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「土浦両親姉惨殺事件」―6,発見された「殺意」と発見されていない「怒り」

2013/04/30(Tue) Category : 少年犯罪・家族事件簿
【土浦28歳・両親姉惨殺事件目次】

★15,発見された「殺意」------------------------------------------

さて、勝は父親に殺意を持ったと言っています。ならば父親だけを殺せばいいように思います。そう決めれば、殺害の仕方もそれなりに考えられたでしょう。しかし、殺害を決意したのは母と姉に対してでした。

なぜでしょうか?

ヒントは、「父が死ぬまで待とう」と考えていたこと。そして、母と姉を殺害した後、一度自首を考えていたことにあります。父親を殺すことは、わざわざ“考え直して”いるんですね。

更にもう一つ―母親を殺すときにわざわざ包丁を見せつけています。これにどういう意味があるのでしょうか?


さて、一つずついきましょう。

まず、自分を「生きた置き人形」にした父親が「とっとと働けよ」と言ったことに怒るのは当然でした。勝は「生きた置き人形」という“仕事”を既に懸命にやっているのですから。しかも、“父が死ぬまで”やろうとしていたわけですから、人生をかけていたわけです。

注目すべきことは、この時点で「殺意」に火がついたと言うことです。自分の本当の感情(インナーチャイルド)とつながっていない勝には、その殺意が本当は誰に向いているのかは分かりません。ただ、自分の中に殺意があることを発見したのです。

見つけてしまったものを、見なかったことにはできません。勝の中で殺意は常に意識されるようになります。あとは、何らかのきっかけを待つだけでした。




★16,発見されていない「怒り」------------------------------------

ところで、殺意は発見されましたが、まだ発見されていないものがあります。それは何でしょうか?

これまででおわかりの通り、勝は父と母の両方から道具にされています。人としての尊厳を傷つけられているわけですから、道具にされた人は怒りを持ちます。

しかし、勝は父親に殴られた代償行為として母親に暴力は振るいましたが、母親が自分を道具にしていることは自覚できませんので、母親に対する怒りを自覚しません。そのため、母親に向けるべき怒りもすべて父親に乗せることになります。加えて、母親の手足となっている姉に対する怒りもあったでしょう。

しかし、最大の怒りは、自分自身を道具にしている自分への怒り―つまり、「勝くん(インナーチャイルド)」の勝に対する怒りだったと思います。



このように、ある立場に押し込められて身動きできない状態にされ、一方的にサンドバッグされたとき、出口を失った複数の怒りは「心のコップ」にたまり続け、それが爆発したとき、「殺意」として現れるのだと思います。

この時、彼が母親に対する怒りにまで気づいていたら、殺人は起こらなかったかもしれません。気づき表現してあげることで感情は出て行くからです。

片方の親に殺意を感じたことがある方は、もう片方の親に対して封印されている怒りがあることにお気づき下さい。



ではなぜ、母親への怒りは封印されているのか? それこそが、勝が母親のための人生脚本を生きている証拠でもあるのです。母親への感情(インナーチャイルド)が封印されていると言うことは、その上に母親のための人生脚本が重しのように乗っかっているということ。

つまり勝は、父親のためではなく“母のために”「生きた置き人形」となる人生脚本を生きていたわけです。「父が死ぬまで待とう」と考えていたというのは、“父のために”父の受け皿を死ぬまでやろうとしたのではなく、“母のために”父の受け皿という苦行に耐えようとしていたのだと思います。

このことが、殺害方法にも表れています。




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シビラさんへ

共感いただいてありがとうございます。

夜中に胸の真ん中に、「何が怖いのか分からないけど、ものすごく怖い」と感じたときに、「ベトナム帰還兵の戦争後遺症の話にそっくりだな」と思いました。

シビラさんも私も、きっと誰かの羅針盤になれると思います。

もうすでになっているかもしれません。

自分が幸せと思える日まで、自分を愛して、自分のために生きましょう。

きっとシビラさんや私のチャイルドが、それぞれを導いてくれると思います(^_^)

 

Sally さんへ

あなたの哀しい歌に共感します。

うちも戦場でした。深海でした。
ベトナム帰還兵に関する記事を読むたび、PTSDの記事を読むたび、
幼い頃から生死と隣りあわせだった被虐待児と、帰還兵のどちらが悲惨だろうと、答えのない問いを繰り返してます。

感情を殺し、自分を殺し、生きてきた記憶もない…
この深い怒り、悲しみが、いつか誰かの羅針盤になるのか。

自分が親を選び、環境を選び生まれてきたと、天を恨みそうになる弱い自分に言い聞かせています。

 

内なる恐怖よ

父親に暴力を受け、恐怖を覚え、不信に陥り、孤独になりました。
母親がぼくの苦境に見てみぬふりをすることで、絶望し、自分の恐怖から
逃げ出しました。
人間代表である父から、信頼ではなく恐怖を、
安全基地であるはずの母から、愛情ではなく絶望(無念)をもらいました。
でもみなさん、ぼくの恐怖と絶望は、親ではなく、ぼくにわかってほしい
だけなんです。きっと解決できますよ。自分の問題だから。

 

ベトナム帰りの哀れな兵士

ベトナム帰りの哀れな兵士

後遺症に一生苦しむ

私にはあれがよく分かる

なぜなら 私の家は戦場だったから

戦争に行くなら早くて18ぐらいだろうか?

だけど私は生まれた時から戦場にいたんだ

殺るか殺られるかの修羅場だったんだよ

私以外は全部大人みたいなもんで

太刀打ちなんて出来はしない

だからひっそりと息をひそめて

違う人間のふりをして生き延びた

その後遺症が今も自分を苦しめる

だからベトナム帰還兵の気持ちがよく分かるんだ





 

よくわかります。

>両親の道具で、母親の手足だったので、記事に書かれていることが、よくわかります。
>父親に対して殺意を持った記憶や、母親に、父親に対しての殺意を冗談めかして言った記憶もあります。
>それを以前、カウンセラーに話した時、
>『よく頑張ってきたね。』
>と言われましたが、当時は、その意味がよくわかっていませんでした。
>自分でもようやく、母親が大好きだったから耐えてきた、というのがあるとわかったので、《勝》も相当辛かっただろうなぁと思いました。


 
    
 
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