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脚本人生のニセモノ感情

2013/03/17(Sun) Category : 心と感情
「自助グループについて」の記事で、『相談者の方々が話されるのは、当然ながら「脚本ちゃん」の苦労話ですから、そのストーリー上で紡がれている感情に共感して終わってしまえば、脚本ちゃんにエンパワーして終わり』と書きました。ここをちょっと深めておきましょう。

脚本上の人生は、言わば脳内親というたった一人の観客のために、舞台上で役割を演じ続けている人生です。が、脳内親を作ったのも自分、舞台を設えたのも自分、登場人物を選んだのも自分―結局は一人舞台を演じているわけです。

その舞台上では、脚本に沿った物語が紡がれていきます。たとえば「母親以外とつながるな」「何もできないままここにいろ」「不安を背負って孤独に寂しく生きろ」・・・かくして、孤独で寂しい、不幸まっしぐらの物語が展開されていきます。

当然、その過程で感じる孤独感や寂しさ、不安感や悲しさなど、それらの感情は“実感”するものです。だって本人は、本当にそういう目に遭っているわけですから。

けれど、それらの感情は“ニセモノ”なのです。
というのも、脚本ちゃんの舞台(=虚構)上で演じられている感情だからです。たとえると、天才的舞台女優が舞台上でホンモノの涙を流す感じ。それは、ホンモノのようでニセモノなのです。

実は、ほとんどの人が「ガラスの仮面」の天才役者マヤのように、本気で深刻な脚本人生劇場を繰り広げています。前記事で、『親がどんなに不幸に悲惨に生きているように見えても、実は存分に好き放題に生きてきたんだなということ。そして、自分もそうだったんだなと言うこと』―と書いたのは、このことです。存分に演じきっているのです。


それは、その人が語っている言葉や行動にしっかりと現れています。子や配偶者は、自分に向けられたその人の言動に傷ついたり縛られたりしていますが、実はその人の言葉は脳内親に聞かせているものであり、行動は脳内親に見せるためにやっています(自分及び親を観察してみてください)。

その人にとって目の前の対象が本当は誰であるのか―それはどうでもいいことです。相手の言動は、自分の脚本に沿った形で推測してレッテル貼りして終わり―それがハラスメントの世界です。

その人にとっては脚本(虚構)を現実化することが生きること。事実は虚構を破壊しますから、この世で最もリアルな事実=感情を見ることはありません。脚本人生のニセモノ感情だけで生きていきます。

ですから、その脚本上のニセモノ感情に共感を続けるということは、その人の脚本を維持するということになるわけです。

このことを知ることは、グルグル周りしている自分から抜け出すきっかけになると思います。そこで、ある方の体験がとても参考になると思いましたので、ここに許可を得て掲載させていただきます。
ありがとうございました。





★結婚式の案内状~壊れた共同幻想----------------------------------

幼馴染みから結婚式の案内が届いた。
といっても転校したので、小学校以降の道は別々で、社会人になってから1年に1回会う程度。会っても積もる話に女子トークが炸裂するわけじゃない。ポツンポツンと話す他はただ一緒にいるだけ。

なのに、その案内を見たときからどーんと哀しみが襲ってきた。
その子のことを思うと悲しい、悲しい・・・
日常すべてが悲しくなって、何につけても泣いてばかり
いつしか、自分が悲しみの中にどっぷりと閉じ込められていった



どーしたんだろう?

あんなに泣いたのに、スッキリしない
まだ、ある

悲しみが終わらない・・・



―そういうときにカウンセリングを受けた。



あれ??
私元気じゃん!!

1週間も“終わらない悲しみ”の中にどっぷりと浸っていたのに、
カウンセリングが終わって半日も経っていないのに、
楽しい♪

ムクムクムク~っと、眠っていたインナーチャイルドが目覚めた感じ。
かすんでいた頭の中の霧が晴れて、視界クッキリ

あれれ?
旧友のことは、すっかりどうでもよくなっている

なんだったの? あの永遠に続くかのような悲しみは。



そういえば、あの1週間は被害者意識が強くなっていた
弱々しくて何もできない自分
悲しく、寂しく、孤独な自分
そういう感情が後から後から、止めどなく湧いてきていた

確かにそれは“気持ち”だった。
でも、味わえば消えていくはずの感情が、いつまでもそこにあった

なんか、そこに自分を止めようとする感じ

今は分かる
あの時の私は「私」じゃなかった



------------------------------------------------------------
問われてみれば、私はその旧友のことを、実はよく知らない
幼稚園の頃に分かっていたのは、「絶対人の悪口を言わない子」ということ

そうか。ということは、「絶対“私”の悪口を言わない子」
私を否定しないと思えるだけで、ただそれだけで安心だったんだ

ただ隣りにいるだけで安心
私の居場所がここにある―私にとって安全基地だったんだ

私は、それほど“安心”(心の安らぎ)を求めていた
だから、その子がどういう子なのか―それはどうでもよかったんだ

その子がどういう子なのか知らなくていい
私が、その子を自分の居場所と“決めた”んだ

だから、幼稚園で別れてよかったのかもしれない
一緒に過ごせば、彼女も人間だということが分かってしまう
裏切られた思いにもなっただろう

だから、年に1回程度会えればいい
その時も、お互いほとんど無言で、安心感だけを共有していた

お互いを知らないことによって、この関係は成り立っていた
お互いが、「相手を知ってはいけない」ことを知っていた

知ってしまえば、幻想が消えてしまうから
安全基地がなくなってしまうのは怖いから

互いに安全基地という共同幻想を維持するためだけに、
私たちは会っていたんだ・・・



------------------------------------------------------------
そこに届いた結婚式の案内状―
彼女が結婚するという事実が共同幻想を破壊した。

彼女が誰かのものになってしまう
自分の居場所がなくなった・・・

この喪失感は、
維持してきた虚構が崩壊する喪失感だったんだ

喪失感の裏には、安全基地がなくて怯える不安ちゃんがいる。
虚を突かれ、グサッと刺された所から出てこようとする不安ちゃんを無意識に閉じ込める・・・だから、インナーチャイルドも閉じ込められた

そして、復活した脚本ちゃんはこの喪失感を利用した。
あの馴染みのある感覚―被害者意識・・・

私は、「弱々しくて何もできない自分」の泥沼の中に沈んでいった。


だからだ・・・

あの悲しさ、寂しさ、孤独感は、実際に感じた感情だ。
だけど、それは脚本ちゃんの舞台の上で演じている天才的舞台女優が舞台上で“実感”している感情だ。

感情なのだけれど、それはニセモノ
ニセモノの悲しさ、
ニセモノの寂しさ、
ニセモノの孤独感


ニセモノだった・・・
自分が作ったものだから、いつまでも再生産され続けたんだ
そして、私をその感情の沼の中に止めようとしたんだ



------------------------------------------------------------
なぜそれに気づいたか?
それは、カウンセリングの後の違和感

自分が見ている「私」と
先生が見ている「私」の間に距離を感じたから

自分が出している感情表現(表面)ではなく、
先生は私の真ん中を見ていた

そのまなざしを感じて、上辺じゃない、中だ―
そう思って、自分が自分の真ん中を見たら、インナーチャイルドがムクムク起きてきた

すると、霧が晴れていくように徐々に視界が鮮明になって、
半日で本来の自分に戻ったんだ







★★------------------------------------------------------------
【上記のことでいただいたメールも掲載致します】

先生は、私の真ん中をまっすぐ見ている。
そう感じています。

弱くて何もできない自分、を演じても
強くて何でも出来る自分、を演じても
先生は、それを、演じることを、否定も肯定もしない。

でも、そこは、注目していない。
ただ眺めているだけ。

先生が注目しているのは
私のど真ん中の部分。
そう感じます。

だから、私が、
「か弱くダメな自分」を先生に見せようと、ゲームを仕掛けても
「強くてすごい自分」を先生に見せようと、ゲームを仕掛けても
先生は乗らない。
見せかけには、乗らない。

なぜなら、私の本体を、まっすぐ見ているから。
そう感じるのです。



強いも弱いもない。
いいも悪いもない。

ただ静かに、私のど真ん中、私の本体を、
まっすぐ見てる。

その視線を、まなざしを感じると
私はとても恥ずかしくなる、のです。。。

うわべだけ、上の方だけでやってる自分の行為が
とてもとても、恥ずかしく思えました。。。



確かに、脚本上で、寂しさ悲しさは感じたし
それは決して楽なものではない。
それ以外でも、つまづいた苦しさや、失敗した悲しさや
失敗しなかった喜びや、うれしい気持ち、も、ある。

でも、それだけで、私を演じることはできない。
私という人間を決めることはできない。

私の本体が、どーんとあるから


どんなに私が演じようとも
どんなに私が見せかけの私を作り出そうとしても
私、という本体がどっしりあるから
大丈夫な私が、どっしりと居るから

なんか、バレちゃうんですよね。

何を上でコソコソやってるの?
何を取り繕ってるの?って。



どんなに「弱くてダメな私」を演じて、人に慰めてもらおうとしても、
大丈夫な私が、真ん中にどーんと居るから、
慰めてもらわなくても大丈夫なことを知ってるから
滑稽に見えてしまうんですよね。

どんなに「強くてすごい自分」を演じて、人に褒めてもらおうとしても
そんなことしなくても平気な私が真ん中に居るから
弱くも強くもない、ただの私がどーんと居るから
演じることが、滑稽に思えてしまう。。。

何をジタバタしてるんだ??って。

だから、上でコソコソ演じていて
しかも、それが自分だ、と表現したりすると
何だかとても、恥ずかしい、のでした。。。



気が付かずに、演じてしまってるときもまだまだありますが
恥ずかしい、と、
何か違うぞ、と
ふと我に返ったりするのでした。。。

先生という鏡を通して、自分を見てる、
ってことなのかな。。。


最近やっと、自分の行動の大半が「寂しさや不安」から逃げるためのもの
ということに気が付いてきました。。。

私、こんなにまでして、まだまだ逃げていたのか・・・
次に向き合う課題なのかな、と思います。


<以上、抜粋>











人生脚本に真空パックされて生きる(=母親の胎内で生きる)とこうなるかな?↓


橘いずみ 「真空パック嬢」



ホントのあなたは、みんな元気!

腹から声を出せ~♪

真空パック嬢達!(^^)






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KJ

交換の技法

ある商品で、見積もりを取るとA社50万 B社100万でした
ほとんど同じ商品です
B社に70万で何とかお願いできないかともちかけました あと10万ほしいというので後から5万払いました そこで あと三つ同じ品物を必要としていると 契約後 告げました すると あとでブログを見ると  ムキー(>ω<)ノシ))パタパタパタパタパ とかいてありました これが 交換の技法です

 

KJ

外部からのストロークで
体力を低く保つというアウトプットが出てたとする
それを強制解除すると 突然足が動き出し
体力を回復してしまう

 

突きつけて突きつけられて、螺旋を生きる

今までやってきたこと。自律を目指して。
自由になるために積み上げてきたことも。
全部。

カウンセリングで吐き出してきた思いも。

逃げて逃げて逃げ続けてたことがはっきりわかった。
うすうす気がついた時からは、それからも逃げてた。

逃げるための挑戦で逃げるための冒険で逃げるための安全で逃げるための安心
やってもやっても苦しみはなくならず、なりたい自分は遠くにあって思うものだった。

ガーン!!!!
すべて崩れ去ったな…
究極のちゃぶ台返しだ
愕然…
ひっでーなぁ…って、誰に向けて言ってるんだろう…
ハァ…

でも、おもしろいな
歯、磨いてこよ♪

 


>記事を読ませていただいて、自分の今の状態を振り返って、結局、自分が怖さから逃げるために、目の前の状況を言い訳にして、色々やっていることに気付いて、自ら笑ってしまいました(^_^;)
>『親』に対しては従順だけど、自分に対しては、怖い気持ちを隠して嘘をつく。
>自分で自分の首を絞めちゃっているんだなと、思います。


 

発想の転換をして楽観

今のまま、、変わることが怖いから
小手先の技ばかりせっせと磨いていたこともありました

まっすぐに入る、、のは
さきに自分だったと気づかされます

精神的ストレス緩和のため噛み砕き分解していました

再構築は、真っ先に自分でした。。。

 

わたしの目は

すべてを見ているようだと評価され

人により
気恥ずかしい、とか
怖い、とか

たくさんたくさん言われてきました

わたしのこころ

まっすぐストレートに話したい
思いは、いつもここ

だれと?
みんなと

それはどうして?

世界観の鏡うつしの信念体系
自作自演の虚構の帝国がいやです

心なくす人々がせつなくて、悲しくて。。。


深い悲しみの源

わたしね、、心を捨てられなくて
はじめは、家族と
それから、みんなと

水と油みたいに混ざらなくて
トラブルメーカーと言われてきたのだもの。

そうしたことから、臆病になって

ペルソナばかりうまくなって、悲しかった。
わたしじゃない、わたしを沢山の肩書きで
評価されたってちっとも嬉しくないのだもの。

 
    
 
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