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「積木くずし 最終章」のメッセージ

2012/11/27(Tue) Category : TV.本.漫画
「積木くずし 最終章」(11/23、24)を見ました。
謎解きの旅から帰ったその夜のことでしたので、知人やお墓などを訪ね歩く姿がダブりました。

私は原作を読んでおりませんので、あくまでこのドラマ(フィクション)を見ての感想を書こうと思います。というのも、同じような事例はあり、何らかの参考になると思うからです。

従って、以下に書く感想は「積木くずし」の真相を解くものではありません。このような見方をしたら、何か見えてくるものがあるかもしれませんので、そのものの見方の提示と捉えてお読みください。


★1.美希子の「人生脚本」----------------------------------------

娘を「商品」として金を得るための道具にしようとする母親は実際にいます。習い事や高学歴などの投資をし付加価値をつけて玉の輿に乗せようとするか、水商売に向かわせようとするかの違いはあれど、娘を道具にしていることに変わりはありません。

それがどのような母親であれ、生まれた子どもは母親に認められようとして母親の価値観を取り込んでいきます。
母子関係が「支配者とその手足の関係」である場合、母親から見捨てられたくない子どもは、母の望む手足になろうとします。

この場合、母の望みにかなわなければ見捨てられるわけですから、あるがままの自分には価値がなく、ただ存在しているだけではマイナスという強烈な劣等感を(無意識に)抱くことになります。

母親の“役に立つ”ことで初めてその存在を認めてもらえるので必死になりますが、その“役に立った成果”はお金やモノで示さなければなりません。というのも、存在不安の強い母親の場合、お金は背骨そのもの、モノは心の空洞を埋めるものだからです。

このような母親に育てられた女の子はどうなるでしょうか。

1,愛情を学ぶことができず、人間関係は「支配と服従」及び「互いに道具にし合う関係」となります。人を信用することはできません。
2,その人間関係に介在するのはお金とモノです。
3,そのお金を得るために、女性性を商品として売らなければならないという「人生脚本」ができます。(脚本ちゃん)
4,お母さんはなぜそういう人なんだろうという「謎」を抱き続けます。(謎解きちゃん)
5,生まれた時から子どもをしたことがないので、子どもをしたいという自分や、道具にされることに怒れる自分がいます。(小さいちゃん)
6,親のために自分を殺して生きているので、そうではない人を見ていると怒りや嫉妬が湧いてきます。(僻みちゃん)
7,根底には埋めようのない「存在不安」があります。(不安ちゃん)

このドラマの主人公というべき美希子は、このように育った女性だったと思われます。




★2.「人生脚本」が選んだ前夫、「自己投影」が選んだ後夫-----------

映画の場合、脚本に従って撮影場所(舞台)や登場人物のキャスティングが決まりますが、同じように人生も、人生脚本に従って生きる場の選択やキャスティングが(無意識に)なされています。

つまり、自分を性の道具として扱い、かつお金をくれる人を自分の人生の舞台に登場させることになるわけです。それが最初の夫でした。(意識上の美希子が不本意だとしても、脚本ちゃんが選ばせます)


そこに、安住信幸が登場しました。
燃え上がるような衝動がわき起こって、駆け落ちになるほど惹かれ合う時は、ほとんどの場合、相手の中に自分の姿を見た時(自己投影)のようです。

その自分の姿とは、無邪気な子どもを体験したい自分であったり、本音を出せず虚構を生きている自分であったり、孤独で寂しく人に認めてもらいたくて救われたい自分であったり。何より、存在不安の程度が同じでなければ一緒にはなれません。

けれど、お互い「心のコップ」はパンパンなので、互いを受け止め合うことはできませんから破綻することも多いのです。それがある程度まで家庭生活を続けることができたのは、「心のコップ」を溢れさせるような感情交流を持たず、虚構を生きる術をお互いが心得ていたからでしょう。

このような夫婦は少なくありません。「心のコップ」がすり切り一杯状態であっても、溢れていないので自分の状態に気づかないことがあります。そして、お互いが感情問題に深入りしないことで、一見普通の生活を続けていられるのです。このような場合、赤ちゃんができた時に一挙に破綻する場合があります。感情表現しかしない赤ちゃんを、夫婦ともに受け止められずにおかしくなってしまうんですね。




★3.突きつけられた「棲む世界」の違い-----------------------------

さて、美希子は喜びを友人と分かち合おうとしました。
だから、彼女は高価なバッグを友人全員にあげようとしたのです。

そこに、お金や高価なモノをあげることによってお母さんに喜んでもらおうとする、健気な脚本ちゃんの姿を見る思いがします。みんなの喜ぶ顔が見られると想像して、無邪気にワクワクしている脚本ちゃんの笑顔が見えるようです。

けれど、全員から総スカンを食らいました。
そのやり方は、「お母さんと美希子の世界」(胎内)だけで通用するやり方であり、外の世界では通用しなかったのです。

美希子(脚本ちゃん)は大いに動揺し、絶望したことでしょう。
自分(脚本ちゃん)は、この世界では受け入れてもらえない―これは、自分(脚本ちゃん)を受け入れてくれる世界(人)を見つけなければ、生きていけないことを示していました。


自分では何の疑問も持たずにごく当たり前と思ってやったことが、周囲から大きな違和感を持って見られることがあると思います。そこが、自分の人生脚本がどこかおかしいことに気づくチャンスなのです。

が、安住信幸との日常では、上記のように感情(小さいちゃん+不安ちゃん)を封印していますから、人生を生きる原動力は(脚本ちゃん+謎解きちゃん)しか残っていません。

つまり、脚本が生き延びる道しか残されていなかったので、気づく道は閉ざされていました。そのため、(無意識に)脚本ちゃんがその役割を果たせる相手(世界)を必死に探そうとし始めることになります。




★4.飛んで火に入った黒沼-----------------------------------------

さて、美希子の人生脚本は『そのお金を得るために、女性性を商品として売らなければならないという「人生脚本」』でした。

このシナリオを実行するためには、“女性性を商品として売らなければならない”状態に自分を追い込む必要があります。つまりは、金に困る状況にならなければなりません。

そこで、湯水のように金を使い始めるわけです。美希子は、『なぜあんなにお金を使い込んだのか分かりません』と言っていましたが、(脚本ちゃん)が動いていたわけです。

そして、金に困りだした頃、黒沼に出逢います。
黒沼は、まさしく『女性を商品として』扱ってくれる男でした。
金は奪い取ってくれる+女性を道具として扱う=(脚本ちゃん)にとっては永久機関―これ以上ないドンピシャの男が登場したのです。

黒沼にくっついている限り、(脚本ちゃん)が生きる世界は確保できます。(脚本ちゃん)が手放すはずもありませんでした。


その上、黒沼を観察し続けることで、「なぜお母さんは私を道具にしたんだろう」という(謎解きちゃん)が謎を解き続けることができます。

けれど、本当に謎を解きたくはありません。謎は謎のまま残しておいて、いつまでもその周りをグルグル回っていたいのです。なぜなら、不安を感じるのが怖いからです。(不安ちゃん)から逃げ続けるためには、(謎解きちゃん)に走り続けてもらわなければならないのです。


かくして、(不安ちゃん)から逃げたい美希子が、(脚本ちゃん)と(謎解きちゃん)の世界に逃げ込むために、黒沼を確保したのです。表面上は黒沼に支配されたように見えますが、「飛んで火に入る夏の虫」だったのは黒沼の方でした。

まぁ、いずれにせよ、どっちもどっちのハラスメント界。
外からどう見えようとも、継続している関係はベストカップルです。




★5.存在不安の強い親にとっての子ども-----------------------------

しかし、赤ちゃん(灯)が生まれました。それも女の子。
美希子のように生きている女性にとって、女の赤ちゃんはどういう意味を持ち、そしてどのようにするでしょうか。

1,脅威
感情表現のみの赤ちゃんや子どもは、フィクションを生きる人間にとっては“潜在的脅威”です。これまで営々と築き上げてきた虚構の城が、子どものたった一言で崩れ去るからです。ですから、子どもが感情を言わないよう、親に逆らわないようにコントロールしていきます。


2,不安を背負わせる仲間
存在不安の中を一人で生きるのは耐えられません。また、自分と同種の不安を持つ仲間がほしいので、既に育った後に出逢う夫は論外です。そこで、生まれた子の内の同性の一人に不安を背負わせます(いろいろなやり方がありますが割愛)。

そして、そのターゲットとなった子どもだけは、絶対に優しくせず見捨て続けます。それをし続けることが、「存在不安を持っているのは自分だけじゃない、あそこにも仲間がいる」と(無意識ですが)“思える”ことになるからです。

しかもこのことは、ごく自然になされます。というのも、自分自身が子どもを経験したことがないために、子どもにどう接していいのか分かりませんし、(僻みちゃん)も嫉妬して抱きしめるということもできなかったりするからです。


3,代理母親
一方で“お母さん”がほしいという望みも持っています。“お母さん”を求める時、男性は妻、娘、浮気相手など何らかの対象に求めます。が、女性の場合、男性と決定的に違うところがあります。それは、命を生むことができるということです。

つまり、女性は“お母さん”を外に求めず、“自ら生んで作る”ことができる=“神”になって“自分のお母さん”を作ることができるのです。

“お母さん”に求めるものはいろいろとありますが、存在不安とストローク飢餓が深まるにつれて“究極”になっていきます。

究極とは、“お母さん”=いつも“そこ”にいる人。ですから、子ども(代理母親)の心身の状態がどうであれ、自分のテリトリーにいればいい、というものです。我が子が引きこもりでもニートでも、精神病院に入院していても植物状態でもかまいません。社会から隔離された状態で自分の支配下にあればいいのです。そして、怖いと思われるかもしれませんが、(無意識が)そのようになるように仕向けていきます。

なお、“自分のお母さん”にすると決めた子には絶対に甘えさせません。一度でも甘えさせてしまうと、その子が“自分のお母さん”であるという幻想は崩れてしまうからです。このように虚構を生き続ける人は、虚構を維持するための日々を作ること―それが人生そのものとなってしまうのです。




★6.不作為という作為---------------------------------------------

小さな灯ちゃんは、美希子が自分に冷たいことを本能的に感じ取っていたでしょう。母親から敬遠されるわけですから、当然灯も存在不安を持つことになり、なぜそうなのかという謎も生まれます―このようにして、不安や恐怖や謎が世代間連鎖していくわけです。

何か分からないけれど、とらえどころない嘘っぱちな感じ―地に足がつかない不安を灯は抱えていたのではないでしょうか。
その蓄積した思いが爆発したのは、不良に暴行を受けたのがきっかけでした。

私は、このような“アクシデント”の事例を見てきました。アクシデントには違いないのですが、それが起こるべく“環境”を設定しているのはブラックホールたる母親でした。アクシデントの結果、子どもが人間不信、社会不信になっても、あるいは心身に障害が残ってもかまわないのです―いえ、そこを狙っています。信じられないかもしれませんが、子を自律させず手元に置くためには、手段を選ばない親の姿がありました。


私には、このドラマのアクシデントも呼び込まれたように見えてしまうのです。あのような学校で有名人の子で茶髪であれば、不良生徒達からどう思われるかくらい想像はついたと思います。私が親であれば、何より身を守ることの大切さ、そしてそのための「嘘も方便」を教えたでしょう。

けれどそれはなされず(不作為という作為)、ついに灯は人生を変える深刻なダメージを受けることになりました。




★7.真実vs虚構、インナーチャイルドvs人生脚本---------------------

灯は爆発します。
怒りの矛先は、怒りを出しやすい相手、怒りの理由を見つけやすい相手に向かいます。それは、もう片方に向かうべき怒りまでも含みますので、時に激烈なものになります。

その怒りの本質は、この嘘に嘘を重ねた「積木の家」を暴き破壊するというものだったと思います。父親は揺さぶられました。しかし、虚構を維持することそのものが人生である美希子は、虚構を暴かれるわけにはいきませんでした。

父親を挟んで、実は「虚構を破壊しようとする灯」と、「虚構を貫こうとする美希子」が対決していたのです。それは、外在化したインナーチャイルドと人生脚本の対決でもあったでしょう。

灯は父親に向かって「死んでやるよ」と言いましたが、それは美希子に向けて言った言葉だったと思います。自分が死んだ方が、美希子がラクだろう?―そういう無意識の思いだったのではないでしょうか。

けれど、決死の思いも父親には届きませんでした。父親もまた、虚構に生きる人間だったからです。この時、父親が自分と向き合っていたら、この家族の運命はどう変化していたでしょうか・・・。

美希子はカウンセラーの言葉を盾に取り、父親を説得して灯を「積木の家」から閉め出します。このように虚構を生きる人は、衝動のせいにしたり(なぜ○○したのかわからない・・)、自分が権威と思っている人の言葉を盾にしたりして、自分や周囲を虚構の世界に巻き込んでいきます。

さらには、灯自身を鑑別所に閉じ込めました。あたかも、自分が何重にも自分のインナーチャイルドを心の監獄に閉じ込めているように―。


私は、「仮面の家」を思い出しました。
1982年に「積木くずし」が出版されて10年後、『1992年に起こった「真面目な高校教師と良妻賢母」による息子(23歳)刺殺事件』です。

「積木の家」を暴こうとした灯は鑑別所に送られ、
「仮面の家」を暴こうとしたりょう君は両親に殺されました。

そして、この両家ともに子どもの命運を決したのは母親でした。
先に書きましたが、命を生む母親とは、まかり間違えば生殺与奪の権を持つ“神”となるのです。




★8.ドナー(臓器提供者)となった意味-----------------------------

力尽きた時、灯は介護の資格を取りましたね。
子どもはどこまでも健気だなぁと思いました。おそらく、両親の介護を念頭に置いてのことだったのではないでしょうか。

特に、「親の母親」として育てられた子どもの場合、無意識では自分が親で親が子どもですから、自律する=子どもを見捨てて去ることのように罪悪感を感じてできないことがあります。(子が成長して親元を離れていくことは健全で当たり前のことです。それこそが親の成果です。罪悪感はダミー感情だと思ってくださいね)


美希子もまた、健気と言えば健気です。生涯を通して、母親のための人生脚本を生き抜いたわけですから。美希子は、金を浪費し、金策に回り、自分を商品として売り・・・それらの日々を「脳内親」に見せ続ける人生を歩きました。

美希子は、「脳内親」に認めてもらうために、この世界に虚構を築いて生きてきたのです。彼女の言動はすべて「脳内親」に見せ、聞かせるためのものです。彼女が生きたのは「脳内親」と二人だけの生。他の登場人物はすべて、虚構を創り上げるための登場人物に過ぎませんでした。


一人になって逃げ場がなくなった時、人は初めて自分と向き合うチャンスを得ます。美希子も内省の時があったのかもしれません。
そして、自分を背負い続けてきた娘がボロボロであることを知った時、自分にできる唯一のことで、娘に恩返ししようとしたのかもしれません。

けれど一方で、娘に自分の刻印を残したのかもなぁと思ったりもします。存在不安の強い親が子どもに物や金を送るのは、親の存在を刻印し、支配を続けるためですから。美希子は、どこまでも灯を支配しようとし、灯はそれを受け入れたのかもしれません。

いずれにせよ、美希子は下記の理由から死の覚悟を決めていたのだろうと思います。




★9.自殺した理由-------------------------------------------------

なぜ死を覚悟していたか。それは、「女性性を商品」とする人生脚本だったからです。年を取ればその脚本では生きられなくなります。

人が自律に向かう過程で自殺衝動がわき起こる場合がありますが、その衝動の根っこに(脚本ちゃん)がいることがあります。

(脚本ちゃん)は、お母さんの世界(胎内)で生きていますから、そこを出ると(自律すると)、自分は生きられないと思い込んでいたりします。自分の役割がなくなる=役立たずの用なしになってしまうと思うんですね。その恐怖を見たくはありませんから、自律に向かう自分を殺そうとすることがあるわけです。

もちろん用無しになるいうことはなく、(脚本ちゃん)の頑張りで得たものはギフトに転化して、今度は(小さいちゃん)と手を繋いで、本当に自由で楽な世界で、本当の個性と実力を発揮して人々に貢献して生きていくことができます。


それに・・(脚本ちゃん)も、実はクタクタなのです。
もう役割など持たず子どもに戻りたいのです。

けれど、バトンタッチすべき「自分」がいません。
皮肉だけれど、結局、「自分」は「脳内親」と(脚本ちゃん)の操り人形として生きてきたわけで、「自分」が(小さいちゃん)と手を繋いでいないため“背骨”がありません。

ですから、ヘトヘトなんだけれど、(脚本ちゃん)が原動力となって「自分」を生かすしかなくなっていくのです。

ここで自分が一念発起して「自分の気持ち」とつながり、背骨作りをしていけばいいのですが、気持ちとつながるということは、(不安ちゃん)が出てくると言うこと―そこから逃げ続けることが人生だったわけで、それができません。


つまり、(脚本ちゃん)が生きられなくなった時、死に向かうしかないのです。

(脚本ちゃん)の永久機関は、黒沼でした。
その黒沼との縁が切れた時、(脚本ちゃん)は生きる世界を失ったのです。





★★母親を“神”にしないために-----------------------------------

以上は、あくまでドラマ(フィクション)を見ての感想であることをご承知おき下さい。


つくづく思うこと―それは、母親は“神”になれるということです。
命を生み出すことができるということは、そういうことなのです。

子を食らう鬼子母神になるのか、
子を育む鬼子母神になるのか、

それは偏に、
安心の中で感情豊かに育つのか、
不安の中で感情を殺して育つのか、
―そこにかかっています。

愛溢れるホワイトホールとなることも、
奪い尽くすブラックホールとなることも、
育った環境が決めていきます。


父親(男性)は、母親(女性)のこの怖さを知ること。
されば、父親が母親に安心を与えることの重要性が分かるでしょう。

母親の怖さが分かるからこそ、
母親をそうさせない父親のすごさが分かるのです。


母子カプセルを断ち切ることができるのは、
社会人代表たる父親。

社会を信頼のおける社会にして、母親に安心を与えることが父親の仕事。
信頼のおける父親の下で、妻子が活き活きのびのびと生きることが生活。
その妻子の笑顔が、父親の喜びなのです。


父親にゆとりを与える社会が、ホンモノの社会です。
競争を強いる社会はニセモノです。

勇気を持って、競争の土俵(フィクション)から降りてください。
その土俵は不安と恐怖を拡大していくだけです。

なぜ、現代のマネー(経済)が人を幸せにしないのか。
そのマネーが不安と恐怖を原動力に流通しているからです。

不安と恐怖の連鎖は、もう打ちきりにしましょうよ。
そのためには、自分の内側に不安と恐怖があることを認めることです。

認め、受け止めることができれば、時間とマネーを費やし、人を巻き込んで不安と恐怖から逃げ続けることをしなくてすむのです。

それまでは、このドラマ(フィクション)のように、多くの方がフィクションを生きることになります。その結果、どのような悲劇がうまれるのか―それを、このドラマは教えてくれているように思います。



繰り返します。
母親は、“神”になることができます。
だから、神にしない仕組みを作ることが社会の使命です。

女性が安心してノビノビと暮らせる社会―それが、すべての人があるがままの個性を発揮し、活き活きと暮らせる社会なのです。






【ご参考】
「嫌われ松子の一生」―存在不安と闘い続けた生涯





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積み木くずしが最初に話題になったとき自分はまだ学生で、不良のお姉ちゃんが悪い子なんだって単純に思ってました。
でも、子供のころよりはより多くを知った今は、お姉ちゃんは何かおかしい両親に苦しんでいて、たぶんそれを打ち破ろうとしていたこと、
両親は両親なりに不安や恐怖を抱えていてそれがお姉ちゃんの気持が爆発した原因ということを感じます。
「いじりすぎましたね」のセリフが印象的な警視庁の非行相談カウンセラーですら母親には人生脚本を送るための道具だったことに驚愕します。
出来るなら黒沼側から見た母親について知りたいですが、もう亡くなってしまったらしく話を聞くことは不可能なのが残念。

 

まほろば講座

先日は1日中ありがとうございました。
なんか、自分の足取りがしっかりしてきた気がしてます。あの時でたのが自分のチャイゥドだってことを、指摘されるまで築きませんでした。でも、ああそうか。で納得。なんか、かわいい。自分って、かわいい。
今日のは久々に読み応えがありました。

 

「 積み木くずし」中尾さんの感想を読んで

「中尾さんのバカ野郎!これ以上あたしを苦しませないでくれ!」
読んですぐに出てきた気持ちです。
苦しくて、いっぺんには読めずに、途中家事をやり気持ち切り替えてから、また読み続けました。

美希子はわたしであり、母です。偶然にも母の名もおなじ読み方をします。今気がつきました。
そして、灯はわたしであり、娘です。

わたしはすぐに、分析を始めました(謎解きちゃん?)。
中尾さんがカウンセリングの時に、その都度出てくる気持ちを感じるといいと、言っていたことを思い出し、言葉を書き留めはじめたら、
「言葉にして、実況中継するといい」ということも思い出し、言葉にしてみました。
バカ野郎!怒ってる、怒ってる、怒ってる・・・出していくうちに怒りの中に悲しみが混じるようになり、さみしい・・さみしい・・さみしい・・・

母の役に立つわたしを自ら選び、必死でやったとしても、最後まで認めてはもらえないのが現実です。まったく報われないのがこの人生脚本の落ちでした。

虚しい…虚しい・・・空虚
何やってたんだろうあたし・・・・
くたびれた・・・・
疲れ果てた・・・・
もうできない・・・
やりたくない・・・
やめたい・・・やめたい・・・
やめる
自分で始めたんだから、やめることも選べるんだよ、

わたしがわたしに名前で問いかけ始めた
「けいこちゃん、今どんな気持ちなの?」
声に出して言ってみた。

おどろき、とまどう、とまどう、とまどう
信じてもいいのだろうか?という戸惑い
おずおずと声が出る

ものすごくか細い声
息も絶え絶え
ことばを出すのもやっとのけいこちゃん
つかれはて、ぼろぼろのけいこちゃん
死んじゃいそうなけいこちゃんがいた

わたしが叫ぶ!
死なないで~!!!!
涙が溢れだす

見つけてもらっことで安堵したとたん、意識が遠のいていきそうな感じがする
やばい!

わたしは自分の頬を両手でぴちゃん!と思い切り打つ!
困難な状況を生き抜いた人が救出され、安堵した途端、死んじゃうこと聞いたことがある


目が覚める

天井を見上げてるわたし
ここにわたしともうひとりのわたしがいて、
それがひとつになった








 



感情を出させない、甘えさせない、優しくしない、…

他にも思いあたることを、最近色々思い出しました。少しずつ気付いています。
私は物心ついた時から、親の親をしてました。

無意識であれ、母親とは恐ろしいものだなぁ、と思いました。


 

母が私にしたことが、かなり書かれていたように思いました。

絶対に甘えさせない
冷たくし続ける
不安を背負わせる
脅威と思い遠ざける

このあたりは、記憶にあります。
ありとあらゆる手段をとっていた。

子供の頃、母と一緒に日曜の午後など昼寝をしていました。
ずっと起きていては、たまに顔を覗きこんで様子をみるのは私。
となりですうすう眠る母。
あー…小学校低学年くらいの女の子と、中年女の昼寝の一風景としては、かなり変だわ。

母を喜ばすために身に付けてしまったことで、周囲をドン引きさせることは、なんだろう。
知りたい。すごく知りたい。
ドン引きされてるのはわかるけど、なぜなのかわからないことが、しょっちゅうあります。

 

>母親は、“神”になることができます。

私が最近、母や言動のキツいママ友に対してずっと思っていたこと。「そんなに、神様になりたいの?」
子供を操り人形にしてさ、周りのママ達を支配して。うーん、神っていうより、魔王ですな…。あれれっ?ファンタジーのラスボスってこんな心境なのかしら!?
非常に興味深い記事でした。

 
    
 
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