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ギリギリ行動をする理由

2012/01/08(Sun) Category : 存在不安
古いシステムを変えることはできませんが、自分の行動を変えることはできます。自分を取り戻す確実な方法は、考えることではなく行動を変えること。インナーチャイルドは自分(思考)の言うことなど信じちゃいませんからね。

さて、休日があけたら、また、いつもの行動パターンが始まります。


★通勤、通学-----------------------------------------------------

ある方(Aさんとしましょう)は、「自分はどうも生活にルーズで計画性がない」と悩んでいました。と言うのも、毎朝自転車で通われているのですが、いつも定刻ギリギリなのです。慌てて飛ばすあまり、車と接触しそうになったり、老人とぶつかりそうになったこともあります。肝を冷やしたときは、「これはまずい」と心底思いつつも定刻ギリギリというのは変わらず、「こんな目に遭ってまでなぜこんなに自分はだらしないのか」と悩んでいたわけです。

しかし、よくよくお話を伺うと、朝起きるのがぎりぎりと言うわけではありません。朝食も駆け足ですがとっています。それに、時には本を読んだり音楽を聞いたりしていることさえあります。でも、そういう時は「ふと気づいたら」ギリギリになっていると言うのです。「だから行き当たりバッタリで計画性がない」と。

でも、朝おきてから出かけるまでの時間は様々ですが、自転車に乗っている時間は常にギリギリ、そして定刻には絶対に間に合っているのです。
面白いですねぇ~。

「Aさんは自分の身体能力をとてもよく把握していらっしゃいますね」と私は賛嘆して言いました。本人はきょとんとしています。




さて、このカラクリを説明するために、表層意識で生きているAさんのほかに、無意識に不安からの逃走を続けている「逃走Aさん」に登場してもらいましょう。

「逃走Aさん」は、どんなことをしてでも不安(感情)を感じたくありません。そして、感情は心身がリラックスしているときに出てくることを知っていますから、自分をリラックスさせない工夫を日常の中にちりばめています。

そして、通勤や通学の時間が来ます。ルートは毎日同じ。考えなくてもたどり着くことが出来ます。すると、困ったことがおきます。意識を外に向けないですむし、考えなくてもすむ(意識を思考に向けなくてもすむ)からです。

意識を「外」にも「思考」にも向けないということは? そう、内側から出てくるものがあれば、意識はそれをキャッチしてしまいますよね←ヤバイ! だから、なんとか意識を外に向ける工夫をしなければなりません。

それが、自転車に乗っている時間を圧縮することでした。時間を圧縮すればするほど、意識を常に前に集中して危険予知しつつ、脇目も振らずに急がなければなりません。

つまり、考える暇も与えないくらいに五感を集中して「外」に向けることで、決まった行動パターンから生まれる“ゆとり”を潰そうとしたわけです。

家にも行った先にも「やるべきこと」が満載ですから、そのどちらかにたどり着いたときは、それらの「Do」に埋もれて「Be(感情)」を見なくてすみます。問題は、その両拠点をつなぐ道の途中―「逃走Aさん」は、そこを可能な限り圧縮したわけですね。




さて、可能な限り圧縮するためには、タイムトライアルをして身体能力の限界を知らなければなりません。けれど、それをすることは「ゆとりをもって5分前行動をしよう」などと仕込まれている表層意識は許可を与えることが出来ません。

だから、まず「自分はルーズだ」ということにしてしまうのです。これで、表層意識に対する面目(?)は立ちます。「表層Aさん」は、「なんでできない」と攻めてくる表層意識に対して、「自分はルーズだから(仕方ないでしょ)」としょげて見せればいいわけです。

このように言い訳を用意した上で、「逃走Aさん」は「あっ!」と言いつつ慌てふためいて出かけ、タイムトライアルを繰り返して自分の身体能力を熟知し、限界時間を把握したわけです。

だから、絶対に遅刻はしない。
これって、とても「計画的」だと思いませんか?(笑)




けれど、この計画はとても危険なものです。なぜなら、どんなに急いでも「安全」に行けるのであれば、心が安心して内側から出てくる可能性があるからです。だから、いつアクシデントが起こるかわからない、というギリギリの状態を保つ必要があるのです。

で、実際にアクシデントを体験することで、体は外に出るときにレーダーを働かせるようになります。こうして体を「外向け仕様」に自ら作り変えていくわけですね。

そして、そのレーダーが機能低下しないように、忘れた頃にまたアクシデントが起こるということになります。あとは、そのままいけば「1:29:300の法則(ハインリッヒの法則)」に則って、“サイン”は大きくなっていくわけです。




いかがでしょうか。
「自分はどうも生活にルーズで計画性がない」と悩んでいた「表層Aさん」の下には、「極めて計画的で自己の身体能力も熟知している」「逃走Aさん」が隠れていましたね。

このように隠れている自分を知ることは、自分の本当の能力を知ることでもあります。その能力を無意識に突き動かされて使うのではなく、自覚して主体的に使うことが出来れば世の中怖くないことが分かるでしょう。


また、このように「表層Aさん」は「逃走Aさん」に誤魔化されて生きていますから、「表層Aさん」が考えたり言ったりしていることをインナーチャイルドが信用しないのも当たり前ですね。なにしろ、インナーチャイルドの一人である「不安ちゃん」から逃げ続けてるためにそうしているわけですから。




さて、このことを理解されてから、Aさんはギリギリ行動がなくなりました。理解してしまった以上、ギリギリ行動をする理由がなくなってしまったからです。

そして、そう気づいてみると、自分がとても疲労していることが分かりました。そりゃそうですよね。日々緊張の持続の中で生きていたわけですから。

また、自己卑下することもなくなりました。自分にすごい能力があることが分かったからです。

そして、ゆとりをもって行動することで、気持ちと向き合う日々が始まりました。







尚、通勤・通学経路で意識を外や思考に向けるパターンは他にもいろいろあります。

慣れてきたら経路をいろいろと変えてみたり、本や音楽に集中したり…。
最も簡単なのは、早足で歩くこと。



ゆっくりと、余裕を持って歩いてみて下さい。

どのような変化が自分に起こるでしょうか。






【坂田おさむ 「ゆっくり歩いて」】




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コメント

私の場合は電車なのですが、乗り遅れたら遅刻する電車の出発1分前後に必ず着きます。
自転車は立ち漕ぎをし、全力で走って毎日ギリギリ、でも乗り遅れたことはありません。
早く家を出てゆっくり歩いて行けば楽、とわかっているのにギリギリの時間に家を出てしまうのは
知らないうちに自分で自分のためにしていたんですね…驚きです!

 

遅刻魔

でもどうしてもカラクリがわからない
常に疲労疲労の毎日
余裕を持って起きても結局遅刻
カラクリ理解できたらギリギリからも
開放されるんだなと 他人事
ギリギリな時ほど余計な事したい衝動に
駆られる
あと10分で行かないとって時
したくない事は時計見ること
どうしてもカラクリ知りたい
疲れたから(´Д`)ハァ…
助けてー(´Д`)ハァ…

 

ど真ん中です。

ブログにリンクを貼らせて頂きました。
自分のパターンや記憶、両親のパターンがつながりをもって見えてきました。
ストライクすぎて軽く吐き気がしました(笑)
一つずつゆっくり、感じて行こうと思います。

 

うわあ・・・私もまさにぎりぎり行動で悩んでいました。
毎回、次こそは・・・と思うものの、いざ出かけるようになるといつもぎりぎり。
最近は待っててくれる人の顔を思い浮かべるようにすればかなり改善できていたのですが、IPが強くなってくるとまたぎりぎり。
しかもその日は雪が降っていたので、急いで歩いているうちに転倒してしまい・・・。
はい、IPIP。来たね。とか言い聞かせてました。
なるほど・・・こういう仕組みだったんですね。

それで思い当たることがあります。
私は、珍しく早く着いた時、とんでもない不安が襲ってくるんです。
誰も来なかったらどうしよう、見捨てられたらどうしよう、って。
居ても立ってもいられなくて、そわそわしちゃうんですね。
待ち合わせで初めてその感情を強く味わったのは、小学生の頃でした。
当時は真面目に時間前に着くようにしてましたし・・・。
あのどうしようもない不安は、存在不安に起因するものだったんだなあ・・・。
やはりというか何というか、アレを避けてたんだなあ私・・・。
なるほど~です。

 

ぎくっ

こんにちは。
今年に入ってからの記事は、まるで私の生活が、のぞかれているような感覚です。

私もまさしくそうです。
今日は余裕を持って・・・と思っているのです。
本を読んだり音楽を聴いたり、余裕を持って現地に着くように行動しているはずが、家を出るのがいつもぎりぎりです。

常に間に合いますように・・・!と念じながらすさまじい行動をして、時に遅刻し、時にぎりぎり・・・。

私は遅れることで罪悪感を感じたいのだと思ってからは、少し遅刻は減ってきたのですが、ばたばたして焦っている現状はぜんぜん変わりません。

気持ちに向き合ってみます。
いつもありがとうございます。
☆彡

 

私もギリギリなんです。

どっちかっていうと遅刻魔ですが、ゆとりをもって家を出るあたりまでは似てるなあ。
いつの間にか出ないとヤバいあたりまで同じです。
読んでてなぜか胸が痛かった…。

 

不安から目を背けるためなら何だってする、のですね…。

最近自分が不安の塊だ、ってことに気が付きました。自分の行動の全て、といっていいほど、不安から目をそらすためのものだったと。
今はなるべく目をそらすのをやめて、この苦しい不安と向き合おうと思っています…。

 

わたしも!当てはまります。職場への通勤はいつもギリギリで。のんびり歩いていると、、、嫌になっちゃうのかもしれません。実際転職を考えていますし、、、。ま、パートなんですけどね。

 

興味深いです

基本10分前到着を心掛けている自分に、こういう行動取る人が理解できませんでした。そんなに走るなら、家で急いで来いよ!と思ったり。

学生の時は、私が集合時間前に着いていてほかの人がこぞって遅れてくるのとか、最初は信じられないことに思えました。

この方はきっかり到着されていたのは、面白いですね。正に計画的。

私の場合は何より自分の心理的余裕をもちたいからのようです。ぎりぎりで駈け込む人より、その場の雰囲気に慣れているし、雑談したり周囲との社交(?!)もできる。特に好きなことをする場には早く着いていたい。

仕事や約束でないなら、もう少しぎりぎりに着いています。

そんなに早く着いていても、あんまり評価には関係ないこともわかってきました。しっかり来るだけは来る、っていう人もいますし。

 
    
 
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