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大神山神社に祀られる大己貴命と大神神社に祀られる大物主

2013/06/11(Tue) Category : 神社・寺・城・歴史
【「平成の大遷宮」出雲大社~鳥取砂丘の旅】12

では、大国主は実際にはどこに住み、どこに祀られたのでしょうか。
それについての興味深い考察が下記にありました。
御諸山の上に坐す神

もう一つは、政治経済の盛衰に影響を与えた鉄および製鉄技術。
たたらの話

この二つを軸に遊んでみますが、まずは祀られた場所から。

★古代の中心地―雲伯の西伯---------------------------------

現在の鳥取県の西にある南部町は11村が合併してできたのですが、その中に天津村、大国村、手間村というのがあります。天津神に大国主に、オオナムヂが焼け岩で殺された手間山―それぞれに関わる村名ですね。

場所は、古代伯耆国(ほうきのくに)の西、出雲との境にあります。伯耆国は、中国屈指の名峰で日本4名山(富士山、立山、御嶽山、大山)の一つ大山(だいせん)がある国。大山を境に東伯と西伯に分かれており、西伯は出雲と同じ文化圏で雲伯(うんぱく)と呼ばれていました。

izumoouchyo
【水木しげるの「古代出雲」より】

西伯は不純物の少ない真砂砂鉄が産出し、一大製鉄文化が発達しました。現在でも、高級刃物に使用される鋼は雲伯の中央部に位置する出雲の安来市(南部町の西隣)で製造され、安来鋼として有名です。名峰に鉄、そして港―西伯は古代出雲王朝の中心地だったわけです。

(この鉄の産地というのが重要な意味を持ちますが、詳しくは後の記事で)




★伯耆大山の大神山神社に祀られる大己貴命------------------------------

古代は天津村の辺りまで海だったとか。その標高の所を線で結ぶと「福」の字がつく地名が並ぶそうです。それが中国から来たグループの村。他にも御崎→三崎という地名が残っていたり、なんでこんな奥地に日御碕神社があるの?と思ったりしましたが、当時はそこが崎だったんでしょうね。

大国村は、「大国村倭」という名であったようです。「吾をば倭の青垣の東の山の上に伊都岐奉れ。」と言われた“東の山”とは、。

そして、「御崎」と「諸木」という地名を結ぶと、その線上に久古神社、そして大山にある大神山神社(おおがみやまじんじゃ)の奥宮があるそうです。もちろん、祀られているのは大己貴命(オホナムチノミコト)。

つまり、実際は大山の山腹に大己貴命は祀られたのですが、古事記の作者はそれを隠すために「御崎」と「諸木」から一字ずつ取って「御諸」と表現したのではないか、という推理です。古事記は、このような暗号に満ちているそうです。


「出雲国風土記」では大山が「大神岳(おおかみのたけ)」と呼ばれているようですが、オオナムヂがおわす山であればそうだろうなぁと思います。修験道の聖地となり、平安鎌倉期には三院百八十坊僧兵三千名とまで数えられるようになったそうですから、とても慕われかつ栄えた名山です。

大神山神社奥宮には三つの「日本一」―自然石を敷きつめた700mの参道、国内最大の権現造りの社殿、幣殿の白檀の漆塗りの荘麗さ―があり、西日本最大級の神輿があるそうです。いかにオホナムチが慕われていたのかがわかりますね。




★三諸山(三輪山)の大神神社(三輪神社)に祀られる大物主--------------

一方、三輪山は縄文時代からの信仰の神奈備山。
ご神体である山に、蛇信仰が習合してオオモノヌシが祀られるようになり、さらに記紀神話において、そのオオモノヌシに大国主を習合させたのではないでしょうか。

そして、大国主を習合させるために、三輪山を三諸山(みもろやま)とも呼ぶようになり、大山(大神岳)にある大神山神社に倣って大神神社(三輪神社)を作り、かつその名前を「おおみわじんじゃ」と呼ばせたのでしょう。


結局、「御諸山の上に坐す神」とは、

大山の大神山神社に祀られる大己貴命(国津神)
三輪山の大神神社に祀られる大物主 (縄文神)

この二柱をそれぞれさしているのでしょう。
そして、日本書紀の指示者藤原不比等が、オオナムヂが伯耆国で亡くなったことを隠すために三輪山に習合させたのかもしれません。なぜそうなのかは、次の記事で。



まぁ、いろいろと隠すために入り組んでいますね~。
が、カモフラージュするための神社を作ったり、あったものをなくしてしまったり、名を変えたり、さらには、ある地域の地名を全く別の地域に、そっくり同じような位置関係で形成してしまうという大技をやったりしているようですからね・・・。




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