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焦らず自分のペースで

2013/02/10(Sun) Category : 自律(自由と責任)への道
(昨日の記事の補足)

『まずは、気づくきっかけとして、是非学んで欲しいと思います』と書きましたが、例えば本やブログなどを通じて知識を得ると、理解して気づいたつもりになったりします。

ここからがくせ者なのですが、思考(IP)がそれを利用して自分を追い立て始めることがあります。そして、以前も書きましたが、自律に向かうことさえも課題として真面目に、あるいは完璧に取り組ませようとします。

つまり、その“課題”が「不幸になること」であれ「自律すること」であれなんであれ、生き癖そのままに取り組むのです。本当に変えなければならないのは、その取り組み姿勢そのものにあるのですが。
【参照】Let,s Try 虎井まさ衛リーディング-(10)私の仕事


しかし、思考のペースと感情のペースは違います。思考が回転している間は感情に落ちてきません。ゆったりとボーッとした中でだんだんと腑に落ちていきます。ですから、気づいたからといってすぐに何かを変えるのではなく、気づいた自分の目を持って現状をじーっと眺めましょう。

新たに理解すると言うことは衝撃を伴います。
「衝撃(パニック)→否認(防衛的逃避)→激情(怒り)→比較(不安)→虚無(自殺衝動)→グリーフワーク→受容(安息)」というのは、心理的ダメージからの回復過程ですが、気づきがある一つごとにこのミニバージョンが起こっていると思ってもいいでしょう。
心理的ダメージからの回復過程9段階及び第二の誕生

あるいは、気づいた時点で初めて、自分の心の傷を自分が認識することになります。傷を認識したときから治癒が始まりますので、その自然治癒の時間が必要と言ってもいいでしょうか。



たとえば断捨離にしても、部屋の結界にしても、気づいたからと言って闇雲に捨てさせようとするのは、IPの仕業であることが多いです。それらのモノや結界はICを封じ込めるものではありますが、必要があってそうしてきたものでもあります。

モノであれ人であれ出来事であれ、何かに執着するのは、そこに表現されていない感情があるからです。その感情を自分が発見し、表現すれば、それらの人や物事への執着は消えていきます。ですから、気づいたのであれば、それらのモノについての“気持ち”をいろいろと味わって、声に出して表現して、自分がそれらの気持ちを味わった後に対処すればいいと思います。



それから、自分に深く関わっている人のこともあります。
たとえば、親として子への接し方が間違っていた、と気づいたときに、その反省と自責、子への申し訳なさ、あるいは自分がしてきたことの結果を見続けることの苦しさから、真逆の働きかけを子どもにしてしまうこともあります。

それが、子どもの立場に立ってみると、親からの強制が来ていることに変わりがなかったりします。親が自分に向かってくる姿勢が変わっていませんので、子どもの苦しみは続くわけですね。


あるいは、配偶者が自分の代理親だと気づいたとします。すると、封印していた嫌悪感や蓄積されていた疲労感その他の感情がどっと出てきたりします。この時、嫌で嫌で早く離れたいと思ったりするのです。

けれど、いかなる場合でも、それほどの感情が出ているという時は、ほぼ必ずICが絡んでいます。つまり、その嫌な気持ちは親への感情の代償感情ということです。自分が気づいてくれたからこそ、小さいときの感情が“今”出てきてくれたわけですね。それを“今”感じるから目の前の相手への感情と勘違いしてしまうわけですが。

つまり、目の前の相手に対する気持ちだけではないと言うことです(もちろん、代理親だったわけですから目の前の相手に対する感情も交じっていますが)。ですから、目の前の相手には一度心の距離を置き、小さいちゃんを受け止めるつもりで、その気持ちを味わって下さい。それをしている間に、また目の前の相手に対する見方や思いも変わってくることでしょう。



ともかく、先を急がないこと。

今の世の中は、なんでもオーバーペースが当たり前になっていて、人を追い立て突っ走らせて、気づいたときには、もうここまで来たから戻れない―という仕組みで踊らせています。

その流れにのまれず、間違いに気づいたらいつでも引き返せるマイペースで歩いて下さい。ハラスメント界を突っ走って大成功を収めたとしても、もしICが眠ったままそうなったのであれば空しいだけです。

でも、何事も人と一緒でないと不安だという人もいるでしょう。
その不安や寂しさこそを受け止めて下さい。

今のペースを落として、「命とともにあるペース」にチェンジすること。
そして、自分の気持ちのペースで生きていくこと―それが自律に向かう道です。



人と比べなくていい。

ゆっくりがいいんです。


ゆっくりと参りましょう。




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まさにこれだ!

さっきも別の記事にコメント書いたけどこの記事がすごいしっくり来た!何か気付いたらこうじゃなきゃとかあれはダメとかそんなんで頭いっぱいになってんだよなーこれこそオレのよくない癖だなー。いったん止まって焦らずにだ!

 

つい先日、自分はずっと「完璧な自律」を目指していたんだと気がついてショックを受けました。
それもいつのまにか目指してたんです。
生き癖の上でがんばってたことに衝撃を受けましたし、最初は認めたくなかったけれど、今は受け止めることができています。
完璧に自律して認められたかったんです。
認められたいよ~という気持ちを完璧な自律をするために封印してたんですね^^;
母に承認されたかったです。愛されたかったです。とっても。
すごく寂しかったし、母が大好きだった。だから悲しくてたまらない。
そんな気持ちを自分で感じてみたら、今までのがんばりは一体なんだったのだという徒労感と、ほっとした気持ちがわきました。
認められたい気持ちを、自分で認めたかっんだってわかりました。
そのことに気づくまで無理してがんばっていたので、ショックでしたが、気の済むまで頑張ってみたんだなって今は思います。

お風呂に浸かりながら、母への気持ちを言葉にしてみたりして、ぼろぼろ涙がこぼれました。
まだこんなに母に未練があったとわかって、またショックでしたが、どれもわかってみるとほっとしてました。
私の中で滞っていた気持ちが出てきています。
そのたびに何かが壊れて、驚いて、腑におちて・・ということが起きています。
壊れていっているのに、今私は安心しています。
すごく不安で泣いたりするし、何かにしがみついている自分を発見するたびに、安心します。
これでよかったんだと思えているから安心してるのかな?
ずっと「ただ息をしているだけでも苦しいんだ!」って感じてました。
その思いが表にあがってきてくれた時、私は本当に鼻も詰っていて、喘息もでていました。
なんて分かりやすいサインだろう(笑)
今までこの気持ちを認めてなかったです。
この後から、少しだけ鼻づまりと喘息がましになりました^^
ゆっくりと私のペースで歩くことを、私はようやく勇気を出してやっていけそうです。

とりとめもなく、思いつくままに書きました。

 

ゆっくり焦らず

熊本にこられる由、めったにないチャンスと思ったのですが、その4日前に娘の結婚式があるので、またの機会にお会いできるのを待ちます。長女なので、どうしても、手薄になって、さびしい思いをさせてきただろうし、私もしっかり余韻に浸ろうと思います。
奥様、退院おめでとうございます。
私も夫が私の退院を誰より喜んでくれたのが、とても嬉しかったです。まだ、言葉のしていえてないのですが。

 

IPに急かされて本当はとっておきたいものを処分してしたことがありました~(/_;)
そして今は衝撃から立ち直ろうとしているところです。
正しく第一段階からステップを踏んで、今は第五段階と第六段階の狭間にいるような気がします。

自分の気持ちを受け止めることができるようになってから回復が早くなってきましたし、怒りも質を変えてきたようです。

それでも、今回はかなりショックが大きかった!!
衝撃的な出来事のあと、自分の心がバラバラになって、いわゆる「解離現象」が起こって、感情が変化しているのを離れたところから見ている自分がいて…

ゆっくり自分の内面に入っていく時間があったので助かりました。

支えてくれて安心を与えてくれる仲間ができたことも大きいです。

この「事件」は自分が招いたことだし、私を傷つけたと思った人も実は怖くて仕方なかったんだ、と気づくことができました。

自分の痛みと心がバラバラになる経験は決してマイナスではありませんでした。いろいろ気づくことができたので、この経験が誰かの役にたてられるのではないかと思います。

相手と傷つけあってしまったけど、本当は愛で包んで癒してあげたかった。でも、今の私には無理でした。

私の先輩のことばを借ります。「私、、大きな愛になりたい!」

 

大きな衝撃と共に、自分の生き癖がからだとこころとあたまでわかってしまったあの日。
昨日から今日にかけて、おなじ生き癖が発動され続けてたわたしは(今回ははまりすぎて、なかなか気づけなかった・・・)、「焦らず自分のペースで」を読んで「はっ!」とし、還ってくることができました。
へなへなと崩れおちてしましまいました。今回の衝撃は前回よりもすさまじかった。なぜなら、もう大丈夫だと思っていたからです。生き癖とは、すさまじい吸引力があるんですね。「生き癖だ」とわかったとたん、ガラガラとわたしの中の何かが崩れ落ちました。わたしだったものが崩壊しました。けれど、わたしはここに立っている。心をたよりに、焦らず、ゆっくりとわたしのペースでわたしを信頼してここから歩もうと思いました。
中尾さん、ありがとうございます。

 
    
 
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