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「アセンションものがたり」~ハルマゲドンの舞台は家庭

2013/04/16(Tue) Category : 宇宙・スピリチュアル
【「アセンションものがたり」感想】8

★21,二元性を助長する社会システム-----------------------------------

アラーカによれば、ハルマゲドンとは「二元性の対立」のこと。
つまり、「人間の潜在意識の中での愛と恐れの闘い」のことだそうです。まぁ、人間がハルマゲドンを引き起こすわけですから、その根っこが心の中にあるのはよく分かります。

そして、その『恐怖を克服するには理解しか』ありません。
そして、『理解出来なければ、被害者意識という恐ろしく無力な状態にはまり込んだままとなる』ので、シャドウグループは人類が理解しないように、そして不安と恐怖を煽るように社会システムを巧妙に構築しているわけです。

・理性で感情を制御できるのが大人(紳士淑女)。
・過去を振り返っても仕方がない。前を向こう。
・将来のために今準備せよ。
・自由競争が社会を進化させる。

こうして、感情と過去を封印し、未来の不安を煽って「今」を生きることをさせず、競争によって人と人との絆を断ち切ることで支配体制を維持しています。いずれも、ポジティブに見えて、その実「心を閉ざす」方向で使われます。なぜなら、『心を閉ざしていたら理解が入り込むことができない』からです。

ビジネスの世界はほとんど上記のメッセージで埋め尽くされているように思えますが、メディア(映画や音楽他)も注意深く見れば、上記のようなメッセージが含まれているものがあることがわかるはずです。

過去を振り返るというのは、自分の内側を振り返ると言うことなのです。
が、それをさせないために「時間を与えず急かすシステム」や、「ルールだらけで常に外に意識を向けさせるシステム」を構築しています。

ですから、私たちはそういう社会に流されず、自分のための時間を意識して作る必要があります。しかし、その異質な行動(←まっとうな世界では本質的な行動)は周囲に不安を引き起こしますから、闘う、孤立する、逃げる・・・いずれにせよ覚悟が必要になってきます。




★22,家族が自制と尊敬を学ぶ場---------------------------------------

その覚悟が最も必要なのは、そう、家族に対してですね。
家族こそが、『愛と恐れの闘い』すなわちハルマゲドンの舞台なのだと思います。不安と恐怖を体験し、そこからいかに愛へと至るか―その舞台が私たち全員に提供されています。

アラーカは言います。
『自制心は自尊心につながる』、その『自制と尊敬を本当に学ぶことができるのは家族という環境』なのだと。そして、『それができなければ問題は次の世代へ引き継がれる』と―。

世代間連鎖のことをそのまま言ってますね。
親が、苦しいけれど自分の代で連鎖を止めて、次の世代に引き継がない決意をしなければなりません。

onepiece63-otohime


そのためには、カウンセラーも脚本人生劇場のニセモノ感情やダミー感情にばかり共感していてはいけないのです。それは相手を殻の中に閉じ込め、無力なままにしておくことになります。

『確かなのは、私たちが無力な「犠牲者」であることをやめ、自立して自己と行動に対する責任を取るようになるまでは、宇宙市民になれない』こと。

『地球人たちはまず、他者と自分自身を信頼するために恐怖を手放す必要があります。言い換えるなら、天の王国に入るためには、ふたたび子どものようにならなければならないのです』

まさに、「自律」のテーマをそのものズバリ言っていますね。



二元性の対立とはよく言われることですが、『自己と行動に対する責任を取るようになる』と、「二元性の対立」という概念や状況がなくなっていきます。怖いときは「怖い」と言えるからです。イヤなものはイヤ、嫌いなものは嫌いと言えます。聖人君子になるのではなく、常に自分の気持ちとともにあり、それを表現することができるようになります。それこそが、“怖いものがない”という状況なのです。

そして、気持ちを表現できれば、執着もなくなります。

その時に、自ずと解放された状態であることに気づくでしょう。












(22)+1------------------------------------------------------------

さて、このシリーズ記事も「22」に到達しました。

『22とは地球人類に定められた限界』

その限界に縛り付けているのは、『心にはびこる疑念と恐怖心だ』

『それらを払いのけるには真実を知ることだ』

そのためには『意志がいる』

『この宇宙は、時間と空間と、意識にて構成されている。必要なのは、強い意志なのだ』



すべての人は意識を持っていますから、私たちは、いろいろな「意識」が取り巻く中を生きていると言えます。(肉体を持たない意識もあるでしょうし、自分の中にさえ複数の意識があるのです)

その意識の波動は、独りよがりで暗く重たい波動から、ポジティブで明るく精妙な波動まで様々でしょう。そして、その意識が向かうベクトルも右→左だったり、左→右だったり、上→下だったり、下→上だったり・・バラバラです。

その意識の海の中を泳いでいくわけですから、その波に翻弄されないためには、自分が自分という船の船長であるという自覚と強い意志が必要です。


現在、世界を覆い尽くそうとしている西欧文明(男性エネルギー文明)には、意志を持つのは人間の特権であり、意志を持たない自然を人間がいかように利用してもよいという世界観があります。

新大陸に渡ったアングロサクソンは、自然と調和して生きていたインディアンを、資源を利用する意志を持たない怠惰な者と決めつけて駆逐しました。そこから始まったアメリカ文明の行き着く先は、強い意志を示す人間が勝ち上がる裁判国家であり、アメリカ大陸を支配したのと同じように世界支配を完遂しようとしています。

ハラッサーが蔓延する社会になったのもこのような背景があるからですが、その波に流されていくと「21」に戻ります。

しかし、私たちが本当の自分とつながったとき、「22」を超えていくことができます。その鍵は、上記「21」の社会の中にあるのではなく、「22」の家族の中にあるということです。




ところで、この項で引用している『』は「22を超えてゆけ」より抜粋したものです。
「22を超えてゆけ」~「宇宙の羅針盤」に至る魂の物語





私たちも、22を超えていきましょう。






http://www.youtube.com/watch?v=W9SxNTBsVnQ
【フミダシテ ~human note~】








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いいよさん、ありがとう(^_^)/

>私は、自分の中身なんてないんだと思ってずっ>と焦燥していました。

この気持ち、すっごくよくわかります。

私は家の中の誰も褒めてくれないから、学校の先生が頑張れば褒めてくれるというのに、ハマってしまったんだと思います。

年の離れた姉兄がいた私にとって、同級生より抜きんでることは容易いことでした(苦笑)

私の謎はとても入り組んでいます。

ときどきこちらのコメント欄に自分の気持ちを書かせてもらいながら、ゆっくりと進んでいます。

ありがとうございます。


 

Sallyさんへ

>勉強が好きで、先生の話を聞くのが好きで、授業中他ごとをやりながら
>認められるのが好きで褒められるのが好き
>無意識にそんなことばっかりしてたように思います。
>中二の時に、自分は何をしたいのかわからなくなりました。

コメントに「ああ私もそうだったー」と共感しまくりで思わず書き込み。

私は、自分の中身なんてないんだと思ってずっと焦燥していました。
周囲の人は、飛んだタンポポの種が土に根付き咲くように、移動した先
(高校大学、職場など)でその場のカラーを理解し、集団に埋没ではなく
その人らしい付き合い方で必要なメンバーになっていくのに、私は
いつだってそういう風になれませんでした。お行儀良く、はできても。
放課後に連れ立って遊ぶ、という行為がジタバタするほど羨ましかった。
子供時代には意識もしなかったことなのに。

同年代と同じようにできない、なれない不思議が全く不明だった時代が
思春期~結婚しても続きました。
「空っぽの優等生」「頭でっかち世間知らず」の単語が目に入ると
自分の弱点をさらされているようで内心冷や汗。
“焦り”ばかりつのり、けど「行儀良い」構えも今さら止められず。

人生アドバイス・転換法の本も読み漁りましたが知識が増えるだけ、
頭でっかちに拍車がかかる(笑)それでも「この」自分では嫌だ、と
そういう違和感はずっと捨てられず持っていました。
頭でっかちが悪化するだけと後ろめたく思いながら、でも止められない。

でもその行為が自分を救いました。
「自分の不満には自分で手当てをしましょう」
夫が、私を常に最優先してくれないことへの(新婚らしい?)不満は
これでストンと落ちました。そうだ自分の気分の面倒は自分が見ないと。
私に配慮してくれない夫にイライラする、そこには自分の不満への
責任感がないのです。「この感情の飼い主は私!」と気づいたのです。

そして、このサイトの数々のエピソードと解説。
ただ存在を許される、私の中のミッシング・リンクが埋まりました。
遠距離住まいの、母方の祖父に、笑顔で声をかけられた記憶でした。
「べっぴんさんだ、本当にべっぴんさんだ」
別嬪さん、って意味分からないよ?って不思議に思ったから
覚えていたと思っていたのですが、当時の気持ちに潜ってみました。

意味は分からないけど、すごい笑顔。本当に私のことが嬉しいみたい。
そんな褒められるほどすごい自分じゃないのになあ(と謙遜気分

3歳児らしからぬ、大人びた思考。
これって、えへ嬉しい!でへへ~、でいい場面じゃ?
ずっと“優等生”やってきた出発点は、ここだと思いました。
(母は結婚で親元から遠く離れ、年子の兄と私と孤軍奮闘していた)
思春期以降、親は子供から「そんな時期よね」って距離置きますから
自分の軸が定まらなくなった時期と一致する。なるほどなるほど!
優等生でいると、母は助かる!肩の荷が下りたように見えるもの。
私の固着はそこにあったのです。自分の頑張りを認め泣きました。

行為と好意と干渉と過干渉とはなんなのか、感情の仕分けが進み、
ストロークの概念を知り「自分のなりたち」を理解したのちに
自分の舵を取り戻したところまで、今たどり着きました。
これが私の「ふつう」を獲得していった道のりです。

これからも私は自律の道を「自分と」胸を張って歩いていきます。
長くなりました。読んでくださってありがとうございます。

 

本当の自分はどうありたかったのか?

小学生と中学生のころ、自分は優等生でした。

勉強が好きで、先生の話を聞くのが好きで、授業中他ごとをやりながら、先生の話はちゃんと聞いていました。

認められるのが好きで褒められるのが好きで、無意識にそんなことばっかりしてたように思います。

中二の時に、自分は何をしたいのかわからなくなりました。

49歳の今、優等生でいなければならなかった悲しみがこみ上げてきます。

ふつうの自分でいたかった。

でも、ふつうの自分てどんな?

 

数霊22

これも似た意味を持ちます

それから、無意識の意識化が鍵だと思いました

やりたいことのために
どこか静かなあきらめをしてしまうのではなく
今の気持ちが居たいところ、したいこと

これをじぶんが知り
今の状況に合わせていくというか

わたしから、自由になります
徹底してひとつひとつ
矛盾をみつめていきます

いつか、、わたしを苦しめている
強すぎる感受性や霊能が
わたしの味方になると思うから

 

K.J

上か下か  内か外か  触れるか触れないか
今か 未来か  少数か多数か

 
    
 
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