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「土浦両親姉惨殺事件」―1,経緯

2013/04/25(Thu) Category : 少年犯罪・家族事件簿
【土浦28歳・両親姉惨殺事件目次】

★1,「土浦28歳・両親姉惨殺事件」経緯----------------------------

飯嶋家は、代々この土地の地主で祖父は市議会議長。父も市役所の幹部。いわゆる地方の名士でした。父親(一美)は、外面は「穏やかないい人」でしたが、内面はDV夫であり虐待親でした。

殴られ続けた飯嶋勝少年は、小学校の頃から母親(澄子)に暴力を振るうようになります。自分の身に受けたことの吐き出しが、早くも小学生の時点から始まったわけです。

母親は勝の高校時代、「もうすぐ勝が帰ってくる。1人にしておけない」と言って立ち話を切り上げることがあったそうです。両親は勝が高校2年生の時、精神保健センターに相談。

高校3年生から友達と会話した事はなく、徘徊や暴力などくりかえしていたようですが、「家で体に悪いものを浴びているから、外でマイナスイオンを浴びている」ということを言っていたそうです。

専門学校を中退して19歳から引きこもった勝の部屋は、『父親がいつもいる茶の間と廊下を挟んだだけの位置にあり、廊下に面した引き戸をいつも開けておくように言われていた。(閉めておくとまた虐待)』『部屋は机と布団くらいで本や雑誌も皆無だった。父親がいる間はトイレも何もかも我慢して、家族の団らんをすぐそばに感じながら、その部屋に引きこもってた』

平成13年(25歳)、勝は家を出ますが、半年で家に戻ります。
『「なぜ就職しなかったのか?」と聞かれた勝は、抑揚のない声で「父が就職のための書類を取ってくれないから」と答えて』います。父親の職場で取ってもらう必要がある書類があったようです。

平成15年(27歳)、両親は再び精神科医に相談し、統合失調症の疑いがあると言われて通院か入院を勧められますが父親が反対。

平成16年(28歳)4月から博物館勤務になった父が家で過ごすようになり、勝のストレスは増大したことでしょう。母は保健所に相談に行きますが、それに対して父親が激怒。

平成16年6月、台所で偶然鉢合わせになったとき、父は勝に怒鳴り散らします。「いい若者が昼間から働きもしないで、いい気なもんだな。とっとと働けよ」。これに対して、「父が死ぬまで待とう」と考えていた勝に『暴力ですべてを思い通りにする、汚いヤツが何を言う。次は、殺してやる』と、初めて殺意が芽生えます。

そして平成16年11月24日。帰省していた姉(幸江)とストーブをつけるつけないで口論。その口論の内容を姉が書き留めたメモを発見。父親に告げ口しようとしていると思い込み、「ふざけんな。こんな事したら殺人事件を起こすのが分からないのか」と殴打。その後、姉が電話しているのを「病院に電話しているんだ」と思い込み、母と姉の殺害を決意。

キッチンで家事をしている母親の左手をひっぱり、包丁を見せたあと頸部と頭部を刺して殺害。続いて、茶の間で鉢合わせした姉の顔面や頭部を何度も突き刺し、倒れた後は身体を突き刺し殺害(百ヶ所以上)した上、頭部を金槌で殴打。

ここで疲れて自首を考えましたが、父親こそ自分を苦しめている張本人であり、このまま終わらせる事はできない、と考え直したそうです。その後、自室で父の帰宅を待ち伏せし、頭部や顔面を滅茶苦茶に殴打。

その後、父親が行く予定だった尺八教室に「父は急な出張で休みます」と断りを入れ、茶の間に座ったり、テレビを観たりして過ごしました。

翌朝8時、警察に電話をかけ、「母と姉と父を殺しました。以前から仲が悪かったんです。父は金づち、母は包丁、姉は金づちと包丁で殺しました」と話して逮捕されました。

以上が経緯です。


飯嶋勝の心理はどのようなものだったのでしょうか。




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>そうか、親をころす人たちは、
>こうい思いでうごいていたんだ
>そうじゃなきゃ、親を殺すなんて できない。

殺すのはいいけど(よくないけど)兄弟を巻き込むのはどうだか。と思い検索してみれば姉は帰って来る度に小言を言っていたのか(それだけで殺されてもいいとは思わない)。一方の母はどうだったのだろう。夫に歯向かうわけでもなく息子を労わるわけでもない。どっちつかずの態度だったのかな。また同情している人が多いけど他者に牙が向かった場合はどういう論調になっていたのだろう。一緒にするのも可笑しな話か。赤の他人には被害がなかった。家族内で完結したこと。ある意味で良かったと捉えてもいいか。

 

同情はするけどやはり殺すべきは父だけにしておいたほうが良かったかな。今言っても後の祭りだけど。助けなかった母と姉には憎んでいたのだろうな。まあでも「どっちを取るか」と言っても仕様がない(偶にそういうことあるけど)。

 

親から遠く離れて暮らしていたけど、
たびたび電話で干渉してくる母親にブチ切れた。
わかってわかっての、猛攻撃。
病的なまでの、過干渉。

「自分が死ぬか、こいつを消すか」
本気で思った。
頭じゃない。 心の深い深いところから、
本能のように湧きおこった殺意。

そうか、親をころす人たちは、こうい思いでうごいていたんだ
そうじゃなきゃ、親を殺すなんて できない。

・・・いまは、あちらからの電話に出ることもなく、
没交渉の状態で 自分の背骨を作っている途中です。

もう少し、、、、もう少ししたら、
「ただのお年寄り」(育ててくれた感謝もあり)として親に優しく接することのできる 自分になれるんじゃないかな

なーんて、淡い期待。

 

生まれて初めて、安心して家にいられる・・・その感覚を確認して味わっていたのかなぁ・・・

 

攻撃描写を読んで、どれだけ生きたかったのかと思う。殺してやると思い続けて結局大人まで生き延びて家を逃げ出した自分より健康に思える。

 
    
 
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