「苦」じゃなくって「機」
毎朝部活の指導といって早出なのに、こんなに深夜まで見ていて大丈夫か・・・と枕元の時計を見ると、なんだ、まだ深夜じゃない。
私の時間の感覚がおかしくなっている。・・にしても、子どもたちが笑ってくれているのは気が楽だ。そして、また眠りの淵に引き込まれていく―
昼間、室内に日が射し込んでくる。
この太陽を眺めている時間が至福の時。
ウイルスと闘っている身体はご苦労さんだけど、ぬくぬくと布団にくるまれて、太陽さんと向き合っている。
「幸せだなぁ」と思いつつ―
久々にお風呂に入る。昼間っからのんびりする贅沢。
全身が徐々にほぐれていくのが分かる。筋肉で感情を抑え込んでいる人たちは、こういうときに感情が吹き出てくるのかもしれないなーと思いつつ。 湯が全身を癒やしてくれている。日本人は、癒しと回復の素晴らしい知恵を生活の中に取り込んでいるなぁと、日本人に生まれた幸せを感じる。
寝て、起きて、胃腸に負担をかけないくらいに食べて、時折何気ない会話をして、風呂で身体をほぐして、また寝て・・・これでいいんだよな~、と思う。
テレビや新聞も見ないため、喧噪もない。
世の流れに取り残されたかのように、ポツンと自分だけの時空とともにあるが、とても満ち足りている。
身体は頑張ってくれてるので、その症状の変化を見守りつつ、心はとても穏やかに「幸せ」を感じつつ日々が過ぎた。
幸せを感じることができるのは、家族がいたから。
家族の気遣いが、それとなく家の空気を包んでいるし、何よりパートナーが細々としたことを一手に引き受けて生活を下支えしてくれている。その安心の上に幸せがある。
今は気遣いも素直に受け取れるし、それが嬉しい。(以前は、それは侵入を許すことだった。そこには母との見えない確執があり、その根っこには母自身の自分の母親との無意識のトラウマがあったのだ・・・)
それから、「手当」をすること受けることの大切さ。
手を当ててもらうだけで、どれほど気持ちがいいか。気持ちがいいということは、その部分が癒やされ回復に向かうということだ。
以前、歯茎が痛んだときのこと、夜中に目を覚ましたときに、掌をその部分にひととき当てて、再び眠ったら、翌朝なぜか治っていて驚いたことがあった。(まぁ、そうしなくても自然治癒の途上だったんでしょうけど)
かつての私にとって手当は「大げさなこと」だった。けれど、きちんと見てもらう、そして丁寧に処置してもらうことで、心が「自分は大切な存在だ」と感じる。それが心にやる気を起こさせ、自然治癒力が増すんだろうなぁと感じた。
生・老・病・死を「四苦」(四つの思うがままにならないこと)と仏教は名付けたが、そう知ったときから、私にはどうもピンとこなかった(そういう人も多いと思う)。「エゴ(自我)のままにならない」と言うならその通りかも。けれど、「苦」の字を当てられてしまうと、そこから逃げ出したくなるよね。
でも、生・老・病・死は、自分と向き合う人生の4大チャンスだよね。そのチャンスを生かせば、誰もが幸せに向かうことができるでしょう。だから、「四機」とか「四幸」と呼ぶならまだ分かるけど。
たとえば癌―誰もが恐れる怖い病。けれど、癌になって丸くなる人々を私は知っています。それは不安から逃げ続けている人々。その方々が、内なる不安から逃げるためにどれほどなりふり構わず人を巻き込み、鬼的に、魔女的に、非人間的に生きているか・・・けれど、そういう人々が、癌になるとまる~く穏やかになったりするのです。
なぜ? それは、「いつも気にしなければならないもの」を肉体に抱え込むことができたから。意識は常に癌を向いていますから、内なる不安に意識を向けることがなくなり、そのため、その不安から逃げることにかけていた莫大なエネルギーが必要なくなったのです。これがどれほど、心に平穏をもたらすか・・・だから、その方々にとって、癌は福音なのです。
私にとってもまた、今回の風邪は「苦」ではなく「機」でした。というのも、身体は苦しいけれど心は幸せに過ごし、なんと、その上、気づいたら奇跡が起こっていたからです。
なんとまぁ、「腰痛」が治っていたのでした!(^^)
これはサイコーに嬉しかった!
腰痛や凝りなどとは無縁だった私が、それらのものを感じ始めたのは、社会に出て特にパソコン仕事が多くなってきたころから? 今や、圧倒的に家にいることが多くて歩くことさえままならないからね~。腰痛は筋肉の奥底に潜んでいる感じでした。
ところがな~んと! 開けてびっくり玉手箱!
風邪が治るころには、腰痛が全快していたのでした。あっち曲げてもこっち曲げても、全く何にも感じない。全くのフラットな腰。
あぁーーーー、これがフツーのヒトのコシだーーーー、ってカンジ。
いやぁ、なにやら身体がゼロリセットされた感じ(まぁ、1週間近くも寝ていれば、腰痛もほぐれていったんでしょうけれど)。何事も、急ぐことに意味はありませんね。身体って偉大です。その身体が要求するのであれば、要求するだけのんびりすればいい―そう、思います。
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さて、そういうわけで、ようやく平常生活に戻りつつあります。
今月末からインフルエンザの流行が想定されているとのことですので、何らかの参考になるかもしれませんので、私の経過を記しておきます。
1/14(月)終日39°超え、熱によるあちこちの痛みやだるさ
1/15(火)38°5~9:頭痛
1/16(水)37°1~38°5:咳、夜頭痛で眠れず
1/17(木)ほぼ平熱:胸~お腹にかけて寒い+頭のピキン
1/18(金)平熱:胸~お腹にかけて寒い
1/19(土)ほぼ治る(寝っぱなしによるふらつき&鼻に残る)
何の前触れもなく、いきなりの熱から始まったような気がします。
水分以外を取る気にならず、アクエリアスを枕元において時折飲んでいましたが、初日と2日目ころまでは汗もかかないため、トイレに頻繁に行くことになりました。
汗をかき始めたのは、少なくとも3日目以降だったと思います。思うに最初の2日間は、体内に熱をこもらせてウイルスを焼き尽くしていたのでしょうか。そして、そのウイルスをせっせと排出するためにトイレが近かったんでしょうね。
熱が38°台になるだけで随分楽になった気がしますが、すると他の症状が強調されてきますね。2日目の昼間は頭痛、3日目の昼間は咳き込むようになりました。薬は「麻黄湯」だけでしたが、咳で苦しいのがイヤで、3日目は咳止めを飲みました。
3日目の夜は、眠りそうになるとズキンと来て目が覚めるという状況で、朝までまんじりともせず過ごしましたので、頭痛薬はあったほうがラクかも。真智子が、近くのドラッグ店で小児用バッファリンを買ってきてくれ、一度だけ服用。というのも、何事も1日単位で軽減していくので、4日目の夜は頭痛もそんなにひどくなかったのです。
最後まで残ったのは、胸からお腹にかけてのピリピリ感でした。悪寒や頭痛がするとき、髪の毛が何かに触っただけでゾワッとした痛みのようなものを感じることがありますが、そのようなものが身体の前面にある感じ。それも、2日間ほどで消えました。
と言うわけで、6日目―気づいたら、腰痛が治っていた! という次第です。
水分は必須―常に枕元にリッターボトルにスポーツドリンクの粉を溶かし込んで置いておき、幼児用のマグカップに移して飲んでいました。
食事は、2日目あたりから食べたいときに食べられる量を。少量だったせいか、普段便通のよい私が丸2日間ほどは便意を感じませんでした。今回の風邪で下痢はなし。
基本はおかゆと梅干、味噌汁。後は肉じゃがの芋がおいしいこと―毎度毎度満足でした。
ありがとうございました。
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