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中尾英司

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ひきこもっているんだ。でもこれでいい。

2012/09/07(Fri) Category : 不登校・引きこもり
『半径十メートル以内には近寄れないほど殺気立って』いた相田みつをも、兄という心の支え、武井哲応老師をはじめとするサポーター、及び書という自分で見いだした吐き出し先を持っていなければ、暴力夫や虐待親になっていたのかもしれません。

『相田みつをと母の“業”』の記事を読まれて、相談者の方よりメールをいただきました。暴力を振るってしまった男性や女性、DVを受けた妻や夫、親から虐待を受けた子ども―それらの人々にとって、とても参考になると思いましたので、許可を得てありのままを掲載させていただきます(行間など、読みやすいように私の方であけた箇所があります)。

ありがとうございました。


★------------------------------------------------------------

相田みつを氏のブログ記事、感銘を受けております。
感情が出てきたので、少しだけ書かせて下さい。

今の私も、見た目上はフツーに社会生活を送っておりますが、今日のブログを拝読して、

「そうだ。そうだったんだ。今のオレは自分の中にひきこもっているんだ。でもこれでいい。自分と向き合っているんだから…」

と思いました。


今の私は、フラッシュバックに苦しみ、悶え、泣いてわめく。
苦しいけど、そこから逃げずにしっかり味わいながら生きています。
味わいつくした後は、自分を認め、褒めてます。

「よくがんばってきたね」と。


だからなのでしょうか。
ブログ記事に率直に共感できました。

もう冒頭から、私の心を鷲掴みです。
なぜなら、私の実家も「ただいま」と言えない家だったから。

母親と祖父はヒステリックに狂い出す。
祖母は知らん顔。
親父は暴力をふるう。
だから、家の雰囲気は尋常じゃない。もう鬼の館。


当時、小さい私も幼心でこの家は何かがおかしい。とわかっていたのかもしれない。だから、家に帰るのが嫌で、遊んでくれそうな友達の家を探し歩いていた記憶がある。

しかし、夕方になれば否応なく家に帰る。
すると祖母と母が私を奪い合う。

私はいつからか「ただいま」も言わなくなり、
家の中で自分の殻に閉じ籠もっていった。



時には私も癇癪を起こす。
夜、食事時、表に締め出された。
玄関脇のガラスを割ってやった。当然素足だ。
足の裏がぱっくり割れて鮮血が吹き出した。

もう少し大きくなった小4くらいだったか。
ムカついて家の壁を左手で殴った。拳は腫れ上がった。
レントゲン撮ったら二ヶ所、骨が折れていた。



そうだった。
怪我すると急に優しくなる保護者だった。

!!?

今ひらめいた。

怪我すれば優しくされる。

オレはストロークを求めていたのだろうか?

それとも、壊れかけた親をこれ以上壊さないように自らの体を自ら傷つける。オレは健気に身を呈したのか?




先生とのカウンセリングを通して甲殻類から、背骨を造り、
こうして客観視できる自分になれてきたのもうれしい。

さらに中学生になったら、体力もある。それはそうだ。
存在不安の塊と親の期待に応える為、鋼の肉体を作り上げたから。
オレは親の作品だったし。

暴れた時、リビングのソファーを軽々と持ち上げてぶん投げた。
親も度肝を抜かしたろう。


今、そんときの気持ちが蘇った。

くっそーっ。

胸が苦しい。




最初は、自分の力を誇示したかった。
「どうだ。オレはこんなに力があるんだ。オレを怒らすとこうなるんだ」

と思ったが、次に去来したのは、
「親はどうしてオレの気持ちをわかってくれねえんだ!」だった。

オレはこんな事まで思い出すようになってるよ。




そして、親から離れても代理親を探し続けてきた。

それだけじゃない。
危険基地で育ったオレは世の中全てが敵だと思っていた。

だから、表は危険だ。

殺されないように迎合して歩こう。


でも、今言葉が出てきた。

「見返してやる」と。

何に対してだろう・・・



思い出しつつあるよ。

きた。

親に対してだ。

「あんたらを見返してやるっ!」

くそーっ。

無意識に体に力が入る。
攻撃体制か?
いや、

防衛本能か?

体が少しこわばる。



そっか。

今ならわかるこの感情。

「こわい」んだ。



とにかく「こわい」

連発して声にだした。

こうして文字にした。



体の力が抜けていく。

ふーっ。

安堵した。





オレは、世代間連連鎖を持ったまま、
社会人になり、独立し、配偶者を得た。

そう、配偶者と生活を始めた。
のではなく「配偶者を得た」のだった。

そこにいたのは配偶者ではない。
妻という名の「母親」だった。

会社と通勤では迎合し疲れ果てている。
帰宅すれば鎧兜を脱ぐからチャイルド全開。
配偶者に怒り狂う日々。
破綻は時間の問題だった。


そうした自分に嫌気がさし、心理学の本を手にとりむさぼり読んだ。
要点もノートに書き写した。

しかし、一向に改善しない。
改善するどころか更にひどくなっているんじやないか。
ガマンすればするほど、怒りが増す感じだ。

オレ、狂ってるんじゃないか?

真剣に悩んだ。




そして、妻子が忽然と姿を消したのが1年と8ヶ月前。

大切で大事な家族を失って、初めて中身がガランドウな自分に気付いた。


オレって難民だな。

行く宛てもなくさまよう難民だ。

いったいどこまでさまよい歩けばいいんだろう。




そうこうしているうちに灯台が見えてきた。

たどり着くと、ありのままの自分を受け入れてもらえる場所だった。


そして今、オレはここでこうして生きている。

根をはるために。


涙が出る。

感涙。



自分もしっかりと大地に根をはり、
自分としっかりつながりたいと思います。

中尾先生、今日も気付きありがとうございます。





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コメントせずにいられませんでした

中尾先生、いつも貴重な記事をありがとうございます。この経験をシェアしてくださった方の幸せを願っていますし、今頃はきっと素敵なありのままのご自分に戻られたことと信じてます。 私は子供達を連れて夫にさよならした側です。別居している主人がこの方みたいに自分と向き合ってくれればと思ったけど全く無理でした。忽然と姿を消すくらいまでしたほうが良かったかなと思ったりしてます。でもそれぞれの戦いですね、この事を気付かせてもらえた先生のブログに本当に感謝です。

 

僕は仲間にはいれるのかなあ

俺の親父も暴力的だったんだけど…じゃあ親父が悪いのかといえば…親父も父親が戦争に行って帰ってきた人だったので…親父も普通の父親像が解らない。だから嫁である母さんにダブルバインドする。すると母さんは姉さんにバインドし、今度は姉さんが僕にバインドする。僕はすると次第に家族全員からバインドし、バインドされる関係になった。今は親のコネクションで応募要項を親戚に送ってもらうのを待っている状態です。

 

ひきこもるということ

ひきこもりって、すごいことだったんだ!!
ひきこもって、自分と向き合うって、すごいことだったんだ!!
なんなら偉業と言っていい!!!
その家庭、その地域そのものの指標!
命をからして叫んでるんだ!ここには危険がある!!って!!
びっくりした!!すごいことだった!!!
支離滅裂ですけど素直な気持ちを書かせてもらいました。
ほわー
今までこの記事に何度救われたか分からない。
引きこもってて、こんなことしていいのだろうか・・・、そう思う度に開いていた記事。よかったんだ、これで・・・
ありがとうございます。

 

引きこもってるんだ
でも、これでいい。

何がただしいとか
何のためにとか
誰がどうとか
思っても

今は
引きこもってるんだ
これでいいんだよ

今日も

ひきこもれたわたし
よく頑張ったね


わたしに

 

『遊んでくれそうな友達の家を探し歩いていた記憶がある。』

私もいつも必ず学校が終わってから誰かの家に行く約束をしていました。

家にいる=叱られるだったので逃げていたんだと思います。

家よりはより安全な外へ。けして「安全」ではないのですが・・・。

『そう、配偶者と生活を始めた。
のではなく「配偶者を得た」のだった。』

なんだかとても表現がピッタリという感じで、そうだよ、そうだよ!!と私の中のチャイルド?が騒いでます。

友達も、恋人も「得た」という感じでした。
カウンセラーの先生までも「得た」だったんですよね(失笑)


エネルギーのある文章、読んでてパワーを分けて貰う気分です。

シェアしてくださりありがとうございました。

 

居場所がない家

私の育った家も、心の居場所がない家でした。

家にいたくなくて、帰宅後すぐに居場所を求めて友達の家にいっていました。自宅の代わりに、自分を守ってもらえる場所を探していた。そんな私を受け入れててくれる他人の家庭が存在するわけがなく、そんな暗い私は友達もできず、存在不安のまま大人になってしまいました。今でも他人と上手く距離がとれず、孤独です。

最近、このサイトに出会いました。皆さん、お互いにがんばりましょう。

 

涙が溢れました

私もひきこもっています。
自分と繋がるために。
皆さんの姿が自分とだぶります。苦しい闘いをひとつ、また一つ。そんな姿に涙が溢れます。
どうもありがとうございました。

 

根を張る

この言葉にはげまされました。
ひきこもって、時間を潰す日々。
こんなことしてて、いいのだろうかという焦り。
自分の選んだ道を後悔したりもしました。

だけど私は今、身を低くして、力をたくわえてんだ。
この道で良いと思えた。
シェアしてくださって、ありがとうございます。

 

途方に暮れる

「途方に暮れる」って何というかスゴイ表現だと今更ながら気付きました。

私も途方に暮れながら道を歩いていたときのことを思い出しました。
あの場所でも、この場所でも私は途方に暮れていたんだなあ・・・と気付きました。
というより、生まれてから今までずーっとそうだったかもしれない。
私は途方に暮れていた。

そしてうちは「魔物の館」です。

 

ピノキオ

俺って難民だな

ホントその通り


僕も砂漠の中を一人で家族という重苦しい荷物を
背中に抱えながら歩いてる


でも少しづつ、その荷物をおろしながらオアシス探してる


もうすぐ僕は生まれる気がしてます


ここまで3年、一時期自律できたと思ったら
足元すくわれて闇の中にひきづりおろされた


また這い上がってやっとここまで


あとどれくらいかかるやろ


自分中にもう一人の自分の鼓動が聞こえる


君が生まれたがってるの、わかってる


がんばろう一緒に

 

「ただいま」と言えない家庭

相談者の方のメールを読ませていただきながら、「読ませていただく限りでは家も似たような家庭だったけれど、自分は『ただいま』と言っていた気がするなぁ~。なんでだろう?」と自問自答していました。そうしたらなんのことはない、末娘の私が保育園に入れる年から母は工場で働き始め、小1の時から鍵っ子でした(^_^;)

学校から誰も居ない家に帰るとすぐに、遊ばせてもらえる家を探し、「今日はお父さんがいるから、また今度ね」と、友達のお母さんに時々断わられて、悲しい思いもしました。

私はウツで自分の娘が育てられず、小学校に上がる前から娘は「夕焼け小焼け」が流れると泣きながら友達の家から帰ってきました。当時は「音楽が怖くて泣いているのだ」と思っていましたが、今は「帰りたくなくて泣いていたんだろう」と思います。かわいそうなことをしました。

…………

「途方に暮れるようなことが背骨を作る」というようなことが前ブログに書かれていましたが、私もここのところ途方に暮れていました(笑)

アルバイト先の上司は会社の都合・自分の都合をより下の者に押しつける。
「あなた達は会社からお金をもらっている限り、会社の為に働かなくてはいけない」と言う。

でも、腑に落ちない。

家に帰ってふと、「会社の都合を優先して顧客を蔑ろにしていたら、それは会社の利益どころか、イメージダウンであり、不利益である」と気づく。


これをどう処理するかで、また自分の背骨が問われることとなる。


 
    
 
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