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オオモノヌシ~土器(子宮)と勾玉(胎児)にこめられた縄文人の祈り

2013/06/02(Sun) Category : 神社・寺・城・歴史
【「平成の大遷宮」出雲大社~鳥取砂丘の旅】5

さて、「古事記」に沿って歩いてみましょう。

ただ、大国主はオオナムヂとして記していきます。
というのも、風土記の中で唯一完本が残る「出雲国風土記」―他の風土記に多い天皇巡行の話は少なく、大穴持命(オオナムヂノミコト)に関する記述が突出しているそうです。それに則り、スサノオが命名したことになっている「大国主」ではなく、オオナムヂの名で記述していきます。


★オオモノヌシ-------------------------------------------------------

「カカシのクエビコ」の項で、この世のすべてを知るクエビコ(北極星―北辰―妙見―天之御中主神の分身)が教えてくれたスクナヒコナとともにオオナムヂは国造りを進めますが、道半ばでスクナヒコナはいなくなり、オオナムヂは途方に暮れてしまいます。

その時、海の向こうから光り輝く神がやってきました。
オオナムヂが誰かと問うと、「我は汝の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)なり」と答えたそうですから、オオナムヂの分魂ですね。

その神は、「能く我が前を治めば、吾能く共与(とも)に相作り成さむ。若(も)し然らず国成り難けむ。」と告げます。“前(さき)”の意味が多様ですが、それを受けてオオナムヂがどのように祀ればいいのか訊いていますから、この先も自分を祀れということなのでしょう。

続いて次のように書かれています。
『「吾をば倭の青垣の東の山の上に伊都岐(いつき)奉れ。」と答へ言りたまひき。此は御諸(みもろ)山の上(へ)に坐す神なり。』

面白いですね。この神は最後まで名を名乗っていません。しかし、古事記を書いた著者は、この神が御諸山の神と断じています。

現在では、この神は大物主で、御諸山とは奈良の三輪山ということになっています。そして三輪山に建てられた大神神社(別称、三輪神社)にオオナムヂ、スクナヒコナとともに祀られています。


この記紀神話を再現したのが下記の像です。

出雲大社 大国主と幸魂奇魂1 20130514
出雲大社 大国主と幸魂奇魂1 20130514 posted by (C)Hide




★神奈備の三輪山-----------------------------------------------------

ところで、この三輪山は縄文時代からの信仰の対象になっていた山です。神奈備(かんなび)と言って山自体がご神体でした。(拝殿が造られた1664年から大神神社としての形が整ってきたのでしょう)

なにもない三輪山にオオモノヌシが祀られることになったのは、崇神天皇7年。天変地異と疫病に悩まされていた崇神天皇の夢にオオモノヌシが立ち、意富多多泥古(太田田根子)に自分を祀らせよと告げたのが始まりだそうです。
3世紀頃の話と言うことですから、邪馬台国の時代とも重なっています。まだ天皇による日本統一がなされていない時代の話ですね。

天皇統一の証として古事記が成立したのは712年です。その中で、唐突に登場したオオモノヌシは、国造り途中のオオナムヂに対して、自分を祀らなければ国成り難しと言ったわけですから、国の盛衰を左右する威力を持っていたことを記紀は認めていたわけですね。

国成り難しということは、その「権力」に対して民衆がついてこないということ。民衆はオオモノヌシの「権威」を認めているということです。だから、記紀はオオモノヌシを登場させざるを得なかったのでしょう。

ここに3つの謎があります。
1.なぜ、三輪山が崇拝されたのか(縄文時代は1万6500年前~)
2.なぜ、三輪山がオオモノヌシと同一視されるようになったのか(3世紀)
3.なぜ、オオモノヌシとオオナムヂが同一視されたのか(古事記712年)


まず、オオモノヌシとはどういう神なのかが分からなければ、取っかかりがありませんね。
オオモノヌシ=「鬼(モノ)の大王の蛇(ヌシ)」というような名前ですね。
鬼=神です。先住者が崇めていた神を征服者が鬼と呼ぶことはよくあることです。
また、アオダイショウ、ミズチ、白蛇などをヌシと呼んだりします。実際、オオモノヌシは蛇神とされていますね。ここで蛇と人間の関係について見てみましょう。




★蛇と人間(縄文日本人)---------------------------------------------

私は昭和40年代を鹿屋という所で過ごしましたが、その時代においても蛇って実に身近な存在でした。
自然が教えてくれた「死生観」(29)-蛇(1)
自然が教えてくれた「死生観」(30)-蛇(2)
自然が教えてくれた「死生観」(26)-蛙(3)

上記を読んでいただくと、実に自然が身近で表情豊かであることが分かると思います。蛇は山から湖から海からそこら中にいて(時に空も飛びますしね)、遊び相手でもあり、蛙に追われるちっこいのから、家の主と思わせるほれぼれするように堂々たるものまで、いろいろでした。そして、生涯で二度と目にすることがないような、あの蛇の抜け殻で埋め尽くされた圧巻のあぜ道を目にすることになるわけです。

つまり、
・蛇は至る所にいた(=遍在していた=神)
・蛇は親しいものだった:遊び相手でもあり、畏怖の対象でもある
・オオモノは、家のヌシであるという“実感”があった

これが、蛇と私の関係でした。
目に馴染んでいるせいか、どちらが上とか下とかがない自然な関係なんです。
恐らく、この小学校時代の私は半分縄文を生きていたのかもしれません。

自然とともにあった縄文時代には、蛇はそれこそ空気のように身近な存在だったと思います。しかも、変幻自在で生命力もパワーもあるわけですから、蛇を自然神の象徴と見なすようになるのは自然な流れだったように思われます。

そして、どっしりとした平べったい円錐の三輪山を見ると、父の実家の大木の根っこにどっかり、ゆったりと腰を落ち着けていた堂々たるアオダイショウを思い出すのです。この山体にヌシ(蛇)のオオモノを見るのはごく自然な気がします。

あの優美な三輪山の山体に蛇を見ると言うことは、縄文人にとっては蛇とは畏怖する存在というよりも、とても身近な親しい存在だった証拠だと思えるのです。




★縄文人と命:女性と子どもを大切にするDNA-------------------------

縄文人の蛇信仰について下記に面白い考察がありました。
縄文土器と蛇信仰

古来から人の望みは、豊かになる、長生きする、子孫繁栄の3つだといいます。当時出産は30%がお産で亡くなったと推定される命がけの仕事。命がけで生んでも亡くなる子も多く、子供が頭を下にされて土器に入れられ、家の入り口付近に埋葬されている事例も多くあるそうです。『またこの家に生まれてきて欲しい、こんな願いをこめて埋葬したのでしょう』とのこと。

なんと切ない、悲愴な願いでしょうか。命をかけて命を生む母。また生まれてきてほしいという願いは、自分の命と引き替えの願いです。「ゆずりは」の詩を思い出してしまいました。思わず涙が溢れてしまいました(こういうのって瞬間に来ますね~)。

『世界中で日本ほど、子供が親切に取扱われ、子供の為に深い注意が払われる国はない』と、明治10年頃の日本を観察したモースは言いました。それは、子を産むのも育てるのも命がけだった縄文のDNAが日本人に刻まれているからかもしれません。

子を産む女性の姿は神々しいものです。初めて子どもが生まれた日の夜、出産という大事業を終えた妻の姿を思い出して、お風呂で大泣きしたことを思い出します。縄文時代は、女性と子どもがとても大切にされた時代だったのではないでしょうか。


(そういえば、父親から性暴力を受け、その過酷なトラウマを乗り越えた後のニキは、豊満な女性や蛇をモチーフにした作品を沢山造っていますね)
ビッグヘッドの現代社会へ―ニキ作品から感じたこと




★命への祈り:子宮型土器--------------------------------------------

子を生むことが命がけの時代、縄文人にとっての性(セックス)は、村を維持するための切なる願い、大切な仕事だったのではないでしょうか。上記の子どもの棺となった土器は、そのまま子宮を現していますが、女性のシンボルの形をした土器もあるそうで、石棒は男性器、土器は女性器だったのでしょう。

ちなみに下記に縄文土器と女性器の模型の写真がありますが、縄文人は子宮の構造をよく知っていたんだなと思います(知っていた理由は次の項)。

写真を拝借した出典の記事も面白いので飛んでみて下さい。
子宮模型は次のサイトから拝借しております。
大阪人体模型センター 女性生殖器 子宮・膣・卵巣模型


Uterus1  jyomondoki1【蛇女神の子宮を象る蛇紋土器】



Uterus2  jyomondoki2【品川歴史館 -大森貝塚と縄文土器-】


Uterus3  jyomondoki-kaen【火焔土器の謎】



土器にある縄で作った模様も、膣壁の様子を描いたのかもしれません。

jyomondoki4
【深鉢型土器】


こうしてみると、縄文土器と言うよりも「子宮型土器」と呼んでしまいたくなりますね。

命豊穣の悲願がある縄文人にとって、至る所で見かける(=繁栄している)蛇。その繁栄の源泉は、あの絡みつく交尾です。前項のナーガ像も繁栄への祈りのシンボルなのかもしれません。

そして、膣壁と絡みつく蛇が一体化して、あの多種多様な文様を生み出していったのかもしれません。まさに、命に関わる女性と蛇が豊穣なる創造の源泉だったわけです。人頭蛇身の女神が多々いるのも肯ける気がします。
(こうしてみると、男性優位の文明って薄っぺらでつまんないね―)




★蛇と縄文人と勾玉(胎児)-------------------------------------------

梅原猛氏はアイヌの古老から、難産により亡くなった母子がいた場合、子どもを取り出し女性の腕の中に抱かせて共に葬送したという話を聴いたそうです。縄文土偶の腹に縫ったような跡のある土偶が多いことは、この事実を物語っていたのかとひらめいたそうです。
【縄文土器と性信仰 土偶と石棒】

何とも切ない話ですが、この時縄文人の中には、命を生み出す仕組みを知りたいと子宮を観察した人もいたのではないでしょうか。それこそ村存続に関わることですから、「生み出す」仕組みを生活に取り入れたいと願うのも当然だと思います。それが、あの子宮型土器を生み出したのでしょう。


もしかすると、数千年の歴史の中で、妊娠1ヶ月ほどで亡くなり、上記のように胎児を取り出した例があったかもしれません。その時の胎児は4、5cmほどで、手足はなく尻尾があります。それを見た人々が思い浮かべるのは、身近にいる蛇ではないでしょうか。

中国には、人類は蛇から産まれたという伝説があるそうですが、実際に妊娠1ヶ月の胎児を見た縄文人は、蛇の生命力を取り込みたい願いもあって、蛇が子宮の中で人間に変わっていくのだと思いたかったのではないでしょうか。

神話の世界でも、女性の蛇神が人間を生んだり、男性の蛇神が女性と交わって人間を生んだりする話がよく出てきますが、その神話をそれほどの違和感なく可能にしたのは、蛇(胎児)が子宮の中で人に変わっていくという実感だったのかもしれません。


そして、あの勾玉の形。
あれは、妊娠後1ヶ月ほどの胎児の形そのまんまですよね。そのまんまの勾玉も出土しているようです。
お腹に突起のある勾玉

上記の図を拝借してちょっと比較してみました。
胎児の図は、「医学用語集めでぃっく―胎児」の項から拝借しています。

magatama1

taiji1

一番上の勾玉は、背骨ができたばかりの胎児。
二番目の勾玉は、上図Ⅰの心臓などが形成される頃の胎児。
三番目の勾玉は、上図Ⅱのお腹の部分が盛り上がり手が形成され始める頃の胎児。

縄文人は亡き子を弔うために、また新たな命が宿ることを願って勾玉を作り、大切にしたのではないでしょうか。

magatama2
(写真は、ここから拝借しました)


石棒、土器、勾玉=男性器、子宮、胎児
縄文人の生活は、命への切なる願いと生命賛歌
命に彩られている気がするのです。


そして、三種の神器:天叢雲剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉→剣、鏡、勾玉
これもまた、男性性、女性性(蛇身・蛇目)、胎児が受け継がれているのではないでしょうか。

ただ、縄文人が大切にした3つの芸術的生活必需品と、三種の神器との間には決定的な違いがあると思います。それは、剣です。

幸せになるのに剣はいらない。
豊かな地球がある。
あとは、男と女と子ども―それだけでいい。
そう、縄文人は言っているように思うのです。




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