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「土浦両親姉惨殺事件」―3,“問題児”を作ろうとした母親

2013/04/27(Sat) Category : 少年犯罪・家族事件簿
【土浦28歳・両親姉惨殺事件目次】

★6,脳内親と人生脚本のでき方------------------------------------

ところで、母親はどういう役割を果たしていたのでしょうか。

まず押さえておかなければならないことは、存在不安の程度の同じ人が結婚するということです。つまり、母親(澄子)も父親(一美)と同じく強い不安を持っていたということ。そして、不安から逃げるために互いを利用し合う共依存の関係となります。

この時、互いの人生脚本により組み合わせが決まります。人生脚本とは、自分が無意識に持っている人生のシナリオ。映画と同じく、ロケ地も物語(人生)で関わる人々も、その無意識のシナリオに沿って自分が選んでいます。

では、そのシナリオはどのように作られるでしょうか。親が安全基地であれば、子は自分のための脚本でスタートできますが、そうでない場合は子は親を支えたり親に認めてもらうための人生脚本を作ります。つまり、人生脚本は親との関係の中で作られていくわけです。

しかし、子は親の人生を知りませんし親の内面が分かるわけではありませんから、親の様子や自分への態度を見て勝手に親のイメージと自己イメージを創り上げていきます。そうやって創った脳内親に認めてもらうための人生脚本を作り、その後はそのシナリオに沿って脳内親に見せるための日々を送ることになります(つまり自作自演です)。

例えば「誰ともつながらず一人孤独にいろ」という脚本の場合、実の親が亡くなるときでさえ葬儀に行かないこともあります。あるいは、「泣くな」という強い禁止令で生きている場合、禁止令を出した当の親が亡くなるときも涙が出なかったりします。

つまり、人生脚本が忠誠を尽くしているのは実の親ではなく脳内親なのです。そして、実の親が亡くなっても、脳内親に見せるための日々のパターンは続くのです。

親の苦労を見て育った子は苦難の道を歩くことで脳内親に認められようとし、親の受け皿として育った子は、自分が受け皿役を果たせる相手や状況を欲しがります。家庭内で暴力を振るう一美と結婚した澄子も、そういう脚本だったのかもしれません。




★7,「苦労を我慢して耐える」人生脚本----------------------------

母親澄子の役割も、人生脚本と存在不安の二つから見えてくるものがあります。

まず、人生脚本の方から見てみましょう。
上記のように澄子が「苦労を我慢して耐える」脚本だったとすれば、死ぬまでその姿を脳内親に見せ続けなければならないわけですから、夫のDVが“健在”な内はいいのですが、事故やその他でそうでなくなった場合に困ります。また先立つことがあるかもしれません。

そのために、“後継者”を作ろうとする場合があります。自分に苦労をかける問題児を作ろうとするわけですね。ですから、夫が息子を虐待するのは好都合だったのです。

もしまっとうな母親であれば、正面から夫とぶつかったはずです。妻が真剣に向かってきたとき夫は逃げられませんから、夫の子に対する接し方も徐々に変わっていったでしょう。されば、夫も子も成長したでしょう。けれど、二人とも成長して真っ当になられては困るのです。

かくして、澄子が本気で夫とぶつからなかった結果、勝が小学校の頃から母親に暴力を振るうようになったとき、「苦労を我慢して耐える」脚本としてはシナリオ通りだったのです。(このようにして、子は親の脚本に荷担させられます)




★8,存在不安が作る「何もできない子ども」-------------------------

次に、存在不安の観点から見てみましょう。
内側にある不安を見ないためには、意識を常に外に向けなければなりません。その最もよい方法は、手のかかる心配な子をそばに置いておくことです。

そのために、子どもが自分のことを自分でできないように育てるわけです。そうするのは簡単で、先回りして常に母親が手を出すだけで、子どもには「自分のことを自分でするな」という禁止令になり、その通りになります。詳細は下記にありますので、そちらをご覧下さい。

(参考)自分の手を描き忘れる子―自分のことが自分でできない子





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なぜ父は、母のほぼボーダーのような振る舞いから、私達を助けようと思わなかったのか。なぜ、私達に我慢をさせて、見て見ぬ振りが出来たのか。なぜ自分も被害者のようなことを私達に言っていた、今も言うのか。なぜ、幸せだった自分の子供時代の話しが私達に普通に出来るのか。なぜ、あんな妻が今も好きなのか。
一般的な部分では大変優しく面倒見もいいが、とても底意地の悪い所があり、それが母との共通項だからなのか。
ボーダーの配偶者は、ウチの父は、虐待される子供より虐待するパートナーを大事にするとは、どんな共依存関係なのか。

 

初めまして

長い間ひきこもりなので、コメントするにも勇気がいりました。

全く頼りないのに、物凄く巧妙なのは何なのでしょうか?
無意識でも、子供が自分から離れられないように咄嗟に出てくるあれやこれやって何なのでしょうか?
元は頭がいいんでしょうか?

私は女性ですが、昔「私が男だったら、お前なんかとっくに殺されてる!」と母親に叫んだ事があります。
姉は「私らが病気の方が都合がいいんだろうが!」と言った事があります。
それでも40代の私と姉は母親と切れる事ができないでいます。
母親の頑固さは筋金入りだと思ってましたが、それだけ母親の存在不安が強烈なんですね…

初めて打ち明けますが、って言いながらネットで公開しますがね、英司さん(あえて“先生”はやめさせてくださいm(_ _)m)のブログを読んでてやっと話せるようになりました。

私が幼稚園の時、母親の兄が、私らを引き取るという話をしに、わざわざ離島まで遠くから来たんです。記憶にはあったけど、あれは何だったのかわからなくて、20代後半に知りました。へたりこんで泣きじゃくってました。そんな姿は子供の前ではしませんね。
酒乱の父に暴力受けてノイローゼの母に対して、余程の事だったのかなって…。
そのおじさんも自分の子供がまだ小さいはずだったから、奥さんも一緒だったし。
ただ、おじさんもいろいろあって、もしかして助ける役目を背負っていたのかなって、今は思います。
どちらにしてもことごとくチャンスを蹴散らして逃げてきた母親です。優等生で物わかりが良くて気のきく私が母親をつけあがらせたんだな、と今は思います。
記事を読んでて胸が痛いです。
書いてて泣けてきます。
読んで頂いてありがとうございます。

いっぱいぐるぐるしていっぱいあります。
少しずつ吐き出したいです。


 
    
 
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