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謎解きと触れ合いの旅

2012/11/25(Sun) Category : 家族小景
約1週間の九州の旅は、とても充実したものでした。
風土による人の気質の違いもよく見えましたし、共通してよく使われる言葉による人や地域への影響も感じることができました。環境や言葉はとても大事ですね。


旅の前半は父の母親の謎解きの旅でした。
父の旧制中学時代の友人、実家、父の11人兄弟の内まだご健在の姉、中尾家が檀家となっている寺、役場と訪ね歩き、そこでの人との触れ合いがとても味わい深いものでした。現場を見ること、現地の人の話を聴くこと―風土を肌で感じることの大切さを改めて実感しました。

「ここまで来たんだから行こうよ」と、面倒くさがる父の背を押しての旅でしたが、これも存在不安が強い人の特徴の一つです。謎は解きたいけれど、謎が解けるのは嫌なのです。気になることがなくなってしまいますからね。気になる対象を念頭に置いて、その周りをグルグル回り続けることが不安から逃げる術となっています・・・。

少しづつ抜けているジグソーパズルのピースがはまっていきましたが、とても複雑で分からない部分があります。そこには農地解放や戦争、戸主制度の確立という時代背景も織り込まれていて興味深いものがありました。いずれ、除籍謄本を取り寄せていくことになるでしょう。

思えば、20代の頃に真智子が自分のルーツ探しのために除籍謄本を取り始めて、「へぇ~そんなのがあるの」と、ついでに私の分も取り寄せてもらいました。あちらこちらの役場から届く謄本はかなりの量になり、それを基に江戸末期にさかのぼる系図を書きました。

そのときに改めて思ったこと―それは、私という個人にたどり着くまでに、一体どれほどの家々を経ているのかということでした。
一般には、男系の家系を軸に据えてみますのでシンプルに見えますが、途中では入夫があったり、分家した時に名前が変わったりと様々でしょう。

俗にアダムとイブからすべての人類が発生したという見方もありますが、逆に無限に及ぶ家系から私たち一人一人は成っているという見方もできるわけですね。そう思うと、名で区別することがバカバカしくなってきます。



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一つ印象としてよく分かったのは、父の父親のこと。叔母も、従兄弟も(といっても私より10歳上~ですが)、従兄弟の奥さんも、皆祖父のことを「厳しかった」「怖かった」と言っていたこと。なるほど、その厳しく怖い目に見すえられて、この一族の生き方は曾孫にまで及んでいるように見えます。

また、その父親に負けていなかったという“謎の”母親。両親を亡くし、縁戚である日田の大地主宅で4歳から18歳まで小説三昧で暮らし、その後山奥の高塚地蔵尊の下の入口に当時1軒しかなかった家に嫁ぎ、家畜や田畑の面倒を見ながら25年間にわたって11人の子どもを産み、育てていった母親。

父にとっては母親と言うよりもお婆ちゃんのごとき遠い存在ですが、だからこそ、母親から言われた一言が人生脚本の基になっているようです。
両親の存在が父の生き方を規定している様子が伺えました。



にしても、な~んにもない田舎育ちの60代後半以上の方々は、衣食住のすべてを自前でできますね。野草もありかも知っているし、小さい頃から毎日峠越えで足腰がきたわれていますのでサバイバルできます。というか、幼き日の父の話はサバイバルのごとき日々です。

私には、その能力も知恵も体力も皆無。わずか数十年の間に、人間は依存しないと生きられないように作り替えられていきました。経済支配体制から離脱するためにも、かつては誰もが持っていた自給自足能力が必要になってくるかもしれません。






後半は、レンタカーを借りて神社巡りの旅。

水害の爪痕は山も川も生々しかったですが、いずこも素晴らしい風景。つくづく、日本列島はどこを切り取っても素晴らしい風土だなぁと感じました。海幸山幸豊かです。

どこに住んでも、心豊かに生きることができるはず。
それを豊かにしていないのは、偏に人の心です。

ゆとりを持ってのんびりと見守る姿勢に変わるだけで、どれだけその家庭が地域が活き活きとしたものに変わるか。
厳しい目や厳しい言葉はいらないなぁと、つくづく感じました。



いずれ写真をアップして書こうと思いますが、特に印象に残ったもの―

高千穂神社の夜神楽―日本の心性のおおらかさ豊かさを感じました。年配の方が多い観客からも笑いが出て、いいねぇ~。

天安河原―何かを感じたのか、真智子は早々に立ち去りました。無性に水に触れなきゃと感じて川に手を入れたようです。不気味さを暖かい川の水が癒し、祓ってくれたようです。自然の素晴らしさと人間の欲の対比を感じた場所です。

幣立神宮―神主さんが気さくな方で、お話を聞かせてもらったこと。ご神水のある場所、木々に囲まれたひっそりとした田んぼの佇まいが心に残りました。

そして、なんと言っても一番は、高千穂峡。
駐車場の方や売店の方との温かい触れ合いがありました。
前後にボートが見えず、深山渓谷の中にポツンとという状況になったとき、一人なら寂しいなぁ・・と思ったことです。
しかし、真智子の笑顔が花でした。

ロープが張って行き止まりになっている所まで行かないと見られない景色があります。ボートに乗られる方は、是非終端まで行ってみてください。
11/22(いい夫婦の日)の記念となりました。



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そして翌11/23は、入籍30年目(30周年は来年です)。
もう30年も経つの?と感慨深いものがあります(付き合いを入れるともっとになりますが)。

お互いに親の連鎖から抜けていくまでに30年かかりました。
今は、神社の鳥居をくぐる時は手を繋いでくぐります。
二人とも、よくここまで来たものだと思います。

雨の予報だったのに、晴れ女真智子の故か傘いらず。
帰ったら、子ども達がしっかりと家を守っていました。

また、新たなスタートです。



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細かいことで申し訳ないですが・・・
「入籍」という言葉は普通、養子縁組などで誰かが誰かの戸籍に入ることをいいます。

「結婚=二人で新しい戸籍を作ること」なのに、どうして「入籍」「籍を入れる」という言葉がマスコミ等で使われるようになったのかは定かではありませんが、
(何となく戦前の家父長制を彷彿とさせるような使い方ですね)
中尾さんにはこういったことに関して鈍感でいてほしくないなぁと思うのです。

 

素敵な旅ですね!
30年…一緒に…いいなぁ…^^

☆おめでとうございます☆

いろいろを乗り越えてきた月日の重みはどんなものだろう?
これからも私、頑張ります!
高千穂に行きたいです!

 

おめでとうございます☆
これからも末長くお幸せに~☆

 
    
 
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