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中尾英司

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心の中にあった自分の居場所

2013/03/23(Sat) Category : 心と感情
自助Gの記事でも、皆様“外側”に自分の居場所を探していることが分かりますが、それはそれでOKです。けれど、実はみんな心の中に居場所を持っています。ただ、そこにたどり着けるのは、外に向かわず自分と向き合う日々を過ごされた人々なのだと思います。

自分の中に居場所を見つけた事例があり、わかりやすいと思いますので掲載致します。ご許可をいただきありがとうございました。


★背中から誰かに見られている------------------------------------

一日が終わるとき、手帳に色で線を引いてその日の気分を現している。
桃は幸せ。
黄はいい感じ。
灰はぼけっとしているとき。
茶は疲れたとき。
紫は気になるとき。
青は悲しいとき。
赤は怒っているとき。

振り返ってみると、ここしばらく赤、茶、紫が多い。
それは、そう・・・焦っているときだ。

不思議なことに休みの日に「焦り」が集中している。
以前とは違い、好きなことしていたり、好きな店に行ったりしているのに、なぜ?  思い返してみる。

そういえば、洗濯物干しているときに、ものすごく焦っていた。
「いてもたってもいられない」感じ。
干し終わったら次に何をするか考えておかないと・・・

背中から誰かに見られている感じ。
休んでいると怒られる感じ。

じっとしていられない感覚が足下から湧いてきて、
グルグルめまいがするような感じがして、
息が浅くなって、
ヤバイヤバイどっか行かなきゃ、じっとしてられん!
・・・と、なる。



●不安から逃げる自分を脚本が後押し-------------------------------

「休むな、努力せよ」という脚本と、存在不安が相乗効果で出てきているようでした。脚本もIPもありとあらゆることを利用します。

カウンセリングが進んで、不安が出てこようとするとき、無意識に不安から逃げるために時間つぶし(時間の構造化)をしようとします。前2つの事例でもそうですが、不安から逃げようとすると待ってましたとばかりに脚本が復活します。

すると、背骨ができてバランスがとれ始めたはずなのに、仕事を過剰に引き受けようとしたり、家でもせわしなく立ち働いたり、思考がグルグルしたり・・知らぬ間に生活のバランスを崩していきます。バランスが崩れた日常は、小さいちゃんが封印されて脚本ちゃんが頑張っていることを示していました。

ムリして過ごす脚本人生に舞い戻ると、その人生で紡がれる「私を認めろ!」という怒りや、仕事がなければ生きていけない、見捨てられる、といったダミー感情も復活します。
(こうして皆様、ダミー感情で生きているわけです)

元の木阿弥状態となって、今度はそこをIPが責めるわけです(自責)。そして本人は、止まりたいのに止まれなくなっていき―その止まれないことも怖い。どうしたんだろう私は、とパニックになっていきます。


一見後退しているように見えますが、チャンスが来ていました。
このように追い詰められるときというのは、不安ちゃんが遮二無二出ようとしているときです。不安ちゃんは、もうこれまでの経過から、その人が不安を受け止めるだけの背骨を持っていることを知っているのです。

そのことを話して、自分の内側に入ってもらいました。
そこから、次のような光景が展開していきました。
(わかりやすいように再構成してあります)



★心の中の秘密の部屋---------------------------------------------

ゴミ捨て場が見える。
そこに四角い家のようなもの―「倉」だ。

(その倉は、小さい頃に閉じ込められた倉。ゴミ捨て場だから近寄りたくない所。そこに閉じ込められたイヤな倉ですから、ますます近寄りたくない所なわけです。これまでここに来ることがなかったのも当然でした)

戸があり、南京錠がかかっている。

(昔から南京錠を見るとザワッと寒気みたいな感じがして、何か思い出しそう・・・と、感じていたそうです)

けれど、その南京錠は外れていてぶら下がっているだけ。

(もう心の鍵は外れていました。もうず~っと、主の訪れを待っていたんですね。でも、中に入るのは怖いですね。が、入ってみましょう)

入ってみると、中はうす暗い。怖くはない。
ソファがあったので座ってみた。
小さな窓から明かりが漏れ、居心地がとてもいい。



(他に何か見えますか)

目の前にテーブルがあり、その上に鉄枠の木箱が乗っている。
やや大きめの段ボールくらいの大きさで立たないと開けられない。

(海賊の宝箱のような感じで曰くありげ。開けてみたら、鬼が出るか蛇が出るか、はたまた空っぽか。開けてみましょう)

あ、着物!
お婆ちゃんの着物だ!

(それは、祖母が亡くなったときの形見で、息子である父が処分してもう無いものでした。お婆ちゃんの思い出を聴いてみました)

餅くれるとき、お婆ちゃんが自分で噛んで小っちゃくしてくれてたのがイヤだった。

(真っ先に、イヤな思い出が出てきました。確かにそうだよね。でも、そんな小さいときにそれをするのは、ホントはお母さんのすることじゃないの?・・そこから、また出てきました)

銀杏取り、柿もぎ、栗拾い、餅つき、蕎麦打ち、そしてあぜ道でのおにぎり・・・

(小さい頃の思い出が蘇ります。それは楽しい思い出でした。実は、お婆ちゃんが母代わりだったのです)

けれど、母はお婆ちゃんが嫌い。だから、仲良くしちゃダメ。
いつしか、お婆ちゃんのことを「嫌いだ」と思い込んでいた。

(人は「選択肢があるのに選べない状況」がとても苦しいので、選択肢がないと自分に思い込ませます。そう思う方が楽だからね。たとえば、近づきたいのに近づけない状況があると、「嫌い」「怖い」「恥ずかしい」といった感情で遠ざけるのです。でも、本当は?・・)


好きだった!
お婆ちゃんがどこかに行くとき、一緒について行きたかった。

(傷つかないように傷つけないように、遠ざけていたんだね。好きなことを好きと言えない辛さ。堂々と言ってみたらいい)

「お婆ちゃん、大好き!!」

着物は捨てないからね。
ちゃんと私が持ってるからね。



(着物の感触はどうですか)

樟脳の臭い、髪油の臭い、藻草の臭い―それらが混じったお婆ちゃんの臭い・・・安心する。

(着てみようか)

丈が短いなぁ、でも不思議に肩と腕は大丈夫。下はもんぺでいいや。

(着心地はどうですか)

ピシッとした。
気持ちが真っ直ぐしている。
もう、怖いものはない。

どこにでも行ける!




●自分が居場所。そこでチャイルド達を迎えよう----------------------

こうして、思いもかけず、Tさんは心の中に自分の居場所を見つけられました。不安から逃げ続けていたTさんは、もはや逃げる必要がなくなりました。

まだまだ沢山のインナーチャイルドたちが、話を聴いてもらいたがっています。その中に不安ちゃんも居るでしょう。でも、もう誰が来ても大丈夫。

Tさんは、心の隠れ家のあの倉の中のソファに座って、訪れてくるチャイルド達を待っていればいいのです。いつでもいいよ、鍵は開いているよ、と。

これまで、主であるTさんがそこにいませんでしたので、チャイルド達は話の持って行き場がなかったのです。これからは、待ってましたとばかりに殺到してくるでしょう。その時は、順番にね、と言っておけば、チャイルド達は安心してちゃんと待ってくれます。



その後のTさんからのメールです。

『まだ覚悟が足りなかったのかってことにムカついていますが、、本当にチキショーって感じでしたが、中尾さんからきくと、覚悟はとても簡単なことみたいに感じて、私の目指す世界はやっぱりあるんだなぁって感じて

チキショー、このままなんてイヤだ!いつもいつもこんな人生なんてイヤ
だって、このままシンデたまるかって覚悟した時の気持ち思いだしました。

自分の中に落ち着けるテーブルと椅子と部屋があるの、嬉しいです。』


『だって辛いんだもんとか
だって怖いんだもんとか
だって寂しいんだとか
くそー負けないぞとか
逃げたい気持ちとか
死んじゃいそうな感じとか

みんな、わたしのなかの安心な部屋のあの椅子で、お迎えしようと思います。』


チャイルド達よかったね♪(^^)



それから、Tさんの「どこにでも行ける!」という言葉が象徴的ですね。もはや、外に居場所を探す必要はなくなったのです。

自分自身が居場所。

どこに行っても、自分が居る所が、自分の居場所になるのです。







これからは、
心の奥深い所に見つけた四角い部屋の中で、“記憶と寄り道”

訪れてくるチャイルド達を“手のひらですくって”いきましょう



田村ゆかり 「fantasia」




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さらに、みつめる

不安、焦り、好奇心という誘惑
にげるための、画作なきもする

なんだろう、、なんかくるかんじ?


黒いあながある。
覗いてみる。

あ、わたし、たくさんお母さんに殴られて

いう事きかないから、ダメだ
人のせいにするな
逃げるな、、と追いかけられていた

からだに感じた痛み
こころで感じた痛み

味わいながら、わたしは自問自答

どういうのが、いやだったのか
ほんとうは、わたしがどうして欲しかったのか

わたしは気づいていて、はっきり言っていた

そうしたら、親になんて口をきくんだ、とゲンコツ

わたし怖いふりしてるけど
臆病な気がしていたけれど

怖さを植えつけられてしまっただけ、、、、

 

ほんとのきもち

ときに、わたしと同じ立ち位置でみれそう
そう思うと、可能性をかんじて嬉しくなる

寝た子が飛び起きる、、、

このときに、人生脚本に足元救われてしまいます


ちょっと振り返ってみる

あたたかい太陽
ぽかぽか気持ちいい

ただそこに在り、そのままで居ることを
ゆるしてくれているかんじ

わたし上をみるのがすきだわ
安心するんだもの

あ、、足もとをみるんだ

さみしがり
泣けなくてガンバッた、わたし

ここにいるよ、と叫んでる




気の遠くなるじかん
わたしに見捨てられていたんだね


、、あ

わかってほしいのに
わかってくれない

頼まれもしないで、している
たまに、おせっかい、、と、言わて

わたしからしたら、なんで??と思う理由がみつかりそう

 

ワタシの人生脚本は、不安を抱え、その不安に振り回され、孤立すると言う人生脚本だと気づきましたが、その不安は脚本ちゃんの不安だと言うことにも気づきました。

不安ちゃんばかりを何とかしようと、自分と向き合っているつもりでいたんですね。。

その奥にいる怒りに向き合っていなかった。。


でも、怒りは感じるけど、表現しようと思っても、表現の仕方が解りません。

ただ、怒りのチャイルドに会いに行き、その思いを自分で受け止めています。

 

ハラッサーは自分の立場が 打ち砕かれるようなことをされると インナーペアレンツの封印ストロークをかける。
経済でも軍事でも。

 

千葉の房総半島にハラッサー村を作って暮らしたい。ハラッシーは移民。

 

自分は先生と同じように大学2年の時、日本一周しました。

なんか自分がかわるかなって思って。旅したら人生観かわるとかっていいますよね。

でもなんにも変わらなかったんですね。どこまでいっても自分は自分。その時はまだ暗闇の中にいたので心はほとんど動いてなかったです。というか、桜島までのフェリーの切符片道だけにしようかなって思ってたような時期でした。


あの経験から言えるのは、自分の体験を通じて人生観変わったり考え方変わるのは自分の中に自分を持ってる人だけな気がします。

自分の中に自分がいないのに人生観もへったくれもないですよね。

この自分の中の自分の居場所を奪ったのは紛れもなく自分を持っていない親です。心ない言葉と態度と干渉で心の居場所を破壊され続けてたんやなって思います。

 

自分の内側に安心をつくる

強い誓いでした

でも、最近口癖、、、「ちゃんと」連発してる
気づいたら、そう言ってる

焦りや不安があっても、あんまりグラグラはしない
原因をみつけて、抱きしめて解放してる

なのに、、ここまできて、ちゃんと?

あ、わたし、、みっともないイメージ

ダメなこと、、嫌われちゃう

だから◯◯だった、と歪んでみてる

あるがままでは、愛されないと
悲劇のヒロインだわ

こころの側湾症、、まだまだ治療中、、

 
    
 
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