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「平け和す」大神(オオナムヂ)の奇しき御業とスサノオ幻想

2013/06/15(Sat) Category : 神社・寺・城・歴史
【「平成の大遷宮」出雲大社~鳥取砂丘の旅】15

★記紀神話に見るスサノオ----------------------------------------------

スサノオは、とても多面的ですよね~。
1,イザナミに会いたいと大泣きした、マザコンのスサノオ
2,アマテラスと誓約をした、誠実なスサノオ
3,高天原で大暴れしたり、オオゲツ姫を殺した、狼藉者スサノオ
4,八岐大蛇を倒し櫛名田比売と結婚した、英雄スサノオ
5,娘と結婚しようとするオオナムヂに難題をふっかける、頑固爺スサノオ

もはや同一人物とは思えません(笑)。

まして、スサノオの6代目の孫が大国主命ということになっていますが、その大国主がスサノオの娘と結婚するのはいかにも不自然。上記5の神話の部分は、スサノオがオオナムヂを「大国主」と命名したことにするための工作だったのかもしれません。つまり、天孫系が出雲系を抱き込むための神話だったかもしれません。

天孫族は征服者の正当性を構築するに当たって事実をねじ曲げなければなりませんから、神話という形にならざるをえません。さらに、不都合な部分や隠したい部分、矛盾する部分などをスサノオという神にしわ寄せしたように感じられます。


古事記に寄れば、イザナギがスサノオになぜ泣いてばかりいるのかを尋ねたときに、「僕は妣(ハハ)の国根之堅州国(ネノカタスクニ)にまからんと欲(オモ)ふ。故、哭くなり。」と答えます。高天原を追放されたスサノオは、肥の河のほとり鳥髪に降り立ち、八岐大蛇を退治して、尾から出てきた天叢雲剣をアマテラスに献上し、その後救った櫛名田比売と根之堅州國(安来市)の須賀の地へ行きそこに宮殿を作ります。

日本書紀によると、スサノオはまず新羅の曽尸茂梨(ソシモリ)に天降ってから出雲の鳥上峯に来たとありますから、スサノオの出身は新羅です。でも、母の母国=根之堅州国に行きたいと言ったわけです。

仮に朝鮮に天孫族がいて、その一派にスサノオ族がいたとしましょう。母はイザナミ(倭人)ですが、当時は日本海を囲む文明圏があったと思われます。前記事で見たように気候の寒冷化によるbc1000年頃からの民族大移動(南進)が引き金となり、弥生期には日本海交易圏ができあがっていたことが窺えます。

朝鮮半島にも倭人の王はいたようですし、日本にもペルシャ、ユダヤ、モンゴル、中国、朝鮮等々多種の人種がおり、個別の部族国家を形成していたでしょうから、天孫族に倭人の血が流れていてもおかしくはありません(何しろその前に、海翔る縄文人がいますからね)。アマテラスも、この国は我が子が治めるべき国だと言っていますから、血縁があったのかもしれません。

また、根之堅州国という意味ですが、柳田國男によれば「根」は生命や富の根源という意味ですから、海の彼方の東の島に理想郷を見ていたのかもしれません。古代から日本は黄金の国ジパングだったのかもしれませんね。

1、2,3を見ると、スサノオ族はアマテラス族と領土が接しており、首長が盟約を結んでも境界ではいざこざが絶えなかったのかもしれません。そして、領土争いに負けて追い出され、日本を目指したのかもしれません。




「列島の出島」雲伯は天降る場所--------------------------------------

日本海交易圏があったことは、出雲の国引き神話でも推測できます。この神話は、出雲歴史博物館で見て印象に残りました。というのも、館内のパソコンルームで見て、日御碕から戻った際にシアターに入ったときにもう一度同じものを見ることになってしまったからですが、2回も見るって何かのサイン?と思っていました・・・このことだったかもしれませんね。

さて、風土記の冒頭に出てくるこの大事な神話によると、八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)が、「志羅紀(新羅)」「北門佐岐(隠岐道前)」「北門裏波(隠岐道後)」「高志(越)」の余った土地を引っ張ってきて作ったのが島根半島ということになっています。

izumo-kunibikishinwa01
【水木しげるの「古代出雲」より】

つまりは、国を形成する以前の古い時代から新羅や隠岐、越から人が大量に入植していたということでしょう。島根半島は、長崎の出島のように、言わば古代の「列島の出島」だったのではないでしょうか。

たとえば同風土記では、川の氾濫を防止するためのダム技術を持つ古志の技術者たちが招かれ、その内の一人佐與布(さよふ)という人が、そのまま居残って住みついたことから、そこを最邑(さいう)と呼ぶようになったことが書かれています。そして、そこはまるで『古志の郷の如し』だったそうです。
【ヤマタノオロチ伝説と出雲国風土記】


さて、下図は、ちょうど南北を逆さまにした地図です。

izumo-kunibikishinwa

雲伯は、瀬戸内海を底辺とした逆三角形の頂点に当たります。まるで富士山のようになだらかな山の頂上のように見えますね~。天上(大陸)から眺めた場合、雲伯にたどり着くことを「天降る」と言いたくなるのも分かる気がします。

しかもそこに、伯耆富士と呼ばれる大山があるわけですからね~。海から見ると大山はいい目印になったのではないでしょうか。
「列島の出島」雲伯は、天降る(海外から渡来人がやってくる)場所として国際的な都だったのかもしれません。




★出雲国風土記に見るスサノオ------------------------------------------

出雲国風土記には、スサノオが八岐大蛇を退治する話は出てきません。次の四つのエピソードがあるそうです。

1,飯石郡の須佐郷の地名の由来
「この地はよいところなので、名には自分の名前をつけよう」といった
2,大原郡斐伊郷の御室山(みむろやま)の項
御室をつくった。
3,大原郡では「佐世郷」の条
佐世の木の葉を頭に刺して踊った。
4,意宇郡の安来郷の地名の由来
スサノオがここにきて心が落ち着くと言ったので「安来」となった。

そして、この4カ所を結ぶと、ほぼ1→4に向けて一直線になるそうでスサノオラインと呼ばれているようです。興味深いですね。この何気ない言動と地点に何らかの意味を持たせているのでしょう。

面白い本がありました。


スサノオ族が活断層の位置を正確に把握しつつ、その上に神社を建てることによって地鎮をしていたようです。(早速購入)




★外交の神髄―「平け和す」オオナムヂ----------------------------------

出雲国風土記には、スサノオが八岐大蛇を退治する話は出てきませんが、意宇(オウ)郡母里(モリ)郷(島根県安来市)に次の記載があります。

『天の下造らしし大神、大穴持命、越の八口(やくち)を平(ことむ)け賜ひて還りましし時、長江山に来まして詔りたまひしく、「我が造りまして
 命(し)らす国は、皇御孫(すめらま)の命、平らけくみ世知らせと依(よ)さしまつらむ。但(ただ)八雲立つ出雲の国は、我が静まります国と青垣山廻らし賜ひて、玉珍(たま)置き賜ひて守らむ」と詔りたまひき、故、文理(もり)といふ』

オオナムヂが「越の八口」を平定して帰ってきたときに、皇御孫の命=ニニギに国譲りした、ということになっています。

ことむけるとは、「ことむけやわす」→言葉を向けて和す→「平け和す」→「平和」。つまり、平和とは、相手に言葉をかけて和らいでもらうことによって達成するものだったんですね。


オオナムヂに平定(征服)というイメージはそぐわないなぁと思っていましたが、「平け和す」であれば、縄文文化を取り込みながら平和的に浸透していき、派遣されてきた天孫族までもが帰順してしまった出雲族にピッタリですね。このように平和的に首長連合を築いていったので、越の人が住みつくようなこともあったのでしょう。

オオナムヂが平和的に「越の八口」と連合したことを、記紀ではスサノオが高志之八俣遠呂知を退治したことにすり替えているようです。

この時が、平和的共存の世界から征服支配型世界への転換点だったのでしょう。支配するために相手を征服(退治)し、その征服者を英雄と呼ぶ―その方法論を神話によって是としたわけです。

結果、現代社会は、「平和」はパワーバランスの中で保たれるという“神話”を信じ切っています。だから、平和を保つためには武力が必要だと思い込んでいます。けれど、オオナムヂは「平(ことむ)け和す」ことで、平和な世界を拡大していきました。これこそが、真の外交ではないでしょうか。

日本には、2000年も前に「平け和す」方法論があったのです。
この方法論を復活させる時が来たのではないでしょうか。




★ヤマタノオロチ伝説はオオナムヂの名君伝説?--------------------------

八岐大蛇伝説があったのは、雲伯の片割れ伯耆國でした。
「伯耆國風土記」は残っていませんが、後世の書物に引用されている逸文があります。

『或書に引る風土記には、手摩乳(てなづち)、足摩乳(あしなづち)が娘、稻田姫(くしなだひめ)、八頭蛇(やまたのをろち)の呑まむとする故に、山中に遁げ入りき。時に、母遲く來ければ、姫、「母來ませ、母來ませ」と曰ひき。故、母來の國と號(なづく)。後に白亀、さらに改めて伯耆の國と為す。』
【「風土記逸文」~山陰道】

つまり、伝説の場は出雲ではなく伯耆ということになりますね。
そして、ここでもスサノオやオオナムヂは登場しません。ただ、八頭蛇から逃げたとあるだけです。

そこで、登場人物を注意深く見てみましょう。
てなづち →手のないツチ(蛇)
あしなづち→足のないツチ(蛇)
稻田姫→奇稲田媛命→見事な稲田

男女の絡まる蛇は、ネズミから稲田を守るナーガ神ですね。
つまり、稻田姫とは、自然に恵まれた美田のことをいっているのではないでしょうか。(今でも、機械などに女性の名前をつけてかわいがったりしていますよね)

ここで前記事『たたら場は、オロチ、一つ目―「もののけ姫」の世界』を思い出しましょう。そう、中国山地はたたら製鉄のメッカで、それが雲伯の勢力の源泉でした。その中心地が鳥髪山(船通山)だったのではないでしょうか。

そして、船通山を源流とする川は2つあります。
伯耆国の美保湾に注ぐ日野川と、
出雲国の宍道湖に注ぐ斐伊川です。

たたらは両川でなされていたのでしょうが、
古代から中世までは日野川流域、
近世以降は斐伊川流域がたたらの中心でした。


つまり、日野川流域で野だたらが盛んに行われ、夜も山を赤々と染め上げる不気味な光景が移動する様は怪物を思わせた。また、はげ山となった後は鉄砲水が押し寄せたりして下流域の美田が荒らされた。

土地拡大の農業の時代(環濠集落)が終わり、製鉄他の工芸品の流通へ遷る時代、競って鉄を求める中で起こったことなのでしょう。けれど、そこまで迷惑を顧みず行った集団は地元ではなく、越から入植した野だたら集団だったのかもしれません。それが、高志之八俣遠呂知=越のヤマタノオロチと言われたのかもしれません。

仮に、その集団をやっつけようとすれば、三日三晩不眠不休の仕事を続けてきたわけですから、その開けの日に酒を飲ませれば簡単に眠りこけたでしょうね。けれど、やっつけたわけではなく、酒を飲みながら話したのかもしれませんよ。

そのように野だたらと農民の折り合いをつけながら、オオナムヂは、その責任を取らせるためダム技術を持つ越に交渉に行き、越の土木技術の力を借りて鉄砲水(八頭蛇)を平定したのではないでしょうか。




★国譲り祀られましし大神の 奇しき御業を偲びて止まず--------------------

鉄器の時代に突入しながらも美田を守ったオオナムヂ。
出雲空港に入るときに空から見た水田の多い豊かな国土を思い出しました。

けれど、間近で見ると耕作放棄地の多い悲しい姿でした。
鉄(自動車)と原子力に群がる日本に水の神(蛇)も田の神(牛)もいなくなってしまったようです。

断腸の思いで国を譲ってもらった末裔である私たち現日本人は、国土を大切にしているでしょうか?

大切な国土や水に毒や放射能を垂れ流したまま、アベノミクスとやらで空虚な紙切れ踊りに踊らされています。札束は何も産みはしません。

食糧自給は国家安全保障の要というのに、国は税金を使ってでも農民に米を作らせません。

山が海を育てるというのに、国は山林を荒れたまま放置しています。

唯一、人を生み出すことができる女性に、税金を使ってでも(無料にしてでも)子宮頸がんワクチンなどという恐ろしいものを摂取させています。

本当に必要な事にお金を使おうとしない国が、今何にお金を使おうとしているのか敏感になって下さい。そして、国が無料ででも進めようとしていることは疑って下さい。(今時、国が言うからとか、大新聞が書いているから、と言って鵜呑みにする人は少ないと思いますが・・・誰に文句を言っても仕方がありません。自分の判断で選択して下さい)



国内外で「平け和す」やり方で国を安堵していた真の名君オオナムヂ。
平成15年に、天皇皇后両陛下が出雲大社に参拝された折に美智子皇后が詠まれた歌があります。

『国譲り祀られましし大神の 奇しき御業を偲びて止まず』

どのような思いで詠まれたことでしょうか・・・
美智子皇后の切なる思い、この国の政治への悲しい思い、その政治を選んでいる国民への思い、その根にある生き方、社会のあり方への思い―

「平け和す」ことへの祈りが迫りました。




★テナヅチとアシナヅチは、日野川と斐伊川?-----------------------------

さて、下図を見て下さい。

susanoodensetsu

船通山を抱くように回り込む二つの川が日野川と斐伊川。
この二つの川が、それぞれ妻テナヅチと夫アシナヅチ。
その流域にあった美田が、稻田姫。
越の野だたら集団が、高志之八俣遠呂知。
そして、この騒動を治めた名君がオオナムヂ。

役者が揃いましたね~。ナスカの地上絵にしても、古代人は地球規模のスケールでものを見ているところがありますから、このような見方もあるかもしれません。

テナヅチとアシナヅチはオオヤマツミの子ということですから、イザナミの孫ですね。(イザナミの産んだ子達は自然神系、国津神系。イザナギが産んだ三貴子以降が英雄伝説系、天津神系です)

そのイザナミは船通山の南西にある比婆山に葬られています。
テナヅチとアシナヅチが、祖母のいるこの山に逃げ込もうとしたとすれば伯耆国に残されたのは日野川―つまりこちらがテナヅチになるでしょうか。


ところで、テナヅチとアシナヅチは手長様と足長様と慕われたり、手長足長という妖怪になったりしています。飛騨高山の鍛冶橋中央に向かい合うように像が設置してありますが、あれが手長足長だったんですね~。

川の形を見てみるといかがでしょうか。
日野川は腰折れから先が長く手長、
斐伊川は腰折れから下が長く足長
―そう見えませんか。


また、諏訪地方では古くから手長様と足長様が信仰されています。タケミカヅチ(天津神)に追われて逃げたタケミナカタ(国津神)を守った国です。つまり、縄文系、国津神系の信仰が深い地域でしょう。そこにオオヤマツミの子のテナヅチとアシナヅチが根付いていても不思議ではありません。

足長様が手長様を背負って諏訪湖で漁していたという伝説があるようですが、上図を見ると確かに足長様(斐伊川)が手長様(日野川)を背負っているように見えますね。このように国津神は形を変えて各地で信仰されているのでしょう。

雲伯をはじめとする国津神系の強い国々―日本を救うために再び立ち上がってくれ―そう思います。アベの言う空虚な「美しい国」ではなく、列島の自然と循環するホンモノの美しい国にしたいなぁ、と思います。




★青銅器文明から鉄器文明への橋渡しをしたスサノオ族---------------------

おっと、スサノオを忘れていました。
渡来したスサノオ族が先に述べたような集団であれば、雲伯をさまざまに歩いたことでしょう。そして、オオナムヂの政治も見たことでしょう。

やがて、安来にたどり着きます。現在でも、安来鋼で名が通る世界最高の鉄の職人がいるところでした。そこで、これまでに見たことがない名刀を見たのかもしれません。

それは、新羅から持参した十拳剣(とつかのつるぎ)よりも強い剣でした。ヤマタノオロチの尾の中にあった草薙剣に当たって十拳剣の刃が欠けたことは、そのことを示しているのではないでしょうか。

ところで、十拳剣はwikiを見ると神話のあちこちで登場しています。
イザナギがカグツチを斬る天之尾羽張(あめのおはばり)
山幸彦が海幸彦の釣り針を作るために鋳潰した十拳剣
アマテラスが十拳剣をかみ砕いて産まれた3柱の女神
スサノオがヤマタノオロチを退治たときの天羽々斬(あめのはばきり)
アヂスキタカヒコネ(迦毛大御神)が喪屋を切った神度剣(かむどのつるぎ)
タケミカヅチが大国主の前で海の上に逆さまに刺した十掬剣
神武東征で活躍した布都御魂(ふつのみたま)

・・・まぁ、至る所で斬っていますね~。恐らくスサノオ族やアマテラス族などの天孫系は、出雲系と異なって武力を誇示したのでしょう。


bc800年~の弥生期の始まる頃から縄文人と融合し始めた出雲族。首長国連合を形成し青銅器文明で栄えた出雲王国に、長剣や鉄刀を副葬品とする渡来型の四隅突出型墳丘墓が登場するのはbc100年頃、江の川の上流、中国山地の山あいでした。

gounokawa
【中国地方整備局>江の川】


それが紀元0年前後には伯耆を中心に一気に分布を拡げるわけで、最も集中的にあるのは雲伯の中心、安来市です。

もしかすると、この渡来系の墳丘墓を持ち込んだのはスサノオ族だったのかもしれません。青銅器文明の国に鉄器の武器としての威力を見せつけ、やがて鉄による闘いの時代へと移行していく―青銅器文明から鉄器文明への橋渡しをし、その文明の転換を促進したのがスサノオ族だったのだろうと思うのです。


四隅突出型墳丘墓がどんどん作られたということは、スサノオ族が出雲王国に同化していったことを示しているのでしょう。一方で、越の民と同じように住みつくものもあれば、戻る者もいたでしょう。

日本のたたら製鉄の発達に伴い、その純度の高さ、そして刀鍛冶の技術のすごさに驚いたスサノオ族の誰かが、安来で手に入れた天叢雲剣を持って新羅に帰り、アマテラスに献上したのかもしれません。

そして、それを見た天孫族は、今や平和になり、高い技術を持つ日本を治めたいと願うようになったのかもしれません。こうして、バトンはスサノオ族からアマテラス族に渡されたのです。



八雲山をバックに、本殿を見守るように建つ素鵞社(そがのやしろ)。
スサノオは、何を思うでしょうか・・・


出雲大社 素鵞社(そがのやしろ)
出雲大社 素鵞社(そがのやしろ) posted by (C)Hide







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