)

8、親も子に執着できないことが分かり、ある意味楽になること
(→自分で止められなかったゲームを降りることができるから)


こうして親から卒業していき、それイコール、ハラスメント界からの卒業となるわけです。そこから先は、本当に自由な世界が待っています。



けれど、このエンプティチェアを一人でやろうとすると、「脚本ちゃん+IP」連合が邪魔をして、うまくいかないのです。そして、間違いだらけのエンプティチェアをさせられてしまったり、適当な所でお茶を濁されています。ほとんどの方が、罠に落としこまれてしまいますので、エンプティチェアを行うときの留意点についても、いずれ書きたいと思います。

また、自分の内部で関が原の戦いをしながらやっているようなものですので、とても疲れます。それは、ICvsIPという単純なものではなく、向こう見ずに突っ込んでいくもの、味方の振りをして動かないもの、脅されて動くもの、最初から様子見のもの、途中から裏切るもの―様々に入り乱れて闘っているからです。

ですから、見守る人がいるということは、いろいろな意味でとても力になるのです。そして、この自分内部の闘いを乗り越えて、自分自身を勝ち取ることができます。




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代理背骨(宗教)

こちらのブログで、ようやく生気を取り戻しつつある者です。ありがとうございます。

著しい機能不全の家庭に生まれ、幼いながら救いを求めて繋がった先は、激しい共依存社会の宗教界・・・

最初は純粋に聖書を信じ、愛を知り、やっと息をつけた思いでのめり込み・・・依存。
依存するしかない養育環境ではあったけれど、その社会は権威を味わううちに己を失い、信徒を道具にした牧師夫妻によるハラスメント界。後にカルト宗教へ変貌。

成る実でその人の良し悪しがわかるという教えと、牧師による信者の査定・・・。思春期に入り、教会内外の人の目を自分を計る全尺度にし、そのうち善悪がわからなくなり、離人症発症・人格崩壊。
失った青春期、大事な人生の時間を想うと、自律へ向かうことを決心し日々その過程にいる今も、怒りや悲しみが沸いてきます。

他人の人生を、ましてや洗脳されやすい子供時代を思うままに染められる宗教の怖さ・・・その怖さに気付かず聖職に就き、人の心を殺している聖職者が、ごまんといるのが今の現実だと思います。

 
    
 
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