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存在不安が強い人の家の結界 4宝物殿―化石の森

2011/11/16(Wed) Category : 結界
【存在不安が強い人の住む家】4

★宝物殿------------------------------------------------------------

本殿に行く前に宝物殿を見ておきましょう。

存在不安の強い人は、感情で生きていません。自分の気持ち以外の何かに従って生きるということは「操り人形」ということです。操り人形がどんなに行動したとしても、後には何も残りません。「生きた記憶」がないわけですからね・・・。

たとえば、次のように
母親という「ザ・ワールド(世界)」


ですから、存在不安の強い人は、自分の生きた証=物を残そうとします。
物を見る度に、過去に自分が存在したことを証明できるからです(それほどに自分の存在が心もとない)。だから、必ず物置の様な部屋が少なくとも1室は存在します。

たとえば、次のような感じです。
モノに宿る餓鬼というもののけ(物の怪)→4,展示会場のような部屋

部屋を開けると、幼少期から現在までのさまざまなアイテムが所狭しと置かれていたりします。しかも、引き出しがきちんと閉じられてなかったりして、一望できるようになっていたりします。

昔の人はそんなアイテムが多いわけではありませんので、主に衣類、そしてそれを納める箪笥でしょうか。

さて、アイテムにまつわる色鮮やかな思い出が溢れてきそうなものですが、私が受ける感じはカタコンベ(地下墓所)です。
その部屋の中に時は流れず固化しています。
とても静謐で、鎮魂の森、化石の森という印象です。




★存在不安の人の居場所----------------------------------------------

ところで、その宝物殿の位置はどこにあるでしょうか。

ここでちょっと部屋の配置を見ておきましょう(尚、以下はよく見られるものですが、その家によって様々です)。

【事例A】例えば3世帯同居の場合―
大体入口近くの部屋は“門番(番犬)”の居る場所―子ども部屋。
2階建てであるなら、2階の部屋は子宮の壁としての部屋―親の部屋。
門番と子宮の壁に囲まれた1階の内奥が、支配者の部屋―祖父母。
→まぁ、存在不安の強い人が最も安心できる子宮の一番奥を選ぶわけですね。



【事例B】例えば2階建てで2階に家族の寝室がある場合―
やはり玄関側は子ども部屋。
奥が妻の部屋(別に寝ている場合)。
真ん中が夫の部屋。
→この場合、2階の真ん中の部屋を選ぶ夫が、最も存在不安が強いかもしれません。1階に空間というクッションがあり、両脇に子宮の壁ができるからです(仮にこうだからと言って、夫の存在不安が強いというわけではありませんよ。あくまで形からは入らないように。それに、夫婦の場合、不安の強さはほぼ同じですから、どちらがどうということではありませんが)



【事例C】同じく2階建てで2階に家族の寝室がある場合―
逆に、2階の玄関側であっても、階段を上がってすぐの所に存在不安の強い人が部屋を構えることもあります。それは、必ず誰もがその部屋の前を通るからです。その部屋の前を通る→その部屋を見る(まなざしもストロークですよね)→そのことを無意識にせよ想像することで、既にストロークを得ているのです。

万引きの心理と似ているかもしれません。
『万引きをするのは、捕まったときに他人から強烈な否定のストロークを受けることになりますが、それを想像しつつ万引きをする時点で、既に濃い否定のストロークを受けとることになるからです。この時のスリルとはつまり、否定的であるにせよ自分の存在が認知されているという快感なのかもしれません』
【万引きの心理-なぜ、分別ある大人や高齢者が万引きするのか】



【事例B】と【事例C】の違いは、
【事例B】は、奥に引っ込んで安心を得る要塞構築防衛型
【事例C】は、積極的にストロークを取りにいく無意識的自己顕示型とでも言えるでしょうか(俺を見ろ、俺を見てくれ、と無意識的に強制しているわけですからね)




★ストローク飢餓の人のポールポジション-----------------------------

このように、ストローク飢餓の人は、自然に飢えが満たされるような「位置取り」をすることがあります。たとえば・・

・テレビのまん前に座る←誰もがその人の後頭部を見ることになります
・必ずそこを通らなければならない位置にいる
(たとえば、居間からダイニングに行くときに、“そこ”しか通路がないとします。そして、家族がダイニングテーブルで食事をすることになっているとします。すると、そのテーブルの通路側の席を定位置としている人が無意識的自己顕示型の人です)

他の人が「邪魔だ」と思う場所が、ストローク飢餓の人にとっては“ポールポジション”なのです。邪魔だという思いや眼差しを受けること=その思いや眼差しの先に自分という存在があることを確認できるわけですから、そのポールポジションは死守します。

また、ポールポジションを作るために、わざわざ家具の配置を変えて家族の動線(人が移動する場合の経路)を変えたり、改築までしたりします。


さらに積極的にストロークを得たいなら、位置取りだけではなく、“行為”に移ります。たとえば、皆が見ている前でフケ落としなど(^^;)。
それによって、嫌悪する眼差しや「やめてよ」という声が飛んできたら、大成果。大きなストロークを得たことになります。

(このようにひもじければひもじいほど、心の食べ物であるストロークの質は何でもよくなってきます。罵倒や蔑みさえもストロークなのです)




★宝物殿を通じてストロークを得る-----------------------------------

え~、話しが思いっきり脱線しているように見えますが、まだ続きます。

宝物殿は、その家の支配者もしくは存在不安の強い人に隣接してあるか、その家のベストポジションにあったりします。
【事例A】で言えば、1階の真ん中。
【事例B&C】で言えば、1階のベストポジションか2階に余分な部屋があればそこ。

もっと部屋を有効に使えるのに、と思ってしまいますが、そのあり方がベストなのです。というのも、宝物殿はその人そのもの。ですから、その部屋に入らなくても、必ず皆がその前を通ったりするだけでもいいのです。宝物殿は黙して存在を主張しています。つまり、宝物殿を通じて、その人がストロークを得ているわけですね。


もう一つ、効用があります。
さして広くない日本の家屋で一室を潰すことによって、家族は窮屈な部屋割りをせざるを得ません。つまり、家族の自我形成の場を作らないですみます。環境的に、子は自我の発達が抑制され、母子カプセル、父子カプセル、家族カプセルができていくのです。



(尚、上記のことは、あくまでもそのような事例がったということであって、上記のような“形”があったからとて、それが上記の心理状態を示しているわけではないことにご留意下さい)





【柏原芳恵「化石の森」】


モノと一緒に記念写真を撮り続けていますね・・・


「あたしじゃない」と叫んでいる

あなたは、だれ?





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もしかして

記事の中に、嫌悪する眼差しが大成果、罵倒や蔑みさえストロークとありますね。もしかして露出狂ってこの心理…?
じゃあとてもかわいそうな状態、解決されてない状態にいるということですね。元からそうだということは決してなく。これが警察や法関係機関に認識されていないと、刑罰がきつくなるだけか罰を与え続けるだけで社会として進歩がないということになります。
なんでこれが気になったかというと、理由は二つあると思います。一つは、父親です。父は、注目を集めたいタイプ。ささいなことでみんなが彼に注目していると、満足しているということに前、気づきました。また、記事に関係あると思うのですが、彼は鼻くそを飛ばしたり、ほかには唾を落とすふりを、自分たち兄弟や自分のいとこにしてきます。おばによると昔からそうらしくて、鏡に抜いたヒゲが毛根でたくさんくっつけてあったりして気持ちわるかったとか、子供っぽいですが、そういうことをして本人は楽しそうなんです。だから特に考えたことはありませんでしたが、でも家族は誰もそんなことしないし、記事に書かれていたような心理が働いていたなんて…!父は父の証言では、虐待のしつけをされて育っています。これは本当だと思います。もう亡くなりましたが祖母は否定しなかったし、祖父は若い頃は「遊びまくって」、かなりの暴君だったようです。「ようです」というのは、祖父はどうやら、祖母や父が思っているほど自分のしたことを重要視していないか悪いと思っていません。祖父自身は父がかわいかったということを思い出話としてするので。双方の認識が違うようなので、ほじくり返すようで嫌で聞いたこと無かったのではっきり何があったかは分かりません。でも浮気は普通にしていたみたいです。
二つ目。自分は何かある度、「(大人になって・後から・「失敗」したときに)親のせいにするなよ」と父に言われてきました。だから、いわゆる毒親のサイトを読んだりしても、親のことを悪く言うような部分になるとその書いている人を「こいつは悪いやつだ」と認識してしまいます。まるで、異教の説法を聞くように、勝手に脳がシャットアウトしてしまいます。頭では親(母も含め)の洗脳だとは少なくとも感づいてはいます。一方的に自分が悪いと言われ続けてきたため、それを内面化(?)してしまっています。この一番残酷なのがIPで、だから自分の中の親はとても残酷なんだろうと思いますが、父は上手く僕に罪悪感を植え付けたようで、完全には「親が悪い」と思えない自分がいます。いわゆる「情」がわいてしまうのです。父親には、どちらも母親のいないところででしたが、「(手首の)親指側を切ったら血管が太いから早く死ねるぞ」とか、このブログでも紹介してある秋葉原の事件の時にはニュースが流れている最中に「お前は将来こうなる」と言われました。不登校は犯罪者になる確率が高い(どこ情報?)から、というのが父の理由、また正当化でした。中学生のあのとき、自分は家で絶対的に「間違って」いたので、父の行動は赦されていて、自分はどちらのときも、また他のときも何も言えませんでした。不登校のお前が悪い、というのを隠れ蓑にして、僕に反論できない形で責めていました。書いている今体が震えています。また、文字にしてみていかに異常だったか、今もそうですが、が分かります。自分は子供を育てたくありません。もちろん怖いからです。それが誰の子供であれ嫌です。また、他の人を傷つけるかもしれない恐怖、自分か他の人を衝動的に傷つけそうで怖くてナイフを視界に入れたくない、その他もろもろが、英語で Aggressive Obsession と呼ばれるものだと最近、それもたまたま知りました。いつのまにか強迫性障害を患ってしまっていました。愕然としました。母に伝えましたが、重要性と、またどういうものであるかはまるで理解できていないようでした。母は、父が家族全員にするように、また他の人についての意見がそうであるように、「お前が悪い」と言われ続けてきているので、ほとんど疑いを持っていません。何でも自分が悪いと思ってしまっているようです。分かると思いますが母は助けになりません。誰か一人でも正常だったらこんなことにはならなかったのにと思います。父の受けた虐待というのを書いておくと、昔聞いたことなので記憶が正確ではないかもしれませんが、父が幼稚園のころに、馬乗りになって、確かグーで殴られて顔が腫れた、というのを一番ひどいことの部類として聞いています。正常じゃないですね。でもうちではこれが正常、というか普通なんです。どうしたらいいのか。
父とほとんど話さなくなって四年たちます。返答できません。何か言われても。殴られたのがきっかけですが、きっかけはただのきっかけです。それが分からなければ解決しないでしょう。でも、母も父も分かっていません。僕が一番味方だと思っている母が一番分かってないのかもしれません。
このサイトだと、あまり(たぶんIPの)抵抗なく読める気がします。
カウンセラーにかかってみようと思ったことはもちろん何度もありますが、行く気になれないのはいろんな理由が、それも自分が気づかない理由が絡んでいるんだろうなと、このサイトを十数分かもっと読んで思いました。一人では処理しきれなくなってしまったのが分かっているのに、(家の)外に助けを求められない自分がいます。自分の本体が死にそうです。肉体的なものではなく、また心などという漠然としたものでもなく、自分の本質が死にそうです。
こんなに長くなるとは思いませんでした。他の記事も読んで自分の生活で生かせるものがないか探してみます。目から鱗的な記事をたくさんありがとう。

 

宝物。

性格悪いって思われるの承知でカキコしますが…要らない宝物といえば、結婚式の引き出物の食器たち。いかにも引き出物なイマイチセンスの食器たちは、申し訳ないけど趣味に合わないし使い勝手が悪いし、何より「幸せの御裾分け」って押し付けがましいオーラがぷんぷんで大嫌い。近々全部処分してしまおう…。

 

フケですか…?
あ~なんか解ります。
ストローク餓鬼は
ホントに下品で
気持ち悪く
ウザイ人に
なって行くんですね…

そういえば、
おじさんとかオバタリアンとか
年とともに、
いよいよ、喋ること成すこと
そのように変化しますよね

イヤ~~!
なんとかしたい。

 

うさもふさんの書き込みを見て、うわあああ(>'A`)>
って思いました…うちの母もそう。
実家にいたころ、部屋の不用品を夜中コッソリゴミに出したら(本当はいけないのですが、目の前でゴミに出すと"勿体ない"口撃が始まるので…)、次の日の朝、その不用品の山がそっくりそのまま、玄関先に。母がゴミ置き場から持ってきたものです…。ゾッとしましたよ。
他にも、色々と手放したい執着があっても、自分(母)にとって都合のよい執着は手放す事を許さないといった感じ。よくよくと考えて、気持ちに整理をつけて、目指す事を手放した(そもそも本当にその仕事に就きたかったかといえば疑問なので…)会計士の資格についても、「あんたは意地になっている」とか10年くらいグチグチ言ってましたっけ…。いや、今もか。旦那と結婚したときも、彼が法学部出と知るや「早く資格取って独立開業しなさい」…就職しながら目指すなんてとてもムリゲーな資格、高校卒業後に専門学校に進みたいと言ったら猛烈に反対したその口がよく言うわい(ー_ー;)と思ったものでした。その理由もひどく、家を建てたいから…。何なんでしょうね、私の人生って。母の我儘勝手な理由でいつもグダグダ。
だいいち、私は漫画描きたかったんじゃ。漫画家は道楽者とか、親戚みんな味方につけて私を潰しにかかってきたから、一人で自立して食い扶持稼ぐ手段にその資格を取って暫くお金貯めようと思ってただけ。
過去の恋愛についてもそうで、終わった人の話題をいつまでーも言わないで欲しい…。しかも、私の心を見透かしたと言わんばかりに洗脳するように。失礼です、色々と。
今にして思えば、その人と付き合うことで発生するメリット等(私にとってはデメリットでしかなかったのですが…)に未練があるのは私じゃなくて母なのでは?と思うこの頃です。
私事、少し愚痴ってしまいましたが、そんな訳で「母がゴミ置き場から持ち帰ってきたもの」の中には、そう。手放したい過去の思い出の品なるものも盛りだくさん。そういったものの巣窟なのです。
なるべく近づかないようにしている実家、用事で寄っても出きる限り玄関で済ませている実家。寄り付きたくないのは機能不全家族だから、とかそういう理由を差し置いても実家に寄り付きたくない理由に気が付きました…。

旦那の実家もなかなかにヒドいです。物置小屋も、冷蔵庫も。特に義祖父母が使っている冷蔵庫はヒドい…いつのだよって突っ込み入れたくなる食べ物が盛りだくさん。タラコにキノコが生えていた時は笑いました。義妹と二人、「腐海」って呼んでいますが…まぁ、これは弩がつく程の田舎だし老人だし、そういう文化というか癖が染み付いてしまっているので仕方ないのかな…と諦め。一応理解のある義父母の代になったらしっかりしてくれればいいやと、旦那・義妹・私・私の息子で角が立たない程度に容赦なく不用品を片っ端から整理中です。

不用品を整理する、というのは、自分の気持ちをリセットしたり、また新たなものを迎え入れるための準備をする儀式だと思うのですが…と考えると、風水に通じるものがあるような。

 

そうそう。モノを溜め込む。夫も母も。母は服の量がすごく6疊間を一室つぶしている。そこへ何十年分もの服を整然とハンガーラックにかけて。もはや着られない素材、流行遅れ、、、。そういう部屋があって残りのスペースで窮屈に暮らしている、というだけでもストレスになるけどなぁ。捨てるっていうと罪悪感がすごいみたい。夫はもっとひどくて手入れもしない整理もしないモノに囲まれている。異臭を放つようになった衣類も「思い出」としてとっておく。いくら夫のものだからといって、これを捨ててはいけない、というのは辛い。食品すらもうだめ?というようなものを捨てない。無理して食べる。理由は親からもらった差し入れだから。夫の親は度が過ぎる量、同じものを大量にしばらく、、、差し入れてくれる。自分と同じように太らせようというのだろうか、、、。私は食べられないものは捨てちゃうけどね。飽きるし。当然夫とも母とも「合わない」

 

自律への道

家の結界、とても興味深いです。
今まさに、崩している最中です。

カウンセリングを受けてもうすぐ2週間がたちます。
自分が実母に愛されていなかった、そして今も愛されておらず、道具としてしか扱われていないという事実にとても悲しんでいる自分がいます。

これまでも、ものをたくさん捨ててきました。
実母から送られた衣類や家のものを段ボール箱10箱以上。それでもまだ大量に送ってきます。
機械的に梱包を解き、要不要を判断し、処分していきますが、生後間もない子供を抱え、ただでさえ時間と労力を消費している家庭に送ってくる量ではありません。
梱包を解くときに、この梱包をした実母の無意識の病的な執念を思うと気持ちが悪いです。

「仮面の家」の両親に殺された長男のようにならないように、自分と子供を守ります。
両親に殺されたあげく、世論も両親の肩をもつという現実にショックを受けました。
「仮面の家」の記事を一通り読んで、私の思いを実母にわかってもらおうとすると、実母に殺されるかも知れないんだ、と実感しました。

傍目には理想的に見えて、実は母の夫役と弟の父親役を引き受け続け、IPに乗っ取られて見事なまでに感情の出てこない夫の受け皿ではいられません。

「無意識に」、「自分が」行動を選んでいることの怖さを最近感じています。

とりとめもなく綴ってしまいましたが、
自律への道を歩み始めたばかりです。

 

ささやき女将

一連の記事で、離れた実家を思い出していると書きました。男の子を育てている自分が、3年前、船場吉兆の会見を見た時の衝撃は今もよく思い出します。

父の創業した店、3女の女将、女将のささやきのまま会見する社長という肩書をもつ息子。

子育ての失敗例といえば簡単ですが、結界・マザー牧場などなどテレビの前に赤裸々に見せてくれました。私はショックを受けました。経営を誤らせまい、という女将の指導が、今日の社長(当時)を作ってしまった。偽装とかよりなにより、社長の様子と母の干渉具合がほとんど恐怖でした。跡をついでほしい、無言有言のうちに息子に洗脳し、脱出する力をつけさせずに育てる。容易に想像がつきます。

実家では、祖父が早くなくなり、10代で形上、世帯主に就任した父は、母の意のままに跡継ぎとなりました。未亡人になった祖母はささやきどころか、がみがみ女将に磨きがかかりました。後はわかりますよね。

私も息子を手放して、自分で歩いてもらおう、自分が変われば、自然とそうなるだろう。そう思いました。

 

パソコンの両側が古墳です!

パソコンに向かっていて気づきました。
ここは基本的に夫のスペースなのですが、
左側には夫の趣味のラジコンと工具を並べた棚が
右側にはこまごまとした物を入れた10段の引き出しケースがあります。
引き出しには、過去にお付き合いをした女性とペアで持っていた腕時計が3つも4つも眠っています。
この引き出しが、ご丁寧に 全部透明!
そして時計たちはパソコンのモニターと同じ高さに収納されています。

どうりで、夫は何時間もここにいるわけだ。

物が捨てられない夫婦でしたが、
両親から離れたことで私が一歩抜け、
共依存の関係が崩れ始めて夫が外に彼女を作り、
今では私とペアでそろえた時計も結婚指輪と一緒に時計の墓場でねむっています。

浮気を責めた私に夫がハラスメントをしはじめたおかげで 
私の自律志向はさらに強まりました。

今、私は 自分で作った子宮を壊し、親に持たされたりおくられたりしたものを処分しはじめています。
もうすぐ引っ越すので、夫もろとも手放します。

主体的に生き始めると、周りも動くのかもしれませんね。

 

ぽち

自分の一番深層にある感情は甘えの欲求だと
きづきました。

先生はどうやって満たされなかった甘えを
克服したのでしょうか、いつでも大丈夫なので
記事に書いてもらえれば大変参考になります。

 

家族カプセル

うちは両親、特に父親が偏屈で、私は大変苦しい思いをしてきました。

家全体が物置で化石の森です。
両親の部屋の隣が私の部屋で、二階の2部屋が私達三人の居場所でした。

私は両親の部屋を通らなければ突き当たりの自分の部屋に辿り着けず、いつもストレスでいっぱいでした…

 

じゃま、で気がついた

良く仕事などでそう言われたり、態度に示されたりしていた。
なんでだろうって、疑問だった。
ずーっとわからなかった。
存在に気づいてほしいためだったのか。
気づくと人の進行方向に立ってる。
気を付けても気を付けても、そうと知らずに人の動線を「ぶった斬って」しまっている。
「流れがあるでしょ!」と叱られても、私だってどうしてそうしてしまうのかわからなかったんだ。

でも流れがあるから、断たずにはいられなかったんだ。
断つことで必死に存在をアピールしてたんだ。
それだけ、私は私を無視してんだ。
自分で存在できたなら、治るだろう悪癖。
正体が分かればこわくはない。
IPがこれをネタに自責をできなくなるから。

自分を縛れば縛るほどに、罠を知れば知るほどに、潜在的なポテンシャルの高さも知れる。
負けられない。

 
    
 
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