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「ひきこもり」とは何か(1)-自己の解体と再統合の時期

2006/06/01(Thu) Category : 不登校・引きこもり
『突然手錠、恐怖で動けず』(6/1朝日)-アイ・メンタルスクールに拉致された青年の記事が載っていた。5/19から書いているが、この項の最後に「引きこもり」のとらえ方について書いておきたい。

引きこもり=甘え、怠け、つまり悪と見なされている。
だから、それを矯正し、社会のレールに復帰させようとする試みが是とされる。それが暴力的であれ何であれ、向かう方向が社会に引っ張り出すことであれば基本的にOKなのだ。

『死亡した男性は米国留学後、引きこもりになった』(5/22朝日)と言う。
異文化に接して、生き方を含めた価値観が混乱し、それがトリガーとなって引きこもることはあり得ることだ。

引きこもりとは外部との情報遮断である。
では、何故自らを外部から遮断して引きこもるのか?

それは、自分を一度解体して再統合するという作業をするためである。
そのために自分と向き合う必要があるから人は引きこもるのだ。

「引きこもり」は、自分が次の段階へ成長するために必要なことなのである。(後に書くが、“さなぎ”の時期と思えばよい)





私は、道を模索し始めてどれかに決めるまでの期間を(体験的に)およそ7年と見ている。
私は、20歳~26歳、そして40歳~46歳の二度自分探しをしている。
それは青年時代の「アイデンティティの危機(アイデンティティ・クライシス)」と、いわゆるゴーギャンコンプレックス=「中年の危機」を迎えるときだった。

人は誰でもこの二つの危機に直面する。
それから逃げおおせることはできまない。それを経験していない人がいるとすれば、それはただ未熟なだけだ。そして、逃げようとすれば、いずれは自分もしくは周囲の人(最も身近には配偶者と子供)に迷惑をかける事態が訪れるだろう。

引きこもりとは、次のステージへジャンプアップするための準備段階だと思えばよい。
このことがわかっていれば、その青年が留学後に引きこもったとしても、慌てふためくことなく見守ることができたかもしれない。蝶となって羽ばたく前のさなぎの段階で、青年は身動きできないまま殺されてしまったのである。



<続く>





「ひきこもり」とは何か
(2)自己解体期の危機(アイデンティティ・クライシス)
(3)6年間引きこもった青木昆陽

中年期:人生の転換期をどう乗り越えたか





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くるしい

 

1ヶ月後の返信:張遼さんへ

24日が引っ越し前夜で、あっという間に1ヶ月たってしまいました。ご返事が遅くなってスミマセン。

私は各世代にそれぞれ友人がおりますが、若くなればなるほど生きづらさを抱えているのを実感します。

先日も20代と話しましたが、生まれたときからマンション、個室。家族モデルも父親モデルも社会人モデルもありません。そもそもの根っこに人とつながるモデルがないのです。

モデルがないので自分で試行錯誤するしかない。一瞬一瞬が試行錯誤の繰り返しです。
う~ん、これはつらい…ほんとにそう思いました。

今、小学校で流行っている言葉は「空気を読む」―もう窒息しそうです…。

私は、大学に7年間いました。自分と向き合う時間を持つことはとても大切です。
自分探しに必要を感じられたら、いつでも鏡になりますので、その時はメールください。

 

素晴らしいです

私は学生なのですが、学校へはいかず、一年の休養を取っております。体調がとても悪いのと、人間関係の有耶無耶、しがらみにストレスが抑えきれずに、体調を崩してしまいました。

今の社会では「さなぎになること=敗者」であって、それが問題だ

これは、とても説得力のある言葉だと思いました。私も常々感じており、小説を書いて暗に訴えてみようなんて考えてます(苦笑)。

中尾様の著書にも興味がありますので、後ほど読ませていただきます。

 

急かされた後に残されたもの

『その時期を通じて人間関係が逆に深まった(ほとんど人と話していないにも関わらず)』-あぁ、いいですねぇ、この“実感”。

『「進む勇気」と「止まる勇気」』もいいですねー。

今は、立ち止まることがまるで“悪”でもあるかのような社会です(どこに行っても「止まるな」「歩け」と誘導されますしね ^^;)。

そして、大企業の社員などに話を聞くと、自分の人生などについて「考える習慣」ができていない、と言います。

『自分と向かい合う時期や、自己再統合を支援するような時期』-そういう自律を支援するプログラムが社会的に提供され、誰でも自分のタイミングで学び直しができるような仕組みが必要だと思います。

 

私自身も、十代後半から二十代前半にかけて一度目のさなぎ期、そして三十代でもう一度経験したような気がします。うまく説明できませんが、異なる性質の自己再統合をしたように感じられます。一人で考えることが多かったにも関わらず、誰かが(家族や友達や先輩)そっと見守ってくれているというような感覚が、さなぎになっていても大丈夫だという自信につながったと同時に、その時期を通じて人間関係が逆に深まった(ほとんど人と話していないにも関わらず)と思います。

それ以来、私は親しい人達と呑んで話すときに、「進む勇気」と「止まる勇気」という言葉を使っています。「進む勇気」というのは、昨今よく言われている「ポシティブ」ですとか「能動的」という感じかと思います。それに対して、「止まる勇気」というのは、さなぎの時期に入っていく勇気ということになるかもしれません。

その両方があっていいと思うのですが、今の社会では「さなぎになること=敗者」であって、それが問題だと思います。確かに職場を7年間離れてしまうと、現在の社会システムでは困ったことになりますが、何らかの型でそういう自分と向かい合う時期や、自己再統合を支援するような時期が日本社会の中で認められていけばいいと思います。

 
    
 
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