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存在不安が強い人の家の結界 7本殿―3,黒くて大きなもの(テレビ)

2011/11/21(Mon) Category : 結界
【存在不安が強い人の住む家】7-3

かつて、当ブログを「隅から隅まで読んだ」という相談者の方がいらっしゃいました。けれどどっぷり闇の中。これまでも書いてきましたが、読み書きは所詮左脳(IP)の世界なのです。

心理学を深く学んだ方もいらっしゃいました。分析能力は長けていましたが、それがますます自分をがんじがらめにしていました。

人生脚本が操るIPの世界の中で思考していますから、そしてその世界の“外”を知りませんから、360度球体の中をあっちへこっちへと駆け回っているようなものなのです。


自分を変えるのは、思考ではなく行動です。
が、自分独りではどうしようもないこともあるのです。

だからこそ、人がいるのでしょう。
IPにがんじがらめにされた“自分”の中では、ICは警戒して出てきません。自分の“外”に援軍が必要なときがあるのです。


メールや電話ではなく、「フェイストゥフェイス(face to face)」による人との出逢いが突破口となっていきます。

それは時に言葉さえ要りません。
出逢った瞬間に、その方(のチャイルド)が涙を流すことがあります。

でもそれは、私がどうのということではなく、その方の脳内現実の中で私が安心できる所に位置づけられていたのでしょう。つまり、言いたいことは、理解力とか感性の問題ではないということです。


「直接、人と接することが大切」―今日の記事のテーマは、そこでした。
記事を掲載する前に前記事にコメントがありましたので、こういう事を書けというサインかなと思い、付記しました。では、本編―




3、黒くて大きなもの―テレビ---------------------------------------

テレビなど、メーカーはよくまぁ黒くて大きなものを作るよなぁ、と思ってしまいます。巨大であれば家庭に映画館があるようで贅沢に見えますが、ほんとに必要ですか? 何より、その存在自体が与える人の心への影響を知っているのでしょうか。

もしかすると知っているのかもしれませんね。この夏、デジタル放送開始のときにデジタルテレビを買ったとき、なぜ26インチの方が、その上のインチより高めなの?と思ったことがありました。仮に売れ線じゃないからという理由があったとしても(売れ線というのも半ばメーカーが作っているんでしょうし)、なんだか判然としません。

しかも、テレビで放映される映画とくれば、ハリウッド製がどのくらいを占めているのでしょうね。私たちは楽しみながらひそかな洗脳を受けているわけです(まぁ、気づけばいいだけのことですが)。

また、ニュースや報道番組が公正ではないどころか、本当に大切な事実は報道されません。テレビとは、真実を覆い隠した上で大衆をある方向に導こうとしているものであることことも、もはやさらけ出されてしまいました。

虚構世界の維持装置―それがテレビと言ってもいいのかもしれません。



昔読んだジョージ・オーウェルの小説「1984年」に出てくるテレスクリーンを思い出します。その独裁世界では、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビによって、すべての行動が当局によって監視されているのです。

1984年といえば、アップル社のCMを思い出しますね。アップルがMacintoshを初めて世に出したときのCMが、「1984年」をモチーフにしたものでした。



【アップル社CM『1984』 リドリースコット監督】



脱線しましたが(^^;)・・・
既に現在でも、テレビは自分を監視しています。

えぇ?! エぇーーー?!!


驚きました?

点いていてもいなくても、じーっと見張っています。

えェ~っ・・?! どんなハイテク??


ほら、あの人がいなくなるとテレビが自動的に消え、人が座ると自動的につくというシステム―つまり、常時人の動きを監視しているということだよね。あれに、暗闇でも見える暗視カメラが組み込まれているんです。

そして、疑わしき行動があると、いつの間にか思想警察の尾行がついて、人知れず連行されて洗脳されるか、蒸発させられます。


・・・なーんてね。
でも、監視カメラや盗聴器は既に個人宅にも街中にも氾濫していますね。不安からの逃走を続けるハラッサーたちが、せっせと「1984年」や「20世紀少年」に描かれたユートピア(自律した人にとってはディストピア)に向けての社会的インフラ整備を勝手に進めてくれています(--;)。

その上、自律に向けての動きには極めて敏感ですから、蜘蛛の巣に少しでも振動が伝わってくればサッと動くわけです。ハラッサーである夫が不意に帰ってきたり、母親が不意に訪ねて来たり、配下(監視役)である兄弟親族がやってきたり・・・人間には、テレパシー能力があるんだなぁ、と実感するときです。

逆に言えば、それだけ自分と相手がつながっている(意識しあっている)ということです。脳は波動の受信装置ですからね。こちらの波動の変化を、相手の脳は敏感にキャッチして様子を見に来るのでしょう。

自分の脳がそれだけ相手を意識しているということは、親の代理としてのテレビをそれだけ意識しているということ。そして、その意識の投影は、逆にテレビから自分が見られているという感覚として逆投影されてきます。

しかし投影は「無意識に意識している」ことなので意識化されませんし、逆投影もまた意識の水面下で行われているので表面化しないのです。つまり、意識上の自分は何も知らないままに縛られているわけです。

だから、ICは警戒して息を潜め、いっこうに出てきません。自分と向き合うつもりの本人はいぶかしがるばかり。だから、援軍が必要になってきます。そのとき、次のようなことが起こったりします。




<代理背骨かつ看守としてのテレビ>---------------------------------

ある方とコタツでカウンセリングしていたときのこと。感情が出てきた瞬間、その方はバッと絨毯に突っ伏して泣かれました。テーブルの上ではなく、瞬時に体をよじってテーブルの陰に突っ伏したのです。

夫はいるけれど、夫は大きな子どもであったため、その方は頼りになる背骨を必要としていました。また、その方にとって父親は複雑な対象でした(複雑になる背景には母親があるのですが)。

テレビは、その方にとって代理背骨であり代理父親だったのです。ですから自らそのテレビを買い、その位置に置いたのでした。そして、突っ伏して泣いたその場所は、丁度“テレビ”からは見えない死角となるところだったのです。

そう、つまり親から見えないようにして感情を出したのです。
ICはテレビがIPであることをよく知っていたんですね~。


このように、自分が不安を埋めるために買うものは、イコール感情を抑圧するものです(感情もろとも不安を封印するわけですから)。なので、チャイルドにとっては敵なんですね。




<小さくても高い位置にあるテレビ>---------------------------------

自分が買わなくても、親が子どもの部屋に置く場合があります。
この時は、その位置に要注意です。

前項で、「上から見下ろすもの」が親の代行をしているという事を書きましたね。子どもを支配するときに見られるのが、テレビを目線より上に設置することです。そのように高い所におくわけですから、テレビ自体は小さいのです。が、なぜそこに? という不自然な位置にあります。

あなたの部屋のテレビは、あなたの目線よりも上の位置にありませんか?
もしあったら、目線より下げた方がいいかもしれません。
自分が楽な位置に設置して日々過ごしてみて下さい。
気持ちが大きく変わってくるはずです。




<低い位置で片隅にあるテレビ>-------------------------------------

逆にテレビを見てはいけないと育てられた人は、独立して独りで過ごしているのに、テレビがえらい片隅に追いやられていたりします。置かせてもらってすみません、って言うくらい申し訳ない感じ。

おまけに上に何かが乗って、頭を押さえつけられていたり。
そして歌番組やお笑いやバラエティなど見なかったり・・感情を誘発するような番組や、親がくだらないと言った番組は見ないわけですね。

つまり、一人になっても解放されていないわけです。
この場合のテレビは、抑え込まれているICの象徴なんでしょうね。

自分が選んだテレビであっても、それがIPだったりICだったり。
ただ、そのいずれにせよ、「感情を出すな」という禁止令になっているところが苦しいわけです。


無理のない大きさに、楽な姿勢―何事も無理のないこと=気持ちに負担がないことが大切です。






<蛇足>

まぁ・・最近のテレビはさほど面白くありませんね。
(大河ドラマとか朝ドラとか、バレーとか、ドキュメンタリーとか見ちゃいますが)

映画を見るよりも生の人の人生を聴いた方がよほどスペースオペラだし、
テレビを見るよりも実際に人と接した方がよほど楽しいです(楽しくないのはロボット人間)。それに、現実が今どう動いているのかも分かります。

編集された事実を通して世の中を見る
―これほど怖いことはないとつくづく思います。

テレビも、所詮社会のオルガン(内臓器官)です。
人が関わっている限り、そこに恣意が入っています。
そこに真実はありません。


直接、人と接することです。






【マイケルジャクソン 「Tabloid Junkie」】



それは剣じゃないと言う。
でもそのペンで、君たちは人を拷問にかけるんだ。
キリストを磔にするのと同じだ。

だから、みんな、読む必要なんかないんだ。
そして、みんな、真に受ける必要はないのさ。

買えば、餌を与えることになる。
なのに、どうして僕たちはこんなバカげたことを続けるんだ?



ただ、雑誌で読んだからって

テレビで見たからといって

それを事実にしないでくれ。



君たちは白黒の寄生者さ。
ニュースのためなら何でもする。

だから、わざわざ買ったりしないでくれ。
彼らはもっともらしく見せることもできない。

読むことで、それを認めることになる。
なのに、どうして僕たちはこんなバカげたことを続けるんだ?






私も、今の契約期間が終わったら、新聞を取るのをやめるつもりです。




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何かをやろうとするとき
頭にのっかる「おっくう」な気持ち
「こわい」気持ち
「焦る」気持ち
「不安」な気持ち
向き合いたくない気持ちたち

今ものっかっている

体が重い
水中を泳いでいるみたい
「いやだ!!」

こんな気持ちを
だましだまし
やること やるのだ

どきどきするけど
とっても怖くて泣きそうだけど


黒いものっていうと
最近私が接する人の中に
「黒い印象の人」がいる
その人が部屋に入ってくると
体が硬直して
こわくて
パニックになる
見た目に黒い服をきているわけじゃない
大体40代後半以上の男性

わたしが受ける印象は
千と千尋の神隠しの中の
「顔なし」
あのイメージ

本人に目を向けないでいると
私の目の端に移るその人たちは
本当に「顔なし」みたいな
真っ黒い物体に感じる

 

自分はテレビっ子。という夫。
ずっとテレビつけてます。寝るときもつけっぱなし。しずかだと不安になるみたいです。

母と夫は性格が支配的で表面的で、そっくりなんですけど、二人ともテレビがないと生きられない、と公言しています。テレビ消したからって絶対に死なないと思うけどね。ふつー。

 

結界、といえば。

今住んでいる家には、親から貰った"形に残る私のもの"がありません。
いわゆる、嫁入り道具というものがない状態で結婚生活をスタートさせた訳です。よく、「えっ?嫁入り道具とかないの?」とか、「うちは家を建てるときに援助してもらったよ~」とか、「結婚式?親が出して当たり前っしょ」など、周りの友人の話を「常識」と言わんばかりの調子で聞くと悲しくなることもありましたが、今にして思えば、これで良かったんだな~と思います。
物という結界がほぼない状態な訳ですから。
かーちゃん、有り難う。
いや、皮肉でも何でもなく、本心から。もしかしたら、母の良心だったのかもしれません。

今日は礼服を買ったのですが、自分で貯めたお金で、自分が気に入ったものを自分で買うという、ごくごく当たり前の行動が、ちょっぴり誇らしく思えたのです。その足で百貨店の宝石屋さんを覗いたのですが、店員さんとパールについて話をしていたとき、以前貰ったものはあるけど身にまとうものは自分で買いたいんですよねー…と。思わず出た言葉ですが、こうして結界から身を守ったりかわしたりしていたのでしょうね。
若い時分、やたら服を買っていた時期があったのですが、単にファッションに目覚めたとか、小さい頃お下がりばっかりで嫌だったからとか、そういう理由だけで出た行動じゃないような気がしてならないこの頃です。
誰かの思いが乗り移った、"もののけ"が嫌で嫌でたまらなかったからかもしれませんね。
あ、私は割りと容赦なく物を捨てる方です(^^;)

 

夫が結界を崩そうと、リビングにある義母からの物を捨て始めました。
義母からの物は思いの外沢山あって、夫はこんなにも縛られていたんだ!と思い知りました。

その反対に、私の親からの物は、リビングには一つもありませんでした。ゼロでした…。
ああ、私は無意識だけど、こうやって自分を守ってきたんだな、と。何だかそんな風に思いました。

 

確かに

>読み書きは所詮左脳(IP)の世界なのです。
>IPにがんじがらめにされた“自分”の中では、ICは警戒して出てきません。自分の“外”に援軍が必要なときがあるのです。

頭で理解しても心で納得がいかなければなかなか身にならないなぁとは日々感じています。
私は今カウンセリングにかかっていますが、喋りたいことがあってもICが出てきてくれません。もどかしいです。自分でも思ったことをノートに書いたり、ブログで気になった言葉を写し取ったりしていますが、自分と折り合いがつくのはまだまだ当分先のようです。

 

行き着くところ…

>読み書きは所詮左脳(IP)の世界なのです。
>自分を変えるのは、思考ではなく行動です。

私もこちらのブログを隅から読み続けてきましたが、闇からなかなか抜けられません。

上記を読んで腑に落ちました。引きこもっていないで、人と深く信頼で繋がろうと思います。

 

テレビは

ついてました、常に。
朝起きたら家族はつけてました。
両親も兄も好きみたいでした。
私も好きだけど、午前中はうるさくて見る気がしません。
母が越した時、ケーブルテレビの契約をやめてテレビ見ないことにしようとしたんですけど、母とケーブルテレビの人にとめられました。地震とかあった時やっぱりあって良かったかもと思いましたけど、ついてないとホッとするから。
電化製品はなんでも電源入ってるといい感じがしません。
電磁波ってやつでしょうか。
画面の部分が見てない時に黒くて鏡みたいなので、昭和のテレビのように布をかけて隠しています。
私はジャンルに関係なく観ますが、私の見ているものは母はなんでも気に入らないので大抵否定して見下します。
人を見下して自分が上にたったように感じて喜んでいます。
この間「そんなことしても自分は偉くならないよ、逆に自分を貶めてるんだよ」と言いました。怒っているようでしたが意味が通じたかどうか。
自分自身であることが不安で仕方が無い。
私も同じなので人のこと言えないんですけど、それを知って向き合おうとしてるだけましかなと。
親戚が隣近所に住んでいるので、監視されてるようではあります。
母も来る時は連絡しろと言ってるのに、連絡しないで来たりします。
私もまだまだビビッていますが、段々面倒になってきてどうでも良くなりつつあります。
そこにエネルギーを使うのがアホくさい。
ピアノもあります。
私は木目調のが欲しかったのに、親は黒いのが良いと言って黒いやつです。
ずっと使ってないしこれも映り込むのが怖くて布をかけてあります。
被災地にあげようと思ったのですが、けっこうなお金がかかるらしく貧乏な私には無理でした。
なんだかいっぱい書きたくなっちゃってまた書いちゃいました。

 

転がり続けて金を得て遊んで暮らせる人になったが。。

 

問題が起きれば大音量などもあります。

 
    
 
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